おしゃれなスーツ風の衣装だけれど、スーツよりも服の伸縮がスムーズで、ダンスパフォーマンスができやすいようになっている。
「スーツ、これでいい? それにしてもびっくりしちゃったなあ。まさか曲を【Galaxy】に合わせてきて、【Galaxy】と対バン張れるような衣装なんて発注かかったときは、本当にどうしようかと思っちゃった」
「うん、無茶ぶりしちゃってごめんね。でもありがとう」
私のオーダーは【Galaxy】に喧嘩を売っていると丸わかりな衣装。
普段から【Galaxy】は【サンシャインプロ】専属デザイナーにより、アクティブなダンスパフォーマンスのできる衣装というもので売っている。ダンスしやすいようにと、化繊のジャケットにスウェットでスタイルのよさを強調したパフォーマンスは圧巻で、ライブになったら熱狂的なファンは気絶するとかいう噂まである……まあ、多分噂なんだろうけどね……。
それに対抗するにはどうしたらいいかと考えたら、正統派アイドル衣装がいいんじゃないかと思って、学校の図書館で片っ端からアイドル雑誌を読み漁り、正統派のアイドル衣装について勉強したところ、ファッションスーツという形に落ち着いたのだ。
色物ばっかり着ている【GOO!!】を見ていたせいで、元々顔がいいあいつらが、もっともいい顔しているように見える。
私は衣装を着たところで、真咲に「はい、それじゃ化粧するから座って座って」と順番に椅子に座らされて化粧を施されていくあいつらを眺めていたら、くすりと琴葉が笑い声を上げた。
「なによ」
「ううん。本当にさっちゃん。明るさが戻ったなあと思って、安心してたの。おじさんのこととか、みっちゃんやゆたくんのことで、全部抱え込んじゃってたから。心配だけど、わたしたちが口先だけで励ましても、全然さっちゃんの力になれないから。だから、【GOO!!】の皆がいてくれてよかったなあって、そう思ったの」
「琴葉……ごめん、心配かけて」
「いいよぉ、仕方ないじゃない。おじさんだってきっとどこかでさっちゃんのこと見守ってるよぉ」
そう言われて、なんだか情けなくなった。
別に悲劇の主人公になりたいわけじゃなかったけれど、私のせいで、琴葉や……多分真咲にまで心配かけてたんだなあと。
お父さんが事故死したのと、私の受験シーズンが重なったから、あの一年のことはもう本当に思い出したくもない。元々進学高に行く予定だったけれど、そのお金は全部うちの妹や弟の学費に回してもらったんだ。
悩んだ結果が、琴葉や真咲と同じ学校への進路変更だったんだから、なにがどう転ぶのかなんてわからない。
心配くらいさせろなんて言葉、聞いたことなかったもんね。
しみじみしていたら、「さっちゃん」と声をかけられた。ライブ会場のライトのことを考えて、いつもよりもマットに塗り込んである化粧で、柿沼は鮮やかに笑っていた。
「男前になったじゃない」
「そうでしょ? ねえ、さっちゃん。特等席で見ていて。オレたちのライブ。【Galaxy】倒せたらさあ、ご褒美ちょうだい?」
倒せたらって……まだ一次選考でしょうが。そう野暮なことを思ったけれど、それはおくびにも出さず「なにが欲しいのよ」と言った。そしたら柿沼は頬をトントンと叩いた。
「ほっぺにちゅう」
言った途端に間髪入れずにスパンと音が鳴った。林場がスリッパで柿沼を叩いたのだ。うん、真咲がセットした髪は無事だ。
元々クールな色気があった林場は、化粧と髪のセットにより、より一層凜々しく仕上がっていた。
「北川に余計な心労をかけるな。本番前だぞ」
「えぇー……じゃあ、みっちゃんだったらなにが欲しいのさ」
「むしろ逆だろ。俺たちのマネージャーに、勝利を捧げないでどうする」
だから、まだ一次選考。琴葉は「ラブコメッ!?」という顔で笑いながら頬を当てているものの、多分緊張を私をおちょくってほぐしているだけだと思う。だって、さっきまでガチガチに固まっていた桜木が、ふたりが唐突にはじめた漫才のおかげで、落ち着いてきたもの
