ふつつか者。
この言葉を旭は、現実世界で初めて聞いた。
確か結婚する時の挨拶なんかでよく出るフレーズだったはず。
少なくとも初対面のクラスメイトに言うことではない。
「おもしろいね、花守さん」
渉がけらけら笑う。
「俺、鳥海渉」
「鳥海くん。はい、宜しくお願い致します」
「座って座ってー。花守さん、どこ中?」
「わたくしは……」
表情、姿勢、言葉遣い。
全てが崩れぬ雛菊は、完璧すぎて近寄りがたい印象だ。
よく話しかけられるな、と旭は感心して渉をの横顔を見た。
「遠いね。俺と旭……。あ、こいつが旭ね。俺たちは同じ中学なんだ」
「そうでしたか」
ぱちり。
雛菊と目が合う。
雛菊は唇を一文字に引き結び、軽く会釈してきた。
ここで名乗らないのもおかしいか。
旭は平静を装いつつ、軽く頭を下げた。
「名取旭です。宜しく、花守さん」
「名取……」
雛菊がごく小さく繰り返す。
なんだ、名取だからなんなのだ。
旭は泣きたくなった。
怖い、一挙手一投足が。
しかし旭の恐怖とは裏腹に、雛菊は初めて表情を崩した。
ふわり。
目尻が柔らかくなる。小さな花が散ったように見え、渉まで息を飲んでいた。