「急に来て悪かったな」


「ううん。助かったよ。ありがとう。……でも変な人がいてびっくりしたでしょ?」


「まぁ……。あの女、知り合いか?」


「……わからないの。でも見覚えがあるような気もするし、それにあの人、私の名前知ってるから。多分知り合いなんだろうとは思うんだけど……。頭が痛くなって、でも何も思い出せないの」


「家の人には?言ったか?」


「ううん。まだ。……ただでさえ私のことで日本に帰ってきてもらって忙しいのに、これ以上お母さんに迷惑かけたくなくて……」



だんだんと語尾を小さくしながら俺の前に麦茶を置いた奈々美の腕を掴むと、驚いたようにこちらを見た。


その額に冷や汗が見えて、袖でそっと拭う。


びくりと肩を揺らした奈々美の頭にポンと手を乗せた。



「それは違うだろ。それは迷惑なんて言わない。むしろ言わなきゃ心配かけるだけだ。あんなの只事じゃない。親御さんにはちゃんと言わないと」



目を見てはっきりそう告げると、奈々美は数秒押し黙ってから、ゆっくりと頷いた。



「……うん。そうだよね。言わなきゃいけないよね」



ありがとう。そう呟いた奈々美の顔は、記憶を取り戻したいと力強く言っていた時と同じ表情に戻っていた。