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このところ学校が騒がしい。
もうすぐ大規模オーディションがあるからだ。マネージメント契約をしていて、ある程度外部の仕事をしたことがある芸能コースの生徒限定だから、今までオーディションばかり受けていたところや逆にレッスンばかり続けていたところが、慌てて仕事を増やしているんだ。
オレは少しだけふて腐れながら、食堂のラーメンを食べていた。
「北川は大丈夫か。オーディションのポスターを見せてから、全然見ないが」
みっちゃんはスマホをちらちら見ながら、微妙な顔をしてみせる。炒飯を食べる手が遅い。
「全然連絡付かないし、マネージメントコースの校舎行っても皆微妙な顔するし。もう、どうしたんだろ。それにいきなりあんなこと言い出してさあ」
そりゃ事務所に入りたいっていうのは願ったり叶ったりだけれど。でも一年から事務所入りするのはまずいんじゃないかってオレは思ってる。
うちの学校は基本的に、芸能界で仕事をしている人が一番偉いって考えだ。だから学業よりも仕事を優先させられる。もちろん最近はアイドルの息も長いし、芸能界以外を知らない世間知らずにするのはまずいって考えで、適度に学校には行かせてもらえるとは思うけど。
……高校生活らしいことを全然しないで、ひと足先に芸能界に入ったら、早くに老け込んでしまうような気がする。
だからこそ、マネージメント契約で、しばらくは芸能活動と学業を両立させたいって思ってたんだけどな。
ゆうちゃんはサンドイッチを食べながら、おずおずと言う。
「……先輩たちが、帰ってきたからかな」
「あー、いたね。あの人たち」
「あんまりそんなこと言うな。うちの学校だけじゃなくって、うちの世代じゃ一番有望だろ。あの人たちは」
既に芸能界入りを果たしている【Galaxy】は、たびたびオレを勧誘してくるけれど、そのたびに神経を逆撫でしてくるから嫌いだった。
澤見先輩がどういう理由でオレにちょっかいかけてくるのか知らないけど。親の七光りを使って頂点に立ったところで、その七光りが通用しなくなる時間がいずれやってくる。そのときにポイ捨てされるのが目に見えているのに、どうしてそれを素直に信じられるって思ってるんだろう。
ああ、もう。さっちゃんもさっちゃんだけれど、澤見先輩も澤見先輩だ。どうして、いつもいつもいつも。
「あれ? りょうくん」
そう声をかけてきた女子に、顔を上げる。こうちゃんはお盆にハヤシライスを。まあちゃんはお盆にグラタンを持っていた。
オレたちの隣の丸テーブルに座るふたりに、オレは顔を出す。
「あのさ、最近ずっとさっちゃんと連絡が付かないんだけど、なにか知らない?」
「ええ……さっちゃん。言ってなかったの? 皆のこと、気に入っているみたいだったのに……」
こうちゃんは目を瞬かせると、まあちゃんは「はあ」と溜息をつく。
「あの子も頑固だねえ……人に頼りたがらないから、なかなか口を開かなくってさ。まさかマネージメント契約してるあんたたちにまで言ってなかったとは思わなかったよ」
「ちょっと待ってくれ。ふたりは北川の理由を知ってるのか?」
みっちゃんの突っ込みに、ふたりは顔を見合わせた。
こうちゃんは困ったように髪を揺らすだけだったけれど、意を決してまあちゃんが口を開いた。
「さすがにあんたたちが知らないのはまずいだろ。一応聞くけど、あんたたちはどこまで知ってるの、あの子のこと」
「どこまでって……」
さっちゃんは、ちっとも自分の話をしない。お金が必要だとか、特待生でないといけないとか、そこまでしか、オレたちには言っていない。
やがて、ゆうちゃんがおずおずと答えた。
「……北川さんが、お金の話をするのは、しょっちゅう聞いてたけど……それで、僕たちを事務所に早く入れたいっていうのも」
「やっぱりかあ……。あの子も馬鹿だねえ。助けることができるできないはともかく、ちゃんと説明しないと駄目だろうに」
そう言いながら、まあちゃんが形のいい指で頬を撫でる。
「あの子ねえ……」
それに、オレたちは目を見開いた。
****
手帳を広げて、予定を書き込む。
オーディションまであと一週間とちょっと。私ができるのは、オーディションを受けるのか受けないのか、彼らに聞くこと。もし受けないんだったら、仕事を探してこないといけないし、受けるんだったらそれまでをレッスンで埋めないといけない。
学校には休みの連絡を入れたものの、ここはスマホ禁止だから、あいつらに連絡入れられなかったのがまずかったなあ。
「咲子……あなた、学校は大丈夫? 最近、学校楽しそうだったのに」
お母さんは申し訳なさそうに言っている。手には点滴。
それに私は首を振る。お母さんをこうしてしまったのは、最近ずっと楽しくしていた私の責任だ。
あいつらとの関係は打算のつもりだった。でも、気付いたらあいつらの才能をもっと認められたい、あいつらはすごいんだって皆に知って欲しいって、そっちばかり気にするようになっていた。
馬鹿だなあ、私があの学校に入ったのだって、お金がなかったからなのに。
大それた夢なんて、見ている時間はないのに。
「私のことは気にしないで。実と豊にはちゃんと心配せずに学校に行きなさいって言っておいたし、私も出席日数は足りてるから」
「そう?」
「大丈夫よ、お母さん。私は結構節約生活に慣れているし、あの子たちに心配はかけてないから……だから、シフトをもうちょっと減らしてもいいからね。ねっ?」
「……ごめんね」
お母さんに謝られるとやるせなくって、私はお母さんの洗濯物を全部紙袋に入れると、「また来るからね。お大事に」と言って、ようやく病院を出た。
はあ……これから学校に出ても、授業受けられないだろうし、あいつらの予定もまだ決まってないからな。オーディションを受けるのか、受けないのか。聞いておかないと。
澤見先輩に大見得切ってしまったのに、結局あいつらの意思を私は無視してしまっている。これじゃ、柿沼を二世タレントとして売り出したい事務所となにが違うのか。ちゃんと話し合いしないとなあ……。
とぼとぼと歩いていると、「さっちゃん!」と声が聞こえて、私は思わず顔を上げた。
制服姿の柿沼に、林場、桜木だった。
「ちょっと……あんたたち。学校は?」
「抜けてきた! こうちゃんとまあちゃんから事情は聞いた! なんで言わないの!」
「え……」
あのふたりがわざわざ私のことを言うとは思ってなくて、私は少し顔を引きつらせたら、すかさず桜木が「ぼ、くたちが、お願いして聞かせてもらったから、ふたりは、悪く、ないから」と返してくる。
……大方、真咲あたりが気を利かせたんだろうなと思って、私は深く溜息をついた。
「だって。あんたたちに言ってもしょうがないでしょ。うちが片親だって」
「言ってもらわなかったらわからないでしょ、いっつもいっつもさっちゃんは!!」
なんで柿沼がそんなに怒るのかわからず、私はきょとんとしてしまう。
親の七光りが可能だけれど、それを突っぱねてしまっている柿沼と、そもそも親の七光りなんて恩恵に預かれそうもない私じゃ、普通に住む世界が違うと思うのに。理不尽だとは思うけれど、それで柿沼に当たり散らしたところで、うちのお父さんが生き返る訳はないし。
「自分のこと全然考えないで、人のことばっかり気にして!」
「……私、好きなことしかしてない」
「それが勝手だって言ってんだよ! 自分だけで解決するなよ、巻き込めよ、可哀想って同情なんかしないよ、大変なんだって思っても、それでさっちゃんにしてもらったことが全部偽善だったなんて思う訳ないだろ!」
