母は男をとっかえひっかえしている人だった。

ランドセルを背負い学校でもらった作文優秀賞の賞状を手にもって家に帰ると、知らない男物の大きな靴が乱雑に吐き捨てられていた。それはときに高級そうな革靴だったり、履きつぶしたスニーカーだったりした。
家の中に入ると大抵、初めましての知らない男がリビングに座っていて「芽衣ちゃん、こんにちは」と甘ったるい声で話しかけてきた。私は不愛想に軽く頭を下げるだけで、手に持っていた賞状やら授業参観のプリントやらを机に置き捨てて、すぐに自分の部屋に下がっていった。そんなときには決まって背中から「お父さんって呼ぶのよ」という母親の声が追いかけてくるようだった。

あるときは、家の奥から甘くて甲高い声が聞こえてきた。言葉を覚える前の赤ん坊がぐずっているときのような文字にならない声。耳をふさぎたくなった私は、その鳴き声に負けないくらいの声量で「ただいま」と叫んだ。いつもなら部屋に入っていくが、この日に限って玄関から進むことはしなかったのは動物に備わっている防衛本能というやつだろう。
母がシャツを羽織っただけの淫靡な格好で、バタバタと玄関に走ってきた。
「芽衣。今お母さん忙しいからこれ持ってどこか遊んできて」
母は私に千円札を一枚握らせた。
紙幣は汗で母が握っていた形のまましわくちゃになっていて、どこか気持ち悪かった。

結局、小学校中学校を通して授業参観に来たことはなかった。家庭訪問は何度か担任の先生に母が家にいる時間帯を聞かれたけど、いつの間にかそれも聞かれなくなった。
一度だけ運動会で母の姿を見たことがあった。つばの広い帽子とサングラスをした母の姿が友達のお母さんと違って嫌だった。隣にはやはり知らない男の姿があった。その時の母の男だったのか、誰か別の生徒の父親がたまたま隣にいただけなのかは今となっては知らない。私にとってはどちらでもよかった。
私に話しかけることもなく、私から話しかけることもなく、母は大玉転がしが終わったころいなくなっていた。

もし親ガチャというものが本当にあるとするならば、生まれる前の私は一体いくらで母を買ったのだろう。転がり落ちてきた母親を見てニコリとしたのだろうか。

一体いくらで売ることができるのだろう。
否、売ることができないから親ガチャなのだ。