【豪力】ッ
いろいろ試しているうちに分かったことなのだが、このスキルの持続時間は、およそ三秒。五匹を相手取るには時間が足りないが、少なくとも数を減らすことはできる。
俺は花畑の中をスライディングして、一匹目の懐に潜り込んだ。ウルフコマンダーはデカいのだ。【豪力】でパワーアップした斬撃で、喉から腹まで掻っ捌く――一匹目、〇.五秒。
花畑に血しぶきを散らすウルフコマンダーの股を通り過ぎ、次の一匹の爪をバック転して躱す。その背後にもう一匹が迫っている。その眼球に、切っ先を深々と突き刺して引き抜いた――二匹目、一.五秒。
刺し貫いた剣を見てチャンスだと思ったのか、背後から襲い掛かる一匹。俺はミスリルの剣を引き抜いた勢いで、鼻面に柄での一撃をお見舞いする。怯んだところで、すかさず身を翻し、大きく開いた顎を叩き斬った――三匹目、二秒。
次の一匹による爪の攻撃を避けたのは、ギリギリのところだった。ボロボロの服の肩口に、穴がひとつ増える。命があるだけマシってところだ。俺は振り被った剣を、そいつの喉奥に深々と突き刺した――二.八秒。
【豪力】を連発するには、五秒ほどの猶予が必要だ。できれば三秒以内にすべて片付けてしまいたかったが、あと一匹を残してしまった。俺はウルフコマンダーの喉からミスリルの剣を引き抜こうとして――そいつが今際の力でガッシリと剣を咥え込んでいることに気付いた。
「しまッ……」
三秒――【豪力】解除。
今の俺の力では、この剣を引き抜くことはできない。
そして背後に鋭い殺気――最後の一匹だ。
ウルフコマンダーの爪は、通常のウルフとは比較にならないほど強力だ。
下手をすれば、一撃でやられかねない。
万事休す。
最期を覚悟しつつも、俺は死したあぎとから、剣を抜こうと踏ん張る――その瞬間。
――ギャインッ!
ウルフコマンダーが悲鳴を上げた。
その瞬間、ミスリルの剣が牙から解き放たれる――俺は背後を振り返った。
「お前!」
ウルフコマンダーに一撃を喰らわせたのは――あろうことか、ミュウだった。
よほど強力な一撃だったのか、ウルフコマンダーは泡を吹いてひっくり返っている、その喉に、俺はミスリルの剣を深々と突き刺した。
――ゲブッ、グルルゥ
すべてのウルフコマンダーが絶命した。
間一髪だった。
「怪我はないか?」
得意げにぽいんぽいんと跳ねるミュウの様子を見る限り、攻撃を受けた様子はなかった。
「隠れてろって……言ったのに……」
こいつがいなければ、確実に死んでいた。
「……ありがとうな」
もう残っているウルフはいない。俺はミスリルの剣を収めると、ミュウを抱え上げた。
「さすがは、俺の相棒だ……」
そんなことを呟いてみる。すると――。
「アイボー!」
喋った!