柿沼の言っていることは無茶苦茶だ。なんで私に怒るんだ。怒られても、私の家のことなんてどうにもならないじゃないか。
だんだんこっちだって泣きたくなってきたところで、思いっきり柿沼は林場に殴られた。
「いだっ!? なんで殴るの!!」
「誰だって言いたくないことくらいあるだろ。俺たちのマネージメントからさっさと手を引こうと思ったのは、あれだろう? お金のために利用するのに、罪悪感を覚えたからだろう? マネージメントコースの生徒にも、俺たちが引き受けた依頼料は振り込まれるはずだからな」
「違う……私は、本当に博打を打ちたくなかっただけ。あんたたちに、可哀想って思われたほうが、みじめになると思ったから」
利用していたのは私のほうだ。なんでそんなに都合のいいように解釈してくれるんだ。ただでさえいっぱいいっぱいなのに、私じゃ手に余るから、さっさとプロにマネージメントしてもらったほうが、あんたたちのためだと思っただけだ。
「でも北川さんは、僕たちのことを思って、精一杯仕事を選んで、いい仕事をさせてくれたじゃない」
「本当に……そんなんじゃない。あんたたちが私のことどう思ってるのか知らないけど……あんたたちが思うほど、私。いい人じゃない……」
「ああん、もう! 咲子!」
いきなり柿沼に名前を呼ばれたと思ったら、そのまま抱き締められる。制服越しでもわかる、アイドルらしい細身の体にもかかわらず、しっかりと筋肉の乗っている筋張った体だ。
「あのな、たしかにオレたち、咲子の事情になんにもできないかもしれないけど! なにもないふりされることのほうがきつい! 少しは信じてくれてもいいだろ!? 弱音くらいだったら、いつでも聞けるんだから!」
そう言われた途端に、だんだんとやるせなくなってきて、とうとう涙腺が決壊した。柿沼の制服を掴んで、わんわんと泣き出してしまう。
林場は溜息をついて、柿沼の頭を軽くはたいた。
「公衆の面前だ。せめて端っこに行け。あと、うちの学校は男女交際禁止だ。勘違いされるような行動は取るな」
私がわんわん泣いている中、ふらりといなくなっていた桜木が戻ってくると、ふわんと甘い匂いのものを差し出してきた。
「あ、あの……北川さん。好きかなと思って。あんまり甘くないココア、だけど……」
「……ありがとう」
甘いのも辛いのも好きだから、あんまり気にしなくってもいいのに。私はようやく落ち着いてから、柿沼から離れて、桜木の持ってきたココアを口にした。
「……この間、澤見先輩に会った。柿沼欲しいって、言われた」
「え」
途端に柿沼の機嫌が悪くなるのに、やっぱりあの人のことは地雷なんだなあと再確認する。気遣わしげに、林場が尋ねてくる。
「あの人、しょっちゅう人を試すようなことばっかり言ってくるが……まさかマネージメントコースの北川まで、なにか揺すぶられたりしたか?」
「……柿沼は才能があるから、さっさとプロのマネージメント受けたほうがいいって。私も図星だとは思うけれど。それに」
私はココアをすすってから続ける。
「……私だったら、小さな仕事を取ってくるのが精一杯。ほとんど柿沼の親御さんとのタイアップばっかりだったから、断ってたら微々たるものだよ。だから、せめてオーディションだけは受けて欲しいって思ってる。合否はともかく、学内オーディション自体は、他の事務所なんかも見に来るから。【サンシャインプロ】が嫌なら、他のもっとアットホームな事務所が声をかけてくるのを待つってのも手だし。どうする?」
全員の顔を見る。機嫌が悪くなっていた柿沼は、考え込むように唇に手を当て、林場も顎を撫ではじめた。桜木は困ったようにマスクを指で押し、しばらく沈黙が降りたものの。
「……合否関係なくだったら」
柿沼が言う。
「でもさっちゃん、オレたち、合格したからって、まだ事務所に入る気はないからね? わかってる?」
「はいはい……林場と桜木は」
林場はしばらく考えてから「俺は」と言う。
「あそこの事務所はあくまでアイドルの事務所だし、俺の欲しい仕事をもらえるかはわからない。できれば所属もあそこ以外がいいが。模擬試験だと思えばそれでもかまわない」
「そっか」
まあ、元々林場の第一志望が俳優だし、アイドルになりたいのも自己を完成させたいからっていうのがある。あんまりアイドルっぽい仕事だけするのも嫌なんだろうから、もうちょっとアイドルと役者、どちらもさせてもらえる事務所のほうがいいんだろうと納得する。
桜木は「えっと……」と言う。
「正直、僕は……歌が歌えたら、本当はどこでもいいんだ。事務所に入らなくっても、音楽はつくれるし、発表はできるから。ただ、【GOO!!】として動けなくなるのはやだなあって思うから、もし【GOO!!】じゃ駄目ってところには、行けない。オーディションでどうなるのかは、わからないけど」
「うん、わかった」
芸能界は蹴落とし合いだって言うし、澤見先輩みたいに武器をたくさん持っている人のほうが有利っていうのは真理のひとつだと思う。でも。
こいつらが笑って芸能活動できる場所がいいなあと、私はそう思った。
まずは、オーディションを受けてから考えよう。あとのことは、合否のあとの考える。ひとまずは、オーディション目指してのレッスンからだ。
……過労で倒れたお母さんの退院が、もうちょっと早まったら、気を遣わなくってもいいんだけど。妹と弟には、ちゃんとあとで謝っておこうと、そう考えた。
【サンシャインプロ主催:第10回響学院オーディション】
オーディション参加を申請した生徒たちが、三回に渡る公開オーディションが開催される。三回の内、二回までは学校の生徒までしか見学枠はないけれど、三回までいったら、校外からも見学者が増える。
ここからは、未来の芸能界を担う生徒たちも数多く輩出されているせいで、オーディションの観覧席のチケットはいつも大型ライブツアー並のプラチナチケットと化して争奪戦が行われる。転売屋から買われないようにと、そのチケットはいまやスマホの電子チケットでしか販売されていない。
私は学校から借りたノートパソコンで書類作成をしている間、レッスンの先生に頼んで三人のレッスンを頼んでいた。今までのライブ用のレッスンと違い、オーディション用のレッスンはひたすら基礎をやり直すというもので、発声練習から歌の練習、歩き方の練習までと、どれも授業でやったようなことを反復練習させていた。
「今回は【Galaxy】がオーディション生徒宛に応援ライブを行いますから。彼らに飲まれないようにしましょうね」
そう先生が言うのに、私はピクリとこめかみを動かした。
あのアイドルオーラを全身で浴びて、しばらく動けなくなったことをどうしても思い出してしまう。私がこめかみを引きつらせている中、柿沼はむっとしたように先生を見る。
「ええ、あの人たちに気に入られるように、ですか?」
「別に彼らに嫌われても問題ありませんが。彼らもまた人間でありアイドルです。心証が悪かったらその分点数にマイナスかけられますから、マイナスをかけられるよりはいいでしょう?」
「ええ……」
……柿沼からしてみれば、澤見先輩に二世タレントとしてしか見られなかったことにイラついているんだと思う。彼からしてみれば、そう見る時点で澤見先輩の心証はマイナスなんだろうなあ。
なおもなにか言いたげな柿沼に、林場がすかさずチョップをかました。
「いだっ!?」
「考えてもしょうがないだろ。あの人も忙しいんだ、お前がどれだけ練習を積んでいるのかなんて知らないし、興味もないんだろう。あの人が見たいのは結果だ」
