「なるほど、そっちもそっちで、結構調査に進展があるみたいですね? まぁ、あとは任せますよ。僕は引き続き、こっちでの現場調査を進めますんで」
雪弥は電話を切ると立ち上がった。
そのまま屋上から降りようとした彼に、狐面の彼がが歩み寄ってきて、すっと小さな物体を差し出した。それは、一瞬にして里久の四肢を切り落としたとき、雪弥の腹ポケットから飛び出したストラップ人形だった。
「白豆、無事保護しておりました」
男が、報告時と変わらない様子で、抑揚なく真面目にそう告げる。
雪弥は白豆を受け取り、彼をじっと見つめた。戸籍すら持っていない暗殺部隊は、ナンバーズとは別の組織と括られている。エージェントに素顔を見せることはなく、知っているのは彼らをまとめるナンバー1だけであった。性別も明らかにされてはおらず、彼らは男女問わずに変装するという特技を持っている。
「そういえば、君をなんて呼べばいいのか訊いてなかったね」
ニックネームはあるの、と雪弥は囁くように尋ねた。向かい合う彼は一歩身を引いて、頭を下げながら「いいえ」と否定の言葉を述べる。
「ナンバー4の望むままに。昔からのように狐野郎と呼んでくださっても結構です」
「あ~、アレはただの行き当たりばったりというか八つ当たりというか……うん、じゃあ夜狐(やぎつね)って呼ぼうかな。こうして顔を合わせるときって、大抵夜だから」
雪弥は語尾を弱めて言葉を切ると、ふと視線をそらせた。
「君は、まるで夜をまとった狐だ」
夜風が彼の髪を柔らかに揺らし、しばらく風音が二人の耳もとで騒いだ。去ったあとの静寂には、肉片と里久が身をよじる音ばかりが残る。
前触れもなく歩き出した雪弥に、第四暗殺部隊隊長、夜狐が深々と頭を下げた。「お見事な名、大事に致します。いってらっしゃいませ」という言葉に雪弥は答えず、陽気に笑む白豆を左手ごと腹ポケットに入れて、人通りのない裏手へと飛び降りた。
※※※
何事もなかったかのように歩き出す雪弥の足取りは、非常にゆっくりとして力がない。路地をしばらく歩き進んだ後、明かりがまだある大通りに抜けようと方向を変えたのは、閉店した商店街の静けさに気付いた頃だった。
一方通行の信号は、赤を点滅させていた。人の気配はまるでなく、シャッター通りとなった交差点まで薄暗い道が五メートルほど続く。
そこにもみ合う三つの人影を見つけ、雪弥はようやく足を止めた。
「くそっ、この酔っぱらい親父が!」
それは、学校ですっかり聞き慣れてしまった暁也の声だった。静寂に満ちていた雪弥は、そのただならぬ様子の声を聞いて我に返り、その光景を見入った。
壁にもたれて座り込むスポーツウェアの修一の前に、黒い学ランを脱ぎ捨てた暁也が立っていた。彼が対峙しているスーツを着崩した中年男性は、頭にネクタイを巻いて「このクソガキどもめ、何時だと思ってる!」と喚き散らしている。
雪弥は電話を切ると立ち上がった。
そのまま屋上から降りようとした彼に、狐面の彼がが歩み寄ってきて、すっと小さな物体を差し出した。それは、一瞬にして里久の四肢を切り落としたとき、雪弥の腹ポケットから飛び出したストラップ人形だった。
「白豆、無事保護しておりました」
男が、報告時と変わらない様子で、抑揚なく真面目にそう告げる。
雪弥は白豆を受け取り、彼をじっと見つめた。戸籍すら持っていない暗殺部隊は、ナンバーズとは別の組織と括られている。エージェントに素顔を見せることはなく、知っているのは彼らをまとめるナンバー1だけであった。性別も明らかにされてはおらず、彼らは男女問わずに変装するという特技を持っている。
「そういえば、君をなんて呼べばいいのか訊いてなかったね」
ニックネームはあるの、と雪弥は囁くように尋ねた。向かい合う彼は一歩身を引いて、頭を下げながら「いいえ」と否定の言葉を述べる。
「ナンバー4の望むままに。昔からのように狐野郎と呼んでくださっても結構です」
「あ~、アレはただの行き当たりばったりというか八つ当たりというか……うん、じゃあ夜狐(やぎつね)って呼ぼうかな。こうして顔を合わせるときって、大抵夜だから」
雪弥は語尾を弱めて言葉を切ると、ふと視線をそらせた。
「君は、まるで夜をまとった狐だ」
夜風が彼の髪を柔らかに揺らし、しばらく風音が二人の耳もとで騒いだ。去ったあとの静寂には、肉片と里久が身をよじる音ばかりが残る。
前触れもなく歩き出した雪弥に、第四暗殺部隊隊長、夜狐が深々と頭を下げた。「お見事な名、大事に致します。いってらっしゃいませ」という言葉に雪弥は答えず、陽気に笑む白豆を左手ごと腹ポケットに入れて、人通りのない裏手へと飛び降りた。
※※※
何事もなかったかのように歩き出す雪弥の足取りは、非常にゆっくりとして力がない。路地をしばらく歩き進んだ後、明かりがまだある大通りに抜けようと方向を変えたのは、閉店した商店街の静けさに気付いた頃だった。
一方通行の信号は、赤を点滅させていた。人の気配はまるでなく、シャッター通りとなった交差点まで薄暗い道が五メートルほど続く。
そこにもみ合う三つの人影を見つけ、雪弥はようやく足を止めた。
「くそっ、この酔っぱらい親父が!」
それは、学校ですっかり聞き慣れてしまった暁也の声だった。静寂に満ちていた雪弥は、そのただならぬ様子の声を聞いて我に返り、その光景を見入った。
壁にもたれて座り込むスポーツウェアの修一の前に、黒い学ランを脱ぎ捨てた暁也が立っていた。彼が対峙しているスーツを着崩した中年男性は、頭にネクタイを巻いて「このクソガキどもめ、何時だと思ってる!」と喚き散らしている。