スーパー銭湯でのライブは二曲のライブにMCの計十五分構成。
 場所はフードコートの特設ステージになるから、メインが食事な以上、こちらに視線誘導をしないと見てもらえない。でも食事の邪魔だと思われたらそっぽを向かれてしまうから、視線を集めつつ、邪魔にならない程度に行わないといけない難しいものだ。
 私がファックスの仕事依頼をコピーしたものをそれぞれに配ると、途端に皆の目が真剣になる。

「ふうん……場所がフードコートだったら、あんまり派手に動けないね。ダンスはしても緩めの振り付けじゃなかったら埃が立つから。歌メインでライブ内容考えないといけないから、結構大変だ。場所の確認したいから、そのスーパー銭湯に行ってみたいけどいいかな?」

 柿沼の言葉に、林場も頷く。

「いくら響学院の名前を使っていても、外に出たら新人アイドルだからな。電車で行ける距離だし、悪くはないか。桜木は?」
「う……うん……音響とか、確認したい、かな?」

 思ってる以上に真面目だ。この辺りは私も経費はどれだけ使えるのか事務所で確認してから、ひとりで見に行こうと思ってたのに。

「一応行っておくけれど、遊びじゃないからね? あくまでライブの確認だから。それじゃ、それぞれのスケジュールは? それまでに曲と振り付けをダンスの先生と音楽の先生に発注かけておくから」

 私は意を決してボードに書き込みを入れると、それぞれのスケジュールの確認を取り、結局は日曜日に皆で下見に出かけることになった。曲と振り付けをもらったら、それでレッスンだし、メイクと衣装の発注もかけないといけないから、本当に大変だ。

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 私は依頼者のスーパー温泉からライブステージのセットの写真をもらうと、ファッションデザインコースまで走って行った。

「琴葉! 早速依頼だけれど」
「はあいー。でも驚いちゃった。さっちゃんがまさかマネージメント契約するなんて思わなかったなあ」

 私がステージの写真を持ってくると、琴葉はさっさかクロッキー帳から服のデザインをたくさん見せてくれて、理想の形を探してくれた。採寸はこれからだけれど、先にデザインを決めないといけない。
 スーパー温泉だし、あんまり激しいダンスもないから浴衣もいいかなとは思ったものの、歌を歌うときに苦しくないようにしたいから、やっぱり洋服のほうがいいかなと、シンプルなシャツとスラックスをあまり普段着っぽくないデザインで頼むことにした。カラーリングはライブステージの色に合わせて、赤と白、青のトリコロールカラーだ。
 私が指定したデザインで、さらさらと琴葉はデザインを描きつつ、笑いながら言う。

「でも、わたしはよかったと思うなあ」
「なにが?」
「うん、さっちゃんが煮詰まっちゃうんじゃないかと思ってたから、心配してたもの。もちろんさっちゃんが高校卒業したら即就職しないといけない事情はわかってる。でもね、高校時代って今しかない訳じゃない。お金は必要だけれど、それだけに引きずり回されたら、いつか爆発しちゃうんじゃないかって思ってた。他にやりたいこと見つかってよかったなあ……」
「うーん、ひとつは。あいつらが金づるになると思ったから」
「金づる」

 琴葉が目をパチクリとさせる中、私は力説する。

「あいつらの歌とパフォーマンスをこの間見せてもらったけれど、それは充分磨けば光る逸材だった。この間までマネージメントのマの字すら知らなかった私ですら思うものだったもの。あいつらを一度ライブさせれば、絶対にSNSで拡散される。そしたら、絶対にスカウトが来る。事務所にさっさとあいつら入れれば、私は晴れてお役目ごめん。その経歴ひっ下げて、華麗に就職決めてやるわよ」

 私の言葉に、琴葉は引きつった顔をして、背中を仰け反らせた。……なんでよ。クロッキー帳には、私は指定したデザインを元に起こしたライブ衣装のデザインが上がっていた。

「……う、うん。そうだね。まずはライブを成功させないといけないもんね、うん」
「当ったり前よぉ。だから、琴葉に衣装を頼むんだからさ」
「うん」

 元々、琴葉はアイドルが好きで、自分のつくったデザインの衣装を着たアイドルを大きなライブ会場で関係者席から見たいって夢がある。そのために、他の芸能コースの衣装のデザインを受けながらもアイドル志望の子たちへのアピールを忘れていない。
 まずは、私の友達の夢を叶えさせたいじゃない。私と違って、そういう子たちの夢は尊重すべきなんだからさ。