。
桜木はいつものハニーフェイスが、化粧と髪のセットにより、より一層可愛さが増している。その頬が紅潮していると、女性の庇護欲をそそるようになっているけれど、桜木はちっとも計算を入れていないところがおそるべきところだ。
私は桜木に声をかけた。
「大丈夫? 曲のアレンジ、ギリギリまでかかったんだから、ちゃんと眠れた?」
「だ、いじょうぶ……ただ、やっぱりお客さん、すごいね……」
学校の特設ステージには、既に在校生たちがわんさか座っている。審査員席や来賓席は前のほうに、ライブ用のランウェイまでつくられて、本格的だ。
今までライブしたことはあっても、こんなに全方向から見られる場所でパフォーマンスなんてはじめてだ。
なによりも。先に【Galaxy】のライブを行ってから、続けざまにオーディションが開始される。見に来ている在校生には事前にスマホにアプリが配られて、そのアプリで推したいアイドルに票が入れられるようになっている。
もし、【Galaxy】に飲まれてパフォーマンスがぐだぐだになったら、ライブはひとたまりもない。
桜木がカタカタと震える中、柿沼は目をキラキラさせている。
「すっごい、お客さんいっぱい! ここで歌えるんだあ、頑張ったら三回も歌える」
「まずは、一次選考突破が先だろ」
「そうだけど! なによりもここで【Galaxy】のライブが見られるってすごくない? 特等席!」
たしかに、それは少しチャンスか。【Galaxy】のライブの次からオーディションだから、舞台袖でじっくりと彼らのライブパフォーマンスが見られるんだから。
「やあ、オーディション前だっていうのに緊張感がないね?」
そう言って笑顔でやって来た澤見先輩に、琴葉はばっと私の後ろに隠れ、真咲は軽く会釈をした。私も会釈を済ませる。
【Galaxy】のオーディション前ライブの格好は、ビニール繊維のテカテカ光るライダージャケットに白いインナーを合わせ、黒いクロックパンツにライダーブーツで決めている。典型的なライブ衣装だし、ただの凱旋ライブにしては物々しい。
……下手したら、今回のオーディション参加者全員を食いかねないなと、私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「こんにちは、今日は胸を借りに来ました」
「うん、よろしく。そちらはファッションコーディネートコースの子に、メイクアップコースの子か。うんうん、柿沼くんたちを完璧に仕上げているようだね、さすがだよ」
「……ありがとうございます」
これは褒めているのか挑発しているのかどっちだろう。
やがて、舞台のほうから体が震えるほどの音量の音楽が流れてきた。彼らの持ち歌だ。
「それじゃ、行ってくるよ。歌が終わり次第審査に入るから……大丈夫、公正にするから、贔屓する気も、下げる気もないよ?」
そう言いながら、流れるような仕草で舞台へと駆けていった。こちらのほうに、北村先輩と星野先輩も続く。
「あいつ張り切ってんなあ……」
「凱旋ライブだから、澤見一樹も元気いっぱい」
「はいはい。あ、可愛い可愛い後輩ちゃんたち。俺たち頑張ってくるから、見ててね」
そう言って北村先輩がウィンクと投げキッスを決めて、澤見先輩へと続いて去って行った。星野先輩はこちらに対して一瞥もしない。クールビューティーというか。いまいち読めない人だ。
北村先輩の投げキッスをもろに食らって、琴葉は放心状態になっているのを「ライブはじまるから、ほら、気絶してる暇ない」と真咲が言っている中、マイクの電源の入る、キィーンという音が響いた。
『皆、【サンシャインプロ主催第十回響学院オーディション】第一選考に集まってくれてありがとう! 選考っていうと堅苦しく聞こえるかもしれないけど、君たちの心臓を打つ仲間たちを、次の審査に上げて欲しいな』
