朝倉の部屋に上がって、他愛もない話をして、俺たちの距離はさらに縮んだ。

帰りのHRのたった数秒、じゃんけんをする仲だった俺たちが、いつしか一緒に雑用をするようになり、その流れで一緒に帰るようになった。
 クラスで浮いていた端っこにいる、はみ出し者の俺たちは、なるべくしてなったかのように、似た者同士肩を並べた。

 ――ああ、まずいな。こんなはずじゃなかったのに。

 誰とも仲良くなる気なんてなかった。
 関わる気もなかった。
 未来のない俺が、未来のある人と仲良くしたって、その先にはなにもない。

 でも俺は、朝倉といる時間が楽しくて、気づけばかけがえのないものになっていた。俺たちにその先がなかったとしても、〝今〟だけは……この時間を、失いたくない。朝倉は俺の大事な――友達、だから。そう、友達だ。朝倉も、俺のことをそう思っているはずだ。初めてできた、気の合う友達だって。

「渡世くん、なにしてるの?」

 十一月になると、森田がやたらと俺に話しかけるようになった。
 森田はクラスの人気者で、特に男子から人気がある。そんな森田がなぜ急に俺に構いだすのか、最初はよくわからなかった。

 俺は朝倉以外の相手と話すのは、いまだに苦手だ。というか、自分から話したいと思うのが朝倉しかいない。だから、積極的に会話を続ける気にもならなかった。
 森田は朝倉にもよく話しかけるようになった。そうなれば、いつも朝倉と一緒にいる俺も、必然的に森田と一緒にいることになる。……若干の居心地の悪さを感じた。

 修学旅行が近づいてきたある日、俺と朝倉は小堀先生に頼まれて、部屋決めのくじを作ることになった。
 どういうわけか――森田と、森田を好きで有名な陽気なクラスメイト、高遠も一緒に。

 ……そういえば、俺が修学旅行に行かないこと、まだ朝倉に話してなかったな。

 なんて思いながら、俺は用意された白い紙にひたすらクラスメイトの苗字を書く作業を続けた。
 目の前の席では、朝倉と高遠が仲良さげに同じ作業をしている。それを見ていると、胸の奥がちくりと痛み、なんだか不愉快な気分になった。これが嫉妬というものだったなんて、当時の俺は気づかなかった。なにしろ、初めて自分に生まれた感情だったから。羨ましいはあっても、妬ましいなんて感情、今まで抱いたことがなかったのだ。

「渡世くんは修学旅行なにするか決まってる?」

 朝倉と高遠を見てもやもやしているなんて知る由もない森田が、にこにこしながら俺に話題を振ってくる。

「もし自由行動決まってないなら……私と一緒に周らない?」

 恥ずかしそうに頬を染めて言う森田の姿は、たしかに思春期の男の目から見ると可愛く見えるのかもしれない。でも、俺はなんとも思わなかった。

「あーっ! 渡世、抜け駆けだぞ! ……あのさ、森田はなんで渡世に構うわけ? まさか――こいつのこと好き、とか?」

 朝倉と喋っていた高遠が、急に俺たちの会話に割り込んできた。

――森田が俺のことを好きなはずないだろう。高遠がまた馬鹿なことを言っている。

心の中で悪態をついて、俺は無言でペンを動かした。しかし、返ってきた言葉は俺の予想だにしないもので。

「……そうだよ。私、渡世くんのことが好きなの」

 ぴたりと、ペンを動かす手が止まる。今まで完璧に書いていたクラスメイトの苗字が初めて歪んだ。

「……え」

 誰より先に驚きの声を上げたのは、俺でも高遠でもなく朝倉だった。

「どうして紬が驚くの。私が渡世くんを好きだってこと、見てたらわかるじゃない」
「い、いや……そうなのかなとは思ったけど……それに、まさか私と高遠がいる場所で告白すると思わないんじゃん。ねぇ?」

 焦ったような顔をして、朝倉が高遠に同意を求めるが、高遠は高遠で口をあんぐりと開けたまま呆然として固まっている。

 森田が、俺を好き?

 ああ、だからいきなり朝倉と仲良くして、俺に近づいたのか。今日だって、俺と作業をしたくて居残ったのか。高遠が森田を好きで、一緒に居残りしたのと同じように。

 誰かに好かれることなんて初めてで、俺はこんなアプローチ方法があることも知らなかった。恋愛なんて無縁の世界にいた俺は、あまりに鈍感だった。

「で、渡世くんの返事は?」

 森田と、ついでに朝倉の視線も痛い。俺はこういう時、なんて答えるのが正解なのかわからなかった。