「……そりゃ知ってるよ。あの人は、先に芸能界を見ている人なんだし」
柿沼の剣呑とした言葉に、私は思わず唾を飲み込んだ。
【サンシャインプロ】も相当力を入れて売り込んでいるから、【Galaxy】を見ない日なんてない。炭酸やスナック菓子のCMに、スマホのCM。高校生が手に取るもののCMに確実に出ているおかげで、着実にファンを増やしていっている。
ユニットとしての活動はもちろんのこと、ソロでも少しずつドラマや映画、雑誌モデルとして露出していっているおかげで、十代以外にもファンが増えていっている。同年代の芸能人としては、どうしても彼らを意識せざるを得ないんだろう。
一方、桜木はやんわりと笑いながら言う。
「でも、あの人たちは忙しい分、僕たちがしていたような前座の仕事はしてないよ」
「そりゃね。事務所が大きいから、顔を覚えてもらうための小さな仕事は取ってこなくってもよかったしね」
「なら、僕たちだってちょっとは目立てるかもしれないね。全国の人たちに見せるんじゃなくって、あくまで僕たちの地元の人たちだけ意識すればいいんだから」
……二世タレントという背景を捨てての営業は、本当に前座だけだった。スーパー銭湯にヒーローショーの前座、他にも地元スーパーの前座に、地元のケーキ屋食べ歩きラリーの前座と、ひたすら顔を覚えてもらうためだけの仕事を積み重ねてきた。
その仕事をさせてくれた業者や関係者各位には、私のほうから三日目のチケットは送ったけれど、まずは三日目まで生き残らないと意味がない。
私はどうにか全員分の書類作成を終えると、ノートパソコンを閉じた。
「桜木の言う通り。今は基礎練習だけに集中して。オーディションを受けるって宣言した以上、既にオーディションははじまってるの」
「はあい。わかってますって」
柿沼はそう言って肩を竦めた。
……いや、柿沼が脱線するのはいつものことだ。普段だったら私もいつものことなんだから「はいはい、練習しましょうね」で流せばいいところを流せないんだから、少し緊張していたのかもしれない。
私ができるのは、あくまでこいつらをオーディション中、生き残らせることだけ。それより先は、こいつらが力を出さなかったらいけない場面で、そこから先はマネージメントをしていても手が出せない。
……駄目だな、私のほうが緊張してたら。そう思いながら、パイプ椅子に座り直したとき。
「失礼しまーす。見学に来ました」
それに驚いてドアを見る。基本的に貸し切っているレッスン室に来るのは、レッスンを頼んでいる先生がた以外いない。でもその声は、ずいぶん若かったのだ。
「あら、【Galaxy】の皆。久し振りね」
先生がきょとんとした顔で出迎えたのは、あの忌々しい澤見先輩だった。何故か北村先輩はデジカメを回しているし、ぼーっとした顔で星野先輩はそれに続いている。
柿沼は一瞬だけ目を細めたものの、デジカメにすぐに気付いて、ときどき営業用に使っているアイドルスマイルを浮かべた。
……公開オーディションな以上、見学に来る他の学科の生徒や一般客にとっては、オーディション背景もエンターテイメントだ。ときどき練習風景を【サンシャインプロ】の人たちが見に来ることはあっても、ゲスト審査員の【Galaxy】がカメラを持って見学に来るなんて聞いちゃいない。
「こんにちはー、【GOO!!】でーす」
ここで不機嫌な部分を撮られるわけにはいかないと、即座にアイドルスマイルで対応する柿沼はさすがのものだ。一方林場はいつものポーカーフェイスで「撮影お疲れ様です」とカメラを持っている北村先輩に挨拶を済ませるのも、不自然じゃなくってさすがだ。ずっと俳優をやってきただけあり、林場は本当に胆力がある。
一方、カメラ慣れしていない桜木だけは「あわわわわ」という雰囲気になって大丈夫かと心配になったものの、はにかんで笑う態度は、妙に初々しく見えるから、オーディションを受けに行く新人アイドルとしては最適解を叩き出している。
私はそれにほっとしながら、カメラに映らない場所に移動して、北村先輩に頭を下げた。北村先輩は声を入れることなく、笑顔でこちらに手を振ったものの、私はそれを流し見する。
「それじゃ、【GOO!!】は今度のオーディションを受けるんだよね。オーディションの練習は順調かな?」
澤見先輩の口調はずいぶんと爽やかだ。澤見先輩といい、柿沼といい、妙に黒さが残る人ほど、カメラの前に立ったらただ爽やかなアイドルになってしまうのは、二面性が強いと取ればいいのか、プロ意識が高いと取ればいいのか。
柿沼はそれににこにこ笑って応じる。
「ばっちりです。ねえ、みっちゃん。ゆうちゃん」
「ええっと。はい。オーディションを受ける以上、落ちる気はありません」
「が、頑張ります」
三人ともバランスが本当にいい。私はそう思いながら見ていたら「ふうん……」と澤見先輩が目を細めて、顎に手を当てている。私はその表情に、少しだけ「あれ?」と思った。その目はちっとも笑っておらず、なにかを探っているように見えたのだ。
あれ、澤見先輩。いったいなにを? 私の喉が思わずひくついたとき、彼はにこやかに言う。
「そういえば、柿沼くんのお父さんは柿沼隼人さんだよね? 今回のオーディションを、お父さんはどうおっしゃってるかな?」
おい……おい。私は顔を引きつらせて、北村先輩を睨んだ。北村先輩はカメラを映したまま、空いている手で、「しいっ」と人差し指を押し当てるジェスチャーをした。
いきなり柿沼の両親の話を振ってきたのは、【サンシャインプロ】の意向なの、それとも【Galaxy】の独断? はたまた澤見先輩の? こっちがそれで売る気がないのに、いきなりその話を振ってきても……! 私がそう思っている中。
柿沼は笑顔を微塵も揺らさず、和やかに答える。
「すっごく喜んでいます。でもオレは、うちの父とは違う道を選びます。オレが目指しているのは、母のようなアイドルですから」
避けた……既に一般人になっているお母様の話を振られたら、さすがに澤見先輩も引くか? 私はちらりと澤見先輩を見るけれども、こちらもにこやかな表情を崩していない。カメラを回している北村先輩は「あっちゃー」と額に空いている手を当てているものの、止める気はないらしい。星野先輩は論外だ。
「そっか。君はお母様のようになりたいんだね?」
「いいえ。父は父、母は母、オレはオレですから。それを教えてくれたのが、オレの仲間たちですから。みっちゃんにゆうちゃん……あと、さっちゃん」
そう言って私のほうを指差す。そしてカメラもこっちを向く。
……ちょっと待って。マネージャーはちっともオーディションに関係ないでしょ。映してどうすんの。私は慌てた顔が映らないよう、ただ笑顔を浮かべて会釈をするものの、顔が引きつっているのは否めない……だって私、裏方が基本だから、笑顔のつくり方なんてわからないから。
それに少ーしだけ、澤見先輩は顔が崩れて、ちらっと私のほうを見た……私のことなんて、もう忘れたと思っていたのに、お忙しい先輩はまだ私のことを覚えていたらしい。意外そうなものを見る顔をしたあと、ようやく表情を引き締めた。
「そっか。ならオーディション。楽しみにしているよ」
「はい。オレたち【GOO!!】が、【Galaxy】の天下を終わらせますから」
そう言ったのに、私は顔を引きつらせた。
……これは前の【HINA祭り】のときみたいに挑発行動じゃない。あからさまな宣戦布告だ。
だから、喧嘩を売るな。真っ向から戦おうとするな。もうちょっと作戦練ってから言え。
思ってても言わないのが普通でしょうが……!!
