「あのさ」
「ん?」
「清野さんが言ってた『ちゃんとした所』って、ここであってるんだよね?」
「あってるけど?」
学校が終わって清野に連れてこられたのは、昨日行った牛丼屋と道路を挟んだ斜向かいにあるファミレスだった。
毎度毎度のことなので、一応、断っておくけどファミレスは好きだ。
良心的な価格でうまい和洋中の料理が食べられるファミレスは庶民の味方であり、神だと思う。
僕だって晩ごはんを作りたくないときは、姉に「フレンチに行こうぜ」と言って(騙して)ファミレスに行くことがある。
だけど「ちゃんとした店か」と問われると、正直、首を捻らざるを得ない。
だってさ〜、芸能人に「ちゃんとした店に行こう」なんて言われたら、僕なんかが到底行けない店を想像しちゃうよね?
……あ、でも、昨日の牛丼屋と比べるとゆっくりできるし、メニューも多いし、ちゃんとしてると言えばちゃんとしてるか?
ダメだわからん。寝不足で全然頭が回らない。
本当なら早く家に帰って寝たいところだけど、今更帰るなんて言えないしな。
まぁ、言った所で帰してもらえなさそうだけど。
店内に入るとすぐに店員に窓際の席に案内された。向かい合って座ってから、とりあえずドリンクバーを注文する。
この眠気をどうにかしないと、寝ぼけてとんでもないことを言ってしまいそうだ。
一方の清野は、青豆と卵の温サラダ、リブステーキのライスセットに、ミートスパゲティ……さらにチョコレートケーキを頼んだ。
さすが清野。今日もハイペースで見てるだけで胸焼けしそうだ。
席を立った僕は、ドリンクコーナーへと向かう。
自分用のコーラとコーヒー、それに清野のオレンジジュースを入れて席に戻る。
ふと足を止めてしまったのは、近くのテーブルに座っている男がちらちらと清野のことを見ていたからだ。
「……なぁ、あれって清野有朱じゃね?」
清野を見ていた男が、別の男に耳打ちした。
それを聞いて、男がちらっと横目で清野を見る。
「いやいや、他人の空似だろ」
「でも、清野有朱ってこの近くの高校に通ってるって噂だぞ?」
「マジで? じゃあ本物なのか?」
「かもしれん。別人にしてもメチャクチャ可愛いし、ちょっと声をかけてこようかな」
「……っ!?」
男が立ち上がろうとした瞬間、僕は男を遮るように慌てて席に戻った。
背後から「何あいつ、もしかして彼氏か?」とか「いや、絶対ありえねぇだろ。陰キャっぽいし。弟じゃね?」みたいな声が聞こえてくる。
クソ、陽キャ共め。好き勝手言いやがって。
清野に弟がいたとして、こんな陰キャっぽい感じなわけないだろ。
とはいえ、だ。僕のことを弟だと勘違いしてくれるのはある意味ありがたい。変な噂が立ったらコトだからな。
というか、何で僕が清野のことでこんな気を揉む必要があるんだよ。クソッ。
清野はそんな僕の苦労も知らずに、さきほど彼女のスマホに送ったキャライラストを幸せそうに眺めていた。
僕はそっと彼女の前にオレンジジュースを差し出す。
「あ、あの、これ……」
「……え、嘘!? 飲み物持ってきてくれたの!? ごめんね、ありがとう」
「い、いや、別にいいんだけど……それよりも、さ」
僕はそっと身を乗り出して清野に尋ねる。
「ほ、本当にいいの?」
「ん? もちろんなんでも頼んで良いよ。ここは私が奢るから」
「いや、そういうことじゃなくて……」
僕は周りに話し声が聞こえないように、小声で続ける。
「清野さんって、芸能人じゃない? こんなところで僕なんかとご飯を食べてたらマズいんじゃない? だって、周りの目とかあるし……」
「あ。そっちか。ん〜……大丈夫でしょ。マネージャの蒲田さんからは止められてないし」
あっけらかんと答える清野。
「そ、そんな適当な感じでいいの? 週刊誌にスッパ抜きされたりしない?」
「え? 何? 私と週刊誌にスッパ抜きされるようなこと、したいの?」
「……そっ」
清野に想定外のセリフを返され、わかりやすく固まってしまった。
「そそそ、そんなこと、したいわけ……なな、ないだろっ!」
「東小薗くん、声が大きい」
清野が、楽しそうに口元を緩める。
「とにかく大丈夫だよ。私はただ、学校の帰りに友達とご飯を食べてるだけだし」
「と、友達……?」
僕と清野は友達なのか?
