エルダーリッチは、俺にしがみついた。
「過去の同志を私は手放した。いつか君のことも手放すだろうさ。いつだって、私の手にはなにも残らない。それなら、いっそのこと」
彼女の声が、かすれる。
「アンデッドとして、魔物として、【百鬼夜行】で私を使役してくれ。私は君の忠実な奴隷になるだろう。そうすれば永遠に……」
「そんな永遠に意味はない」
俺は彼女の髪を撫でながら言った。彼女が、ふっと笑ったのがわかった。
「幻滅しただろう。君の師匠はこんなやつなのさ」
「俺は、君と一緒にいたい」
彼女抱く腕に、思わず力がこもった。
「こう言うと傲慢だけど、君が俺と一緒にいたいということも知ってる。そんなふたりがいたら、それでもう十分じゃないか」
「足りない……」
彼女は、絞り出すような声で言った。俺は頭を撫で続けながら、尋ねる。
「なにが足りない?」
「私は、強欲なんだ……自分でも、どうしようもないんだ……何百年も生きてきて……君のような男と出会ったことも……初めてなんだ……」
俺の肩から顔を上げると、エルダーリッチは俺の顔を正面に見据えた。鼻と目元が赤らんでいる。吸い込まれるような瞳が、くちびるが、近づいてくる。
「私は大切なものを……いつだって……どうしたって失う……」
『ソラどの!』
懐に入れた小さな水晶が叫んだ。突然のことに、ふたりの身体が離れる。
これは遠距離での連絡を可能にする《通信水晶》だ。エルダーリッチの技術力で、ビー玉くらいにまで小型化できている。声の主は、ソラリオンの市長だった。
『大変ですじゃ! エル=ポワレに向かう隊商が!』
「まさか、事故でも?」
山沿いの道が、思った以上の悪路であったことは、すでに市長に伝えてある。馬の蹄鉄と、車輪の強化は、伝えたとおりになされていたはずだ。しかし――。
『事故ではありません、野盗に襲われましたですじゃ!』
俺とエルダーリッチは、顔を見合わせた。
俺たちは、急いで仲間たちを集め、《門》でソラリオンへと向かった。
* * *