転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 数日後。

 ストライン家の力を使い、祖母のことを調べてもらっていたのだけど……
 今日、その報告書が上がってきた。

「……最悪だ」

 寮の部屋で報告書を見た俺は、小さな声でそうぼやいた。

 昼、執事長が話していたことは全て真実だった。
 マーテリアは俺を排除しようとして、そのためにアラムを利用した。

 アラムも巻き込まれたのは事故なのか……
 あるいは、最初から捨て駒にするつもりだったのか。

 俺のことはいい。
 こういう世界だから、下に見られることがあっても仕方ない。
 でも、アラムを巻き込むなんて……

「許せない」

 アラムの女尊男卑の思考には辟易とさせられたことがある。
 小さい頃からわがままっぷりを見せつけられてきたものの……

 でも、分かりあえるような気がした。
 今、彼女が傷つけられて怒っている自分がいた。

 結局のところ、俺は、アラムを姉として慕っているところがあったのだろう。
 それがどの程度なのか、そこはよくわからないが……
 でも、いなくなってほしいなんて思ったことは一度もない。
 もっと色々な話をしたいと思う。

「……本当、驚きの連続だな」

 こんな感情や迷いを抱くなんて思ってもいなかった。

 まだよくわからないところは多いのだけど……
 でも、悪くない気分だ。

「だからこそ……許せない!」

 祖母だろうとなんだろうと。
 俺の敵になるというのなら、それ相応の覚悟をしてもらおうか。



――――――――――



 翌日。

「ふむ」

 休み時間。
 祖母の対策を考える。

 昨日から考えているのだけど……
 これだ! というような決定的なものは思い浮かばない。

 どうしたものか……?

「ちょっといい?」
「んー……」
「ねえ」
「んー……」
「ねえってば」
「んー……」
「ちょっと、無視しないでくれるかしら!?」
「お?」

 気がつくと、どこか見覚えのある女子生徒が目の前に。
 えっと……

「誰だっけ?」
「シャルロッテ! あなたと初日に決闘をして、華麗な戦いを繰り広げたシャルロッテですわ!!!」
「ああ、そういえば」

 そんなこともあったような気がする。

「それで、そのシャルッテさんがなにか?」
「シャルロッテですわ!」
「シャーベット?」
「おいしそう!」
「フワットランサ?」
「もはや原型がありません!」

 女子生徒……シャルロッテがジト目を送ってくる。

「もしかして、わたくしをからかっています?」
「少し」
「ムキぃいいいいい!!!」

 あ、壊れた。
 ちょっとやりすぎたかもしれない。

「ごめんごめん。ちょっと悩み事があって、ぼーっとしてたから適当な受け答えをしたかも」
「悩み事ですの? どんな?」
「えっと……家族とケンカのようなものをしたんだけど、どうすればいいのかな、っていうところかな」

 気がつけば、肝心の部分はぼかしているものの、悩みを打ち明けていた。
 不思議な女の子だ。
 話をしていると、自然と心を開きたくなるというか、そんな魅力がある。

「ケンカをしたのなら、謝罪をして仲直りをすればよろしいのでは?」
「うーん……仲直りできる段階を通り越しているというか、許したくないというか」

 祖母のことを許すつもりはない。
 もう敵と認定した。

 ただ……

 それでも家族なのだ。
 父さんと母さんの母親。
 そして、エリゼとアラムの祖母。

 徹底的にやってしまっていいのだろうか? という迷いがある。
 俺にとっては敵だけど、他のみんなはそうでもないかもしれず……

 これ、どうしたらいいんだろうな?

「そういうことなら、徹底的にやればいいと思いますわ」

 シャルロッテが意外な言葉を口にした。
 彼女はあっけらかんと言う。

「……」
「なんですの。その珍獣を見たような顔は?」
「いや……ずいぶんと過激なことを言うんだな、って」
「だって、仕方ないではありませんか。どなたのことか知りませんが、敵だというのならば遠慮する方がダメですわ。徹底的にやり、心を叩き折らないといけません。でないと、またいずれ牙を向けてきますわ」
「……なるほど」

 乱暴といえば乱暴な話なのだけど……
 でも、ある意味で正しいような気がした。

 世の中、話が通じない相手は多々いる。
 ならば力で屈服させて……
 二度と逆らえないように、徹底的に心を折る必要がある。

 それがベストだ。

「そうだな……うん、そうだよな」
「どうしましたの?」
「ありがとう。おかげで、どうするべきか理解したよ」
「あら? それはよかったですわ。どういたしまして」
「じゃあ、さっそく準備にとりかかるか!」
「いってらっしゃい……って、待ちなさい!? まだわたくしの話が……」

 シャルロッテがなにか言っているような気がしたが、気にしない。

 徹底的にやってやろう。
 待っていろよ、マーテリア。
 アラムのお見舞いということで、マーテリアがこちらへやってくるらしい。

 自分で仕組んでおいて、よくもまあぬけぬけと……
 怒りを覚えるものの我慢。

 祖母がやってくるということで、俺とエリゼは出迎えることになった。
 王都の外からやってくる馬車の乗り場に移動して、そこで祖母を待つ。

「お兄ちゃん」

 一緒にいるエリゼが不安そうな顔に。

「私……おばあちゃん、ちょっと苦手です」
「そうなのか? けっこう優しくしてもらっていたように思えるんだけど」
「そうなんですけど、でも、お兄ちゃんに対しては厳しいような気がして……時々、冷たい目をしてて。それと、嫌な感じがしてて……だから、ちょっと苦手です」

 人当たりがよくて誰とでも友達になれるエリゼがこんなことを言うなんて。

 ふむ?
 単に祖母の性格が問題なだけじゃなくて、他の要因もあるのだろうか?