思わずスライムを取り落とすところだった。
「知恵がついてるってことかな……?」
俺はミュウを《鑑定》してみた。
名前:ミュウ
年齢:1
性別:なし
称号:異世界召喚に巻き込まれた人の相棒
レベル:80
【HP】650
【MP】750
【攻撃力】90
【防御力】140
【持久力】100
【精神力】140
【素早さ】650
【器用さ】120
【運】100
スキル:【食いしんぼう】
驚くほど強くなっている。
「アイボー! アイボー!」
俺は荒らされた花畑を跳ね回るミュウを見て、思わず笑みを浮かべていた。
「頼もしい相棒ができたもんだ……」
俺は足元に擦り寄ってきたミュウを、もう一度抱き上げた。
* * *
〈誓約の首輪〉の効果
①【共鳴】による主従相互の能力強化。
②経験値の共有によるレベルアップボーナス、主従ともに相乗効果がある。
③【不断の契り】により、主は従のスキルを自由に使用できる。
④一度結んだ【不断の契り】が失われることは、けして無い。
最近の変化といえば、森の陰でガサガサとうごめき、ときには襲い掛かってきたあの魔物たちが、俺とミュウに道を譲るようになったことだ。その分狩りはちょっと大変になったけれど、こっちも技量が上がっている。そもそも実りの豊かな森ではあるので、食料には事欠かない。
今日もミュウとふたりで食料集めをして、洞窟に帰ってきた。
「タダイマ! タダイマ!」
もうひとつの変化。それは住居だ。前から住んでいる洞窟なのだけれど、もはや剥き出しの岩床に尻を据えるというような状況ではない。
立派な壁ができて、平らな床に絨毯も敷いてある。洞窟の奥で採れた金属を《酸化》させることによって、かなり長持ちする電灯もできた。《融解》を利用した熱交換器も完成している。つまり、冷暖房と冷蔵庫が完備されたということだ。
錬金術の万能さには、我ながらあきれてしまう。
カゴを下ろすと、レインボーフルーツやバラした肉を冷蔵庫にしまい、入りきらなかった肉は燻製と今日の料理に使う。
「ソラ! ゴハンタベタイ! ゴハンタベタイ!」
ミュウも、かなり言葉が喋れるようになってきた。
そろそろ頃合いだ。
「なあ、実は聞きたいことがあってさ」
「ゴハン! ゴハン!」
ぽいんぽいんと跳ねながら、ミュウはそんなことしか言わない。
食料採集の最中にも、ミュウにはいろんなものをポンポン食べさせているのだけれど、俺の作った料理を食べないと満足してくれない。面倒くさいと思う反面、ちょっと嬉しくもある。仕方ない、まずは飯からだ。
俺は壺の中でレインボーフルーツの果汁に浸しておいた、モモイノシシの肉を取り出す。スジをよく切ってから、炭酸パプリカと一緒に炒めるのだ。この方法を編み出したおかげで、最近はA5牛肉もびっくりな、柔らかく臭みのない肉を食べられるようになっている。
炭酸パプリカはシュワシュワと泡の出る黄色いピーマンみたいなやつで、これも肉を柔らかくするのに一役買っているらしい。詳しい原理はちょっとわからないけれど、味も食感も良いので、最近はよく食べている。
火を起こすのは簡単だ。薪にまぶした金属粉末を《酸化》させれば一瞬で燃え上がる。その上で、手製の鍋を振るうのだ。ーで味付けをしたら出来上がり。最近はちょっと寒いので、火は少し弱めて、つけたままにしておく。
皿に盛った食事をテーブルに載せて、ミュウと一緒に椅子に座る。
「いただきます」
「イタダキマス!」
やっぱりひと手間かけただけのことはある。モモイノシシの肉が口の中でほどけるようだ。香辛料のピリッと効いたこの感じ。我ながら上出来だった。
「で、聞きたいことがあるんだけどさ」
俺が話しかけると、ミュウはぴょこん? と丸い身体をくねらせた。
「森について知りたいんだ」
ここから出るためにも、知らなければならないことは山ほどある。片言ながら、なんとか会話できるようになったミュウから、これだけのことを聞き出した。
まずは、ここにSSランクを超える四体の魔物が存在しているということ事実だ。
「ハクゲイ! オオキイ!」
圧倒的な巨体により、存在そのものが驚異的な破壊を巻き起こす〈白鯨〉。
「フシチョウ! ビリビリ!」
嵐と雷を自在に操り、混沌とした森に空から調和をもたらす〈不死鳥〉。
「ロウオウ! カチコチ!」
己に近づく者はたとえ何であろうと、氷の刃で斬り裂く孤高の存在〈狼王〉。
「リュウオウ! メラメラ!」
理性と寛容さを持ち合わせつつも、敵対する者は容赦せず灼き尽くす暴君〈竜王〉。
