『明日10時、いつもの場所で!』
友達、深瀬 優羽から送られてきたメッセージを確認し、了解の意を伝えると私はスマホの電源を落とした。
「明日かぁ」
思わず漏れてしまった声は静かな自室に溶けていく。
この思いに自覚してから早数ヶ月。隠そうと、諦めようと思えば思うほど苦しく、強くなってしまうのは何故なのだろう。でも、今の私に出来るのはこの想いが彼女に、優羽にばれないよう全力で隠すことだけだ。
さて、明日は何を着ていこうか。どこに行こうか。何を話そうか。久しぶりに会えるのだ。浮かれてしまうのはしょうがない事だと考えることにした。
「杏莉、今日は何時くらいに帰ってくるの?」
母からの問いかけにいつも通りだと適当に答えつつ、頭の中は優羽のことでいっぱいだった。少し前に短くなった髪は似合っているだろうか。今日の服は彼女好みだろうか。優羽は楽しみにしていてくれるだろうか。悩みは期待は、感情は、尽きることがないだろう。
ふと時計を見るともうそろそろ出発する時間だったため、母に声をかけ『髙木』と書かれたドアを開けた。
少し早くついてしまうかもしれないが、問題は無いだろう。遅れるよりはよっぽどいい。
でもやっぱり、早く着きすぎたかもしれない。約束の時間まで時間があった私は何となくスマホをいじっていた。
「おーい!杏莉!!」
大好きな声が私の耳に入る。
振り返るとそこには笑顔で手を振っている想い人の姿。
「優羽!久しぶり!」
私も手を振り返す。
久しぶりに見た彼女はあまり変わっていないが、いつも通り明るい雰囲気をまとっていて
ふんわりとした優しい印象を感じさせた。
うん、今日も可愛い。
私は暴れだしそうな心臓をばれないようにしながら優羽に近づいた。
「久しぶり!杏莉、今日どこ行く?」
彼女と遊ぶ時はいつもノープランだ。2人のその時の気分で行き先も内容も変わってくる。今日はどこに行こうか。
「優羽はどっか行きたいとこある?」
「特にないかなぁ。」
「だったらさ、駅前のショッピングモール行かない?」
「いいね!それ」
今日はショッピングといったところか。
「じゃ、行こっか。」
2人で並んで歩き出す。
「あ、杏莉聞いてよ!クラスメイトがさぁ─」
私と優羽は学校が違い、会うのも時々だというのに話が尽きることはなかなかない。
そんな彼女との出会いは小学校だった。小三の時に偶然同じ班になったのがきっかけだった。その後2人で遊びに行くようになって、中学に上がった今でも時々会ってこうやって遊んでいる。
優羽にとってはただの友達の1人くらいの認識でも、私にとっては特別で、どんな時でも変わらず接してくれていた優羽はとても大事な存在で唯一心から信頼できる友達だった。
彼女に想いがばれてしまえばきっと一緒にはいられなくなってしまうだろう。それは絶対に耐えられないから、この想いをずっと隠しきると決めている。前に何度も諦めようとしたけれどどうしても無理だったからせめて、隠すだけでも。
あぁ、この恋が当たり前な世界ならどれだけ良かっただろう、そう思った事なんて数え切れないほどある。
それでも結局伝える勇気なんて私にはないのだろうけれど。
「このアクセ可愛い!杏莉に似合いそう!!」
そんな事を言いながら柔らかい笑顔で振り返る彼女に不意にドキリとしてしまう。
その手にあるのは雫型の淡い黄色の石のイヤリングだった。
「そ、そうかな…?」
痛くなるほどドキドキとなっている心臓がバレないように答え、熱い顔を隠すため目をそらす。
「あ、これ優羽に似合いそうだな。」
思わず呟いてしまったそれは優羽がおすすめしてくれたものの色違いで優しい紫色の雫型の石がついていた。
「どれどれー?お、この色可愛い!