『堅苦しいこと抜き! とりあえずここのアイドルが見たいというのでOK!』
『横やり、取引、駄目絶対。審査は公正に』
ライブ前に、きちんとMCで再度審査ルールを並べてから、BGMがいよいよ激しくなる。そのままライブがはじまり、ライトの光も目まぐるしく変わっていった。
心臓が弾け、ビートが溢れ、温度が一気に上がるような、ライブがはじまった。
【GOO!!】は個人の得意不得意が大きく、それぞれが得意分野を頑張るという形でユニットを組んでいるけれど、【Galaxy】は違う。
澤見先輩の歌声に、北村先輩の歌声、星野先輩の歌声が重なる。でもただ一緒に歌っているんじゃない。それぞれが、別のパートを歌って重ねているんだ。てっきりCDだと別撮りで撮った歌をそれぞれ合わせているのかと思っていたら、これ全部同時に歌っているんだ。いったいどんな歌唱力をしているの。
歌が上手いだけでなく、ダンスも激しい。ストリートダンスとヒップホップを重ねた足捌きは、見る者全てを釘付けにする。
こんなに圧巻のパフォーマンスをしていたら、そりゃ同世代でナンバーワンアイドルにだって君臨するはずだ。だからこそ。
曲が終わり、澤見先輩のMCが響く。
『それでは、これよりオーディションスタートします! エントリーナンバー1【GOO!!】彼らがいったいどんなパフォーマンスをするのか楽しみにしています! 皆、スマホのアプリを起動させて、審査を開始してね!』
いよいよはじまる。私は「あんたたち!」と声を上げる。
既に覚悟の決まっている林場は、涼しげな顔で舞台から降り、審査席へと走って行く【Galaxy】を見つめている。
さっきまでガチガチ緊張していたものの、先輩たちの圧巻のパフォーマンスを見て、一周回って開き直ったらしい桜木は、じぃーっと舞台を見ている。
そして。柿沼はさっきから、歌いたくってしょうがないという顔をしている。
衣装は琴葉に用意してもらった。綺麗に見目を整えるように真咲に頼んだ。……彼らの練習時間やオーディションパフォーマンスの内容は、皆で相談して組み立てた。もうやることはやった以上、あとは彼ら自身に任せるしかない。
「一次審査とか二次審査とか、気になることはいろいろあるだろうけど、今はただ、あの客席のお客様を楽しませることだけを考えて。いつも通り!」
「はい!」
三人はそのまま走って行った。
それに琴葉はにこにこ笑って言う。
「ねえ、もし本当に先輩たちに皆が勝てたら、ちゅうするの?」
「しない。あれは柿沼がはしゃいでただけでしょ」
「えー……もしかすると、もしかするかもだよ?」
「……今回は勝てないかもしれないけど、いずれあいつらは絶対に、先輩を越すよ。でもそのときは、もう私はあいつらの傍にはいないもの」
あいつらは、間違いなくアイドルの頂点に立つ。今まではいろんなしがらみのせいで、あいつらが目立たなかっただけ。今日は、初めて学校にお披露目する日なんだから。
さっき流れたBGMとまるっきり同じものが流れたせいで、客席はざわつきはじめている。
これが狙い。皆、【GOO!!】のことを、あからさまに【Galaxy】のパフォーマンスを模倣しようとする、怖い物知らずの馬鹿と侮るだろう。
でも、彼らのパフォーマンスを見たら最後──もう、目が離せない。
歌が、弾けた。
****
ゆうちゃんの曲のアレンジはシンプル。
元々三人がそれぞれ違う歌を一緒に歌って厚みを増すというのが、【Make a Galaxy】の曲だったけれど、コーラス部分は全部録音して流してもらうことにした。だから、メインパートの澤見先輩の部分を、皆で一緒に歌う。
ダンスはストリートダンスだけれど、先輩たちと違ってブレイクダンスのような大技のもの。これだとゆうちゃんがダンスが苦手なのがわかるから、オレとみっちゃんでダンスが大技を決めてカバーする。