いつ友達になろうなんて言葉を交わしたっけ?
え? 何? もしかして友達って、こんなふうに成り行きでなれるものなの?
──いいや待て、と僕は自分に言い聞かせる。
これは罠の可能性がある。
コイツは、僕の天敵たる陽キャの女王なのだ。
ここで気を許したとたん、「え、何? もしかして友達って言葉、本気にしちゃったの? うわ、キモ〜い」とか言われるに違いない!
ここは心を鬼にして、「お前と友達なわけがないだろ」と言い返して──。
「ん?」
気がついたら、清野がフォークに一口サイズにカットしたケーキを刺してこちらに差し出していた。
「……え、何?」
「ちょっと食べる?」
「いや……別に」
「でも、今、すっごい物欲しそうな顔でケーキをガン見してなかった?」
いや、ガン見してたのはケーキじゃなくてお前だよ。
なんてキモいことは言えるわけがないけど。
「ほら、遠慮しなくていいから」
「だ、だだ、だからいいって。僕は別に、お腹なんて空いてないし──」
と言った瞬間、僕のお腹がぎゅるぎゅると鳴った。
ああもう、僕の腹の虫!
昨日から満足に食べてないとはいえ、少しは空気を読めよっ!
「あ、あの、こ、これは……その……」
「まったくもう、仕方ないなぁ。あ〜んしてあげるから」
「……ファッ!?」
ちょっと待て、あ〜んって何だよ!?
もしかして、清野が僕にあ〜んしてくれるの!?
いやいや、何で!? どういうきっかけでそうなった!?
や、別に嬉しいだなんてこれっぽっちも思ってないけど、動揺してしまうだろ!
「あ〜んイベントって、ラブコメの定番だよね。私、こういうのに憧れてたんだ」
「あ、あ、憧れるのはいいけど、相手は選んだほうが……いいと思う……けど」
「選んでるよ」
「……へ?」
清野は恥じらうように頬をあからめ、スッと視線をそらした。
「私は誰にでもこんなことするような女じゃない。あなただけが特別なんだよ?」
瞬間、周りから音が消えたような気がした。
──あなただけが、特別。
静寂の中で、その清野の声だけが妙に輪郭を持つ。
「あ、あの……それって、どど、どういう……」
「……っていうセリフが、今度出演するドラマのセリフであってね」
ぶぉおおおおおおっ!
光の速さでテーブルに突っ伏す僕。
何だよお前もう! もうお前何だよ!
急にこんなところでセリフの練習するんじゃない!
めちゃくちゃドキッとして、死ぬかと思っただろボケ!
まぁ、僕のこと「あなた」だなんて言う時点で気づけって話だけどさ!
「とにかく。はい、あ〜ん」
「……あ、あ〜ん」
眠気と悶絶で頭がショートしてしまった僕は、言われるがままに口を開けてしまった。
甘くてクリーミーなショートケーキの味が口の中に広がった瞬間、やってしまったことに気づく。
「どう?」
「お、美味しい……です」
「ホント? じゃあ私も食べちゃお」
「……っ!?」
え、ウソ。まさか、そのフォークで食べるの?
などと困惑する僕をよそに、清野は僕の口の中に入ったフォークでケーキをぱくりと頬張った。
「ん〜、おいしいっ!」
「……」
清野が嬉しそうに体を小刻みに震わせる。
そんな彼女を、複雑な心境で見る僕。
あの、それって、間接キスってやつだよね?
それも、唇どころではない、なかなかにディープなやつ。
いいの? ここまでやっちゃって、本当に平気なの?
ねぇ教えて! マネージャーの蒲田さん!
