ただ、ずっと前から作成している、リストが完成していない。考えると、意外とやりたいことが出てこない。なんとか年齢と同じ三十二まではいきたいと思い、ひねりだす。でも出てこないので、ひねりにひねりだす。そして表紙を“やりたいことリスト32”に修正する。
　ちなみに最後の項目は『自分が生きた痕跡を残す』。早速中二のようなことを書いてしまった自分に辟易するが、難しいように見えて、一瞬でできる。スマホを取り出して匿名掲示板にアクセスして、「藤吉和志」と書き込んだ。デジタルタトゥーは一生消えないと言われるが、これで僕の名前がネット上に半永久的に残ることになってしまった。オリンピックで金メダルをとるだけが歴史に名を残すことではない。僕もインターネット史に名を残してしまった。瞬時に一項目クリア。このペースだと、来週にはお亡くなりになるのではないか。
　感傷に浸ることなく、僕はスーツを着替えた。まだ寒い早春の街に繰り出した。目指すは銀座だ。最初のリストは、『高級江戸前寿司を食べる』。寿司と言えば、ザギンしかないだろう。なぜスーツを着てきたのかわからない。銀座に寿司を食いに行くのに、半そで半ズボンというわけにもいかないだろうから、スーツを着てしまった。どこへ行くにもこれが一番ハマる。見上げたサラリーマン根性だ。
　以前からお気に入り登録していた、超高級で食べログの評価もそこそこだが、さほど混雑していない店を訪れた。銀座と言えば九兵衛が有名だが、予約がなかなかとれない。この際、八兵衛でも七兵衛でもかまわない。
　店を訪れると、カウンター席に老夫婦が一組いるだけだった。大丈夫だろうか、この店。近頃の日本人は、日曜夜はスーパーの寿司でも買って“ちびまる子ちゃん”でも見ながら過ごすのが普通なのかもしれない。
　柔和な笑みを浮かべる主人にカウンター中央の席を案内されたが、端に座る。迷惑な客である。メニュー表を見ると、おまかせ三万円のコースしか書かれていない。果たしてメニュー表は要るのだろうか。主人に「大将、おまかせコースでお願いします」と伝えた。果たして注文は要るのだろうか。大将と言ったのは、そのほうが常連っぽく思われるからだ。勝手がよくわからないが、出されたお茶はひとまずかっぱ寿司と変わりない。