写生大会で白石さんが提出した絵は、美術部を追い抜いて賞をもらうことになったらしい。
入賞した白石さんは、困惑の眼差しで校長先生から賞状をもらっているのが印象的だった。
『美術部よりも絵が上手いって……でも上手い』
『マイナスイオン様、ますますモテるなあ』
『あの子が苦痛で歪んだ顔するのが見たい』
白石さんに、羨望も憎悪も、変態的欲求も全部ぶつけられる。あーあー……白石さん大丈夫かな。俺はほんの少し心配になりながらも、日常は続く。
文化祭は期末テスト明けに行われる。昔は秋にやっていたらしいけれど、高三の受験シーズンを考慮した結果、一学期の内に終わらせてしまおうということになったらしい。
文芸部もどうにかこの間印刷所に出した本が届き、皆で「おー……」と言いながら捲っている。
驚いたのは、白石さんの描いた漫画が、思っている以上に面白かったことだ。
ソシャゲの推しキャラ同士が、仲良く冒険している四ページ漫画。たった四ページでよくもまあ面白い漫画になるもんだと、しきりに感心してしまった。
「本当に白石さん、この手の才能あるなあ……」
「そんなことないよ。それを趣味だからやれるだけだから」
『これくらいなら、わたしより上手い人なんていくらでもいるからなあ』
「謙遜も行き過ぎると結構失礼になると思うよ?」
俺の指摘に、白石さんはびっくりしたように口を抑える。
本当に。元々裏表がほぼない子だったけれど、変われば変わるものだなあと思う。
俺が漫画を繰り返し読んでいると「あのう……早川くん」と白石さんが口を開いた。
『こういうの早川くんが好きかどうかわかんないけど、ひとりで行くのはちょっと怖いし……』
なんだ、どこか行くのに着いてきて欲しいのか。俺はどう言ったものか迷った挙句「どうかしたか?」と尋ねると、白石さんはビクンッと肩を跳ねさせてから、もじもじもじもじと自身の掌を弄びはじめる。
文芸部員たちはこちらに視線を向けていた。
『早川すごいな、マイナスイオン様の言葉がわかって……あれだけ冷たい口調で、どうしてそんなに……』
『もじもじするマイナスイオン様かわゆい。SSR』
『早川は陽キャではないと信じていたのに……いや、マイナスイオン様の笑顔を引き出せた時点で主人公……主人公にモブは勝てない』
いや、どんな感想だよ、それ!?
叫びたくなるのをぐっと堪えていたところで、ようやく白石さんは声を上げた。
「ソシャゲで……コラボカフェするんだって……」
「ふうん……」
最近だったらアニメでもゲームでもソシャゲでも、コラボカフェっていう世界観をイメージした料理やドリンクを提供する店を展開したりしている。
あれってピンからキリまであって、一部は超有名IPのコラボカフェにもかかわらずぼったくり料金でグッズ集めを強要させるところもあれば、リーズナブルな値段で満足させ、そもそもIPのコラボカフェだということすら教えないところまである。
俺や白石さんがやっているソシャゲのコラボカフェは、世界観に沿った作品内の回復アイテムをメニュー展開し、箱推しファンをメインに全員登場グッズを展開するという良心的なコラボカフェをしているらしいけれど。
でもあれって抽選が大変らしいって聞いてたけど。
「あれ、白石さんもしかして」
「……行けることになったけど、あれって予約が……ふたり以上じゃないとできなくって……わたしひとりでは行けないから……」
『ひとりでファンを探して行くのは怖い。助けて。お願い』
なるほどなあ……。
俺たちの会話を聞いていた文芸部員はと言うと。
『お土産! 金はカンパで出すからお土産!』
『畜生、リア充爆発しろ!』
『推しがついにリア充の仲間入りかあ……拝む……』
なんか本当に好き勝手言われてるなあ。
少し考えて、溜息をついた。
「俺、そういうところの作法って知らないけど、なにすんの?」
「ご、ご飯食べるだけだと思うから……多分。あの、一緒に行って、くれませんか?」
「俺でよかったら」
途端に白石さんは頬をポポポポポと真っ赤に染め上げた。
「ありがとうございます!」
「お? おお……うん」
やたらめったら嬉しそうな白石さんに、俺も釣られてニコニコしていて、ようやく気付く。
……ん、前の印刷所に制服で行ったんじゃなくって、これ、普通にデートじゃないのか?