私が頭を抱えている中、ようやく北村先輩はカメラを止めると、「こらこらこらこら」と言い合いをしていたふたりのほうに割り込んでいった。
「こら、一樹。ちゃんとこの子も他の子たちに話振ってるんだから、ひとりに偏らない。あと裏方に話振るのは禁止でしょ、君も」
「ごめんなさーい」「ごめんなさーい」
ふたりとも全く心のこもってない声で謝るものの、こりゃちっとも反省してないなと頭を抱える。林場と桜木はというと、ふたりの舌戦に口を挟むことなく、胡乱げなまなざしで柿沼を見ているばかりだった。星野先輩は何故か先生と話をしているし。自由か。
「この録画はあとで編集するとして。それじゃ、本当にオーディション頑張ってね。頑張って三回生き残ってね。あと特待生ちゃんも」
「はい?」
彼はにこっと笑うと空いている手を小さく振った。
「ひとりになって寂しかったら、お兄さんに泣きついてもいいから」
「いや、そういうのは全然ないです。はい」
「正論」
【Galaxy】は言いたいことを言って、やりたいことをやって立ち去ってしまったけれど。
三人が立ち去ったあと、私はパイプ椅子から立ち上がれないことに気付いた。
「さっちゃん?」
「……あんたたち、本当になんともないの? 私、あの人たちのオーラに当てられて、力が入らないんだけど」
芸能界を生き抜いてきた彼らのオーラは相変わらず鋭く、見ているほうにオーラがなかったら、たちまちエネルギーを奪っていく。私はまたも力が抜けてしまっていた。それにひょいと柿沼が引っ張り上げて立たせてくれる。
「負けないよ。あの人たちが芸能界を生き残っているとしても。オーラがすごいとしても。そういえばさっちゃんは、オレたちと一緒のときは大丈夫なの? 力入らなくなるとかない?」
「……いや、全然?」
たしかに【GOO!!】の奴らも、オーラは磨かれてきているとは思うし、最初見たときからオーラはあったと思うけれど。でも何故か、こいつらと一緒にいて腰を抜かしたことは一度もなかった。
それに三人は顔を見合わせて、代表として林場が口を開いた。
「なら、多分大丈夫だ。オーディション。楽しみにしててくれ」
「え? うん」
オーディションは今月末。それまでは仕事をセーブして、オーディションに集中、あるのみだ。
私はそわそわしながら、教室の自分の席に座っている。ちらっちらっとクラスメイトたちの様子を確認する。
「それじゃ、今日の練習はキャンセルで。一旦ミーティングするから、放課後図書館の閲覧席で会おう」
マネージメント契約している子に連絡を取っている子もいれば、私みたいに縮こまって座って待っている子もいる。待ってるだけだと時間の無駄だと判断したのか、資格勉強をしている子もいるけれど、結果報告を待っている間に勉強しても、ちっとも頭に入らないことを私は知っている。
今日は書類審査があり、いよいよ一次審査の日程と課題が発表されるのだ。
俳優志望の子たちは脚本を渡されるから、それで課題の演技を見せなきゃいけないし、アイドル志望や歌手志望は課題曲が発表されるから、それを披露しないといけない。
しかも公開オーディションなわけだから、たった一週間の間に、課題をクリアしないといけないんだから、いったい【サンシャインプロ】はなにを考えているんだと頭を抱えてしまう。
それもこれも、先に書類審査をクリアしなかったら駄目なんだけど。
まあ、【サンシャインプロ】は最大手事務所だから、わざわざここのオーディションを目指さず、地道に中堅事務所の入所オーディション目指している子たちはいつも通りなんだけれど、こんなに緊張で凝り固まっている校舎にいないほうがいいと判断したのか、皆それぞれ散ってしまっている。
……ちなみに、書類審査も含めて、全てのオーディション結果は、先にマネージメントコースの生徒に通達される。たしかに芸能界に就職を決めたら最後、いろんなオーディションの合否に立ち会うことになるだろうし、ときには自分が審査する側に回るんだろうけれど。最初から最大手の合否に立ち会うなんてことにはまず、ならないはずだ。
……その最大手事務所のオーディション結果を、今受け取るわけなんだけどさ。
「……北川さんは、どうしてマネージメント契約したの? それも二世なんて大物いるアイドルの」
あまりに緊張したらしく、たまりかねてクラスメイトが私にどうでもいいことを問いかけてきた。……正直、公開オーディション一日目がはじまらない限りは、あいつらの実力を知らない子たちからしてみたら、楽な仕事をしてると思われているんだろう。そもそも私、資格目当てでここのコースに入学したし、四月は丸々資格勉強しかしてなかったから、余計に胡散臭く見えるんだろう。
緊張している八つ当たりだとは思うけれど、どう言ったものか。正直、他のコースはともかく、マネージメントコースの生徒なんて、下手したらマネージメント契約している子とのほうがよっぽどしゃべっている程度には、連帯感というものがない。誰も彼もが自分の契約相手の敵認定なのだ。自分ちの子が一番可愛いってやつ。
だから、私が下手なことを言って、ペースを崩したら最後、あいつらまで巻き添えを食らう。それはごめんだなあ。私はそう思いながら、口を開いた。
「柿沼のことだったら、あいつがいるからあのアイドルユニットとマネージメント契約したわけじゃない。あいつら、才能があると思ったから。だから、さっさとあいつらを事務所に入れて認めさせたいって思っただけ」
「ええ……でも仕事は引く手あまたでしょ。お父さん今も現役だし」
すごいな、あいつの地雷を次々と踏んでくるようなこと言って。私はそう思いながら、言葉を続ける。
「柿沼だけじゃないでしょ。林場も、桜木も、すごいやつだから。あいつらは、本当にすごい。あいつらがすごいのは、別に私の手柄じゃないから。ただ、あいつらはすごいのに、私じゃ手に余るから、早く事務所に預けたいだけ」
「まるでオーディション、さっさと一抜けするみたいに言うね」
「……するでしょ」
私に言うならともかく、あいつらのことを親の七光りだと思われちゃ、たまったもんじゃない。こっちは次から次へやってくる親の七光り仕事を全部断って、謝罪する連絡を繰り返しているっていうのに。
そうこうしている間に、事務所から来た。普段しゃべっている事務員さんが、たくさんプリントを持ってやってきたのだ。皆慌てて席に着き、彼女に視線を注ぐ。
「それでは、【サンシャインプロ主催:第10回響学院オーディション】通過者発表します。まずは俳優部門……」
俳優部門の合否で、立ち上がって叫ぶ子、泣き出して机に突っ伏してしまう子、すぐにマネージメント契約している子に連絡する子……反応は様々だ。
続いて歌手部門の合否も似たり寄ったりな中、いよいよアイドル部門だけれど。
はっきり言って、今回は【Galaxy】がゲスト審査員をしている時点で、アイドル部門が荒れることはわかっていた。小耳に入れた限り、進路問題のかかっている三年生でアイドル部門でこのオーディションを受けたのはゼロだったらしい。そりゃそうか。普通の神経をしていたら、まずうちの世代のトップアイドルの引き立て役にされかねない状態に喜ぶ人なんていないし……うちの奴らみたいに、あの人たちを越えるなんて早々に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしない。少し前の私だって、こんな絶対に勝てない勝負に挑むことはしなかった。
つまりは、私もあいつらの馬鹿さ加減が移ってしまったってことだ。
一年ではまだ何組か書類審査に入っていたはずだけれど。
「最後。アイドル部門。【甘辛かるてっと】、【綺羅星】……」
途端にその子たちのマネージャーが電話をしたり、アプリ使いはじめた中、私は座ったまま、事務員さんの読み上げるプリントを凝視していた。
「【GOO!!】」
その声を聞いた途端、私の体の力は抜けきってしまった。
「……以上です。それでは、通過者のマネージャーたちにはそれぞれ課題が発表されますので、それを元に通過者のマネージメントをお願いします。今回落ちた人たち。この書類審査が全てではありませんし、なによりもあなた方はまだ一年生です。気を落とさないように、次のオーディションで会いましょうね」