お客さんたちは、オレたちを最初は呆れたような、馬鹿にするような、そんな目で見ていたのに、どんどん熱が帯びていくのがわかる。
楽しいなあ。いつも前座だから、誰かの出番の前にお客さんが遊んでくれる感じだった。オレたち目当てではないから。でも。
今回はもうメインの先輩たちのパフォーマンスは終わってしまった。だからその分だけ、オレたちはのびのびと歌って踊れる。
もっと曲が長かったらいい。もっと歌っていたいし、もっと踊っていたい。でも。
一曲って短いんだよなあ、楽しい時間は、あっという間に終わってしまった。
『それでは、エントリーナンバー1,【GOO!!】でしたー!!』
すぐに舞台袖に引っ込み、また曲が流れてきた。今度はオレや先輩たちと被りたくない一心で、いきなりゆったりとしたバラードに替えてきた。
曲の変化を付けたら、その分【Galaxy】と比べられない分実力勝負になって、もっと厳しい目で見られるんだけどね。そこまでそこのユニットがわかっているのかは、オレも知らない。
汗をボタボタかいていたところで、オレたちにタオルが投げられた。さっちゃんが、タオルを皆にそれぞれ投げてきたのだ。
「ほら、一次選考の結果待ちなんだから。上がったら課題が発表されるし、それまで体冷やして体調壊しちゃ駄目よ?」
「はあい。で、さっちゃん」
オレはひょいっと顔を出すと、彼女は胡乱げな目で見てきた。
「なによ」
「ねえねえ、【Galaxy】に負けてなかった?」
「あんたたちは最初から負けてないでしょ。まだ勝ててないだけで、全然負けちゃいない」
「勝ってなかったかあ……なら、さっちゃんのほっぺにちゅうはお預けね?」
「誰がするって言ったの」
多分、さっちゃんのことだから、本気にしないだろうしねえ……。
全然甘えないし、折れないし、泣いてもまた立ち上がるし。なにより。
オレのことも、オレたちのことも、アイドルとして扱っても、商品としては扱わない。多分そんなマネージャーにはもう一生会えない。
君が欲しいんだけどなあ、こんなマネージャー、もう二度と見つからないだろうし。
「スーツ、これでいい? それにしてもびっくりしちゃったなあ。まさか曲を【Galaxy】に合わせてきて、【Galaxy】と対バン張れるような衣装なんて発注かかったときは、本当にどうしようかと思っちゃった」
「うん、無茶ぶりしちゃってごめんね。でもありがとう」
私のオーダーは【Galaxy】に喧嘩を売っていると丸わかりな衣装。
普段から【Galaxy】は【サンシャインプロ】専属デザイナーにより、アクティブなダンスパフォーマンスのできる衣装というもので売っている。ダンスしやすいようにと、化繊のジャケットにスウェットでスタイルのよさを強調したパフォーマンスは圧巻で、ライブになったら熱狂的なファンは気絶するとかいう噂まである……まあ、多分噂なんだろうけどね……。
それに対抗するにはどうしたらいいかと考えたら、正統派アイドル衣装がいいんじゃないかと思って、学校の図書館で片っ端からアイドル雑誌を読み漁り、正統派のアイドル衣装について勉強したところ、ファッションスーツという形に落ち着いたのだ。
色物ばっかり着ている【GOO!!】を見ていたせいで、元々顔がいいあいつらが、もっともいい顔しているように見える。
私は衣装を着たところで、真咲に「はい、それじゃ化粧するから座って座って」と順番に椅子に座らされて化粧を施されていくあいつらを眺めていたら、くすりと琴葉が笑い声を上げた。
「なによ」
「ううん。本当にさっちゃん。明るさが戻ったなあと思って、安心してたの。おじさんのこととか、みっちゃんやゆたくんのことで、全部抱え込んじゃってたから。心配だけど、わたしたちが口先だけで励ましても、全然さっちゃんの力になれないから。だから、【GOO!!】の皆がいてくれてよかったなあって、そう思ったの」
「琴葉……ごめん、心配かけて」
「いいよぉ、仕方ないじゃない。おじさんだってきっとどこかでさっちゃんのこと見守ってるよぉ」