デートって、リア充のものではなかったのか?
え、俺ってこれ。どうしたらいいの?
ようやくことの重大さに気が付いて、冷や汗を流した。
****
【おお、すごいな白石さんとデートって!】
【デートじゃねえし! 聖地巡礼だし! コラボカフェとかって初めて行くから、どうすりゃいいのかわかんねえけど】
他に聞ける相手もいないから、必然的に俺は相田にメッセージアプリで助けを求めていた。
相田はスタンプでペタンとサムズアップしたキャラのを押して言う。
【あまりにも普段着って感じじゃなかったら、女子はそこまで怒らないぞ】
【普段着じゃない服ってなに? 制服? 世の中の人、なに着て歩いてるの……】
【これっておしゃれな雑誌とかサイト見ても、背丈とか年齢とかで全然参考にならないから言うけど、服はあんまり着崩れてない奴……できれば新品の服を着て、匂いにさえ気を付けてれば大丈夫】
【匂いってなに? オーデコロンとか付ければいいの?】
【というか、早川は普通に毎日風呂に入って体洗ってシャンプーもしてるだろ? それに加えてドラッグストアでデトランスでも買って脇と首の裏に塗っておけば大丈夫だろ】
【でとらんすってなに】
【制汗剤って言えばわかるか? スポーツやってると汗がすごい噴き出て着替えるときに制服に貼り付いて鬱陶しいから、スポーツ前にそれを振っておくんだよ】
俺の無知っぷりに、相田はすかさずフォローをくれる。持つべきものはリア充の友人か。
最後に相田はしみじみと言った。
【なんというか嬉しいなあ】
その言葉にはて、と思う。
【なにが?】
【白石さんは早川のいいところに気付いて。早川は人を偏見の目で見ないから、楽なんだよな】
偏見もなにも、嘘がないのが聞こえているしなあ。
【そりゃどうも】
【デート頑張れ】
【これ、果たしてデートのカテゴリーに入れても大丈夫????】
心は読めているはずなのに、それでもその先の行動の意図までは、白石さんはちっとも読ませてくれない。
俺はひとまず一番新しいTシャツに、一番くたびれていないジーンズ、比較的綺麗なスニーカーを履いて、当日挑むことにしたのだ。
****
スポーツショップのロゴも入ってない、至ってシンプルなデザインのTシャツだし、むやみに陰キャっぽくはないと思う。
制汗剤だけは困り果ててドラッグストアの店員さんに聞いたら、何故か温かい眼差しで見られて居たたまれなかったけれど、どうにか無臭の制汗剤を振っておいた。
さて、白石さんはどこだろう。
待ち合わせ場所は時計の大きい広場だけれど、ここはデートの待ち合わせがかなり多く、ひとりで買い物に行くときはなるべく通りたくない場所だった。
【あと十分で依頼者が来る】
【ガチ恋勢の同伴は荷が重い……早く済ませたい】
【楽しみ過ぎて、一時間前についてしまった……こんなところで時間潰せることもないし、どうしよう】
幾人かが業者の人みたいな中でも、本当にデートの待ち合わせの人もいて、白石さんも変な人に捕まる前にこっちが回収しないとなあと、彼女がいないか探していると。
人のシャツの背中をくいくい引っ張る感触に気が付いた。
「えっと?」
「早川くん、お待たせ」
「あ……」
思わず見とれてしまった。
麦わら帽子をかぶり、ロングワンピースを着て、肩掛け鞄を斜め掛けしている白石さん。
日頃から見る小柄で華奢な姿が、私服姿になった途端に愛玩さもプラスされたように見える。
はっきり言って、滅茶苦茶可愛い。
「か、かわっ……」
「かわ?」
「きゃわいいねっ……噛んだ」
陽キャのような噛み方をして、はずい。俺がオタオタとしている中、白石さんは華奢な体を揺らして笑いはじめた。
「あははははははは……!!」
思いっきり笑い飛ばされてしまい、いたたまれなくなったものの。
彼女はきっと悪気なんてないし、むしろこんな弾けるような笑い顔を拝めたのは悪いことではないと思う。
俺は少しだけ肩を竦めてから、一緒に笑いはじめた。
それじゃあ行こうか、コラボカフェ。
入賞した白石さんは、困惑の眼差しで校長先生から賞状をもらっているのが印象的だった。