「大丈夫だ。今日は俺も一緒だから」
「お兄ちゃん……はい♪」

 ちなみに、アリーシャも同行を申し出たけど、さすがに難しい。
 ストライン家の問題なので、後日、紹介するということは可能だけど……
 初日から関わることは大変だ。

「馬車の到着までもう少しあるな。えっと……エリゼ」
「はい?」
「……いや、なんでもない」

 祖母に気をつけるように、言おうとして止めた。

 今回の件、エリゼを巻き込むつもりはない。
 マーテリアがエリゼを巻き込む可能性はあるかもしれないが……
 エリゼは女性で孫。
 マーテリアもかわいがっている。
 よほどのことがない限り、危険が及ぶことはないだろう。

 エリゼを巻き込むことなく問題を解決する。
 それが俺のやるべきことだ。

「ピィー!」
「えっ」

 聞き覚えのある鳴き声。
 上を見ると、ニーアが降りてきて俺の肩に止まる。

「ニーア? どうしてここに……」
「追いかけてきちゃったんでしょうか? ふふ、寂しかったんですか?」

 エリゼは笑顔で、つんつんとニーアをつついて……

「ピーッ!」

 そのニーアは、つんつんと俺の頬をつつく。

 なんだ、この連鎖?

「ピピピ!」
「えっと……」

 思い切り頬をつかれている。
 痛いぞ。

 なにか怒られているような気がするのだけど……
 でも、鳥語なんてわからない。
 ニーアがなにをしたいのかサッパリだ。

「エリゼ、レン」

 ふと、第三者の声が割り込んできた。
 しわがれた声ではあるが、覇気にあふれている。

 そう、これは……

「おばあちゃん」
「久しぶりねえ、エリゼ」

 そう言って笑うのは、齢80を超える老婆だ。
 背はやや曲がり、杖を使用している。

 ただ、弱さというものは感じられない。
 そこらの若者よりも覇気にあふれていて、力強さを感じるほどだ。

 マーテリア・ストライン。
 前ストライン家の当主で、俺達の祖母で……そして、アラムの事件の黒幕だ。

「……レンもひさしぶりね」
「はい、お祖母様」

 エリゼに向けていた笑顔はどこへやら、マーテリアは冷たい目をこちらに向ける。

 見ていろよ。
 その顔、ほどなくして泣き顔に変えてやるからな。
 祖母だろうがなんだろうが、俺にケンカを売ったこと、とことん後悔させてやる。

 なんて、決意を固めていると……

「お祖母様!」
「アラム姉さん!?」

 思わぬ人物の登場に、ついつい驚きの声をあげてしまう。

 今朝、意識が戻ったという連絡を受けたものの、マーテリアの件があるため様子を見に行けなかったのだけど……
 まさか、向こうからやってくるなんて。

 どうするつもりだ?
 まさか、自分をハメた祖母に復讐を?

「ようこそ、王都へ。遅れてしまいましたが、私もお祖母様を色々と案内したいと思います」
「そう、よろしくね。アラム」

 マーテリアはにっこりと笑う。

 その笑顔を見て……
 俺は、反射的に拳を叩き込みたくなった。

 どんな気持ちで、今、笑っている?
 アラムを捨て駒にしておいて、なぜ笑うことができる?
 そこまで俺が憎いのなら、俺だけを狙えばいいのに、孫を利用するなんて……

「お兄ちゃん?」
「……あ……」

 エリゼの心配そうな声で我に返る。

「お兄ちゃん、今……」
「なんでもないよ、大丈夫だ」

 深呼吸をして頭を冷やす。

 落ち着け、俺。
 この日のために色々と準備をしてきた。
 ここで短慮を起こしても意味がない。

 っていうか……

「……なんだろうな」

 アラムのために怒る。
 誰かのために怒る。

 前世の俺は、全て自分のために生きてきて……
 そんな感情とは無縁だったはずだ。

 他人に影響されて、流される。
 それほど無駄なことはない。
 悪影響しかない、って考えていたのに……

「……悪くない、って思えるのはなんでだろうな」
 マーテリアを連れて、街を案内して。
 学院も案内して。

 それから、ストライン家が所有する別荘に移動した。
 今日は、マーテリアはここに泊まる。
 外泊許可をもらったので、俺達もここに泊まる。

「……こんなところかな?」

 俺は自分が寝る部屋のあちらこちらに、魔法によるトラップをしかけた。

 マーテリアは、目的を達成するために孫を利用した。
 かなり短気だ。
 俺が一緒となると、我慢できず、すぐに行動に移すだろう。

 それを撃退して……
 ヤツの悪行を白日の元に晒す。

 ストライン家当主を引退したとはいえ、まだまだ大きな権力を持っている。
 そんなマーテリアの力を削ぎ落とすためには、悪事の証拠が必要だ。
 そのために俺が餌になって誘い出す、というわけだ。