そう言われて、なんだか情けなくなった。
別に悲劇の主人公になりたいわけじゃなかったけれど、私のせいで、琴葉や……多分真咲にまで心配かけてたんだなあと。
お父さんが事故死したのと、私の受験シーズンが重なったから、あの一年のことはもう本当に思い出したくもない。元々進学高に行く予定だったけれど、そのお金は全部うちの妹や弟の学費に回してもらったんだ。
悩んだ結果が、琴葉や真咲と同じ学校への進路変更だったんだから、なにがどう転ぶのかなんてわからない。
心配くらいさせろなんて言葉、聞いたことなかったもんね。
しみじみしていたら、「さっちゃん」と声をかけられた。ライブ会場のライトのことを考えて、いつもよりもマットに塗り込んである化粧で、柿沼は鮮やかに笑っていた。
「男前になったじゃない」
「そうでしょ? ねえ、さっちゃん。特等席で見ていて。オレたちのライブ。【Galaxy】倒せたらさあ、ご褒美ちょうだい?」
倒せたらって……まだ一次選考でしょうが。そう野暮なことを思ったけれど、それはおくびにも出さず「なにが欲しいのよ」と言った。そしたら柿沼は頬をトントンと叩いた。
「ほっぺにちゅう」
言った途端に間髪入れずにスパンと音が鳴った。林場がスリッパで柿沼を叩いたのだ。うん、真咲がセットした髪は無事だ。
元々クールな色気があった林場は、化粧と髪のセットにより、より一層凜々しく仕上がっていた。
「北川に余計な心労をかけるな。本番前だぞ」
「えぇー……じゃあ、みっちゃんだったらなにが欲しいのさ」
「むしろ逆だろ。俺たちのマネージャーに、勝利を捧げないでどうする」
だから、まだ一次選考。琴葉は「ラブコメッ!?」という顔で笑いながら頬を当てているものの、多分緊張を私をおちょくってほぐしているだけだと思う。だって、さっきまでガチガチに固まっていた桜木が、ふたりが唐突にはじめた漫才のおかげで、落ち着いてきたもの
。
桜木はいつものハニーフェイスが、化粧と髪のセットにより、より一層可愛さが増している。その頬が紅潮していると、女性の庇護欲をそそるようになっているけれど、桜木はちっとも計算を入れていないところがおそるべきところだ。
私は桜木に声をかけた。
「大丈夫? 曲のアレンジ、ギリギリまでかかったんだから、ちゃんと眠れた?」
「だ、いじょうぶ……ただ、やっぱりお客さん、すごいね……」
学校の特設ステージには、既に在校生たちがわんさか座っている。審査員席や来賓席は前のほうに、ライブ用のランウェイまでつくられて、本格的だ。
今までライブしたことはあっても、こんなに全方向から見られる場所でパフォーマンスなんてはじめてだ。
なによりも。先に【Galaxy】のライブを行ってから、続けざまにオーディションが開始される。見に来ている在校生には事前にスマホにアプリが配られて、そのアプリで推したいアイドルに票が入れられるようになっている。
もし、【Galaxy】に飲まれてパフォーマンスがぐだぐだになったら、ライブはひとたまりもない。
桜木がカタカタと震える中、柿沼は目をキラキラさせている。
「すっごい、お客さんいっぱい! ここで歌えるんだあ、頑張ったら三回も歌える」
「まずは、一次選考突破が先だろ」
「そうだけど! なによりもここで【Galaxy】のライブが見られるってすごくない? 特等席!」
たしかに、それは少しチャンスか。【Galaxy】のライブの次からオーディションだから、舞台袖でじっくりと彼らのライブパフォーマンスが見られるんだから。
「やあ、オーディション前だっていうのに緊張感がないね?」
そう言って笑顔でやって来た澤見先輩に、琴葉はばっと私の後ろに隠れ、真咲は軽く会釈をした。私も会釈を済ませる。
【Galaxy】のオーディション前ライブの格好は、ビニール繊維のテカテカ光るライダージャケットに白いインナーを合わせ、黒いクロックパンツにライダーブーツで決めている。典型的なライブ衣装だし、ただの凱旋ライブにしては物々しい。