『美術部よりも絵が上手いって……でも上手い』
『マイナスイオン様、ますますモテるなあ』
『あの子が苦痛で歪んだ顔するのが見たい』
白石さんに、羨望も憎悪も、変態的欲求も全部ぶつけられる。あーあー……白石さん大丈夫かな。俺はほんの少し心配になりながらも、日常は続く。
文化祭は期末テスト明けに行われる。昔は秋にやっていたらしいけれど、高三の受験シーズンを考慮した結果、一学期の内に終わらせてしまおうということになったらしい。
文芸部もどうにかこの間印刷所に出した本が届き、皆で「おー……」と言いながら捲っている。
驚いたのは、白石さんの描いた漫画が、思っている以上に面白かったことだ。
ソシャゲの推しキャラ同士が、仲良く冒険している四ページ漫画。たった四ページでよくもまあ面白い漫画になるもんだと、しきりに感心してしまった。
「本当に白石さん、この手の才能あるなあ……」
「そんなことないよ。それを趣味だからやれるだけだから」
『これくらいなら、わたしより上手い人なんていくらでもいるからなあ』
「謙遜も行き過ぎると結構失礼になると思うよ?」
俺の指摘に、白石さんはびっくりしたように口を抑える。
本当に。元々裏表がほぼない子だったけれど、変われば変わるものだなあと思う。
俺が漫画を繰り返し読んでいると「あのう……早川くん」と白石さんが口を開いた。
『こういうの早川くんが好きかどうかわかんないけど、ひとりで行くのはちょっと怖いし……』
なんだ、どこか行くのに着いてきて欲しいのか。俺はどう言ったものか迷った挙句「どうかしたか?」と尋ねると、白石さんはビクンッと肩を跳ねさせてから、もじもじもじもじと自身の掌を弄びはじめる。
文芸部員たちはこちらに視線を向けていた。
『早川すごいな、マイナスイオン様の言葉がわかって……あれだけ冷たい口調で、どうしてそんなに……』
『もじもじするマイナスイオン様かわゆい。SSR』
『早川は陽キャではないと信じていたのに……いや、マイナスイオン様の笑顔を引き出せた時点で主人公……主人公にモブは勝てない』
いや、どんな感想だよ、それ!?
叫びたくなるのをぐっと堪えていたところで、ようやく白石さんは声を上げた。
「ソシャゲで……コラボカフェするんだって……」
「ふうん……」
最近だったらアニメでもゲームでもソシャゲでも、コラボカフェっていう世界観をイメージした料理やドリンクを提供する店を展開したりしている。
あれってピンからキリまであって、一部は超有名IPのコラボカフェにもかかわらずぼったくり料金でグッズ集めを強要させるところもあれば、リーズナブルな値段で満足させ、そもそもIPのコラボカフェだということすら教えないところまである。
俺や白石さんがやっているソシャゲのコラボカフェは、世界観に沿った作品内の回復アイテムをメニュー展開し、箱推しファンをメインに全員登場グッズを展開するという良心的なコラボカフェをしているらしいけれど。
でもあれって抽選が大変らしいって聞いてたけど。
「あれ、白石さんもしかして」
「……行けることになったけど、あれって予約が……ふたり以上じゃないとできなくって……わたしひとりでは行けないから……」
『ひとりでファンを探して行くのは怖い。助けて。お願い』
なるほどなあ……。
俺たちの会話を聞いていた文芸部員はと言うと。
『お土産! 金はカンパで出すからお土産!』
『畜生、リア充爆発しろ!』
『推しがついにリア充の仲間入りかあ……拝む……』
なんか本当に好き勝手言われてるなあ。
少し考えて、溜息をついた。
「俺、そういうところの作法って知らないけど、なにすんの?」
「ご、ご飯食べるだけだと思うから……多分。あの、一緒に行って、くれませんか?」
「俺でよかったら」
途端に白石さんは頬をポポポポポと真っ赤に染め上げた。
「ありがとうございます!」
「お? おお……うん」
やたらめったら嬉しそうな白石さんに、俺も釣られてニコニコしていて、ようやく気付く。
……ん、前の印刷所に制服で行ったんじゃなくって、これ、普通にデートじゃないのか?