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 日曜日になり、私は制服姿で待ち合わせしていたものの、私よりも早く待ち合わせの駅に来ていた林場は、ぎょっとした顔で見ていた。
 林場の着ている服は、量販店が最近発売したゲテモノ柄のTシャツにジャケットとスラックスを合わせているんだけれど、姿勢がいいのか、合わせ方がいいのか、妙にそのデザインが似合う。

「……なんだ、北川。制服なのか?」
「そうだけど? だって私、依頼者のオーナーさんともお話しないといけないし」

 この間、事務所を通してつくってもらった名刺を見せると、林場は微妙な顔をした。なんで。

「そうか。俺たちは単なる下見だけれど、お前にとっては初の打ち合わせになるのか」
「うん。だから、私が打ち合わせしている間は、三人は好きに遊んでおいてよ」
「一応俺たちも下見だからな? 別に遊びに来たつもりは」
「今回のことは事務所にも確認したけれど、ちゃんとした仕事だし、もろもろのお金は経費で落ちるから気にしなくていいのに」
「細かいな!?」

 別に気にしなくってもいいのに。仕事をさせてもらえる以上は、こちらも相応の期待に応えないといけないんだし。
 私は林場の言葉に首を捻っていたら、「おーい」と手をぶんぶんと振ってきた。柿沼だ。ぶかぶかの帽子に、有名スポーツメーカーのロゴの入ったTシャツにジャージ姿。そして私の格好を見て、林場と同じく驚いた顔をする。

「なんでさっちゃん制服なの!?」
「林場にも言ったけど、打ち合わせだから。まさかリクルートスーツで行く訳にはいかないでしょ」

 既に型落ちのものを確保しているものの、まだそれを着る機会は得ていない。それにますます困惑した顔をして、柿沼はバタバタと手を動かす。

「だって! 折角遊べると思ったのに!」
「仕事だから」
「全部打ち合わせに終わるのもったいないじゃん!」
「経費使ってるんだから。お金は大事」
「君ってほんっとうに変だよね!?」

 それをあんたが言うか。私は髪を指で梳きながら押し黙っていると、「お、おはよう……遅れた?」とおずおずと桜木がやってきた。
 むしろ内ふたりが早過ぎるだけで、桜木は待ち合わせ時間の五分前に来たんだからこんなもんでしょう。相変わらずのマスク姿もだけれど、下はヒップホップ風のスカジャンにジーンズだ。似合うけど、相変わらずマスクは外さないんだなあ。

「大丈夫、時間は合ってるから。それじゃ行こうか」
「う、うん……あれ、北川さんは、制服?」
「オーナーさんと打ち合わせがあるし」
「で、でも……わ、るいな……」

 相変わらず歌以外では滑舌が悪いものの、何故三人揃って同じことを言うのか。別に友達で遊びに来た訳でもないでしょうに。

「あのねえ。仕事なんだし経費なんだから、私がそれを使っちゃ駄目でしょ。担当アイドルが使うのと、マネージャーが使うのだったら全然違うんだから」
「えっと……そうじゃなくってね。僕たち三人が遊んでるのに、君ひとりを仕事だけさせるのは、申し訳ないな……と」

 そう耳を真っ赤にさせて言われると、こちらも面食らう。だから、マネージャーなんだってば。それにあっさりと柿沼までも「そうそう」と強く頷いてきた。

「もちろん、仕事はきっちりするよ。でもさ、お客さん視点にならなかったら見えないことって多くない? 打ち合わせが終わったら、一緒に見て回ろうよ! 仕事が終わった打ち上げだったら、文句ないでしょ?」
「で、でもね……」
「でも?」

 それに私は明後日の方向を向く。

「……経費以外のお金、持ってきてない」
「なんで!?」
「仕方ないでしょ!? 私、ほんとーっっっっに、お金ないんだから!!」

 そんなこと言わせるなよ、恥ずかしい。ものすっごく恥ずかしいんだからね!?
 私が顔を真っ赤にして俯いてしまうと、林場は「ふむ」と顎を撫でる。

「おごるというのは嫌なんだな?」
「借りをつくるのは返せないのでとても困りますっっ」
「なら入場料金の分だけ遊べばいいんだよ。結構タダのオプション多いしね、スーパー銭湯って」
「そ、そうなの?」