「さて……どうでる?」



――――――――――



「……なにもなかった」

 マーテリアがなにかしかけてくるのではないかと思っていたけど、なにもなくて……
 そのまま夜が明けた。

 途中まで起きていたから少し眠い。

「そこまで短慮ではなかった、っていうことかな? ……ん?」

 ふと、扉をノックする音が響いた。
 それだけで声はない。

 誰だろう?
 不思議に思いつつ扉を開ける。

「はーい……って」
「おはよう」
「お祖母様!?」

 マーテリアの突然の来訪に、ついつい声を大きくして驚いてしまう。

「レン、なにを驚いているのですか?」
「あ、いえ……すみません。おはようございます」

 慌てて頭を下げた。
 そんな俺を、マーテリアは……やはり冷たい目で見ている。

「レン」
「は、はい」
「散歩に行きます、ついてきなさい」
「……はい?」

 散歩に誘うなんて、なにを考えているのだろう?
 マーテリアの意図を測りかねて、ついつい怪訝そうな声をこぼしてしまう。

 そんな俺に構うことなく、マーテリアは廊下に出た。
 少し歩いたところで、なぜついてこない? という感じで俺を振り返る。

「いきますよ」
「えっと……はい」

 マーテリアがなにを考えているかわからないけど……
 あえて一緒に行ってみるか。
 罠だとしても、その罠を食い破ればいい。

 そう決めて、俺はマーテリアの後をついていった。

「……」
「……」

 マーテリアと一緒に庭を散歩する。

 特に会話が弾むことはなくて……
 というか、ずっと無言だ。
 気まずい。

 まあ、マーテリアと楽しくおしゃべりなんて、まるで想像できないけどな。

「レン」

 しばらく歩いたところで、マーテリアが足を止めた。
 氷のように冷たい視線をこちらに向ける。

「話があります」
「……なんでしょう?」
「今すぐに学院を辞めなさい」

 なるほど。
 わざわざ嫌いな孫を散歩に誘ったのは、自分で話をするためか。

「それは、どうしてでしょうか?」
「決まっています。あなたが男だからです」
「……」
「男である劣等種が、栄誉あるエレニウム魔法学院に通うなんて、あってはならないこと。どのようなインチキを使ったかわかりませんが、魔法を使えるわけがありません。魔法は女性のみに許された特権なのです」

 劣等種、ときたか。
 孫を前に、そこまで言い切ることができる性根は、ある意味で尊敬してしまう。

「我がストライン家に恥を塗るつもりですか? そんなことになる前に、すぐに退学なさい」
「お言葉ですが、俺はきちんと魔法を使うことができます……ライト」

 小さな光球を生み出してみせた。
 ほらね? とマーテリアを見るのだけど、

「くだらない。なにかの手品でしょう」

 マーテリアは一蹴する。

 目の前で魔法を使っても信じないなんて……
 相当な頑固者だな。
 どのようにして説得したものか。

「私の言葉を受け入れず、あまつさえつまらない手品でその場をしのごうとするとは……私の孫とは思えないほど愚かですね」
「はぁ……」
「これはもう、エリゼのことを真剣に考えないといけませんね」
「……どういう意味ですか?」

 なぜ今、エリゼの話が出てくる?

「あなたが近くにいると、エリゼに悪影響が出てしまうでしょう」
「はぁ……」
「あの子は体が弱く、役に立たないと思っていましたが……今なら、それなりにうまく使えそうですからね。外見は私に似て良いですから、良い結婚材料となるでしょう」
「……」

 心がすぅっと急激に冷え込んでいく。

 こいつ……
 エリゼまでそんな目で見ていたのか?
 孫として愛しているのではなくて、道具として見ているのか?

「アラムも教育し直さないといけないし……まったく、頭が痛い。こんなに問題を連れてくるなんて、レン、あなたは疫病神ですか?」
「教育……?」
「あなたが気にすることではありませんが……ええ、その通りです。アラムは、つまらない感情に流された愚か者。ストライン家を継ぐ者として、もっとふさわしい教育をしなくては……今は、出来損ないでしかない。まったく、本当に使えない者が多い」
「……おい」

 アラムはたくさん悩んで。
 苦しんで。
 そして……泣いていた。

 それをバカにするような発言は、絶対に許せない。
 俺は言葉遣いも忘れてマーテリアを睨みつけて……

「……私が……出来損ない……?」

 ふと、そんな声が聞こえてきた。
「アラム姉さん!?」

 いつからそこにいたのか、振り返るとアラムがいた。

 失敗だ。
 マーテリアとの会話に気をとられ、彼女の接近に気づかなかった。

「お、お祖母様……」

 アラムは顔を青くしつつ、すがるような目をマーテリアに向ける。

 対するマーテリアは……

「……」

 とても冷たいものだった。

 なんの感情も宿っていない……
 孫に対する愛は欠片もなくて……
 壊れた道具を見るかのような……

 そんな目。

「私は、お祖母様のためにやりたくないことをやろうとして……それなのに……」
「だからダメなのです」
「……っ……」
「やりたくないことをやろうとした? なにを寝ぼけたことを言っているのですか。レンという不良品を処分するのは当たり前のこと。なぜ迷う必要があるのですか?」
「それは……ですが、レンは弟で……」
「ですが、男という不良品です」
「そんな……でも! レンは、レンは……!!!」
「……ふぅ」