落ちた子たちは落ちた子たちで、落ちた旨を契約者に報告しないといけないし、慰めないといけない。これらもまた、マネージャーの仕事だからだ。
多分、合否にいちいち一喜一憂しないで、平常心を保つこともまた、マネージャーの素養なんだろう。そう思っていたら、事務員さんから課題が配られた。
それを見た途端に早速俳優志望の子たちは、スタジオやレッスン場を借りる手続きに移ってしまった。歌手志望の子たちは音楽室の個室の空き事情の確認をはじめる。
さて、アイドル志望の課題はと。配られたプリントを見て、私は固まる。
「え……?」
アイドルの契約者たちが、私も含めてざわつく。
「【Galaxy】のライブのあとに……【Galaxy】の楽曲でライブ、ですか……!?」
「はい。マネージャー同士で選曲を会議してもかまいませんし、独断で決めても結構です。ただ、課題曲の順番がそのままオーディションの順番になるということをお忘れなく。以上がアイドル志望者たちの課題です。他には別途課題を渡していますが、皆さんのオーディション内容とは関わりませんから」
……これはひどい。
ご当地アイドルやご当地ヒーローの前座は務めてきたし、今回も【Galaxy】がゲスト審査員だという情報は入ってきていたけど、まさか……。
私は何度も何度も浴びてきた彼らのオーラを思い出す。
慣れてきたとはいえど、芸能界で磨かれてきたオーラと、まだ駆け出しのアイドルのオーラだったら、月とすっぽんだ。格が違う。そんな彼らを前座にして、彼らの曲を歌うって……これは、見に来た生徒たちに、贔屓目一切抜きで審査させるにはちょうどいいだろうけれど。逆にうちの奴らの個性を見出さないといけない。
事務員さんは「それでは、ライブの曲順が決まりましたら、事務所に報告お願いします」と言い残して、そのまま立ち去ってしまった。
残された私たちは、硬直する。
……これは、アイドルだけの素養の問題じゃない。私たちマネージャーが、一番自分のアイドルを売り出したい位置と曲を選ばないといけないんだから、私たちの力も露骨に試される。三年生たちがこぞってオーディション参加を辞退するのも頷けた。
「とりあえず、選曲はアイドルたちに選ばせるにしても、まずは順番と、曲の候補を挙げていこう」
【甘辛かるてっと】のマネージャーが言う。こっちは女子アイドルユニットだから、女子のキーに合わせて歌える曲を選ばないといけないから、一番厳しい。
私たちはそれぞれの順番を決め、【Galaxy】の曲を試聴サイトから候補曲を選んだ上で、解散となった。
これはまずい。【Galaxy】が前座になんかなってくれるわけないのに、先輩たちのあとで曲を流さないといけないのだから。
【GOO!!】の順番は、それを聞いた途端に決まってしまった。
あいつらは、トップバッターだ。一番【Galaxy】と比べられて、がっかりされる場所。逆に言ってしまえば、一番あいつらの実力というものを測られる。
……私はあいつらを見せびらかしたい。だからこそ、ここで勝負に出るんだ。
****
「書類選考くらいはすぐ通過するとは思ってたけど。えっぐいねー。今回のオーディション内容」
ミーティングのために、普段借りているレッスン場に集まって、課題曲を皆に見せたところで、間延びした声を上げる柿沼。
うん、あんたはどうせそんなんだろうと思ってたわ。
林場はいつものポーカーフェイスで、他のユニットの順番を眺めている。
桜木はいつもだったらもっと震えていると思ったのに、意外と落ち着いていて、課題曲をじっくりと眺めている。
「あの……僕たちが【Galaxy】の次に歌うっていうのはわかったけれど……【Galaxy】の選曲ってわからないの?」
「一応わかるけれど」
ゲスト審査員は応援ライブという形で、そのまんま審査に加わる。アイドル志望者たちを揺さぶりにかけてくるために、デビュー曲にして一番ヒットしている曲の【Make a Galaxy】を披露する予定だ。アップテンポの曲調で、ダンスももっとも激しいナンバーだ。このあとに緩急付けてバラードなんか披露しても、お客さんも反応ができないから、こちらも一番なんだから【Galaxy】に合わせてダンスナンバーがいいだろうと、そんな選曲をしてきたけれど。
桜木は私の選んできた曲をじぃーっと見たあと、今度は私をじぃーっと見てくる。
「北川さん、もし僕たちが【Make a Galaxy】を歌いたいって言ったら、止める?」
「……はい?」
意図がわからず、私は固まる。
たしかに、【GOO!!】は王道なJ-POPを歌ってきたし、前に桜木につくってもらった歌もバラードだ。【Galaxy】とは曲調も方向性も違う。だから、こいつら風にアレンジすれば、差別化は充分計れるけれど。でも。
いくらなんでも【Galaxy】のあとで、この曲とダンスの振り付けを合わせるような危険な真似は、したくはない……んだけれど。
桜木の提案に、柿沼は悪戯っぽく「いいねえ」と笑ってみせたのだ。林場も満更でもない顔で、「なるほど」と言っている。なにが。
「桜木はあれだな。まずは【Galaxy】のお手本を元に、俺たちの歌唱力は彼らに負けずとも劣らないと証明したいんだな。たしかに、手本があったほうが、わかりやすい。が、一応これはオーディション以前に、俺たちと【Galaxy】の合同ライブだ。他のオーディション参加者たちだってわかっているだろう」
「だから、曲とダンスのアレンジをしたいんだ。曲だけだったら、僕が一日くれればアレンジを済ませるけど」
そう来たか。たしかに、課題曲を与えられたけれど、【Galaxy】のコピーユニットはふたつもいらないんだ。【Galaxy】の課題曲を使って、自分たちの個性を発揮すること。応募要項にも、原曲のアレンジをしてはいけないという項目は書かれていない。
「ダンスの振り付けはどうする? 今からオーディションまで時間がないんだけれど」
「あ、なら俺がやろう」
そう手を挙げたのは、林場だった。そういえば、林場は劇団所属だったせいか、皆に合わせることも、アップテンポ過ぎる柿沼と、ダンスは素人から抜けない桜木を繋ぐのも得意だった。
私は頷いた。柿沼はにこにこと笑っている。
「楽しみだなあ。いよいよ先輩たちと勝負できるなんてさ」
「勝負じゃないから。合同ライブだから……オーディション、だけれど」
「わかってるよ。頑張ろう」
そうにこにこ笑っているけれど、静かに燃えているんだろうということはわかる。
澤見先輩たちは、最大限のパフォーマンスをして、観客を魅了する。その観客の関心を奪わないといけないんだから、至難の技だ。
でも。逆に言ってしまえば、一番観客を奪いやすいのもまたトップバッターだ。
これだけ喧嘩を売っているような内容、他のユニットだったらまずしないだろうけれど。それが私たちなのだから。
おしゃれなスーツ風の衣装だけれど、スーツよりも服の伸縮がスムーズで、ダンスパフォーマンスができやすいようになっている。
「スーツ、これでいい? それにしてもびっくりしちゃったなあ。まさか曲を【Galaxy】に合わせてきて、【Galaxy】と対バン張れるような衣装なんて発注かかったときは、本当にどうしようかと思っちゃった」
「うん、無茶ぶりしちゃってごめんね。でもありがとう」
私のオーダーは【Galaxy】に喧嘩を売っていると丸わかりな衣装。
普段から【Galaxy】は【サンシャインプロ】専属デザイナーにより、アクティブなダンスパフォーマンスのできる衣装というもので売っている。ダンスしやすいようにと、化繊のジャケットにスウェットでスタイルのよさを強調したパフォーマンスは圧巻で、ライブになったら熱狂的なファンは気絶するとかいう噂まである……まあ、多分噂なんだろうけどね……。
それに対抗するにはどうしたらいいかと考えたら、正統派アイドル衣装がいいんじゃないかと思って、学校の図書館で片っ端からアイドル雑誌を読み漁り、正統派のアイドル衣装について勉強したところ、ファッションスーツという形に落ち着いたのだ。
