雪弥の言葉には、蒼緋蔵家に対する想いも含まれていた。夜蜘羅はそれを聞き流すように「蒼緋蔵家でなければ、すぐにスカウトしたのになぁ」と冷ややかな声で独り言を口にする。

 だって、君は絶対に『こっち寄り』でしょう……と彼はひっそりと呟いた。

 車内の中に消えたその呟きを優れた聴力で拾った雪弥は、「一体なんの事だろうか」と訝って眉間に皺を作った。殺したくて物足りないだろうと、続けて囁く夜蜘羅に対して「そんなわけないでしょう」と露骨に馬鹿なんじゃなかろうかという表情を返す。

 時間もかからず化け物がベンツに運び込まれ、「じゃあ、またね」と夜蜘羅の言葉を合図に、車が走り出した。雪弥は、二度と来るなと思って踵を返し、投げ捨てた鞄を探そうとしたところで、壊れた壁と地面に気付いて「勘弁してくれよ」と頭をかきむしった。

「これは僕のせいじゃないぞ」

 そう誰に言うわけでもなく呟き、落ちていた鞄を拾い上げて足早に学園方面へと歩き出す。

 歩きだして数分も経たずに、後ろから「なんだこれ!」という悲鳴が聞こえてきた。次々に人の気配が増え、朝の出勤や通学時間なので当然だろうなぁと考えた際、ふと、そういえば先程はまるで無人地帯だったなと不思議に思った。

 あれほど派手に暴れていたら、普通はマンションやその周辺住民がすぐに気付くはずである。それなのに、あの間、誰一人として顔を覗かせたり集まってくる事もなかったのだ。

「うわッ、事故でもあったのか?」
「昨日の夜、誰かがぶつけたんじゃないか?」
「朝ゴミを出したときはなかったわよ!」

 マンションの前に集まる人間が増える光景をちらりと見やって、雪弥は「ったく、後始末くらいしていけよな」と溜息交じりに呟いた。心身ともにひどく疲れ、朝早々からげんなりと肩が落ちた。

 やはり、蒼緋蔵家と関わるとろくなことがない。

 頼むから放っておいてくれと、雪弥は覚えた眩暈に歩調を緩めた。

 学園へと向かいながら、蒼緋蔵家から戸籍を含む全てを外すことを本気で考えてしまう。二度とこういうことを起こさないためにも、蒼緋蔵家から徹底して距離を置おいてもらうべく、この任務を終わらせて休みを取ろう、と彼は改めて決意を固めたのだった。