 俺のためにがんばろうとするアラムを見ていると、胸が熱くなる。

 一方で、マーテリアはため息をこぼす。
 それから、敵意すら宿る鋭い視線をアラムにぶつけた。

「どうやら、あなたも不良品のようですね」
「えっ、あ……」
「まったく……ストライン家を継ぐ者でありながら、なんて情けない。これはもう、教育しても無駄のようですね」
「お、お祖母様! 私は、その……」
「アラム。あなたはもう、いりません」
「っ……!?」

 その言葉は矢のようにアラムの心に突き刺さる。
 相当なショックを受けた様子で、アラムはふらりとよろめいて、地面に膝をついた。

「この出来損ないめ。私を不快にさせないで」
「……私、は……ただ、お祖母様のために……」

 アラムは呆然とした表情で、壊れた道具のようにつぶやいて……

「……うぅ……」

 そして、涙を流した。

 子供のように泣く。
 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 ああ、もう……

「泣かないでください、うっとうしい」
「……黙れ」

 我慢の限界だ。

「今、なんて?」

 マーテリアが鋭い視線をこちらに向けてくるが、それがどうした?
 こちらも思い切り睨みつけてやる。

 悪事の証拠を集めるとか。
 こちらの正当性を証明するとか。
 そんなことを考えていたのだけど……

 どうでもいい。
 もう、どうでもいい。

 アラムが泣いている。
 姉が傷つけられた。
 それを見て、もうなんてことないフリはできない。

 マグマのような激情が湧き上がる。

「いい加減にしろっ!!! あんたは、どこまで自分本位なんだ!?」
「なんですか、その口は。祖母である私にそのような……」
「祖母だろうがなんだろうが、許せるものか! ふざけるなよ!!!」

 アラムはわがままで、事あるごとに突っかかってきて……
 でも、彼女は彼女なりに悩んで、苦しんでいた。

 そして……

 自分と俺を天秤にかけて、俺を助けることを選んでくれた。
 素直にすごいと思う。
 そんなこと、俺にはできない。
 尊敬する姉だ。

 それに比べて、マーテリアのおぞましさは……

「なんでアラムの気持ちがわからないんだよ!? なんで、アラムにそんなことが言えるんだよ!? おかしいだろ、ありえないだろ」
「男であるあなたにはわからないことです」
「男とか女とか関係ない! 人としての……心のあり方の問題だ! 男はどうしようもないとか言っているけどな、お前の心の方がどうしようもなく醜く汚いさ!!!」
「……よく吠えましたね」

 マーテリアの敵意がぶわっと膨れ上がった。
 それは殺気と呼べるレベルに到達して、大気が震えるほどのプレッシャーを放つ。

「どうやら私が間違っていたようですね。このような大事なことは、私自身の手でやらなければならない。出来損ないに任せることはできません」
「まだアラム姉さんを侮辱するか!!!」
「……レン……」

 アラムは涙をこぼしつつ、こちらを見た。
 自分のために怒る俺を見て、なにか思うところがあるのかもしれない。

「私と戦うつもりですか?」

 構えると、マーテリアが鼻で笑う。

「現役を退いたとはいえ、私は、ストライン家の当主だったのですよ? 政務能力だけではなくて、戦闘能力もこれ以上ないほどに鍛えられていた……ただの子供、劣等種である男が敵うとでも?」
「敵うとか敵わないとか、どうでもいい」
「なんですって?」
「あんたは、アラム姉さんを泣かせた」

 だから……

「一発殴らないと気がすまない!!!」
「やはり、男というのは愚かですね……いいでしょう。この私が直々に教育してあげます」

 いざという時のために持ち歩いていたのだろう。
 マーテリアは折りたたみ式の杖を取り出して、構えた。

 俺も杖を手に取り、構える。

 街中ではあるけど、ここはストライン家が所有する別荘の庭。
 多少、派手にやってしまっても構わないだろう。

「炎の槍<ファイアランス>」

 まずは小手調べといった感じで、マーテリアは初級魔法を放つ。

 ただ、初級魔法と侮ることなかれ。
 使用者の魔力によって、その威力は大きく変動する。

 ここまで大口を叩くだけあって、マーテリアの魔力は相当なものだ。
 通常の『炎の槍<ファイアランス>』の数倍の大きさを持つ。

「氷の槍<アイシクルランス>」

 慌てる必要はない。
 対となる属性の魔法をぶつけて、相殺した。

「……どうやら、魔法が使えるというのは本当のようですね」

 マーテリアの女尊男卑はすさまじいが、バカではないらしい。
 目の前で魔法を使うと、素直にそれを認めてみせた。

「いいでしょう。特別にあなたを認めてあげましょう。あなたが当主になることは絶対にありえないですし、魔法学院は退学してもらいます。これからはアラム、あるいはエリゼを支えることで……」
「なにを言っているんだ?」
「……え?」
「俺、あんたに認めてもらいたいなんて、これっぽっちも思ってないんだけど? どうでもいいんだよ、あんたの歪んだ思想なんて」
「まだそのような口を利くのですか」
「いくらでも利いてやるさ。あんたの思い通りになんかならないってこと、教えてやる。そして……」

