「このアクセ可愛い!杏莉に似合いそう!!」
そんな事を言いながら柔らかい笑顔で振り返る彼女に不意にドキリとしてしまう。
その手にあるのは雫型の淡い黄色の石のイヤリングだった。
「そ、そうかな…?」
痛くなるほどドキドキとなっている心臓がバレないように答え、熱い顔を隠すため目をそらす。
「あ、これ優羽に似合いそうだな。」
思わず呟いてしまったそれは優羽がおすすめしてくれたものの色違いで優しい紫色の雫型の石がついていた。
「どれどれー?お、この色可愛い!
そーだ!杏莉、これお揃いで買わない?」
値段を見ると1000円もしなかった。今月のお小遣いはまだ余裕があるしデザインも気に入っている。何より優羽とお揃いだ。
「いいね。そうしよ!」
2人はそれぞれ色違いのイヤリングをもってレジへ並んだ。
店を出て早速イヤリングをつける。
優羽とお揃いを付けている状況に思わずにやけてしまいそうになる。
やっぱり優羽はイヤリングがとても似合っていて可愛かった。
「優羽似合ってるよ。可愛い!」
「ありがと!杏莉も似合ってるよ!!」
「ありがとう。」
「次どこ行こっか?」
「んー、どこか入ってのんびりしない?」
尋ねるとそんな答えが返ってきたので、私たちはカフェに向かって歩き出した。
「またね!」
「うん、またね!」
夕日に染まった街、曲がり角で優羽と別れた私は1人家に向かって歩き出した。
「はぁぁぁ」
優羽と別れしばらくたった後思わずでたため息。やっぱり今日も可愛かったな、とかどうしても好きなんだな、とか溢れる気持ちは留まることを知らない。
あの時、もっと違う反応をすればよかったかな、この話、しない方が良かったかな、あの話、したら良かったかも。怒涛の1人反省会は家に帰るまで続いた。
「ただいまー」
「おかえり。楽しかった?」
「うん。」
「よかったじゃない。」
軽く会話をしたあと自室に戻った私はスマホを開いて優羽にメッセージを送った。
『今日はありがとね!めっちゃ楽しかった!!』
『私も楽しかったよー!ありがとね!』
すぐに既読が付き、返信が返ってくる。
その後何度かメッセージを送りあったあと私のスタンプで会話の途切れたスマホを閉じた。
楽しかった、けどばれてないといいな、なんて同時に思ってしまう状況がどうにも嫌になる。一緒に居るためには大切な事なはずのに。
「杏莉、これ冷蔵庫にしまって置いて。あと食べられそうな物出しといて」
「わかった」
キッチンに並んだ使い終わった食材をしまいつつ、昨日のおかずなどを並べていく。
「終わったらご飯よそって!」
「はーい」
お母さんと2人で夕飯の用意をしながらテレビを眺める。つい最近カミングアウトした芸能人の話題が流れていた。
「同性愛ねぇ」
お母さんのその一言に思わずドキッとする。
「結構気にする人も居るものね
本人が良いならそれでいいと思うけどねぇ」
よかった。否定的ではないみたいだ。でも、
もしも、私の好きな人が同性だと知ったら私が全性愛者だと知ったら、お母さんは受け入れてくれるのだろうか 。他人なら、肯定的な考えをもってくれているのは知っている。でも、それが自分の娘だったら?理解して貰えるだろうか。
私にはわかりそうにない。
「杏莉おはよう!」
「あ、みのりおはよう」
校門をくぐった辺りで話しかけてきたみのりと話しつつ教室へ向かう。
みのりとは中1の時に同じクラスで仲良くなった。きっと学校の中では1番仲がいい、と思う、多分
だからって気を抜くようなことはしないけれど。もう繰り返さないためにも。
「おはよう」
「おはよう」
教室へ入ると少し前に着いたのだろう、ともかが話しかけてくる。ともかは2年になって同じクラスになった子で友達の贔屓目抜きにしてもとても美人だった。正直美人にはいい思い出があまりないけれどともかはとても良い子で性格のいい美人もいるんだな、なんて失礼なことを思った事を覚えている。
「数学の課題って提出いつだっけ?」
「明日じゃなかった?」
「え、まじで?!明後日だと思ってた…」
「みのりまたかよ…先に気づけて良かったね」
「ほんとにね」
「てかもうすぐテストじゃない?」
「それは言わない約束!」
そういえばもうすぐ定期テストの時期だったな、なんて気づく。もうそろそろ勉強を始めた方がいいだろうか。
「2人はいいじゃんか。勉強できるんだから。」
ともかはまあまあ頭が良い方だがみのりはいつも平均位なので憂鬱なのだろう。