「ん?」
「清野さんが言ってた『ちゃんとした所』って、ここであってるんだよね?」
「あってるけど?」
学校が終わって清野に連れてこられたのは、昨日行った牛丼屋と道路を挟んだ斜向かいにあるファミレスだった。
毎度毎度のことなので、一応、断っておくけどファミレスは好きだ。
良心的な価格でうまい和洋中の料理が食べられるファミレスは庶民の味方であり、神だと思う。
僕だって晩ごはんを作りたくないときは、姉に「フレンチに行こうぜ」と言って(騙して)ファミレスに行くことがある。
だけど「ちゃんとした店か」と問われると、正直、首を捻らざるを得ない。
だってさ〜、芸能人に「ちゃんとした店に行こう」なんて言われたら、僕なんかが到底行けない店を想像しちゃうよね?
……あ、でも、昨日の牛丼屋と比べるとゆっくりできるし、メニューも多いし、ちゃんとしてると言えばちゃんとしてるか?
ダメだわからん。寝不足で全然頭が回らない。
本当なら早く家に帰って寝たいところだけど、今更帰るなんて言えないしな。
まぁ、言った所で帰してもらえなさそうだけど。
店内に入るとすぐに店員に窓際の席に案内された。向かい合って座ってから、とりあえずドリンクバーを注文する。
この眠気をどうにかしないと、寝ぼけてとんでもないことを言ってしまいそうだ。
一方の清野は、青豆と卵の温サラダ、リブステーキのライスセットに、ミートスパゲティ……さらにチョコレートケーキを頼んだ。
さすが清野。今日もハイペースで見てるだけで胸焼けしそうだ。
席を立った僕は、ドリンクコーナーへと向かう。
自分用のコーラとコーヒー、それに清野のオレンジジュースを入れて席に戻る。
ふと足を止めてしまったのは、近くのテーブルに座っている男がちらちらと清野のことを見ていたからだ。
「……なぁ、あれって清野有朱じゃね?」
清野を見ていた男が、別の男に耳打ちした。
それを聞いて、男がちらっと横目で清野を見る。
「いやいや、他人の空似だろ」
「でも、清野有朱ってこの近くの高校に通ってるって噂だぞ?」
「マジで? じゃあ本物なのか?」
「かもしれん。別人にしてもメチャクチャ可愛いし、ちょっと声をかけてこようかな」
「……っ!?」
男が立ち上がろうとした瞬間、僕は男を遮るように慌てて席に戻った。
背後から「何あいつ、もしかして彼氏か?」とか「いや、絶対ありえねぇだろ。陰キャっぽいし。弟じゃね?」みたいな声が聞こえてくる。
クソ、陽キャ共め。好き勝手言いやがって。
清野に弟がいたとして、こんな陰キャっぽい感じなわけないだろ。
とはいえ、だ。僕のことを弟だと勘違いしてくれるのはある意味ありがたい。変な噂が立ったらコトだからな。
というか、何で僕が清野のことでこんな気を揉む必要があるんだよ。クソッ。
清野はそんな僕の苦労も知らずに、さきほど彼女のスマホに送ったキャライラストを幸せそうに眺めていた。
僕はそっと彼女の前にオレンジジュースを差し出す。
「あ、あの、これ……」
「……え、嘘!? 飲み物持ってきてくれたの!? ごめんね、ありがとう」
「い、いや、別にいいんだけど……それよりも、さ」
僕はそっと身を乗り出して清野に尋ねる。
「ほ、本当にいいの?」
「ん? もちろんなんでも頼んで良いよ。ここは私が奢るから」
「いや、そういうことじゃなくて……」
僕は周りに話し声が聞こえないように、小声で続ける。
「清野さんって、芸能人じゃない? こんなところで僕なんかとご飯を食べてたらマズいんじゃない? だって、周りの目とかあるし……」
「あ。そっちか。ん〜……大丈夫でしょ。マネージャの蒲田さんからは止められてないし」
あっけらかんと答える清野。
「そ、そんな適当な感じでいいの? 週刊誌にスッパ抜きされたりしない?」
「え? 何? 私と週刊誌にスッパ抜きされるようなこと、したいの?」
「……そっ」
清野に想定外のセリフを返され、わかりやすく固まってしまった。
「そそそ、そんなこと、したいわけ……なな、ないだろっ!」
「東小薗くん、声が大きい」
清野が、楽しそうに口元を緩める。
「とにかく大丈夫だよ。私はただ、学校の帰りに友達とご飯を食べてるだけだし」
「と、友達……?」
僕と清野は友達なのか?