 マーテリアは俺の敵だ。
 そのことをハッキリと伝えるように、睨みつけた。

「一発、殴る!」

 魔力を練りつつ、前に出た。

「雷の槍<サンダーランス>」

 雷撃を放つ。
 タイミングはバッチリで、普通は防御は間に合わないのだけど……

「盾<シールド>」

 マーテリアは即座に魔力を練り上げて、魔法式を構築して、魔法を放つ。
 魔力が盾となり、俺の攻撃を防いだ。

 さすが、と言っておくべきか。
 最初の攻撃、今の防御、どちらの魔法もよく練り込まれている。

「れ、レン……もうやめて……」

 少し離れたところで様子を見るアラムが、弱々しい声でそう言う。

「お祖母様に逆らうなんて……どうして、そんなことをするの……?」
「あそこまで言われて、アラム姉さんはいいんですか? なにも気にしないんですか?」
「そ、それは……」
「俺は……許せません」

 今更だけど……
 アラムだって、大事な家族なんだ。
 一緒の時間を過ごしてきた姉なんだ。

 そのアラムがここまで傷つけられた。
 マーテリアに好き勝手されて、歪んだ思想に振り回されて……

 泣いていたんだ。
 涙をこぼしていたんだ。

「ここまでされて、許せるものか!!!」
「……レン……」

 今まで感じたことのない怒りが湧き上がってくる。
 前世でも、ここまでの激情を抱いたことはない。

 ……ああ、そうか。

 俺の目的は強くなり、魔王を今度こそ倒すことだけど……
 でも、それだけじゃなくて……

「炎の槍<ファイアランス>!」

 マーテリアを初級魔法で牽制した。

 当たれば儲けもの。
 防がれたとしても、相手の動きを阻害できるからそれでよし。

 連続で放つ。

「くっ……まさか、これだけの力を……!?」

 マーテリアは防戦一方になる。
 こちらの攻撃が当たることはないが、反撃に出ることはできない様子だ。

 ただ……

 少し違和感があった。
 あそこまで大口を叩いていたのに、戦い方がお粗末すぎる。
 ただ魔力が少し強いだけで、他に注意するところはない。

 俺を侮っている?
 いや。
 その認識は、俺が魔法を使ったことで改めたはずだ。

 だとしたら……

「ピィーッ!」
「ニーア!?」

 聞き覚えのある鳴き声。
 バサバサと空からニーアが降りてきて、俺の肩に止まる。

 突然のことに驚いていると、ニーアは後ろを見て鳴く。

「っ!?」

 瞬間、ゾクッと悪寒が背中を駆け抜けた。
 慌てて身をひねり……

 ゴォッ!!!

 直後、さっきまで立っていた場所を紅蓮の炎が駆け抜けていった。
 見ると、背後に二人の侍女の姿があった。

 いずれも見覚えがある。
 マーテリアが連れてきた侍女だ。

「……伏兵か」
「卑怯と罵りますか?」
「いいや。これくらい、ちょうどいいハンデさ」
「減らず口を……!」

 怒れるマーテリアと侍女達が魔法を放ってくる。
 初級魔法だけど、連射速度がすごい。
 さきほどの俺を真似するかのように、手数で攻めてきた。

 相手は三人。
 こちらは一人。
 さすがに不利だ。

 広範囲魔法でまとめて、でもいいのだけど……
 その場合、アラムを巻き込んでしまいそうだ。

「一人ずつ倒していくしかないか……爆砕陣<フレアサークル>!」

 足元に魔法を叩き込む。
 土煙が派手に舞い上がり、辺り一帯の視界を塞ぐ。

「なっ、これは……!?」
「ど、どこを狙えば……」
「落ち着きなさい! 姿が見えないのなら、広範囲魔法を叩き込めばいいのです!」

 アラムを巻き込むかもしれないのに、よくそんなことが言えたものだ。
 改めて怒りが湧いてきた。

 とはいえ、そんなことをさせるつもりはない。
 魔法を唱える時間も与えない。

 俺の視界もふさがっているが……
 しかし、律儀に声を出してくれたものだから、大体の居場所はわかる。

「石の槍<ストーンランス>!」
「ぎゃ!?」
「雷の槍<サンダーランス>!」
「うあっ」

 よし。
 手応えアリだ。

 ほどなくして土煙が晴れて……
 二人の侍女が倒れているのが見えた。
 手加減はしておいたから、そこまでひどい怪我はしていないだろう。

「今のがあんたの切り札か?」
「くっ……!」

 マーテリアが苦い顔になる。

「男のくせに、と蔑んでいた相手にしてやられた気分はどうだ? なあ、教えてくれよ?」
「こ、のっ……!!!」
「……本当に、教えてくれよ。なんで、そこまで歪んだ思考を持てるんだよ」

 マーテリアのことがわからない。

 なんだかんだ、彼女は祖母なのだ。
 仲良くしたい。
 色々な話をしたい。

 でも、マーテリアは、俺が男という理由でそれを拒んでいて……
 それだけじゃなくて、アラムやエリゼのことも、男を蹴り落とすための道具として利用しようとしている。

 そこまでする理由がわからない。

「黙りなさいっ!!!」

 心の枷を外したのか、マーテリアは感情をあらわにして叫んだ。

「私が歪んでいるなど、そのようなことはありえません! 私こそが正しいのです! あのような、私を捨てた男が正しいなど、そのようなことは……!!!」

 捨てた?
 どういうことだろう?

