この時までは母の心配にイラつくことはなかった。けれどそれから一週間後、母が勝手に私の部屋に入り、学校の鞄を漁っていたのを見た時、私は母に対して怒りを覚えた。
「何してんの?」
私に気がついた母はびくりとして振り返り、怯えるような目で私を見た。
「ごめんなさい。でもきいちゃん、最近元気が無いから、学校で何かあったんじゃないかって・・・」
私はずかずかと母の方へ歩み寄ると、鞄を取り返してつっけんどんに言った。
「だから、何もないって言ってんじゃん。いちいち気にしないでよ」
机に鞄を叩きつけながらそう声を荒げて母を見た時、私は思わず口をつぐんだ。母の瞳が潤んでいたのだ。何かに怯えている様だった。でも声を荒げた私に対してではない。もっと何か、別のこと、今この場にないことに怯えている瞳だった。どこかで見た瞳だった。思わず目をそらした私に、母が再び謝った。
「本当にごめんね。でも、本当に、お願いだから、何かあったら言ってね。お願いだからね」
鞄の持ち手を握りしめながら私は頷いた。
「もういいから。わかったから」
それ以降、母は学校のことについてあれこれ聞いてくることはなくなったが、父には不安を打ち明けていたのだろう、ここ最近、父は私に話しかけては何か言いたそうにし、けれど結局他愛のない話をして終わる。そして、もう一度話しかけようかとちらちら私の方を見ては諦めるのだった。はっきり言えばいいのに。そんなだから、母に愛してるってはっきり言えずにいつも顔を赤くするだけなんだ。正直私は、二人が水面下で私を心配していることにイラついていた。家にいても、出かけても、ずっと心配されている。そんな気がしてちっともリラックスできなかったし、子ども扱いされているようで、呆れたし腹が立った。
 けれど、だるいだけだと思っていた私の体を蝕んでいた病魔に気がついたのは、ずっと水面下で心配していた父だった。六月のある日、私は体がだるくて学校を休んだ。定期試験が終わった直後で疲れが出たのだろうと思っていた。母も発熱と言っても微熱程度であることにほっとしていたが、その日の夕方、帰宅した父がそのことを知ると、すぐ病院に行くようにと私に言ったのだ。
「別に、そんな大したことないよ。熱だってもう下がったし」
「いいから。来なさい」