あなたを失いたくない〜離婚してから気づく俺様御曹司への溢れる想い

「何をしている、ちづるは俺の妻だ」

「間宮ちづる様に一緒に来ていただきたいのです」
「人違いだろ、俺の妻は海堂ちづるだ、もう俺の妻を付け狙うのはやめろ」

二人の男は「ちゃんと確かめたのか」「はい、確かに」などとぶつぶつ言いながらその場を立ち去った。

俺の背中で肩を震わせて、ちづるは泣いていた。

俺はちづるの方に振り返り、ちづるを抱き上げた。

「きゃっ」

「しっかり掴まっていないと落ちるぞ」

そこへコンシェルジュの山川が駆けつけた。

「海堂様、ちづる様大丈夫でございますか」

「ああ、心配はいらねえ」

ちづるは恐怖で体が震えていた。

なんなんだ、こいつは。

放っておけねえ、こんな気持ちははじめてだ。

俺はちづるを抱きしめる腕に力を込めた。

部屋に入るとソファにちづるを下ろした。

「ちづる、海堂ちづるになれ」

「私なんでこんな目に遭うんですか」

「車のナンバーを頭に入れたから、ちづるに何が起こってるのかしらべてやる、だからそれまでここから一歩も出るな、必要なものは山川に頼べば用意してくれる、どうしても出かける用事があるなら、俺が一緒に行ってやるから、俺の言う通りにしろ、いいな」
ちづるはコクリと頷いた。

