この世界は、自分の望んだとおりに生きることは難しい。あれがしたい、これもしたい、理想はいくらでもあるが現実では叶わない。理想は現実にはならない、理想はあくまで理想である。私はそれを嫌というほど世界に教えられた。
「アリー、お前もとうとう十七歳か。おめでとう。」
リビングにある机に、小さなリボンで包まれた箱をそっと置く。置いた手は、毎日の冬場での水洗いによってひどく荒れており、五十歳という年齢相応のしわが刻まれている。ロイさんは、そのまま椅子に腰掛けて前に座っている私を見る。
「ありがとう、ロイさん。これでもう大人だね。」
両親が亡くなってから一人で私のお世話をしてくれたロイ叔父さん。母が育ったのは小さな村だった。そこの村は周りを隔離して、よその人を受け入れることも、村を出て行くことも禁止していた。そんな村で育った母は、閉塞感に嫌気がさして村の人に内緒で村を出た。ただ強固な守備のもと、村を出ることは叶わなかった。だが、村長にこの村はおかしい、外に出たい、と何度もやり合ってのち、母は村を追い出された。そして、父と出会い結婚した。だから、母には親戚などいなかった。父の親族や親戚たちは、母のことを嫌っていた。また、そんな母と結婚した父のことも嫌っていたように思う。いや、嫌うというよりも避けていたのかもしれない。穢わらしい、汚い、口々にそんな言葉を口にしていた。私が6歳の時に両親が亡くなった。交通事故らしい。二人でどこかへ出かけて行ったときだ。いつもはどこへ行くにも一緒だった私たちは、なぜかその日だけは行ってはだめと言われた。なんで?って聞くとただ母は困ったように笑うだけ。横から父が「今日はお母さんとお父さんのデートなんだ。だからアリーはお留守番だよ。」と大きな手で私の頭を撫でながら言う。「でーと?」デートというものを知らなかった私は首を傾げる。「そう。デート。好きな人と二人でお出かけすること。好きっていってもただの好きじゃないぞ。うーん、心の底からグワーっとくる好きだ。」ふふふとお母さんが笑う。グワーっと。「アリーもいつか心から好きな人が出来たときデートをするんだよ。」まあ、まだ早いけどな、とお父さんが笑いながら付け加える。「大丈夫、早く帰ってくるさ。」お父さんの最後の言葉。だが、このまま両親は帰ってこなかった。両親が亡くなったあと、父の親戚たちは、私を嫌なものを見るような目で見てきた。ひそひそと交わされる言葉。だれが育てるか、この子をどうするか、激しく口論になっていた。怖かった。私は部屋の隅でひっそりと丸くなっていた。お父さん、お母さん、ひたすら心の中でループする。そんな誰も育ての手を挙げない中、たった一人だけ私の手を取ってくれた人がいた。それがロイさんだった。
「やめようよ。そんな大きな声で。この子は私が育てるよ。」
そう言って私の手を握り、目線を合わせ笑ってくれた。
「私で良いかな?」
こくりと私は頷く。
「ありがとう。僕はロイと言います。これからよろしくね。」
ロイさんは笑った。笑うと目が細くなって、優しかった。
周りの人は、口々にやめた方が良い、あなたまだ若いんだから結婚出来なくなるわよ、そうよお金もかかるし、と口々に言っていたが、誰しもが安堵を隠し切れていなかったように思う。ロイさんはただ黙って部屋を出て行き、私の手をぎゅっと握った。
「ロイさんがほんとお父さんと親友で良かったな~。」
「どうしたんだい。突然。」
目を細めて笑みを浮かべる。昔から変わらないその笑顔。
「なーんでも。今までのこといろいろ感謝してるってことですよ!ところで、このプレゼントはなーに?」
机に置かれたそのプレゼントを興味津々に見つめる。
「アリーへの誕生日プレゼントだよ。開けてごらん。」
「わー嬉しい!ありがとう!」
プレゼントをこちらに引き寄せつつリボンをほどいていく。箱を開くと中にはネックレスが入っていた。シルバーで先端に赤く光るダイヤが付いている。
「きれい」
あまりの輝きぶりに言葉が漏れる。輝きに見とれているとふっと我に返る。
「これ高かったんじゃないの!?」
ロイさんをバッと見る。ここの家は決して裕福ではない。日々節約との戦いだ。このネックレスは見るからに高級だと分かる。そんなお金ここにはない!
「君に似合うと思って。」
いや、そうじゃなくて!