そーだ!杏莉、これお揃いで買わない?」
値段を見ると1000円もしなかった。今月のお小遣いはまだ余裕があるしデザインも気に入っている。何より優羽とお揃いだ。
「いいね。そうしよ!」
2人はそれぞれ色違いのイヤリングをもってレジへ並んだ。
店を出て早速イヤリングをつける。
優羽とお揃いを付けている状況に思わずにやけてしまいそうになる。
やっぱり優羽はイヤリングがとても似合っていて可愛かった。
「優羽似合ってるよ。可愛い!」
「ありがと!杏莉も似合ってるよ!!」
「ありがとう。」
「次どこ行こっか?」
「んー、どこか入ってのんびりしない?」
尋ねるとそんな答えが返ってきたので、私たちはカフェに向かって歩き出した。
「またね!」
「うん、またね!」
夕日に染まった街、曲がり角で優羽と別れた私は1人家に向かって歩き出した。
「はぁぁぁ」
優羽と別れしばらくたった後思わずでたため息。やっぱり今日も可愛かったな、とかどうしても好きなんだな、とか溢れる気持ちは留まることを知らない。
あの時、もっと違う反応をすればよかったかな、この話、しない方が良かったかな、あの話、したら良かったかも。怒涛の1人反省会は家に帰るまで続いた。
「ただいまー」
「おかえり。楽しかった?」
「うん。」
「よかったじゃない。」
軽く会話をしたあと自室に戻った私はスマホを開いて優羽にメッセージを送った。
『今日はありがとね!めっちゃ楽しかった!!』
『私も楽しかったよー!ありがとね!』
すぐに既読が付き、返信が返ってくる。
その後何度かメッセージを送りあったあと私のスタンプで会話の途切れたスマホを閉じた。
楽しかった、けどばれてないといいな、なんて同時に思ってしまう状況がどうにも嫌になる。一緒に居るためには大切な事なはずのに。
「杏莉、これ冷蔵庫にしまって置いて。あと食べられそうな物出しといて」
「わかった」
キッチンに並んだ使い終わった食材をしまいつつ、昨日のおかずなどを並べていく。
「終わったらご飯よそって!」
「はーい」
お母さんと2人で夕飯の用意をしながらテレビを眺める。つい最近カミングアウトした芸能人の話題が流れていた。
「同性愛ねぇ」
お母さんのその一言に思わずドキッとする。
「結構気にする人も居るものね
本人が良いならそれでいいと思うけどねぇ」
よかった。否定的ではないみたいだ。でも、
もしも、私の好きな人が同性だと知ったら私が全性愛者だと知ったら、お母さんは受け入れてくれるのだろうか 。他人なら、肯定的な考えをもってくれているのは知っている。でも、それが自分の娘だったら?理解して貰えるだろうか。
私にはわかりそうにない。
「杏莉おはよう!」
「あ、みのりおはよう」
校門をくぐった辺りで話しかけてきたみのりと話しつつ教室へ向かう。
みのりとは中1の時に同じクラスで仲良くなった。きっと学校の中では1番仲がいい、と思う、多分
だからって気を抜くようなことはしないけれど。もう繰り返さないためにも。
「おはよう」
「おはよう」
教室へ入ると少し前に着いたのだろう、ともかが話しかけてくる。ともかは2年になって同じクラスになった子で友達の贔屓目抜きにしてもとても美人だった。正直美人にはいい思い出があまりないけれどともかはとても良い子で性格のいい美人もいるんだな、なんて失礼なことを思った事を覚えている。
「数学の課題って提出いつだっけ?」
「明日じゃなかった?」
「え、まじで?!明後日だと思ってた…」
「みのりまたかよ…先に気づけて良かったね」
「ほんとにね」
「てかもうすぐテストじゃない?」
「それは言わない約束!」
そういえばもうすぐ定期テストの時期だったな、なんて気づく。もうそろそろ勉強を始めた方がいいだろうか。
「2人はいいじゃんか。勉強できるんだから。」
ともかはまあまあ頭が良い方だがみのりはいつも平均位なので憂鬱なのだろう。
みのりの得意科目は美術なので中間テストの時期はいつも少しテンションが低くなっている。
「そーでもないよ。」
「またそんなこと言って…」
「てか今日体育あるじゃん」
「だるー」
「そう?楽しくない?」
「だってともかは運動神経いいじゃん」
そうなのだ。天は二物を与えずなんて言うけれどともかは顔よし頭よしどころか運動神経がとてつもなく良いのだ。運動神経の悪い私とは正反対だ。
「みのりだってそんな悪くないじゃん」
ガラッ
先生が入ってきてその場は1度解散した。
2人ともとても良い子でいつも3人でいる。3人とも好きな事も目線も違うので話していてとても面白い。
「そういえばさ、昨日のニュース見た?カミングアウトのやつ」
昼休み、ともかの机に集まって話しているとそんな話になる。
「あーあれね、見た見た。」
「ちょっとびっくりしたかも」
「確かに意外だったよね」
会話の内容に少しビクつきながらも不自然にならないよう会話に参加する
「でもさ、芸能人がそうやってカミングアウト出来るような社会になったのは良いよね」
「だよねー」
「そうだね」
「そういえば2人は好きな人とかっているの?」
みのりが急な方向転換をしてくるのはいつもの事だ。
「急だなwえーそうだなぁ、今は居ないかな」
あ、乗るんだね。とゆうか意外。ともかなら彼氏くらい居そうな感じだけれど、なんてこれは偏見か。
「そっかー。杏莉は?」
いきなり振られて少しびっくりしつつ頭に浮かぶのは優羽のこと。でも、さすがにこの2人でも言えないし…
「わ、私も居ないかな」
「2人とも居ないじゃんかー
恋バナの意味ないじゃん!」
「そーゆーみのりはどうなの?」
お、ともかよく聞いた!