 マーテリアは、祖父と一緒に暮らしているはずだけど……いや、待てよ?
 そういえば昔、母さんから聞いたことがある。

 マーテリアは将来を約束した男性がいた。
 しかし、相手の男は詐欺師で、マーテリアは騙されて……
 その後、家のために祖父と結婚したのだ……と。

「……本当のことは知らないけどさ。俺の知っている話が本当なら、同情する余地はあるけどさ」

 でも。

「だからって、孫を利用しようとするのはおかしいだろ!? アラム姉さんを傷つけて、そんなことが許されるわけがないだろう!!!」
「……レン……」

 視界の端で、アラムがぽろぽろと涙をこぼしているのが見えた。
 その涙の意味は……

「……なさい……」

 マーテリアが小さく、なにかを言う。

「黙りなさいっ!!!」

 果てのない激情を込めた声。
 目を血走らせるほどの怒りを乗せて、こちらを睨みつけてくる。

「男が、私の心で土足で立ち入ろうとするな!!!」
「くっ……!?」

 魔力の奔流が湧き上がり、とてつもないプレッシャーが襲ってきた。

 このとんでもない魔力……
 これがマーテリアの本気なのか?

 いや。
 なにかおかしい。

 彼女の体から黒い霧のようなものがあふれている。
 それはあまりにも禍々しくて、人が放つものとは思えない。

 そう。
 例えるなら、魔王が使っていた魔力と似ていて……

「どういうことだ……?」

 この現象は、ただの偶然なのか。
 それとも……

「後悔して、後悔して、後悔して……そして死になさいっ!!! 氷刃乱舞<ソードブリザード>!!!」
「うわっ!?」

 マーテリアを中心に、強烈な嵐が吹き荒れた。
 氷の刃が荒れ狂い、触れるもの全てを凍らせて、切り刻んでいく。

 めちゃくちゃだ。
 こいつ、なにもかも壊すつもりか?

「あ……れ、レン……」
「アラム姉さん!」

 アラムに氷の嵐が迫り……
 俺は悲鳴じみた声をあげつつ、彼女のところに駆けた。
「巨兵の盾<プロテクトウォール>!」

 間一髪。
 なんとかアラムを守ることができた。

 ガガガッ! と鈍い音を立てつつ、氷の嵐が盾に激突した。

「あ……ど、どうして……?」
「アラム姉さん?」
「どうして……助けてくれるの?」

 アラムは、どこか怯えた様子で問いかけてくる。

 なんていうか、いたずらをした子供みたいだ。
 自分が悪いことをしたと自覚してて……
 絶対に怒られる、と思っているような、そんな感じ。

 確かに、色々と意地悪をされてきたのだけど……

 でも、そんなことがどうでもよくなるくらい嬉しかった。
 今回の一件で、アラムは俺のことを案じてくれた。
 姉らしく、弟のことを心配してくれた。

 本当に嬉しい。

「アラム姉さんが危ないのに、放っておくとか無視するとか、そんなことできませんよ」
「でも、私……今までずっと、レンにひどいことを……」
「されましたね」
「ごめん、ごめんなさい……」
「わかりました、いいですよ」
「え?」

 アラムがキョトンとした。

「アラム姉さんの謝罪は受け取りました。だから、よしです」
「で、でも……」
「俺……なんだかんだ、アラム姉さんのこと、嫌いになれなかったんですよ」

 意地悪をされた。
 ツンツンした態度ばかりで、時折、つっかかってきた。

 でも……
 どこか憎めないというか、嫌いになれない。

 今になって思うと、アラムの本心ではなかったからだろう。
 マーテリアにいいようにコントロールされていたせいだ。

「レン、私……」
「今まで、ちょっと長いケンカをしていたようなものですよ。これからは仲良くしましょう。だって……姉弟じゃないですか」
「……あ……」

 アラムは目を大きくして驚いて、

「……ええっ……」

 じわりと涙をためつつ、大きく頷いた。

「アラムっ、私の言うことに逆らうつもりですか!?」

 マーテリアがヒステリックに叫ぶ。

 アラムは、ビクリと震えるものの……
 でも、視線を逸らすことなく、マーテリアに声をかける。

「お、お祖母様……もうやめてください。男だからという理由だけで、レンにひどいことをするなんて……」
「黙りなさいっ!!!」
「ひっ」

 落雷のような一喝に、アラムが震えた。

 マーテリアに従うつもりは、もうない。
 でも、彼女の歪んだ教育が心に深く染み込んでいるため、逆らうことが難しいのだろう。

 なら、その枷を俺が解き放つ!