みのりの得意科目は美術なので中間テストの時期はいつも少しテンションが低くなっている。
「そーでもないよ。」
「またそんなこと言って…」
「てか今日体育あるじゃん」
「だるー」
「そう?楽しくない?」
「だってともかは運動神経いいじゃん」
そうなのだ。天は二物を与えずなんて言うけれどともかは顔よし頭よしどころか運動神経がとてつもなく良いのだ。運動神経の悪い私とは正反対だ。
「みのりだってそんな悪くないじゃん」
ガラッ
先生が入ってきてその場は1度解散した。
2人ともとても良い子でいつも3人でいる。3人とも好きな事も目線も違うので話していてとても面白い。
「そういえばさ、昨日のニュース見た?カミングアウトのやつ」
昼休み、ともかの机に集まって話しているとそんな話になる。
「あーあれね、見た見た。」
「ちょっとびっくりしたかも」
「確かに意外だったよね」
会話の内容に少しビクつきながらも不自然にならないよう会話に参加する
「でもさ、芸能人がそうやってカミングアウト出来るような社会になったのは良いよね」
「だよねー」
「そうだね」
「そういえば2人は好きな人とかっているの?」
みのりが急な方向転換をしてくるのはいつもの事だ。
「急だなwえーそうだなぁ、今は居ないかな」
あ、乗るんだね。とゆうか意外。ともかなら彼氏くらい居そうな感じだけれど、なんてこれは偏見か。
「そっかー。杏莉は?」
いきなり振られて少しびっくりしつつ頭に浮かぶのは優羽のこと。でも、さすがにこの2人でも言えないし…
「わ、私も居ないかな」
「2人とも居ないじゃんかー
恋バナの意味ないじゃん!」
「そーゆーみのりはどうなの?」
お、ともかよく聞いた!
「え、私も居ないけど」
「なら聞くなよw」
「いやぁ2人とも好きな人いるのかなとか気になってさ。」
「まぁ確かに少し気になるよね」
なんて軽く話しているとチャイムがなった
「もうそんな時間か」
「じゃ、また後で」
「また」
自分の席につきひとつ息を零す。
ふたりとは仲良くしているけれど自分が同性愛者─実際には同性愛者ではなく全性愛者と呼ばれるものなのだけれど─とばれても仲良くしてくれるかなんて分からないから。バレないように好きな人なんて居ないふうに振る舞わなければならない。恋バナの時は少し迷って、毎回言うのを辞める。普通に恋バナとかしてみたいな、なんて心の底で思いながら、溢れて来そうな感情に蓋をして先生の話に耳を傾けた。
家に帰ってきてSNSを見ているととある投稿が目に止まった。
『同性愛とか言うけど正直気持ち悪いしどうせただの勘違いなんじゃないの?』
あぁ、そっか
そういう考えの人も居るのか。
その投稿を見るといいねが複数件付いていてコメント欄には同感の声が多く挙げられていた。
わかっている。同性愛が、自分が、普通じゃないことも。嫌がる人も居ることを、理解されずらいことも。わかっていたはずなのに何故か、胸は苦しいし少し怖いなんて可笑しいのだろうか。答えはどうしても出そうにない。
怖いもの見たさと言うやつか、嫌なはずなのに覗いたコメント欄は投稿と同じようなことが多く書いてあった。時々反対意見の人もいたものの少数派なのは明らかだった。
そんな中ひとつのコメントに思わず目が引き寄せられた。
『同性愛者も気持ち悪いけど、同性に好かれる奴もやばいし正直気持ち悪いわw普通に過ごしてたら同性に好かれるなんてこと起こんないだろうしそっちもなんか問題あるんじゃないかって思っちゃう』
思わず耐えきれなくなった私はアプリを急いで閉じてスマホを放りだした。
わかってる、ただのネットのよく知らない人の意見だって事を。
わかってる、きっとなんにも考えないで何となく書いたことも。
わかってるのにどうしようもないくらいに、悔しくて、怖くて、苦しかった。まるで自分の気持ちを、大切なはずの感情を否定されているみたいで。隠しているのに、迷惑もかけていないはずなのに、この恋はしてはいけないと言われてるみたいで。そんな考えがもやのように頭を、心を、支配し続けていて一向に晴れる気配は訪れそうになかった。
カチカチッ
授業を聞きながら私はこの間の投稿のことを考えていた。
もしも、周りにあの人みたいな考えの人がいたら?そんななか優羽への想いがバレてしまったら?そうなれば私だけじゃない、優羽のことを傷つける。それだけは避けたい。
どうしよう。どうすればいい。ずっと考えているのになんにも分からない。どうすれば、優羽を傷つけない?どうすれば上手くいく?