「え、私も居ないけど」
「なら聞くなよw」
「いやぁ2人とも好きな人いるのかなとか気になってさ。」
「まぁ確かに少し気になるよね」
なんて軽く話しているとチャイムがなった
「もうそんな時間か」
「じゃ、また後で」
「また」
自分の席につきひとつ息を零す。
ふたりとは仲良くしているけれど自分が同性愛者─実際には同性愛者ではなく全性愛者と呼ばれるものなのだけれど─とばれても仲良くしてくれるかなんて分からないから。バレないように好きな人なんて居ないふうに振る舞わなければならない。恋バナの時は少し迷って、毎回言うのを辞める。普通に恋バナとかしてみたいな、なんて心の底で思いながら、溢れて来そうな感情に蓋をして先生の話に耳を傾けた。
家に帰ってきてSNSを見ているととある投稿が目に止まった。
『同性愛とか言うけど正直気持ち悪いしどうせただの勘違いなんじゃないの?』
あぁ、そっか
そういう考えの人も居るのか。
その投稿を見るといいねが複数件付いていてコメント欄には同感の声が多く挙げられていた。
わかっている。同性愛が、自分が、普通じゃないことも。嫌がる人も居ることを、理解されずらいことも。わかっていたはずなのに何故か、胸は苦しいし少し怖いなんて可笑しいのだろうか。答えはどうしても出そうにない。
怖いもの見たさと言うやつか、嫌なはずなのに覗いたコメント欄は投稿と同じようなことが多く書いてあった。時々反対意見の人もいたものの少数派なのは明らかだった。
そんな中ひとつのコメントに思わず目が引き寄せられた。
『同性愛者も気持ち悪いけど、同性に好かれる奴もやばいし正直気持ち悪いわw普通に過ごしてたら同性に好かれるなんてこと起こんないだろうしそっちもなんか問題あるんじゃないかって思っちゃう』
思わず耐えきれなくなった私はアプリを急いで閉じてスマホを放りだした。
わかってる、ただのネットのよく知らない人の意見だって事を。
わかってる、きっとなんにも考えないで何となく書いたことも。
わかってるのにどうしようもないくらいに、悔しくて、怖くて、苦しかった。まるで自分の気持ちを、大切なはずの感情を否定されているみたいで。隠しているのに、迷惑もかけていないはずなのに、この恋はしてはいけないと言われてるみたいで。そんな考えがもやのように頭を、心を、支配し続けていて一向に晴れる気配は訪れそうになかった。
カチカチッ
授業を聞きながら私はこの間の投稿のことを考えていた。
もしも、周りにあの人みたいな考えの人がいたら?そんななか優羽への想いがバレてしまったら?そうなれば私だけじゃない、優羽のことを傷つける。それだけは避けたい。
どうしよう。どうすればいい。ずっと考えているのになんにも分からない。どうすれば、優羽を傷つけない?どうすれば上手くいく?
なんにも私には…
「じゃあここ、髙木」
「は、はい。えっと─」
ずっと優羽のことを考えていたせいで何を聞いているのかすらも分からない
「すみません、分かりません」
「髙木が珍しいな。ちゃんと聞いとけよ」
「はい」
やらかした。あの日から、いろいろなことがずっと上手くいってない。どうにかして感情の整理をつけないといけないはずなのに、なんにもわからないまま暗闇をさまよっているような感覚だった。
そもそも、どうして優羽を好きになってしまったのだろう。