「紫電乱舞<ライトニングストーム>!」

 自分の周囲に雷の嵐を発生させる魔法を唱えた。
 アラムは俺の傍にいるから巻き込まれることはない。

 ただ……

「きゃあ!?」
「ぐあっ!?」

 マーテリアのものではない、複数の悲鳴が聞こえてきた。
 さきほどと同じように、伏兵を潜ませていたのだろう。
 それを読んでいた俺は、ここでまとめて叩くことにした、というわけだ。

「おのれっ!!!」

 マーテリアが血走った目でこちらを睨みつけてくる。

「レン、あなたはストレイン家の血を引いているというのに、私に逆らうというのですか!?」
「俺は、あなたの人形じゃない」
「くっ、なんて忌々しい! 私とて、このようなことを望んでやっているわけではありません。私は昔……」
「あ、そういうのいいので」

 なにか語り始めようとしたマーテリアの言葉を遮る。

「あなたの悲しい過去とか、そういうのはどうでもいいので」
「なっ……」
「どんな過去があろうと」

 ちらりとアラムを見る。
 彼女の目元は涙で濡れていた。

「アラム姉さんを傷つけた……だから、あんたは敵だ!」
「この……子供風情がっ!!!」

 ぶわっと、マーテリアから強大なプレッシャーが放たれた。

 いや、これは……
 闘気とかそういうレベルじゃない。
 なんていうか、そんなものよりも、もっと禍々しいものだ。

「ピィーッ!!!」

 ニーアがひときわ強く鳴いた。
 まるで、マーテリアを敵視しているかのようだ。

「ピッ、ピー!」

 今度は俺を見て、なにか訴えるように鳴いた。

 あれはまずい。
 止めてほしい。

 そんなことを言っているみたいだった。

 エル師匠から託された不思議な鳥。
 そんな彼女が言うのなら、なんとかしなければいけないのだろう。

 ……うん? 彼女?
 俺、ニーナのことをそう呼んで……って。
 今はあれこれと考えているヒマはないか。

「アラム姉さん、下がっていてください」
「ど、どうするの……?」
「かなり手荒になりますが、決着をつけます」

 マーテリアから黒いモヤのようなものがあふれていた。
 魔力ようだけど、あんな形の魔力は見たことがない。

 ……いや。
 一つ、心当たりがある。

「俺の考えている通りだとしたら、手加減はできません。だから、巻き込まれないように後ろへ。あと、ニーア……その子をお願いします」
「わ、わかったわ……」

 アラム姉さんはニーアを胸に抱いて、後ろに下がろうとして……

「レン」
「はい?」
「……気をつけてね」
「はい!」

 不思議とアラムの声援は心地よくて、とんでもなくやる気が出てきた。

 よし。
 勝つか!

「私は正しい! 正しいに決まっているのです!!! それに異を唱えるというのならば、誰であろうと容赦はしません。さあ、ひれ伏しなさい!!!」

 マーテリアも決着をつけるつもりらしく、魔力を集めていた。
 それは膨大な量で、常人がここにいたら、魔力にあてられて気絶してしまうほどだった。

 でも……

「悪いが、その程度の魔法にやられてやるつもりなんてない」

 所詮、魔力が大きいだけ。
 その術式は拙く、雑だ。

 魔力の量は俺の方が下だけど……
 でも、その精度は圧倒的に俺が上だ!

「起動<セット>」

 魔力を解放するためのトリガーを引いた。

「二重<ダブル>」

 魔法陣を二つ、起動した。
 それを見て、マーテリアが慌てる。

「な、なんですか、それは!? 魔法陣を二つも起動するなんて、そのようなことは見たことが……!?」
「そっか」

 俺はニヤリと笑う。

「お祖母様は、こんな簡単なこともできないんですね」
「っ!!!」

 思い切り煽ってやると、マーテリアは顔を真っ赤にした。

 いいぞ。
 その調子で、どんどん集中力を乱してくれ。

 その間に、俺は魔法を完成させる。

「蒼穹天<ブルーアース>」

 初級にも中級にも上級にも、いずれにもカテゴリーされていない、俺のオリジナル魔法。
 二つの魔法陣を使うことで、威力は数倍に。
 ありとあらゆる理不尽を打ち砕き、魔を滅する力。
 魔王を倒すために開発した、数あるうちの魔法の一つ。

 それが今、解き放たれた。

「っ!!!?」

 青い光の奔流が放たれた。
 それは一瞬でマーテリアを飲み込む。

 防御は許されない。
 反撃も許されない。
 圧倒的な力の前に、ただただひれ伏すことしかできない。

 そして……

「……あ……ぅ……」

 青い光が立ち去ると、ボロボロになったマーテリアがいた。

 さすがというか、耐えきったみたいだ。
 ある程度、手加減はしたのだけど……
 普通、立っていることはできないんだけどな。

「……う……」

 ただ、マーテリアも限界だったらしい。
 意識を失い、ばたりと倒れた。

 その体から黒いモヤのようなものがあふれ、消えていく。

 それは……魔王が持つ魔力と酷似している。
 ということは、マーテリアは魔王の影響を受けていた?
 一連の事件は、ヤツの策略?