デートって、リア充のものではなかったのか?
え、俺ってこれ。どうしたらいいの?
ようやくことの重大さに気が付いて、冷や汗を流した。
****
【おお、すごいな白石さんとデートって!】
【デートじゃねえし! 聖地巡礼だし! コラボカフェとかって初めて行くから、どうすりゃいいのかわかんねえけど】
他に聞ける相手もいないから、必然的に俺は相田にメッセージアプリで助けを求めていた。
相田はスタンプでペタンとサムズアップしたキャラのを押して言う。
【あまりにも普段着って感じじゃなかったら、女子はそこまで怒らないぞ】
【普段着じゃない服ってなに? 制服? 世の中の人、なに着て歩いてるの……】
【これっておしゃれな雑誌とかサイト見ても、背丈とか年齢とかで全然参考にならないから言うけど、服はあんまり着崩れてない奴……できれば新品の服を着て、匂いにさえ気を付けてれば大丈夫】
【匂いってなに? オーデコロンとか付ければいいの?】
【というか、早川は普通に毎日風呂に入って体洗ってシャンプーもしてるだろ? それに加えてドラッグストアでデトランスでも買って脇と首の裏に塗っておけば大丈夫だろ】
【でとらんすってなに】
【制汗剤って言えばわかるか? スポーツやってると汗がすごい噴き出て着替えるときに制服に貼り付いて鬱陶しいから、スポーツ前にそれを振っておくんだよ】
俺の無知っぷりに、相田はすかさずフォローをくれる。持つべきものはリア充の友人か。
最後に相田はしみじみと言った。
【なんというか嬉しいなあ】
その言葉にはて、と思う。
【なにが?】
【白石さんは早川のいいところに気付いて。早川は人を偏見の目で見ないから、楽なんだよな】
偏見もなにも、嘘がないのが聞こえているしなあ。
【そりゃどうも】
【デート頑張れ】
【これ、果たしてデートのカテゴリーに入れても大丈夫????】
心は読めているはずなのに、それでもその先の行動の意図までは、白石さんはちっとも読ませてくれない。
俺はひとまず一番新しいTシャツに、一番くたびれていないジーンズ、比較的綺麗なスニーカーを履いて、当日挑むことにしたのだ。
****
スポーツショップのロゴも入ってない、至ってシンプルなデザインのTシャツだし、むやみに陰キャっぽくはないと思う。
制汗剤だけは困り果ててドラッグストアの店員さんに聞いたら、何故か温かい眼差しで見られて居たたまれなかったけれど、どうにか無臭の制汗剤を振っておいた。
さて、白石さんはどこだろう。
待ち合わせ場所は時計の大きい広場だけれど、ここはデートの待ち合わせがかなり多く、ひとりで買い物に行くときはなるべく通りたくない場所だった。
【あと十分で依頼者が来る】
【ガチ恋勢の同伴は荷が重い……早く済ませたい】
【楽しみ過ぎて、一時間前についてしまった……こんなところで時間潰せることもないし、どうしよう】
幾人かが業者の人みたいな中でも、本当にデートの待ち合わせの人もいて、白石さんも変な人に捕まる前にこっちが回収しないとなあと、彼女がいないか探していると。
人のシャツの背中をくいくい引っ張る感触に気が付いた。
「えっと?」
「早川くん、お待たせ」
「あ……」
思わず見とれてしまった。
麦わら帽子をかぶり、ロングワンピースを着て、肩掛け鞄を斜め掛けしている白石さん。
日頃から見る小柄で華奢な姿が、私服姿になった途端に愛玩さもプラスされたように見える。
はっきり言って、滅茶苦茶可愛い。
「か、かわっ……」
「かわ?」
「きゃわいいねっ……噛んだ」
陽キャのような噛み方をして、はずい。俺がオタオタとしている中、白石さんは華奢な体を揺らして笑いはじめた。
「あははははははは……!!」
思いっきり笑い飛ばされてしまい、いたたまれなくなったものの。
彼女はきっと悪気なんてないし、むしろこんな弾けるような笑い顔を拝めたのは悪いことではないと思う。
俺は少しだけ肩を竦めてから、一緒に笑いはじめた。
それじゃあ行こうか、コラボカフェ。