森の広大さもさることながら、これら四体の存在によって、この森は脱出不可能な檻となり、同時に人間の侵入を阻んでいるということらしい。
「つまりあれだ……ここはゲームで言えば、すべてが終わった後の場所なんだな」
エンディングクリア後の、やり込み要素みたいな場所だ。超絶難易度の無限ダンジョンみたいな。
「追放するにはうってつけってわけだ」
つくづく、自分の幸運を痛感する。よくここまで生き延びたものだ。俺を追放した王も魔術師も、まさか今俺がこんなふうに悠々自適な生活をしているとは思っていないだろう。
心の中でざまあみろだ。俺は生きている。おまけに仲間までできた。
それはともかく。
「狼王は孤高の存在で誰にでも牙を剥くし、竜王は敵対する者に容赦しない……この二体が出会っちゃったら大変なことになるね」
「タイヘン! タイヘンナノ、ヨクナイ!」
「そうだな、良くないな」
「ナワバリ!」
「ふむふむ」
ミュウはぽいんぽいん跳ねながら、頑張って説明してくれる。よく聞いてみると、四体はそれぞれの縄張りを持っていて、そこを出ることはないらしい。
「ともかく、ここを脱出するためには、四体の目を潜り抜けなきゃならないってわけだ。間違っても出会いたくはない連中だな……いろいろ教えてくれてありがとう」
「ソラ、ナンデモキク!」
本当に頼もしいやつだ。俺はミュウのぷにぷにした頭を撫でてやった。
「ミュミュ~」
ミュウはもいんもいんと形を変えながら喜んでいる。そんなふうに戯れていると、急にすさまじい衝撃が住処を襲った。
――ズドォオオオオ――オォン
天井の電灯が大きく揺れる。台所に吊るした調理器具がガラガラと鳴った。
「……様子を見に行こう、ほらついておいで」
洞窟を出ると、上は小高い丘になっている。丘に登った瞬間、俺の頬のすぐそばを何かの破片がすり抜けて行った。
「………………!」
俺はその光景に目を疑った。バジリスクなどとは比べ物にならない巨大な魔物が二匹、すさまじい戦闘を繰り広げていたのだ。
一匹が首をうねらせて、巨大なあぎとを開く。こちらまで火傷しそうなほどの炎が噴き出し、森を焼き払う。もう一匹はその巨体からは想像もつかないような高い跳躍を見せて、それを避け、振り向きざまに虚空を切り裂く――その瞬間、氷の刃が発生して、相手に襲い掛かった。
「話に聞いた通りだな、間違いない……あれが竜王と、狼王か」
鱗に覆われた、どっしりとした体躯。長い首の先に、二本の角を持った竜王。
銀色の毛皮に覆われたしなやかな巨体に、鋭い爪と牙を持った狼王。
焼き払われて炭化した大木が、次は凍り付いて砕け散る。熱波と冷気が烈風と共に吹きすさんだ。しかしなぜ奴らは争ってるんだ? 互いに縄張りを持っているんじゃなかったのか。
「ソラ! ニゲル! ニゲル!」
ミュウが俺の裾を引っ張って跳ねる。俺はミュウを撫でてなだめながら、二匹の壮絶な戦いを眺めていた。
燃やされ、凍らされ、砕かれ、斬り裂かれ、森林が破壊された戦いの場は、いびつな広場と化している。巨木が倒れ、低レベルの魔物が逃げ惑う。
――グルルルルルルルルオオオオオオオ!!
――ウオオオオオオオオオオオオオオン!!
同時に上がった雄たけびに、空気がビリビリと震える。ミュウが縮み上がった。
「ごめんな、もうちょっと様子を見させてくれ」
ごうっと吹き出された炎が、すでに炭化しきった地面を焼き払い、あまりの高熱に岩石が溶け始める。地面を舐めながら襲い掛かる炎に、狼王は鋭い雄たけびで答えた。炎がふたつに割れて、背後の森が燃え上がった。
――今できることを考えなければならない。
裂けた炎の間を縫って、狼王の氷の爪が舞う。しかし炎を吹き出す竜王のあぎとの直前で蒸発し、周囲に霧が広がった。それがこっちにまで押し寄せてきて、一瞬視界が遮られる。霧は吹雪に変わり、いよいよ視界が悪くなった。
「ニゲナイ!? ニゲナイ!?」
「ん……」
ミュウは慌てているが、俺はじっと吹雪の奥を見つめていた。
「ここは逃げない。大丈夫、俺を信じてくれよ」
裾にしがみつくミュウをくにくにっと撫でた。
「どっちみち、この森から出るには奴らとやり合わなきゃならない。縄張りから出るってのは、おそらくそういうことだからな」
縄張りを張るということは、そこからの〈侵入〉はもとより〈脱出〉をも許さないということだ――ならば。
「味方につける……というのは手かな」
「アブナイ! リュウオウ、ロウオウ、コワイ!」
「簡単だとは思ってないさ。手を打たなきゃな」