「俺の近くに……ヤツがいるのか?」

 謎は多い。
 考えるべきことは増えた。

 でも……

「レンっ!」
「わわわ」

 アラムが抱きついてきた。

「大丈夫!? 怪我していない!? 痛いところはない!?」
「はい、大丈夫ですよ」
「よかった、無事で……! 本当に……よかったぁ……!!!」

 今は、アラムを守ることができたことを喜ぶことにしよう。
 マーテリアはストライン家の前当主で、引退した今も大きな力を持っている。
 現当主の母さんも、彼女の命令に逆らうことはできない。

 しかし。

 孫を利用して、孫を殺そうとした。
 これは決して許されることではない。

 ……というか、事情を知った母さんは激怒した。

 現当主命令で、マーテリアの持つありとあらゆる顕現を剥奪。
 そのまま辺境の地で監視、軟禁をすることに。

 マーテリアが前当主でありながら大きな力を持っていたのは、彼女に味方する親族が多かったのが一つの要因だ。
 しかし、今回はやりすぎだ。
 誰も彼女の味方をすることなく、マーテリアは全てを失うことに。

 そして、俺とアラムは……



――――――――――



「ごめんなさい……!!!」

 色々なことが片付いた後、学院に戻り……
 寮の中庭に呼び出された俺は、アラムからの謝罪を受けた。

 って、なんで謝罪?
 今回の事件絡みの謝罪なんだろうけど、アラムはなにもしていない。
 むしろ、マーテリアに利用された被害者だ。

「どうしてアラム姉さんが謝るんですか? 謝る理由はないような……」
「いいえ、そんなことはないわ……私は、弟であるあなたのことを……」
「でも、それはマーテリアの命令だったんでしょう? なら、アラム姉さんが気にすることじゃあ……」
「そんなことないわ!」

 アラムは強く俺の言葉を否定した。
 その姿は、自分を戒めているかのようでもあった。

「私は最初、お祖母様の言うことに従っていた。命令されたからではなくて、そうすることが……レンを退学させることが正しいと思っていた」
「それは、家の名前に傷がつくから?」
「……ええ」

 アラムは己の選択を悔いている様子で、ぎこちなく頷いた。

「最初は、私の意思でレンを追い出そうとしていたの……そうすることが正しいと思って、自分で行動していたの……」

 でも……
 それもまた、アラムのせいではないと思う。

 今回の事件で、マーテリアの身辺が徹底的に調べられた。
 その結果、彼女の元にアラムが預けられていた間、マーテリアは徹底的な女尊男卑思考を孫に教え込んでいたという。

 そのせいでアラムの性格が歪んで……
 彼女の責任ではないと思う。
 なんだかんだ、やっぱりマーテリアが一番の元凶なのだ。

 ただ、アラムはそう割り切ることができないらしい。
 原因はどうあれ、自分がやらかしたこと。
 ならば、その責任は自分にある。
 その罪から逃れたくはない……そう考えているのだろう。

 真面目だな。
 苦笑してしまうほどに真面目で……
 でも、そういうところは誇らしいと思う。

 うん。
 俺にとってアラムは誇らしい姉だ。

「今更、っていうのはわかっているわ。都合がいいって思われても仕方ない……ただ、私は、その……」

 アラムは視線をさまよわせた。

 言葉に迷っているというよりは、俺のことを見るのが怖いようだ。
 どことなく、親に叱られている子供を連想させる。

「私は……やり直したいの」
「それは、どういう意味ですか?」
「本当に都合がいい話なのだけど……ちゃんとした姉弟として、レンとやり直したいの……しっかりとあなたのことを見ていきたい」
「……アラム姉さん……」

 なぜか。
 その言葉に、訳もわからず泣いてしまいそうになった。

 それと同時に気づく。
 俺も、アラムと仲直りをしたかったんだ。
 エリゼと同じように、家族を大事に思っていたんだ。

 前世では家族なんて無縁だったから、気づくのが遅れたけど……
 そういうことなんだろうな。

「アラム姉さん」
「……ええ」
「その、なんていうか……」

 うまい言葉が見つからない。
 そのせいで、アラムが不安そうにしていた。

 ああもう。

 前世では賢者と呼ばれていたのに、今はなんて情けない。
 仲直りの言葉一つ、出て来ないなんて。

「つまり、だ」

 どうにかこうにか言葉を考えて、それを口にする。

「アラム姉さんって、確か、お菓子作りが得意でしたよね? なんか、よくエリゼに作っていた記憶が」
「え? ええ……そうね。あくまでも趣味の範囲だけど、よく作っているわ」

 それがどうしたの? と、アラムは不思議そうな顔に。

 俺は、彼女から少し視線を逸らす。
 なんていうか……直視するのが妙に恥ずかしい。

「だから、なんていうか……」
「?」
「今度、俺にも作ってくれませんか? その……アラム姉さんのお菓子を」
「……あ……」

 アラムは、キョトンと目を大きくして驚いて……

「ええ、もちろん」

 次いで、優しくにっこりと笑うのだった。