【登場人物】

フィヨルド・エマニュエル(30)
ホーソン・グラス(33)

インゴット・フォレスト(25)
リック(22)
ワイグナー・ジャックレイ(33)
グラッシュ・イスタル(35)
ザス・グレイスミス(45)
ビスナント・オーヴ(29)





プロローグ



とある男の話をしよう。
彼は、現在のヨーロッパと括られる地域に生まれた作家だった。幼い頃に読んだシェイクスピアの戯曲に感銘を受けた、なんて有り触れ過ぎた理由を胸に。小さな劇団に雇われながら脚本を書き始める。幸運にも観客の好評を得た劇団は男を正式な劇作家として大々的に売り出し、近隣の街で男の名を知らない者はいなくなった。
『今回の話も良かったなあ』
『感動しました!』
『素敵なハッピーエンドをありがとう。神の祝福を!』
過去の偉人には到底及ばないが、己の生み出した作品で誰かを幸せにできる。人間の短い一生において既にその貴重な体験を得られたことには、感謝してもし切れなかった。何かを書きたくとも書けない人間、金銭的もしくは社会的に身動きの取れない人間……ここで列挙すればキリがないほどに、名も知らない『彼ら』と比べれば自分は恵まれている。そう思って疑わなかった。
「監督、次の公演はどうしましょう?どんな話に?」
だがある時思った。
考えようと思案していた訳でも悩んでいた訳でも、今の対偶に不満があった訳でもない。静電気のように突然、頭に降って湧いた。
自分が本当に書きたかった物はコレなのか。感動と幸せに溢れた万人に迎合されるクライマックス、困難の先には必ず報われるハッピーエンド……『彼ら』のお涙頂戴のために、自分は筆を取ったのだろうか。人間、思い切り笑いたい時と思い切り泣きたい時がある。それらと同じように、自分は思い切り絶望したかった。
 男は密かに次回公演に使う物とは全く別の脚本を書き始める。内容は細かく語らないが、一言で言えば後味が悪く、登場人物のほとんどは報われない。粉砂糖一つまみの希望すらも残っているかどうか危うい話だったと思う。それでも筆を取っている間、男は幸せだった。充実という名の幸福に支配されていた。
「君たちに渡したい台本がある」