化け物がアスファルトを砕くほどの力で、ミサイルのようにこちらに突っ込んできた。そのコンマ一秒遅れでレンガ壁を蹴り上げて移動した雪弥は、異形の男が標的を見失ったように宙で動きを止めたのを見て、素早くその背後に回って思い切り足を振り回した。

 しかし、殺すつもりで化け物の背骨に強靭な蹴りを叩きこんだところで、雪弥は露骨に顔を歪めて舌打ちした。真っ二つに折ってやろうとした化け物の背中は、まるで何重もの骨と筋肉に覆われているように頑丈だったのだ。

「無駄に頑丈みたいだなッ」

 雪弥は小さく呻き、すかさず空中で瞬時に体制を変えて、その背中に足を突き落として第二派を放った。地面に叩きつけるべく、装甲車を叩き凹ませるほどの力を背骨に受けた化け物が、筋肉と骨を軋ませて地面へと引き寄せられる。

 しかし、その直後の刹那、化け物の首が百八十度反転してこちらを見た。

 一メートルの距離で目が合った雪弥が「げっ」と、気味の悪さに顔を歪めた瞬間、黒い左腕が軟体動物のように伸びてこちらに振るわれた。その腕が弾かれるように眼前に迫ったかと思うと、その鋭い爪が明確な殺意で持って襲いかってくる。

「くそッ、なんつーでたらめな身体してんだよ!」

 間一髪で鋭利な凶器から身をかわし、雪弥は悪態を吐いた。

 本気で集中しないとまずい相手だと判断し、ずっと持ったままであった鞄を仕方ないとばかりに放り捨てた。なびいた彼の髪先が、わずかに掠った銀色の鋭利な爪先に切れ、その風圧が耳元で凶暴な音を立てる。

 黒いフィルター越しに碧眼が淡く光り、はっきりと異形の標的を捕えた。そのコンマ数秒の間に雪弥は右手の指を揃えると、降下する化け物を追って共に地面へと向かった。


 化け物の身体が、アスファルトを砕きながら地面へと叩きつけられるのと、その肉体の一部が切断音を上げて宙に投げ出されたのは、ほぼ同時だった。


 砕かれたアスファルトが舞い上がり鈍い地響きが起こる中、数秒遅れで地面に到着した雪弥は、その場でバク転するとベンツの車体上部へ着地した。視線を地面にめり込んだ化け物の身体に縫い付けたまま、肩にかかったネクタイを、左手でブレザーの中に押し込む。

 そのタイミングで、一瞬にして切断されていた異形の右腕が落ちてきた。

 鋭利な爪を地面に突き刺すように着地したその腕の切断面は、まるで高速再生でも始まっているかのように、ゼラチン状の血がぶよぶよと振動していた。少し周りに飛び散った血液らしきものも同様で、液体化しないまま、気味悪く震え続けている。

 蹴った感触は確かに生き物だった。その感触を思い返しながら、雪弥は指先に付着したゼリーのような赤い物質を払い落した。

 痛みを感じていない化け物の様子は、先日レッドドリームで豹変した里久を思い起こさせた。しかし、骨格や筋肉の動きは常識を逸していた、吹き出しかけた血は一瞬で生き物のように切断面に引きこまれたのを見ていたし、飛び散ったゼリー状の血が、続いて固形化するように赤黒い石となるのも異様な光景だった。