……下手したら、今回のオーディション参加者全員を食いかねないなと、私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「こんにちは、今日は胸を借りに来ました」
「うん、よろしく。そちらはファッションコーディネートコースの子に、メイクアップコースの子か。うんうん、柿沼くんたちを完璧に仕上げているようだね、さすがだよ」
「……ありがとうございます」
これは褒めているのか挑発しているのかどっちだろう。
やがて、舞台のほうから体が震えるほどの音量の音楽が流れてきた。彼らの持ち歌だ。
「それじゃ、行ってくるよ。歌が終わり次第審査に入るから……大丈夫、公正にするから、贔屓する気も、下げる気もないよ?」
そう言いながら、流れるような仕草で舞台へと駆けていった。こちらのほうに、北村先輩と星野先輩も続く。
「あいつ張り切ってんなあ……」
「凱旋ライブだから、澤見一樹も元気いっぱい」
「はいはい。あ、可愛い可愛い後輩ちゃんたち。俺たち頑張ってくるから、見ててね」
そう言って北村先輩がウィンクと投げキッスを決めて、澤見先輩へと続いて去って行った。星野先輩はこちらに対して一瞥もしない。クールビューティーというか。いまいち読めない人だ。
北村先輩の投げキッスをもろに食らって、琴葉は放心状態になっているのを「ライブはじまるから、ほら、気絶してる暇ない」と真咲が言っている中、マイクの電源の入る、キィーンという音が響いた。
『皆、【サンシャインプロ主催第十回響学院オーディション】第一選考に集まってくれてありがとう! 選考っていうと堅苦しく聞こえるかもしれないけど、君たちの心臓を打つ仲間たちを、次の審査に上げて欲しいな』
『堅苦しいこと抜き! とりあえずここのアイドルが見たいというのでOK!』
『横やり、取引、駄目絶対。審査は公正に』
ライブ前に、きちんとMCで再度審査ルールを並べてから、BGMがいよいよ激しくなる。そのままライブがはじまり、ライトの光も目まぐるしく変わっていった。
心臓が弾け、ビートが溢れ、温度が一気に上がるような、ライブがはじまった。
【GOO!!】は個人の得意不得意が大きく、それぞれが得意分野を頑張るという形でユニットを組んでいるけれど、【Galaxy】は違う。
澤見先輩の歌声に、北村先輩の歌声、星野先輩の歌声が重なる。でもただ一緒に歌っているんじゃない。それぞれが、別のパートを歌って重ねているんだ。てっきりCDだと別撮りで撮った歌をそれぞれ合わせているのかと思っていたら、これ全部同時に歌っているんだ。いったいどんな歌唱力をしているの。
歌が上手いだけでなく、ダンスも激しい。ストリートダンスとヒップホップを重ねた足捌きは、見る者全てを釘付けにする。
こんなに圧巻のパフォーマンスをしていたら、そりゃ同世代でナンバーワンアイドルにだって君臨するはずだ。だからこそ。
曲が終わり、澤見先輩のMCが響く。
『それでは、これよりオーディションスタートします! エントリーナンバー1【GOO!!】彼らがいったいどんなパフォーマンスをするのか楽しみにしています! 皆、スマホのアプリを起動させて、審査を開始してね!』
いよいよはじまる。私は「あんたたち!」と声を上げる。
既に覚悟の決まっている林場は、涼しげな顔で舞台から降り、審査席へと走って行く【Galaxy】を見つめている。
さっきまでガチガチ緊張していたものの、先輩たちの圧巻のパフォーマンスを見て、一周回って開き直ったらしい桜木は、じぃーっと舞台を見ている。
そして。柿沼はさっきから、歌いたくってしょうがないという顔をしている。
