俺は目の前にあいつがいたら、殴りかかっていただろう。
これ以上美希を危険な目にあわす事は出来ない、俺は東條を呼んだ。
「東條、申し訳ないが、今度の休みに美希と出かける、しかし、あいつが狙っている可能性が高い、俺は美希を命に変えても守るが、俺一人ではあいつを捕まえる事が出来ない、また、逃すと面倒だから、俺達の後に着いてきてくれないか」
「かしこまりました、そろそろやつも痺れを切らして、最終手段に出るやもしれません、
私にお任せ下さい」
「折角の休みに申し訳ないがよろしく頼む」
俺は東條に護衛を頼んだ。
そろそろあいつと決着つけなければ、堂々巡りだからな。
美希だってずっと部屋の中ではストレスが溜まるだろう。
東條に何人かのSPを依頼するように手配を頼んだ。
私はまた一人での外出は禁止された。
「美希、辛抱してくれ、しばらく忙しくて休みが取れない、お前をこれ以上危険な目に合わせられない、いつも側に居てやりたいがすまない、今はそれは叶わない」
「大丈夫です、部屋で大人しくしています」
彼は私を抱きしめてくれた、そして仕事へ向かった。
正直元彼にまた待ち伏せされたら嫌だが、なんで今更やり直そうなんて言ったんだろうと不思議だった。
身なりも相変わらず、おしゃれで、女性に困ることなどないはずだ。
しかし、初めて会った時、どこか寂しそうな雰囲気が気になった。
あれから十年も経っている。
仕事は順調だったのだろうか。
飛鷹 劉、彼もまた飛鷹コーポレーションの御曹司である。
私はインターネットで検索してみた。
驚きの事実が判明した。
飛鷹コーポレーションは倒産していた。
彼が父親の跡を継ぎ、社長を就任したが、業績が悪化し倒産した。
そんな矢先、テレビで私を見て、急に手放した事が惜しくなったのだろう。
あの頃彼は、私もそうだが、二人とも若かった。
大切なものが何か、いつ頑張る事が必要かわからなかった。
努力を怠り、すぐに諦めていた。
私もそうだった。
いつも受け身で、彼に頼りっぱなしで、もう少し彼の気持ちを繋ぎ止める努力をしていればと最近になって思う。
でも決して彼との恋の終わりを後悔しているわけではない。
蓮さんとの恋の始まり、いや、もう夫婦なのだから、夫婦としての愛情を育んでいく、そんな余裕ある生活を送らなければと反省している。
いつも商店街に行って献立のアドバイスを貰うのだが、今日は出かけられない。
今日の夕食はどうしよう、買い物行けないし、冷蔵庫にあるもので作るしかないと思い冷蔵庫を開ける。
オムライスにしよう。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った、蓮さんからだった。
「美希、大丈夫か、なるべく早く帰るからな」
「大丈夫です、今日の夕食オムライスでいいですか?買い物行けないので、冷蔵庫にあるものですみません」
「上等だ、美希が作るものならなんでも構わない」
「わかりました」
電話の向こうで社長と呼ぶ声が聞こえ、「すまない、もう切るぞ」と彼は電話を切った。
彼からの電話は嬉しい反面、電話が切れると急に寂しさがこみ上げてくる、部屋に一人でいると余計に寂しさが募る。
久しぶりに彼の休みが取れた。
「美希、出かけるか」
「はい」
嬉しい、彼と一緒の時間は心がウキウキする。
しかも久しぶりの彼との外出に嬉しさを隠しきれない。
ショッピンクパークに出かけた、彼と手を繋いで歩くのも久しぶりのことである。
私が化粧室へ行くためちょっと彼と離れた一瞬に事件は起きた。
元彼が現れ、私めがけてナイフを刺そうとしてきた。
「美希、俺達もうダメなのか、それなら俺と死んでくれ」
私は恐怖で動くことが出来ず、自分の命の終わりを悟った。
ナイフが私に刺さりそうな距離に迫ってきた瞬間私の身体を抱きしめ、ナイフから庇ってくれたのは鏑木蓮だった。
ナイフが刺さった彼の脇腹から、おびただしい血が流れた。
元彼はSPによってすぐ取り押さえられ、すぐさま救急車の手配をしたのは東條さんだった。
「社長、しっかりしてください、すぐ救急車来ますから」
「美希、大丈夫か」
彼は自分が大変な状況にも関わらず、パニック寸前の私を気遣った。
「蓮さん、蓮さん、死んじゃイヤ」
「大丈夫だ、俺約束しただろ、俺の命と引き換えても美希を守るって」
「蓮さん、私を一人にしないで」
「東條、美希を頼む」
「かしこまりました」
彼は意識を失った。
「蓮、蓮?ん、イヤ?あ」
彼は手術をして、一命を取り止めた。
彼が目を覚ますまで、片時も彼の側を離れなかった。
「手術は成功しました、奥様、お部屋をご用意いたしますので、少し仮眠をお取りください」
「大丈夫です、ここにいます」
彼のことが心配で彼の側を離れることは出来なかった、私のせいで彼は手術をしなければいけない怪我を負った。蓮さんごめんなさい、ごめんなさい。
彼は中々目を覚まさなかった。
このまま目を覚ます事がなかったらどうしよう。
私はずっと彼の側に寄り添っていた。
彼と知り合えたのは輸血がきっかけだった。
ずっとRHマイナスの血液型は私の人生に於いてマイナスしかなかったように思われる。
大量の輸血が必要な状況にならないように気遣い生活してきた。
だからあの時彼がRHマイナスの血液型と知って、知らないふりは出来なかったのである。
今回は私のせいで、もし、彼が命を落とすような事があったら、そう思っただけで、気が遠くなるような感じがした。
蓮さん、蓮さんは自分の命に替えても私を守ってくれると約束してくれた。
でもどうして、そこまでの気持ちになれるの?
