「アラム姉さん!?」

 いつからそこにいたのか、振り返るとアラムがいた。

 失敗だ。
 マーテリアとの会話に気をとられ、彼女の接近に気づかなかった。

「お、お祖母様……」

 アラムは顔を青くしつつ、すがるような目をマーテリアに向ける。

 対するマーテリアは……

「……」

 とても冷たいものだった。

 なんの感情も宿っていない……
 孫に対する愛は欠片もなくて……
 壊れた道具を見るかのような……

 そんな目。

「私は、お祖母様のためにやりたくないことをやろうとして……それなのに……」
「だからダメなのです」
「……っ……」
「やりたくないことをやろうとした? なにを寝ぼけたことを言っているのですか。レンという不良品を処分するのは当たり前のこと。なぜ迷う必要があるのですか?」
「それは……ですが、レンは弟で……」
「ですが、男という不良品です」
「そんな……でも! レンは、レンは……!!!」
「……ふぅ」

 俺のためにがんばろうとするアラムを見ていると、胸が熱くなる。

 一方で、マーテリアはため息をこぼす。
 それから、敵意すら宿る鋭い視線をアラムにぶつけた。

「どうやら、あなたも不良品のようですね」
「えっ、あ……」
「まったく……ストライン家を継ぐ者でありながら、なんて情けない。これはもう、教育しても無駄のようですね」
「お、お祖母様! 私は、その……」
「アラム。あなたはもう、いりません」
「っ……!?」

 その言葉は矢のようにアラムの心に突き刺さる。
 相当なショックを受けた様子で、アラムはふらりとよろめいて、地面に膝をついた。

「この出来損ないめ。私を不快にさせないで」
「……私、は……ただ、お祖母様のために……」

 アラムは呆然とした表情で、壊れた道具のようにつぶやいて……

「……うぅ……」

 そして、涙を流した。

 子供のように泣く。
 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 ああ、もう……

「泣かないでください、うっとうしい」
「……黙れ」

 我慢の限界だ。

「今、なんて?」

 マーテリアが鋭い視線をこちらに向けてくるが、それがどうした?
 こちらも思い切り睨みつけてやる。

 悪事の証拠を集めるとか。
 こちらの正当性を証明するとか。
 そんなことを考えていたのだけど……

 どうでもいい。
 もう、どうでもいい。

 アラムが泣いている。
 姉が傷つけられた。
 それを見て、もうなんてことないフリはできない。

 マグマのような激情が湧き上がる。

「いい加減にしろっ!!! あんたは、どこまで自分本位なんだ!?」
「なんですか、その口は。祖母である私にそのような……」
「祖母だろうがなんだろうが、許せるものか! ふざけるなよ!!!」

 アラムはわがままで、事あるごとに突っかかってきて……
 でも、彼女は彼女なりに悩んで、苦しんでいた。

 そして……

 自分と俺を天秤にかけて、俺を助けることを選んでくれた。
 素直にすごいと思う。
 そんなこと、俺にはできない。
 尊敬する姉だ。

 それに比べて、マーテリアのおぞましさは……

「なんでアラムの気持ちがわからないんだよ!? なんで、アラムにそんなことが言えるんだよ!? おかしいだろ、ありえないだろ」
「男であるあなたにはわからないことです」
「男とか女とか関係ない! 人としての……心のあり方の問題だ! 男はどうしようもないとか言っているけどな、お前の心の方がどうしようもなく醜く汚いさ!!!」
「……よく吠えましたね」

 マーテリアの敵意がぶわっと膨れ上がった。
 それは殺気と呼べるレベルに到達して、大気が震えるほどのプレッシャーを放つ。

「どうやら私が間違っていたようですね。このような大事なことは、私自身の手でやらなければならない。出来損ないに任せることはできません」
「まだアラム姉さんを侮辱するか!!!」
「……レン……」

 アラムは涙をこぼしつつ、こちらを見た。
 自分のために怒る俺を見て、なにか思うところがあるのかもしれない。

「私と戦うつもりですか?」

 構えると、マーテリアが鼻で笑う。

「現役を退いたとはいえ、私は、ストライン家の当主だったのですよ? 政務能力だけではなくて、戦闘能力もこれ以上ないほどに鍛えられていた……ただの子供、劣等種である男が敵うとでも?」
「敵うとか敵わないとか、どうでもいい」
「なんですって?」
「あんたは、アラム姉さんを泣かせた」

 だから……

「一発殴らないと気がすまない!!!」