「ああ、お金の心配はしなくていいよ。ちょっと君の両親に助けてもらったよ。」
お父さん、お母さん。
「昔ね、君のお父さんと話していたことを思い出したんだ。君が生まれたときだったかな。君のお父さんはひどく惚気ていてね。なんだか、イラッとしてしまった僕は、こう言ったんだ。いつか彼氏を連れて来るんだろうな~って。そうしたら、彼はわなわなと震えだしてね。嫌だ、許せん、ってひたすら繰り返して。ちょっと怖かったよ。そして、突然、そうだ!アリーがいい大人になったら綺麗なネックレスを贈ろう。うんと高いのを!そうしたら、周りの男どもらは、アリーに近づかないだろう。誰か素敵な彼氏がいるんだな、って思わせるんだ。ふっはっはっはっは~。どうだ!良い案だろう。ってこっちを見てにやりと笑うんだ。なぜだかそんなやりとりをふと思い出してね。彼の願いを叶えてやろうと思ったんだ。だから、これは君のお父さんの想いがかなり強く込められたネックレスとなっているよ。」
ハハハと笑う。
「ちなみに赤のダイヤは君の瞳と同じ色だ。似合うと思ってね。」
にこやかに語るロイさん。私の瞳の色と合わせてくれたんだ。嬉しいな。思わず笑みが零れる。
「アリー、お前もとうとう十七歳か。おめでとう。」
リビングにある机に、小さなリボンで包まれた箱をそっと置く。置いた手は、毎日の冬場での水洗いによってひどく荒れており、五十歳という年齢相応のしわが刻まれている。ロイさんは、そのまま椅子に腰掛けて前に座っている私を見る。
「ありがとう、ロイさん。これでもう大人だね。」
両親が亡くなってから一人で私のお世話をしてくれたロイ叔父さん。母が育ったのは小さな村だった。そこの村は周りを隔離して、よその人を受け入れることも、村を出て行くことも禁止していた。そんな村で育った母は、閉塞感に嫌気がさして村の人に内緒で村を出た。ただ強固な守備のもと、村を出ることは叶わなかった。だが、村長にこの村はおかしい、外に出たい、と何度もやり合ってのち、母は村を追い出された。そして、父と出会い結婚した。だから、母には親戚などいなかった。父の親族や親戚たちは、母のことを嫌っていた。また、そんな母と結婚した父のことも嫌っていたように思う。いや、嫌うというよりも避けていたのかもしれない。穢わらしい、汚い、口々にそんな言葉を口にしていた。私が6歳の時に両親が亡くなった。交通事故らしい。二人でどこかへ出かけて行ったときだ。いつもはどこへ行くにも一緒だった私たちは、なぜかその日だけは行ってはだめと言われた。なんで?って聞くとただ母は困ったように笑うだけ。横から父が「今日はお母さんとお父さんのデートなんだ。だからアリーはお留守番だよ。」と大きな手で私の頭を撫でながら言う。「でーと?」デートというものを知らなかった私は首を傾げる。「そう。デート。好きな人と二人でお出かけすること。好きっていってもただの好きじゃないぞ。うーん、心の底からグワーっとくる好きだ。」ふふふとお母さんが笑う。グワーっと。「アリーもいつか心から好きな人が出来たときデートをするんだよ。」まあ、まだ早いけどな、とお父さんが笑いながら付け加える。「大丈夫、早く帰ってくるさ。」お父さんの最後の言葉。だが、このまま両親は帰ってこなかった。両親が亡くなったあと、父の親戚たちは、私を嫌なものを見るような目で見てきた。ひそひそと交わされる言葉。だれが育てるか、この子をどうするか、激しく口論になっていた。怖かった。私は部屋の隅でひっそりと丸くなっていた。お父さん、お母さん、ひたすら心の中でループする。そんな誰も育ての手を挙げない中、たった一人だけ私の手を取ってくれた人がいた。それがロイさんだった。
「やめようよ。そんな大きな声で。この子は私が育てるよ。」
そう言って私の手を握り、目線を合わせ笑ってくれた。
「私で良いかな?」
こくりと私は頷く。
「ありがとう。僕はロイと言います。これからよろしくね。」
ロイさんは笑った。笑うと目が細くなって、優しかった。
周りの人は、口々にやめた方が良い、あなたまだ若いんだから結婚出来なくなるわよ、そうよお金もかかるし、と口々に言っていたが、誰しもが安堵を隠し切れていなかったように思う。ロイさんはただ黙って部屋を出て行き、私の手をぎゅっと握った。
「ロイさんがほんとお父さんと親友で良かったな~。」
「どうしたんだい。突然。」
目を細めて笑みを浮かべる。昔から変わらないその笑顔。
「なーんでも。今までのこといろいろ感謝してるってことですよ!ところで、このプレゼントはなーに?」
机に置かれたそのプレゼントを興味津々に見つめる。
「アリーへの誕生日プレゼントだよ。開けてごらん。」
「わー嬉しい!ありがとう!」
プレゼントをこちらに引き寄せつつリボンをほどいていく。箱を開くと中にはネックレスが入っていた。シルバーで先端に赤く光るダイヤが付いている。
「きれい」
あまりの輝きぶりに言葉が漏れる。輝きに見とれているとふっと我に返る。
「これ高かったんじゃないの!?」
ロイさんをバッと見る。ここの家は決して裕福ではない。日々節約との戦いだ。このネックレスは見るからに高級だと分かる。そんなお金ここにはない!
「君に似合うと思って。」
いや、そうじゃなくて!
「ああ、お金の心配はしなくていいよ。ちょっと君の両親に助けてもらったよ。」
お父さん、お母さん。
「昔ね、君のお父さんと話していたことを思い出したんだ。君が生まれたときだったかな。君のお父さんはひどく惚気ていてね。なんだか、イラッとしてしまった僕は、こう言ったんだ。いつか彼氏を連れて来るんだろうな~って。そうしたら、彼はわなわなと震えだしてね。嫌だ、許せん、ってひたすら繰り返して。ちょっと怖かったよ。そして、突然、そうだ!アリーがいい大人になったら綺麗なネックレスを贈ろう。うんと高いのを!そうしたら、周りの男どもらは、アリーに近づかないだろう。誰か素敵な彼氏がいるんだな、って思わせるんだ。ふっはっはっはっは~。どうだ!良い案だろう。ってこっちを見てにやりと笑うんだ。なぜだかそんなやりとりをふと思い出してね。彼の願いを叶えてやろうと思ったんだ。だから、これは君のお父さんの想いがかなり強く込められたネックレスとなっているよ。」
ハハハと笑う。
「ちなみに赤のダイヤは君の瞳と同じ色だ。似合うと思ってね。」
にこやかに語るロイさん。私の瞳の色と合わせてくれたんだ。嬉しいな。思わず笑みが零れる。