私も今は蓮さんの為に命を捧げてもいいとさえ思っている。
でも知り合った時は、まだ自分の気持ちははっきりわからなかった。
私は、なるべく男性との付き合いを避けてきた。
もう二度とあんな思いはしたくないと強く決めていた。
何日か経ったが彼は一向に目覚めない。
彼の手を握り、「蓮さん」と呼びかけた。
微かに彼の手が動いたような気がした。
「ちょっと動いたよね、蓮さん、蓮さん」
ギュッと手を握る、すると、握り返してくれた。
しばらくして彼は目を覚ました。
「美希?大丈夫か」
「蓮さん、よかった、目が覚めなかったらどうしようかと思いました」
「俺は大丈夫だ、美希が無事でよかった」
「でも私のせいで蓮さんが怪我をしてしまいました、ごめんなさい」
「俺はいいんだ、美希を守れなければ俺の存在意義はない」
「蓮さん、なんでそこまで私のために……」
「決まってるだろ、俺は美希を愛してる、約束しただろう、何があっても一生お前を守るって」
彼と見つめあって、そしてキスをした。
何故あの時東條さんがいたのかわからなかった、そして彼に尋ねた。
「蓮さん、あの時何故東條さんは私達の側にいたのですか」
「俺が頼んだんだ、絶対にあいつはまた来ると思ったから、俺達の側で待機してくれと、そしてSPの手配も頼んだ、まさかナイフで美希の命を狙うとは想定外だったけどな」
そこへ東條さんが現れた。
「社長、大丈夫ですか、しばらく目覚めなかったので心配しましたよ」
「東條、迷惑かけたな、いろいろ助かった」
「いえ、社長と奥様がご無事で何よりです、社長は輸血が必要で、奥様が提供してくれましたよ」
「美希、また美希に助けられたんだな、ありがとう」
「助けていただいたのは私です」
私は安心したのか急に意識が遠のいて倒れた。
「おい、美希、しっかりしろ」
私は別の部屋で治療を受けることになった。
私はしばらくして意識を取り戻した。
「奥様、大丈夫ですか、軽い貧血だそうです」
「蓮さんは……」
「社長は大丈夫ですよ、心配していましたので、軽い貧血と報告しておきました、奥様が無理して倒れると、社長が心配してベッドから起き上がろうとします、私の言うことは全く聞いてくださらないので、奥様はちゃんと休んでください」
「すみません、いつもご迷惑ばかりおかけして」
「いえ、奥様のお役に立てれば嬉しいです」
東條さんは照れているのか、どうしていいか困った表情を見せた。
彼の病室へ戻ると、彼は私の顔を見て安心した表情を見せた。
「美希、大丈夫か、俺が心配かけたからだな」
「いいえ、私が東條さんの言うこと聞かなかったからです、だから蓮さんもちゃんと東條さんの言うこと聞いてください」
「分かった、これからはそうすることにしよう」
「東條さんはご結婚されないのですかね」
「さあ、どうなんだろうな、親父の代からの付き合いだが、女の影ないなあ」
「うちには可愛らしい女性がいるんじゃないですか」
そこへ東條さんが現れた。
「おっ、本人登場だな」
「私の噂でもしていたのですか?」
「あ?っ、お前の女の話だ」
「残念ながら、おりません」
東條さんはチラッと私を見て答えた。
「お前、まさか美希に気があるのか」
東條さんは慌てて私から目線を外し答えた。
「そんなことありません、あっいやない事もないです、あっ……」
「お前わかりやすいな、美希に手を出すなよ」