衣装は琴葉に用意してもらった。綺麗に見目を整えるように真咲に頼んだ。……彼らの練習時間やオーディションパフォーマンスの内容は、皆で相談して組み立てた。もうやることはやった以上、あとは彼ら自身に任せるしかない。
「一次審査とか二次審査とか、気になることはいろいろあるだろうけど、今はただ、あの客席のお客様を楽しませることだけを考えて。いつも通り!」
「はい!」
三人はそのまま走って行った。
それに琴葉はにこにこ笑って言う。
「ねえ、もし本当に先輩たちに皆が勝てたら、ちゅうするの?」
「しない。あれは柿沼がはしゃいでただけでしょ」
「えー……もしかすると、もしかするかもだよ?」
「……今回は勝てないかもしれないけど、いずれあいつらは絶対に、先輩を越すよ。でもそのときは、もう私はあいつらの傍にはいないもの」
あいつらは、間違いなくアイドルの頂点に立つ。今まではいろんなしがらみのせいで、あいつらが目立たなかっただけ。今日は、初めて学校にお披露目する日なんだから。
さっき流れたBGMとまるっきり同じものが流れたせいで、客席はざわつきはじめている。
これが狙い。皆、【GOO!!】のことを、あからさまに【Galaxy】のパフォーマンスを模倣しようとする、怖い物知らずの馬鹿と侮るだろう。
でも、彼らのパフォーマンスを見たら最後──もう、目が離せない。
歌が、弾けた。
****
ゆうちゃんの曲のアレンジはシンプル。
元々三人がそれぞれ違う歌を一緒に歌って厚みを増すというのが、【Make a Galaxy】の曲だったけれど、コーラス部分は全部録音して流してもらうことにした。だから、メインパートの澤見先輩の部分を、皆で一緒に歌う。
ダンスはストリートダンスだけれど、先輩たちと違ってブレイクダンスのような大技のもの。これだとゆうちゃんがダンスが苦手なのがわかるから、オレとみっちゃんでダンスが大技を決めてカバーする。
お客さんたちは、オレたちを最初は呆れたような、馬鹿にするような、そんな目で見ていたのに、どんどん熱が帯びていくのがわかる。
楽しいなあ。いつも前座だから、誰かの出番の前にお客さんが遊んでくれる感じだった。オレたち目当てではないから。でも。
今回はもうメインの先輩たちのパフォーマンスは終わってしまった。だからその分だけ、オレたちはのびのびと歌って踊れる。
もっと曲が長かったらいい。もっと歌っていたいし、もっと踊っていたい。でも。
一曲って短いんだよなあ、楽しい時間は、あっという間に終わってしまった。
『それでは、エントリーナンバー1,【GOO!!】でしたー!!』
すぐに舞台袖に引っ込み、また曲が流れてきた。今度はオレや先輩たちと被りたくない一心で、いきなりゆったりとしたバラードに替えてきた。
曲の変化を付けたら、その分【Galaxy】と比べられない分実力勝負になって、もっと厳しい目で見られるんだけどね。そこまでそこのユニットがわかっているのかは、オレも知らない。
汗をボタボタかいていたところで、オレたちにタオルが投げられた。さっちゃんが、タオルを皆にそれぞれ投げてきたのだ。
「ほら、一次選考の結果待ちなんだから。上がったら課題が発表されるし、それまで体冷やして体調壊しちゃ駄目よ?」
「はあい。で、さっちゃん」
オレはひょいっと顔を出すと、彼女は胡乱げな目で見てきた。
「なによ」
「ねえねえ、【Galaxy】に負けてなかった?」
「あんたたちは最初から負けてないでしょ。まだ勝ててないだけで、全然負けちゃいない」
「勝ってなかったかあ……なら、さっちゃんのほっぺにちゅうはお預けね?」
「誰がするって言ったの」
多分、さっちゃんのことだから、本気にしないだろうしねえ……。
全然甘えないし、折れないし、泣いてもまた立ち上がるし。なにより。
オレのことも、オレたちのことも、アイドルとして扱っても、商品としては扱わない。多分そんなマネージャーにはもう一生会えない。
君が欲しいんだけどなあ、こんなマネージャー、もう二度と見つからないだろうし。