色物ばっかり着ている【GOO!!】を見ていたせいで、元々顔がいいあいつらが、もっともいい顔しているように見える。
私は衣装を着たところで、真咲に「はい、それじゃ化粧するから座って座って」と順番に椅子に座らされて化粧を施されていくあいつらを眺めていたら、くすりと琴葉が笑い声を上げた。
「なによ」
「ううん。本当にさっちゃん。明るさが戻ったなあと思って、安心してたの。おじさんのこととか、みっちゃんやゆたくんのことで、全部抱え込んじゃってたから。心配だけど、わたしたちが口先だけで励ましても、全然さっちゃんの力になれないから。だから、【GOO!!】の皆がいてくれてよかったなあって、そう思ったの」
「琴葉……ごめん、心配かけて」
「いいよぉ、仕方ないじゃない。おじさんだってきっとどこかでさっちゃんのこと見守ってるよぉ」
そう言われて、なんだか情けなくなった。
別に悲劇の主人公になりたいわけじゃなかったけれど、私のせいで、琴葉や……多分真咲にまで心配かけてたんだなあと。
お父さんが事故死したのと、私の受験シーズンが重なったから、あの一年のことはもう本当に思い出したくもない。元々進学高に行く予定だったけれど、そのお金は全部うちの妹や弟の学費に回してもらったんだ。
悩んだ結果が、琴葉や真咲と同じ学校への進路変更だったんだから、なにがどう転ぶのかなんてわからない。
心配くらいさせろなんて言葉、聞いたことなかったもんね。
しみじみしていたら、「さっちゃん」と声をかけられた。ライブ会場のライトのことを考えて、いつもよりもマットに塗り込んである化粧で、柿沼は鮮やかに笑っていた。
「男前になったじゃない」
「そうでしょ? ねえ、さっちゃん。特等席で見ていて。オレたちのライブ。【Galaxy】倒せたらさあ、ご褒美ちょうだい?」
倒せたらって……まだ一次選考でしょうが。そう野暮なことを思ったけれど、それはおくびにも出さず「なにが欲しいのよ」と言った。そしたら柿沼は頬をトントンと叩いた。
「ほっぺにちゅう」
言った途端に間髪入れずにスパンと音が鳴った。林場がスリッパで柿沼を叩いたのだ。うん、真咲がセットした髪は無事だ。
元々クールな色気があった林場は、化粧と髪のセットにより、より一層凜々しく仕上がっていた。
「北川に余計な心労をかけるな。本番前だぞ」
「えぇー……じゃあ、みっちゃんだったらなにが欲しいのさ」
「むしろ逆だろ。俺たちのマネージャーに、勝利を捧げないでどうする」
だから、まだ一次選考。琴葉は「ラブコメッ!?」という顔で笑いながら頬を当てているものの、多分緊張を私をおちょくってほぐしているだけだと思う。だって、さっきまでガチガチに固まっていた桜木が、ふたりが唐突にはじめた漫才のおかげで、落ち着いてきたもの
。
桜木はいつものハニーフェイスが、化粧と髪のセットにより、より一層可愛さが増している。その頬が紅潮していると、女性の庇護欲をそそるようになっているけれど、桜木はちっとも計算を入れていないところがおそるべきところだ。
私は桜木に声をかけた。
「大丈夫? 曲のアレンジ、ギリギリまでかかったんだから、ちゃんと眠れた?」
「だ、いじょうぶ……ただ、やっぱりお客さん、すごいね……」
学校の特設ステージには、既に在校生たちがわんさか座っている。審査員席や来賓席は前のほうに、ライブ用のランウェイまでつくられて、本格的だ。
今までライブしたことはあっても、こんなに全方向から見られる場所でパフォーマンスなんてはじめてだ。
なによりも。先に【Galaxy】のライブを行ってから、続けざまにオーディションが開始される。見に来ている在校生には事前にスマホにアプリが配られて、そのアプリで推したいアイドルに票が入れられるようになっている。
もし、【Galaxy】に飲まれてパフォーマンスがぐだぐだになったら、ライブはひとたまりもない。
桜木がカタカタと震える中、柿沼は目をキラキラさせている。
「すっごい、お客さんいっぱい! ここで歌えるんだあ、頑張ったら三回も歌える」
「まずは、一次選考突破が先だろ」
「そうだけど! なによりもここで【Galaxy】のライブが見られるってすごくない? 特等席!」
たしかに、それは少しチャンスか。【Galaxy】のライブの次からオーディションだから、舞台袖でじっくりと彼らのライブパフォーマンスが見られるんだから。
「やあ、オーディション前だっていうのに緊張感がないね?」
そう言って笑顔でやって来た澤見先輩に、琴葉はばっと私の後ろに隠れ、真咲は軽く会釈をした。私も会釈を済ませる。
【Galaxy】のオーディション前ライブの格好は、ビニール繊維のテカテカ光るライダージャケットに白いインナーを合わせ、黒いクロックパンツにライダーブーツで決めている。典型的なライブ衣装だし、ただの凱旋ライブにしては物々しい。
……下手したら、今回のオーディション参加者全員を食いかねないなと、私は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「こんにちは、今日は胸を借りに来ました」
「うん、よろしく。そちらはファッションコーディネートコースの子に、メイクアップコースの子か。うんうん、柿沼くんたちを完璧に仕上げているようだね、さすがだよ」
「……ありがとうございます」
これは褒めているのか挑発しているのかどっちだろう。
やがて、舞台のほうから体が震えるほどの音量の音楽が流れてきた。彼らの持ち歌だ。
「それじゃ、行ってくるよ。歌が終わり次第審査に入るから……大丈夫、公正にするから、贔屓する気も、下げる気もないよ?」
そう言いながら、流れるような仕草で舞台へと駆けていった。こちらのほうに、北村先輩と星野先輩も続く。
「あいつ張り切ってんなあ……」
「凱旋ライブだから、澤見一樹も元気いっぱい」
「はいはい。あ、可愛い可愛い後輩ちゃんたち。俺たち頑張ってくるから、見ててね」
そう言って北村先輩がウィンクと投げキッスを決めて、澤見先輩へと続いて去って行った。星野先輩はこちらに対して一瞥もしない。クールビューティーというか。いまいち読めない人だ。
北村先輩の投げキッスをもろに食らって、琴葉は放心状態になっているのを「ライブはじまるから、ほら、気絶してる暇ない」と真咲が言っている中、マイクの電源の入る、キィーンという音が響いた。
『皆、【サンシャインプロ主催第十回響学院オーディション】第一選考に集まってくれてありがとう! 選考っていうと堅苦しく聞こえるかもしれないけど、君たちの心臓を打つ仲間たちを、次の審査に上げて欲しいな』
『堅苦しいこと抜き! とりあえずここのアイドルが見たいというのでOK!』
『横やり、取引、駄目絶対。審査は公正に』
ライブ前に、きちんとMCで再度審査ルールを並べてから、BGMがいよいよ激しくなる。そのままライブがはじまり、ライトの光も目まぐるしく変わっていった。
心臓が弾け、ビートが溢れ、温度が一気に上がるような、ライブがはじまった。
【GOO!!】は個人の得意不得意が大きく、それぞれが得意分野を頑張るという形でユニットを組んでいるけれど、【Galaxy】は違う。
澤見先輩の歌声に、北村先輩の歌声、星野先輩の歌声が重なる。でもただ一緒に歌っているんじゃない。それぞれが、別のパートを歌って重ねているんだ。てっきりCDだと別撮りで撮った歌をそれぞれ合わせているのかと思っていたら、これ全部同時に歌っているんだ。いったいどんな歌唱力をしているの。
歌が上手いだけでなく、ダンスも激しい。ストリートダンスとヒップホップを重ねた足捌きは、見る者全てを釘付けにする。
こんなに圧巻のパフォーマンスをしていたら、そりゃ同世代でナンバーワンアイドルにだって君臨するはずだ。だからこそ。
曲が終わり、澤見先輩のMCが響く。
『それでは、これよりオーディションスタートします! エントリーナンバー1【GOO!!】彼らがいったいどんなパフォーマンスをするのか楽しみにしています! 皆、スマホのアプリを起動させて、審査を開始してね!』
いよいよはじまる。私は「あんたたち!」と声を上げる。