なんにも私には…
「じゃあここ、髙木」
「は、はい。えっと─」
ずっと優羽のことを考えていたせいで何を聞いているのかすらも分からない
「すみません、分かりません」
「髙木が珍しいな。ちゃんと聞いとけよ」
「はい」
やらかした。あの日から、いろいろなことがずっと上手くいってない。どうにかして感情の整理をつけないといけないはずなのに、なんにもわからないまま暗闇をさまよっているような感覚だった。
そもそも、どうして優羽を好きになってしまったのだろう。
確か小学4年生位の頃、私はある男子に片思いしていた。今となれば正直なんで好きなのかなんて分からないくらいガキだったけれどその時はかっこよく見えて仕方なかったんだ。そして私はその時仲良かった友達何人かにその事を話して、相談したりしていた。その中に私が好きだった男の子と1番距離の近い美人な女の子がいて、その子が言いふらしたおかげで本人にも、周りにも少し拡張された話が伝わってしまい私は一気に1人になった。仲が良かった子は複数人いたのにみんな女の子の方に付いて、変わらず仲良くしてくれたのは優羽だけだった。
その後も誰かに嫌われたり、騙されたり、空気を読めずに発言して避けられたりと色々なこともあったけれど何時でも変わらず接してくれていた優羽が特別になったのは当たり前の事だと思う。その後中学に上がって、離れても会いたかったから連絡を取り続けたし時々遊びに誘ったりした。始めの頃はただの友達だと思ってたけれど何となく、それがしっくりとこないような感覚があった。中学に上がり色々な事を、価値観を、知っていく中で自分がもしかしたら優羽のことが好きなんじゃないかって思ったりしたけれど何度も違うと思ったしありえないと思っていた。けれどある日やっぱり優羽のことが好きなんだと、ずっと一緒にいたいんだと気づいてしまった。その後も同性を好きになった事なんてなかったから悩んだし何度も違うと、諦めようと、試みたけれどどうしても出そうになかったから私は気持ちを認めた上で隠そうと決め、日に日に大きくなっていく感情を頑張って隠して来たんだ。
それなのに。隠すのがきつくなってきて、でも伝えることは絶対に出来なくて。
優羽まで変な目で見られるかもしれない、傷つけるかもしれない。そんなことをすることは私にはできそうにない。
こんなふうにどうにもできないでいる私はどうすればいいのかなんてわからなくなっていたんだ。
「同性愛者の人って居るじゃん?あれ意味わかんないんだけどー」
きっと教室からだろう。知らない子の話し声が聞こえる。
放課後、忘れ物を取りに戻った私は道中の教室から聞こえた単語に思わず体が止まった。
「だよねwまじ理解できないわ」
「てか好かれた方も可哀想だよね」
「いや同性に好かれる奴もやばい奴でしょ」
「それもそっかーw」
「同性愛者名乗ってる人も無理だけど同性に好かれてる奴とかも私無理だわ」
「それなー」
あぁ、聞かなければ良かった。
その会話は私がずっと悩んでいたことだった。ネットならまだ気にしないでいられた。でも、同い年の同じ地域に住んでいる人でもそうゆう考えを持つ人がいたという事実はずっと重かった。
やっぱり同性愛は気持ち悪いのだろうか。間違ったものなのだろうか。
優羽を思う気持ちは間違っているのだろうか。
優羽のことも傷つけてしまうのだろうか。
それは嫌だ。でも、分からない。
間違いかもしれないものを、誰かに批判されるかもしれないものを貫き通せるほど私は強くない。だけど優羽のことを好きだという感情を消すこともきっと無理だ。
どうすれば、どうすれば上手くいく?どうすれば私は、優羽は嫌われない?傷つかない?
やっぱり諦めるしかないのだろうか。
きっと優羽と繋がったままでは諦めるなんて無理だ。大丈夫、幸い連絡はほとんど私からだから。私が意図的に避ければどうにかなる。諦めよう。優羽の為にも、私の為にも。誰も傷つけないために、傷つかないために。