 はっきりいって、スーパー銭湯なんて最後に行ったのは小学生のときだから、今はどんなもんなのかなんて知らない。それに桜木はさっさとスマホを動かしてサイトを見せてくれた。

「えっと……これ。さすがにフードコートは、お金がかかるけれど、よっぽど高いものでない限りは経費で大丈夫だと、思う……」

 ……タオルただ。シャンプーリンスただ。温泉で着る水着無料貸し出し。館内ルームウェアただ……。はあ、相場なんて全然知らなかったけれど、ここまで安くしてたら、そりゃ人を呼んで客層集めようとするわ。
 私はただただ感嘆の溜息を吐いていたら、そのまま柿沼はにこやかに笑う。

「それじゃ、早速行こうか。電車電車」
「うん」

 私たちは電車に乗り継いで、早速目的の場所へと向かったのだ。
 しかし、まあ……。私は少しだけ首を捻っていた。桜木はどうだかよくわからないんだけど、柿沼と林場はどちらかというと遊びに行くってスタンスで仕事に臨むとは思っていなかった。もちろん今日は打ち合わせと下見だから、半分以上は遊びなんだけれど。
 これは単純に交流会だと思ったの? なんか引っかかるんだよね……。
 魚の骨が喉に引っかかったような違和感を覚えながら、ひとまずは打ち合わせのことだけを考えようと思ったのだ。

****

 意外だなあと思った。
 最初に仕事を取ってきたのは、ほとんどのマネージメントコースの子たちは仕事をそのまんま取ってきて、捌いてなかった。だから仕事は父さんとのタイアップとか、家庭訪問とか、そんなのばかりだった。
 だからそこを泣くまで難癖付けたら、簡単に脱落した。もう駄目って思わせたら、あとは転校の話を囁けば、簡単にそれに乗って逃げていったのに、さっちゃんはそれがない。
 それどころか、これを「打ち合わせだから」「仕事だから」ばかり言う。一応顔はいいから、遊びに誘えば簡単に乗ると思ったのに、経費以外持ってこないような徹底ぶりだ。
 頭が固いと言えばそれまでなんだけれど、そもそもさっちゃんはマネージャーになる気はなかったはずなんだ。それがすぐにマネージメントムーブして、大量に来ていたはずの仕事依頼を捌いている。
 この子は、他の子とは違うのかもしれない。
 お金にがめついのもそうだけれど、なにか訳ありなのかな。

「あんたうるさいのに、いきなり黙り込んだけどなに? 乗り物酔いするタイプなの?」
「えっ?」

 オレの思考は打ち消された。こちらを胡乱げに見上げてくるさっちゃんの顔が目に飛び込んでくる。仕事とはいえど、制服姿だし、遊びに来た感じが本当にしない。名刺まで持参しているし。
 オレは気を取り直して笑う。

「ううん、なんでもないよ。ただ楽しみって思っただけ。初ライブ!」
「ふうん……まあ、ちゃんと成功させるから」

 彼女はこちらに照れることもなく言う。
 そういえば、さっちゃんは男子に取り囲まれても照れることも動揺することもない。こちらをさっさとあしらってくるだけだ。オレはなにげに聞いてみる。

「あれ、さっちゃんって男のあしらい方上手い?」
「別にー……ただ、同年代は子供に見えるだけ」
「えー、同い年じゃん」
「同年代は子供でしょうが。私からしてみたら、皆弟にしか見えないわ」

 そうあっさりと言われてしまった。弟……?
 少しだけ引っかかったけれど、ひとまずは笑っておくことにした。オレたちのやり取りを見ていたみっちゃんが、そっと小声で聞いてきた。

「おい、まだ彼女を追い出す気か?」

 みっちゃんからしてみれば、ずっとうちにやって来ていた、芸能人に憧れているだけの子も、二世タレントで売り出そうと安易に走る子も辟易していたから、真面目で頭の固いさっちゃんみたいな子がちょうどよかったんだろう。
 でもなあ。オレはにこにこと笑って答える。

「考え中」

 まだ、初仕事も終わってないから、その考えは保留しておこうかな。