既に覚悟の決まっている林場は、涼しげな顔で舞台から降り、審査席へと走って行く【Galaxy】を見つめている。
さっきまでガチガチ緊張していたものの、先輩たちの圧巻のパフォーマンスを見て、一周回って開き直ったらしい桜木は、じぃーっと舞台を見ている。
そして。柿沼はさっきから、歌いたくってしょうがないという顔をしている。
衣装は琴葉に用意してもらった。綺麗に見目を整えるように真咲に頼んだ。……彼らの練習時間やオーディションパフォーマンスの内容は、皆で相談して組み立てた。もうやることはやった以上、あとは彼ら自身に任せるしかない。
「一次審査とか二次審査とか、気になることはいろいろあるだろうけど、今はただ、あの客席のお客様を楽しませることだけを考えて。いつも通り!」
「はい!」
三人はそのまま走って行った。
それに琴葉はにこにこ笑って言う。
「ねえ、もし本当に先輩たちに皆が勝てたら、ちゅうするの?」
「しない。あれは柿沼がはしゃいでただけでしょ」
「えー……もしかすると、もしかするかもだよ?」
「……今回は勝てないかもしれないけど、いずれあいつらは絶対に、先輩を越すよ。でもそのときは、もう私はあいつらの傍にはいないもの」
あいつらは、間違いなくアイドルの頂点に立つ。今まではいろんなしがらみのせいで、あいつらが目立たなかっただけ。今日は、初めて学校にお披露目する日なんだから。
さっき流れたBGMとまるっきり同じものが流れたせいで、客席はざわつきはじめている。
これが狙い。皆、【GOO!!】のことを、あからさまに【Galaxy】のパフォーマンスを模倣しようとする、怖い物知らずの馬鹿と侮るだろう。
でも、彼らのパフォーマンスを見たら最後──もう、目が離せない。
歌が、弾けた。
****
ゆうちゃんの曲のアレンジはシンプル。
元々三人がそれぞれ違う歌を一緒に歌って厚みを増すというのが、【Make a Galaxy】の曲だったけれど、コーラス部分は全部録音して流してもらうことにした。だから、メインパートの澤見先輩の部分を、皆で一緒に歌う。
ダンスはストリートダンスだけれど、先輩たちと違ってブレイクダンスのような大技のもの。これだとゆうちゃんがダンスが苦手なのがわかるから、オレとみっちゃんでダンスが大技を決めてカバーする。
お客さんたちは、オレたちを最初は呆れたような、馬鹿にするような、そんな目で見ていたのに、どんどん熱が帯びていくのがわかる。
楽しいなあ。いつも前座だから、誰かの出番の前にお客さんが遊んでくれる感じだった。オレたち目当てではないから。でも。
今回はもうメインの先輩たちのパフォーマンスは終わってしまった。だからその分だけ、オレたちはのびのびと歌って踊れる。
もっと曲が長かったらいい。もっと歌っていたいし、もっと踊っていたい。でも。
一曲って短いんだよなあ、楽しい時間は、あっという間に終わってしまった。
『それでは、エントリーナンバー1,【GOO!!】でしたー!!』
すぐに舞台袖に引っ込み、また曲が流れてきた。今度はオレや先輩たちと被りたくない一心で、いきなりゆったりとしたバラードに替えてきた。
曲の変化を付けたら、その分【Galaxy】と比べられない分実力勝負になって、もっと厳しい目で見られるんだけどね。そこまでそこのユニットがわかっているのかは、オレも知らない。
汗をボタボタかいていたところで、オレたちにタオルが投げられた。さっちゃんが、タオルを皆にそれぞれ投げてきたのだ。
「ほら、一次選考の結果待ちなんだから。上がったら課題が発表されるし、それまで体冷やして体調壊しちゃ駄目よ?」
「はあい。で、さっちゃん」
オレはひょいっと顔を出すと、彼女は胡乱げな目で見てきた。
「なによ」
「ねえねえ、【Galaxy】に負けてなかった?」
「あんたたちは最初から負けてないでしょ。まだ勝ててないだけで、全然負けちゃいない」
「勝ってなかったかあ……なら、さっちゃんのほっぺにちゅうはお預けね?」
「誰がするって言ったの」
多分、さっちゃんのことだから、本気にしないだろうしねえ……。
全然甘えないし、折れないし、泣いてもまた立ち上がるし。なにより。
オレのことも、オレたちのことも、アイドルとして扱っても、商品としては扱わない。多分そんなマネージャーにはもう一生会えない。
君が欲しいんだけどなあ、こんなマネージャー、もう二度と見つからないだろうし。
全ての演目が終わった。
バラードもあれば、ダンスナンバーもある、ロックもあれば、R&Bもある、いったい【Galaxy】のアルバムの曲ってどれだけのクリエイターが関わっているんだろうと思わざるを得ない内容だった。
「課題が【Galaxy】の曲でライブだったのに……かぶせてきたのが【GOO!!】だけで、残りは見事にばらけたねえ」
舞台袖からライブを鑑賞していた真咲が言うのに、私は頷いた。
「多分だけれど、これは【サンシャインプロ】が新人オーディションをしたいっていうのと同時に、凱旋ライブと称して、【Galaxy】の存在をひびがくの在校生に固定しておきたかったんだと思うよ」
「なんでまた。うちの学校にわざわざ覚えさせなくっても、元々あそこのユニットは同年代じゃナンバーワンアイドルでしょ」
「うん……ただ、調べた限りじゃ、アイドルの寿命ってものすごく伸びているのと、ものすごく縮まっているのの二極化が進んでいるからじゃないかな」
大昔はアイドルはどんなに年を食っていても二十代で引退だったけれど、今はそうじゃない。四十代を越えても現役アイドルはいっぱいいるし、なんだったら結婚してもアイドルを続けている例だって、男女アイドル共に存在している。
でもその一方で、昔よりも使い捨てにされて十代のうちに芸能界を去って行くアイドルだってあとを絶たない。事務所の経営方針だったり、他のユニットを推すために使い捨てにされたり、そんな話は少し調べただけでかなりの量見つかった。
アイドルの寿命を延ばすとなったら、母校を利用する、敵をつくらず味方を増やす、戦わずに味方に引き入れる……などなどしていくしかない。
でも。それじゃ新陳代謝はされないから、新陳代謝を活発にするために、今回のオーディションを開催したんじゃないか。
戦うか、味方になるか。最初から、それを見極めたかったのがこのオーディションじゃないかと思う。
……もっとも、これはあくまでオーディションの一次選考だ。ここから二次、最終まで進まなかったら、意味がない。
しばらく間が空いたあと、審査される皆が舞台に呼ばれる。
「それじゃ、結果聞いてくるね」
ぶんぶんと柿沼に手を振られ、私の振り返す。林場、桜木も首を縦に振るので、私も頷く。舞台袖からは、ブルルルル……とドラムの音が響いていた。
『大変お待たせしました! それでは、一次選考通過者を発表します!』
俳優志望者、モデル志望者はこことは別の場所で公開オーディションが行われたはずだけれど、あちらはどうなったんだろう。私はスマホのアプリで一次選考結果を確認しながら思う。
……そこそこいたはずなのに、半分落とされている。こちらも半分はふるい落とされるはずだけれど。
次々のアイドル志望者、歌手志望者の名前が呼ばれる中。
『【GOO!!】』
ユニット名が高らかに呼ばれ、私は思わず背筋を伸ばした。段上のあいつらもまた、叫んで互いに抱き合っている。
こちらでもパチパチと琴葉と真咲が手を叩いてくれた。
「おめでとう! 一時は【Galaxy】と曲をかぶせてくるし、大丈夫なのかなって心配してたけど。全然問題なかった! 本当によかった!」
「ありがとう……あいつらにも言ってやって」
「でも、あいつらをマネージメントしてたのは咲子だろ。誇ってもいいよ」
「私は……あいつらがレッスンに集中できるよう、環境を整えただけ。それ以外は、あいつらの実力だよ」
「でも、今回の公開オーディションで、皆あいつらの存在を知った。もうあいつらのことを、ただの二世タレントとそれに率いられたアイドルユニットとして見る奴はいない」
そうだ。元々はそれが目的だったんだから。あいつらを認めさせる。柿沼を二世タレントとして売らないという、それが。