俺は婚姻届をちづるの目の前に差し出し、サインする様に促した。

ちづるは涙を拭いながら婚姻届にサインをした。

「明日、役所に提出してくる、今日は日曜だから一緒に出かけるか」

「はい」

「そうだ、ちづるの荷物をアパートに取りに行こう、そしてもう解約しよう、ちづるはずっとここで暮らすんだからな」

「海堂さんはどうして私にこれほどまでに優しくしてくれるんですか」

「優しくか、別に優しくしているわけではない、互いの利害関係が一致しただけだ」

「利害関係?」

「俺は結婚相手を探している、ちづるは危険を回避したいとお互いに結婚すれば、好都合だろ」

「好都合?」

ちづるは理解出来ていない様子だった。

「社長に就任して早く結婚しろって役員がうるさくて仕方ねえ」

「そうなんですか」

「本当に彼女さんはいないんですか」

「ああ、ずっと一緒に居たいと思える女はいなかったからな」

そして、二人でちづるのアパートへ向かった。

荷物を整理して、アパートの解約の手続きを進めた。

食事をして帰る事にした。

「ちづるは食べられないものとかあるか」

「私はなんでも食べられます、海堂さんは?」

「俺はピーマンと玉ねぎが駄目だから食事のメニュー頼むぞ」

「子供みたいですね」

「うるせえ、あんなの食いもんじゃねえ」

ちづるはやっと笑顔になった。

マンションに戻ると、ちづるの荷物は届いていた。

「あのう、やっぱり婚姻届は出さない方がいいと思います」

「どうしてだ」

「海堂さんが結婚したい女性に巡り会った時、離婚歴が付いちゃいますよ」

俺はこの時、ちづるは俺の事をなんとも思っていないんだと確信した。

それに引き換え俺はちづるが心配で仕方ない。

この感情はちづるに惹かれていると言う事なのか。

いや、違う、この俺が女に惚れるなどありえない。

俺は五年前ある女と恋に落ちた。

一人では生きていけないであろうと思うほど、頼りない存在だった。

もちろん結婚を視野に入れて俺は付き合いを始めた。

最近会えない日が多くなった。

彼女の名前は天空真実、俺が二十五歳、彼女は二十歳だった。

三年位付き合って結婚出来ればと考えていた。

俺の俺様な態度や口調に文句一つ言わず、ついて来てくれてると思っていた。

彼女の不満に俺は全く気づく事が出来ずにいた。

用事がある、具合が悪いなど、俺との約束を果たせない事が多くなり、流石の俺も徐々に彼女の気持ちの変化に気づき始めていた。

ある日、仕事の帰り、俺はアパートに一人暮らしの彼女の元に連絡をせずに訪れた。

まさか、浮気現場に出会すとは思いも寄らなかった。

言い逃れ様のない、現場に俺は愕然とした。

「慎、なんで、急に来たの?」

「それはこっちのセリフだよ」

「真実、こいつか?俺様でお前の言う事全く聞いてくれないのは」

浮気相手の男が俺に向かって口を開いた。

「てめえ、人の女に手を出しやがって、何様のつもりだ」

「人の女?真実はお前じゃなく俺に惚れてるんだ、お前の方が浮気相手だったんだよ」

信じられない言葉が俺を谷底に突き落とした。

俺が浮気相手だったなんて。

「真実、こいつが言っているのは本当か」

俺は心の中で否定してくれと祈った。

しかし、彼女の口から出た言葉は「ごめんね、慎、私ね、慎じゃなく彼を愛してる」

目の前が真っ暗になった。

「真実、何にも言わなかったじゃないか」

「言えなかったの、怖くて」

「怖い?俺がか」

俺はその場を立ち去った。

それから女を愛することに躊躇した。

裏切られる怖さと、優しく出来ない自分の性格が恋愛から俺を遠ざけたのだ。

しばらくして真実があの男に捨てられたと俺を頼って来た。

情けない話だが、まだ真実を愛していた。

しかし、仕事が忙しく、真実の寂しい気持ちに寄り添ってやる事が出来ずにいた。

真実は男に捨てられた寂しさと、俺に構って貰えない寂しいとで、精神的にダメージを負った。

そして命を絶った。

信じられない出来事に俺は呆然としていた。

あの時、もっと真実に寄り添ってやっていれば、こんな事にはならなかったのではないか。

あの日仕事を優先し、真実を放っておいた俺の責任だ。



「離婚しなきゃいいんだろ?ちづるも覚悟を決めろ」

「覚悟って?」

「俺の妻になる覚悟だ」

「わかりました、よろしくお願いします」

俺とちづるは夫婦となった。

しかし、ちづるはマイペースで俺が振り回されていた。

「私はこの部屋で休ませて頂きます、お互いに好意があっての結婚ではないので、契約上の夫婦と言う事でいいですよね」

「ああ、俺だってちづるを愛している訳ではないからな、お互いに干渉しないと言う条件でいいな」

「それで大丈夫です、ではおやすみなさい」

ちづるはゲストルームへ消えた。

そう、これでいい、ちづるは俺の契約上の妻だ。

ところが、ベッドに入っても中々寝付けなかった。

朝目覚めると、朝食の支度が整っていた。

「おはよう、ちづる早いな」

「おはようございます、お口に合うかどうか、言われた通り、玉ねぎとピーマンは使っていませんから」

「そうか、頂きます、うまい」

そして、俺は仕事に出かけた。

会社に行くと、早速秘書の丸山に結婚の報告をした。

「おめでとうございます、早速会社のホームページにて報告致しましょう」

「一つ調べて欲しい事がある」

「はい、なんなりとお申し付けください」

「ちづるの身に危険が迫っている、理由が知りたい、車のナンバーから持ち主を割り出してくれ」

「それはご心配ですね、承知致しました」

仕事が終わり、マンションへ向かった。

あれ以来、ちづるを付け狙う車の影は消えた。

俺はこれで済んだとは思えなかった。

ちづるは買い物に出かけたいと言い出した。

「海堂さん、買い物に行きたいんですが」

「山川に頼め」

「下着を買いたいので、頼む事は出来ません、あれ以来危険な事はないので、明日出かけて来ます」

「駄目だ、まだあの連中の正体もわからないのに、何かあったらどうするんだ」

俺はちづるを一人で外に出す事に納得出来ずにいた。

「海堂さんは心配しすぎです」

「それなら俺もついて行く」

ちづるは驚きの表情を見せた。

「嫌です、下着を買いに行くのに、ついて来て欲しくありません」

「俺達は夫婦だろ、なんの問題もない」

「大ありです、夫婦といっても契約上の関係ですから、お断りします」

「なんてやつだ、俺がこんなに心配してやってるのに、勝手にしろ」

俺は寝室へのドアをバタンと勢いよく閉めた。

「お食事召し上がらないんですか」

「いらん」

もう、海堂さんはすぐ怒るんだから。

でも、心配してくれたんだよね、だけどどうして?海堂さんの気持ちがよくわからないよ。

結局、私が折れて一緒に買い物に行くことになった。

あれ以来、一人で出歩く事は怖くないと言ったら嘘になる。

でも、海堂さんとはあくまで契約上の関係だから、これ以上近づいてはいけないと自分に言い聞かせた。

絶対に彼女がいるに決まってる、いつかは訪れるであろう海堂さんとの別れ。

それを思うと、涙が溢れてくる。

いつのまにか、私は海堂さんに惹かれていた。

でも、そんな気持ちに気づけないでいた。

ある日、夕食の支度をしていると、塩を切らしていたことに気づいた。

海堂さんは必要なものはコンシェルジュの山川さんに頼めと言っていたが、塩だけ買ってきてもらう訳にはいかない。

私は山川さんのいない隙にコンビニに出かけた。

すぐ戻るからと海堂さんには連絡しないでマンションを出た。

海堂さんが帰ってくるまで戻るつもりでいたのである。

俺は偶々仕事が早く終わったので、ちづるの待つマンションへ急いだ。

「ただいま、ちづる?ちづる?」

ちづるの返事はない。

俺はコンシェルジュの山川に確認しに下へ降りた。

「ちづるは出かけたのか?」