いつ友達になろうなんて言葉を交わしたっけ?
え? 何? もしかして友達って、こんなふうに成り行きでなれるものなの?
──いいや待て、と僕は自分に言い聞かせる。
これは罠の可能性がある。
コイツは、僕の天敵たる陽キャの女王なのだ。
ここで気を許したとたん、「え、何? もしかして友達って言葉、本気にしちゃったの? うわ、キモ〜い」とか言われるに違いない!
ここは心を鬼にして、「お前と友達なわけがないだろ」と言い返して──。
「ん?」
気がついたら、清野がフォークに一口サイズにカットしたケーキを刺してこちらに差し出していた。
「……え、何?」
「ちょっと食べる?」
「いや……別に」
「でも、今、すっごい物欲しそうな顔でケーキをガン見してなかった?」
いや、ガン見してたのはケーキじゃなくてお前だよ。
なんてキモいことは言えるわけがないけど。
「ほら、遠慮しなくていいから」
「だ、だだ、だからいいって。僕は別に、お腹なんて空いてないし──」
と言った瞬間、僕のお腹がぎゅるぎゅると鳴った。
ああもう、僕の腹の虫!
昨日から満足に食べてないとはいえ、少しは空気を読めよっ!
「あ、あの、こ、これは……その……」
「まったくもう、仕方ないなぁ。あ〜んしてあげるから」
「……ファッ!?」
ちょっと待て、あ〜んって何だよ!?
もしかして、清野が僕にあ〜んしてくれるの!?
いやいや、何で!? どういうきっかけでそうなった!?
や、別に嬉しいだなんてこれっぽっちも思ってないけど、動揺してしまうだろ!
「あ〜んイベントって、ラブコメの定番だよね。私、こういうのに憧れてたんだ」
「あ、あ、憧れるのはいいけど、相手は選んだほうが……いいと思う……けど」
「選んでるよ」
「……へ?」
清野は恥じらうように頬をあからめ、スッと視線をそらした。
「私は誰にでもこんなことするような女じゃない。あなただけが特別なんだよ?」
瞬間、周りから音が消えたような気がした。
──あなただけが、特別。
静寂の中で、その清野の声だけが妙に輪郭を持つ。
「あ、あの……それって、どど、どういう……」
「……っていうセリフが、今度出演するドラマのセリフであってね」
ぶぉおおおおおおっ!
光の速さでテーブルに突っ伏す僕。
何だよお前もう! もうお前何だよ!
急にこんなところでセリフの練習するんじゃない!
めちゃくちゃドキッとして、死ぬかと思っただろボケ!
まぁ、僕のこと「あなた」だなんて言う時点で気づけって話だけどさ!
「とにかく。はい、あ〜ん」
「……あ、あ〜ん」
眠気と悶絶で頭がショートしてしまった僕は、言われるがままに口を開けてしまった。
甘くてクリーミーなショートケーキの味が口の中に広がった瞬間、やってしまったことに気づく。
「どう?」
「お、美味しい……です」
「ホント? じゃあ私も食べちゃお」
「……っ!?」
え、ウソ。まさか、そのフォークで食べるの?
などと困惑する僕をよそに、清野は僕の口の中に入ったフォークでケーキをぱくりと頬張った。
「ん〜、おいしいっ!」
「……」
清野が嬉しそうに体を小刻みに震わせる。
そんな彼女を、複雑な心境で見る僕。
あの、それって、間接キスってやつだよね?
それも、唇どころではない、なかなかにディープなやつ。
いいの? ここまでやっちゃって、本当に平気なの?
ねぇ教えて! マネージャーの蒲田さん!