今回、【サンシャインプロ】に認められなくっても、他の事務所から声がかかったらいいと、そう思っていたんだから。
二次選考の課題が発表され、次の選考が一週間後とわかってから、ようやく解散となった。
私たちはレッスン場に行き、次の課題の話をする。次は学校課題曲以外の曲というものだけれど、これでライブを盛り上げる、次からやってくる外部のお客様たちに名前を覚えてもらうとなったら、なかなか至難の技だ。おまけに次からは【Galaxy】のライブはないのだから、無名アイドルたちだけでライブを盛り上げないといけない。
順番は抽選になり、【GOO!!】は三番目となった。全十二組の三番目というと、中途半端なんだ。
「まずは、今回は一次選考突破おめでとう。本当だったら今日は解散して、明日からのレッスンに備えて欲しいところなんだけれど、次の課題が発表された以上、その課題について話し合いたいんだけど。……皆、体力は大丈夫?」
【Galaxy】のアイドルオーラは強く濃い。あれを間近で浴びたら体力も気力もガリッガリに削られてしまうんだけれど。柿沼は相変わらず元気だし、林場もポーカーフェイスを崩さない。心配していた桜木も、いつものようにマスクで顔を隠してしまったから、多分いつも通りってことなんだろうけれど。
全員が頷くので、私は言葉を続ける。
「とりあえず、次の曲だけれど。本当だったら桜木が前につくってくれた曲を使いたいところなんだけれど……あれをそのままライブに使うのは、まずいと思う」
「どうして? ゆうちゃんの曲はいいと思うけれど」
「うん。桜木の曲は間違いなくいいけれど……多分今回の一次選考通過者たちには、【Galaxy】らしさというものを嫌というほど刷り込まれているから、全員が【Galaxy】の曲とは方向性が違うものを選ぶと思う。そうなった場合、バラードに殺到する恐れがあるから、外したいんだ」
【Galaxy】のアルバムは曲調がバラバラで、皆必死に【Galaxy】の色を消そうとしていたけれど、それが返って裏目に出てしまっている。
自分から選択の幅を狭めてしまっているんだ。でも、【GOO!!】は真っ向から【Galaxy】の本調子の曲と向き合ったおかげで、逆に【Galaxy】から離れようという束縛から逃れている。
今回のオーディション、本当によくできている。【Galaxy】のプロモーションに、ファン層の拡大。そしてそれらを突破できる新人の確保。正面突破するか、戦いを避けるか。でも全部避けることはできなくて、いずれ【Galaxy】と向き合わないといけない場面が出てくる辺り、一度はぶつからないと駄目ってスタンスなんだ。
「でもそれだったら、どうする気だ? 俺たちは学校の課題曲以外だったら、桜木のつくった曲しか……」
「ゆうPの曲、あれはたしか、どこにも権利譲渡をしていなかったわよね?」
この間泣く泣く消した桜木の動画アカウントの話を振ると、桜木は少しだけ目を丸く見開いて、頷く。
「どことも契約してなかったから……別に誰が歌っても構わないと……」
「それ。【GOO!!】のライブで歌って大丈夫? 必要なら、権利もろもろの契約処理もするけれど」
そう私が言うと、桜木は一瞬目をあちこちにさまよわせてから、ようやく頷いた。
「べ、つに……皆が歌ってくれるなら……これで、お金を取ろうとは、思ってないから……」
本当だったら、桜木にはきちんと権利契約を済ませてお金を取って欲しいとは思う。別に金を稼げるからとかそんなんじゃなくって、価値のあるものにはきちんと対価を支払うべきだって意味なんだけど。でも、本人がその気がないんじゃ、なかなか切り出せないもんな。
私ができるのは、こいつらをきちんと認めさせて、こいつらの納得する形で事務所と契約を結ぶことなんだから。それ以降のことは、こいつらが考えないと駄目だ。
そこで、桜木の作曲の曲を皆で全部聞き、踊りと歌を両方見せられるダンスナンバーを選んで、明日からレッスンをはじめる旨を伝えたのだ。
****
「あと二回もライブできるなんて楽しみ!」
「……あのね、まだ二次選考通るかどうかなんてわからないでしょ」
ライブも終わり、私はマネージメントコースのほうに選考書類を提出に行ったところで、何故か柿沼と一緒に帰る羽目になってしまった。
他のふたりはどうしたのと聞いたら「みっちゃんは俳優志望の奴と話し込んでる。ゆうちゃんは曲のアレンジのために家に早めに帰った」と言われた。
納得。未だに俳優の夢を諦めてない林場からしてみれば、今回のオーディションの課題を聞いておくのも勉強のうちなんだろうし、桜木には毎度無茶ぶりをしているから、あっちだっていろいろ調整しておきたいんだろう。
夕焼けの下、こいつと一緒に帰るというのも、変な気分だけれど。
「ねえ、さっちゃん」
「なに」
こいつ、ここまで私に気を許してたっけ。私は胡乱げな顔で柿沼を見るけれど、相変わらず柿沼は私に腹の底を読ませてはくれない。
「もし、オレたちがオーディションに合格して、めでたく事務所入りしたら、そのあとどうするの? もう誰ともマネージメント契約結ばない?」
「多分結ばないと思う。残りの時間は資格勉強する。高三に入ったらすぐに就活しないといけないから」
「ふうん……ねえ、さっちゃん」
柿沼はこちらをからかっているのか、それとも探っているのかちっともわからない。ただ優しい声色で、私の名前を呼ぶのは辞めて欲しい。
……私だって鋼の女じゃない。まるで学園ドラマの恋愛シーンみたいな錯覚に陥るから。
「オレは、この先もさっちゃんがマネージャーだといいなあと思ってるけど。だってさ、さっちゃんはオレたちの素養を全部見た上で付き合ってくれるし。オーディションの突破方法も面白いし。多分この先、プロのマネージメントを受けたとしても、なかなか満足できないと思うんだよねえ」
「忙しくなったら、また変わるでしょ。私も毎回毎回、あんたたちに無茶ぶりされて振り回されるのはごめんだから」
「あはは……やっぱりさっちゃんはそうでないとねえ。ねえ、オレが一次選考で言ったこと、覚えてる?」
……人にちゅうして欲しいとかなんとか言ってた、あれが頭を掠めた。こいつ、人のことなんだと思ってるのか。そもそもうちの学校、男女交際禁止でしょうが。
私が憮然としている中、柿沼はひどく優しげで胸をざわつかせるような声を上げた。
「あれ、守ってね」
「……私、あんたひとりを贔屓なんかしないわよ」
「知ってる。それで充分」
「わっけわかんないなあ、あんたも。人のこと探る癖に、自分のこと悟らせないし」
「あはははは……腹芸できないと、芸能界なんて務まらないから。真っ直ぐなみっちゃんや純粋なゆうちゃんが心配なくらい」
こっちのことからかってんだか、からかってないんだか、はっきりして欲しい。
私は、「はあ」と吐き捨てて言った。
「あんたたちは、間違いなく【サンシャインプロ】に入るでしょうよ。私はその実績を経歴書に書ける。それで【サンシャインプロ】に入ったら、あんたたちのマネージメントできるときも来るでしょうよ」
「えっ……!」
声がうるさい。私は目を半眼にして、柿沼を睨んだ。
「ちゅうして欲しかったら、あんたはさっさとナンバーワンになったら? 誰もが認めるようになったら、あんたの横暴さを止められる人間はいなくなるでしょうよ」
「えっ……つまり、さっちゃん。オレ」
こいつがどう思ってんのか知らないけど、初めてこいつの歌を聞いたときから、私はこいつの才能に惚れ込んでいる。ただ、そこに色恋を持ち込みたくないだけ。
私のことをからかっているのか、おちょくっているのかは知らないけど、こいつがナンバーワンアイドルになったら、考えてもいいでしょう。何年かかるのかは知らないし、覚えているのかもわからないけど。
ただ、柿沼は子供みたいにはしゃいでいるのだけは、少しよかった。
アイドルはあくまで偶像で、芸能界は波乱に満ちていて、いろんな人の計算が錯綜としている。
それでも何故か夢を見る人たちは後を絶たなくて、私たちもその見えない奔流に踊らされている。ただ流されるだけじゃ面白くない。
自ら進んで踊るとき、また違うものが見えるんだ。
<了>