私は彼に限って不倫なんてないよね、そう思いながら、週刊誌の内容が気になり、中身を読んだ。
確かに二人だけで仲良さそうに写っている。
「このモデルさん二十三歳なんだ、若い、蓮さんとモデルさん同世代なんだ、だから話弾むよね、それに私、蓮さんのこと拒否しちゃったし、この子に迫られたら、断る男性はいないよね」
彼に俺だけ信じろって言われたが、この時私は週刊誌の罠にどっぷりはまってしまった。
彼は仕事が忙しく帰りが遅い日が多くなった。
寂しい、昼間の電話もくれなくなった。
一人でいると変なこと考えてしまう、彼は仕事で忙しい、わかっているけど……
今日も遅い、もしかしてモデルの子とデート?そんなわけない、そんなわけないと何度も自分に言い聞かせるが、二人の仲良さそうな姿が頭から離れない。
なんか涙が溢れて消えてしまいたいと、何度も何度も繰り返し思ってしまう。
その時インターホンが鳴った。
東條さんが彼の指示で私の様子を見に来てくれたのである。
ドアを開けると泣いている私を見て、東條さんが問いかけた。
「どうなさいましたか」
「寂しくて、悲しくて、助けて」
そんな私のただ事ではない様子に、東條さんは思わず私を抱きしめた。
この時私の精神状態は大きく崩れていた。
抱きしめてくれた東條さんを彼だと思い「蓮、蓮」と叫び、東條さんの胸に顔を埋めた。
東條さんはしばらく私を抱きしめたままでいてくれた。私はやっと我に帰り、東條さんに縋っている事実に気づいた。
「ごめんなさい、私……」
「大丈夫です、自分の方こそ理性を失いました、社長に手を出すなと言われていたのに、自分は首ですね」
「蓮さんには言わないでください、心配しますので」
「かしこまりました」
「もう戻ってください、あまり永い時間だと蓮さんが変に思います」
「奥様を一人残して帰れません」
その時東條さんのスマホが鳴った。
「はい東條です」
『美希の様子はどうだ』
「大丈夫です」
『じゃあ戻ってこい』
「今はまだ戻れません」
『何故だ』
「お答え出来ません」
『美希に変わってくれ』
「はい、お疲れ様です」
『大丈夫か』
「大丈夫です、ご心配には及びません」
『今日は泊りだ』
「はい、わかりました」
彼からの電話は切れた。
「大丈夫ですよ、もう戻ってください」
私は東條さんに告げた。
その時ドアが開き、彼が入って来た。
「美希」
「蓮さん、どうしたんですか」
「東條、説明しろ」
「自分がここに着いた時、奥様は泣いて取り乱していました、自分はそんな奥様をそのままの状態には出来ず抱きしめました」
「美希、何があった、俺に言ってくれ、何故俺じゃなく東條に抱きしめて貰ったんだ」
「社長、それは違います」
「お前に聞いてない、美希に聞いてるんだ」
「寂しくて、悲しくて、なんかわからなくなって東條さんを蓮さんと間違えたんです」
「何故寂しく、悲しくなったんだ、俺が忙しいからか」
「それもあります、でもそれだけじゃなく、週刊誌のモデルの方に嫉妬しました、すごく嫌だったんです」
「俺は美希に説明したよな、二人で食事に行ったんじゃないと」
「わかっています、でもなんか嫌だったんです」
涙が溢れて止まらない、彼はそんな私を抱きしめてくれた。
「東條、俺は今日は社には戻らない、明日から定時で帰る、休みも取る、了解してくれ」
「かしこまりました」
「それから、東條、俺の言いつけ守らなかっただろ、美希に手を出すなと言ったはずだ、覚悟はいいか」
「はい、辞表書きます」
「辞める必要はない、俺が困る、仕事でミスしたわけでは無いからな」
「では何を覚悟すればよろしいのでしょうか」
「一発殴らせろ」
え?っちょっと待って、私が悪いのに東條さんが殴られるなんて……
そう心の中で思ったが、二人の間に入れる雰囲気ではなかった。
「歯を食いしばれ、いくぞ」
私は咄嗟に自分の顔を手で隠した。
ドンと鈍い音がして、「痛?え」と彼の声が響いた。
彼は壁を殴ったのだ。
「社長、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃねえよ、まっ俺が頼んだのが悪いからな」
「申し訳ありませんでした、自分は社に戻ります」
「東條さん、ご迷惑かけてすみませんでした」
「大丈夫です、奥様のお役に立てれば嬉しいですから、では失礼いたします」
東條さんは社に戻った。
私の方から彼に抱きついた、そして二人はキスをした。
彼は私を抱きかかえ、ベッドへ運んだ。
首筋に彼の熱い息がかかる、思わず声が漏れた。
「俺を受け入れろ、美希、お前を愛してる」
その夜彼と結ばれた。
「美希、俺はすげ?満足したぞ、ずっと朝までこうしていたい、もうお前を離さない、わかったか」
「はい」
「よし、いい子だ」
彼は私の頭をポンポンしてくれた。
程なくして、彼の父親が天に召された。
急な病気の悪化により、この世を去った。
商店街の方々にも、葬儀に参列して貰い、滞りなく無事に葬儀は済んだ。
「親父さんは幸子さんの元に旅立ったんだな」
商店街の八百屋のご主人がポツリと呟いた。
「仲が良かったからな」
「色々とお世話になりました」
「それはこっちのセリフだよ、親父さんの葬儀にまで呼んで貰って、ありがとうな」
「これからも美希がお世話になると思いますので、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
それからしばらく平穏な日々が流れた。
私は生理が遅れていることに気づいた。
いつものように夜、彼は私をベッドに運ぶ。
熱いキスから始まる抱擁、私はもし、妊娠していたら、この先の行為は流産に繋がるのではと不安になった。
「蓮さん、あのう、待ってください」
「ん?どうした?」
「あのう、生理が遅れてて、妊娠の可能性があるので」
彼は私をじっと見つめていた。
「蓮さん?」
私は彼の表情に不安を隠しきれずにいた。
子供は欲しくないのかな、と不安が過ぎる。
次に瞬間、彼は満面の笑みになり、私を抱き上げた。
「美希、やったな、すぐ病院へ行こう」
彼は出かける支度を始めた。
「蓮さん、今は夜なので、産婦人科の外来は終わってます、明日いきましょう」
「そうか、そうだよな、じゃ、今日は久しぶりにくっついて寝るか」
「はい」
私は妊娠かもと言う事態に不安と期待で寝られなかった。
俺は一瞬固まった。
美希から妊娠かもしれないと言うことを聞かされて、期待と喜びに胸が大きく高鳴った。
「美希、もう寝たか」
「いいえ」
「嬉しすぎて寝られねえよな」
彼は嬉しいと言ってくれた。
でも、高年齢出産のこと、RHマイナスの血液型のことなど、問題は山積みである。
それに引き換え、彼はウキウキして眠れないとすごく嬉しそうであった。
朝、東條さんに連絡して、午前中遅れると言って、病院に一緒について来てくれることになった。
産婦人科に着くと外来の手続きをして待合室で待機していた。
「鏑木美希さん、診察室にお入りください」
名前を呼ばれて、初めて蓮さんと結婚したんだと実感した。
「美希、呼ばれてるよ」
「あっ、はい」
診察室に入った。
「鏑木美希さんですね、検査の結果、妊娠二ヶ月に入ったところです、おめでとうございます」
先生は満面の笑みで答えてくれた。
「ありがとうございます」
「待合室にいるのが、ご主人様ですか」
「はい」
先生は看護師に診察室に入って貰うように指示した。
彼が診察室に入ってきた。
「鏑木美希さんのご主人様ですね、おめでとうございます、二か月に入ったところです」
「ありがとうございます」
「美希、やったな」
彼はすごく喜んでくれた。
「これから色々検査致しますので、少々お待ちください」
それから色々検査をして、流産の危険の事や、高年齢出産のリスクなど、注意を聞いてマンションに戻った。
「美希、お疲れ様、疲れただろう、今日は帰り俺が報告がてら、商店街に寄ってなんか買ってくるから、横になってろ」
「でも、それでは申し訳ないです」
彼は私の肩を抱いて、言葉を続けた。
「何も遠慮することないんだ、これから美希は俺達の子供を産むと言う大役を熟さなければいけない、俺に頼れよ」
「わかりました」
そして、彼は会社に向かった。
俺は安定期に入るまで公表は避けようと思ったが、これからのことを考えると、東條と商店街の人達にはお世話になる事があるだろうと考え、報告することに決めた。
「東條、済まなかった」
「大丈夫です、珍しいですね、社長が午後から出社とは何かあったのですか」
「美希が妊娠した」
東條はビックリした表情で俺を覗き込んだ。
「本当ですか、おめでとうございます、早速記者会見を開きますか」
「いや、安定期に入るまで、この事は伏せておく、商店街の人達だけにはお世話になることもあるだろうから、報告しようと思ってる、もちろんお前にもな、これからも美希をよろしく頼む」
東條は感動したのか、涙を潤ませていた。
「かしこまりました」
俺は仕事が終わると、まず美希に連絡した。
「大丈夫か、仕事終わったからこれから商店街に報告に行ってくる、夕飯はなんでもいいよな」
「お疲れ様です、大丈夫です、よろしくお願いします」
俺は車で、商店街に向かった。
「おお、社長さん、こんな時間に珍しいなあ」