となると――戦法はひとつだ。
振り下ろされるメイスと剣をかわし、俺は大きく跳躍した。
【阿修羅】:瞬時に無数の斬撃を与える。
もちろんその対象は、ふたりではない。俺は石の柱をバラバラに切り刻んだ。そしてその破片を《構築》で、鋭い槍に変化させる。
「さっきより少し痛いが……我慢しろよ」
「なにをッ!?」
俺は空中で剣を収め、二本の槍を掴んだ。
【疾風迅雷】:肉体に雷をまとい、高速での移動を可能にする。
空中から瞬時にふたりに肉薄、石の槍で膝を貫通し、床に深々と突き刺した。
「ぐぁああああああああああ!!」
「ぎゃああああああああああ!!」
カンジとアキラの悲鳴が響きわたる。
膝からの流血によって、二人が倒れる。
しかし、アキラのユニークスキル【勇者】によって即座に復活する――膝に槍を突き刺したまま。そして再び血が流れ出る。そして失神。無限ループだ。
「頼む! 早く抜いてくれえ! いてぇよォ!!」
「ソラ! 頼む! 僕が悪かった! 早く槍を! 槍をおおおおおお!!」
「別に好きで痛めつけてるわけじゃない」
俺はアキラに言った。
「素直に負けを認めるんだ。そうすればお前のユニークスキル【勇者】は解除される」
「わかった! 負けだ! 俺たちの負けだ! だから早く槍をおおおおおおお!!」
俺はふたりの膝から、石の槍を抜いてやった。再びふたりは苦痛に悲鳴をあげる。
「………………」
俺は、ナナとマイの拘束を解いてやった。
「そこのふたりを治療してやってくれ」
マイはカンジとアキラに駆け寄って、急いでヒールをかけた。膝の傷が塞がっていく。
【勇者】が解除された以上、連中は素直に負けを認めている。
砕け散った柱。赤い絨毯は抉られ、穴が空き、石床を露出させている。
荒れ果てた謁見の間で、勇者パーティーを倒した感慨は、まったく湧いてこない。
一刻も早くサレンを救い出さなければならない。
俺にあるのは、それだけだ。
「………………」
床に尻をついたまま、カンジが言った。
「俺たちのこと……恨んでんじゃねェのかよ……お前の力なら……俺たちを殺せただろ……」
「サレンの居場所を知るためだ。どこにいるか今すぐ教えろ」
アキラが、ゆっくりと立ち上がる。
「わかった……向こうに地下が……」
「サレンならここだァ!!」
グルーエルの声だ。俺は振り返った。
「サレン!!」
グルーエルに抱えられたサレンは、マイの【聖女】によって守護――つまり拘束されている。
「ソラ!!」
「待ってろよ、いま助ける」
「来ないで!!」
サレンのそのひとことで、思わず足を止めた。
「……やはり魔王は利口だな」
笑うグルーエルの手には、大きな赤い水晶のようなものが握られていた。
「それが〈魔力核〉!」
「ご名答だ、如月空。そして……」
サレンの頭上には、大小のトゲが飛び出した、兜のようなものが浮かんでいる。
「とうとう私は〈魔力核〉を自在に操る装置を完成させた……魔王サレンを利用することでなァ!」
その瞬間、兜がサレンの頭に被さった。
「きゃあああああああああああ!!」
サレンの悲鳴とともに〈魔力核〉が赤い輝きを放つ。
「サレン!!」
「魔王は〈魔力核〉の触媒なのだ。それを手にした私に、もはや敵は存在しない。魔術の神髄を極めるのも、時間の問題だ!」
そうしてグルーエルは、アキラたちに目をやった。
「どうやら、時間稼ぎくらいのことはできたらしいな。褒めてやろう……しかし貴様らが力を発揮するのはこれからだ!」
その瞬間〈魔力核〉の強烈な赤い光が、アキラたちに浴びせられた。
「な……なにを……!?」
「そう怯えるな……貴様らを最強の存在へと導いてやる……勇者の名にふさわしい存在へとなァ!!」
ぐにゃり、とアキラたちの体が歪んだ。
「な……なに……なに……!?」
「ひ……ひいいっ!」
悲鳴を上げながら、勇者パーティーは液体のようにドロリと溶けて、謁見の間の中央に集まり始めた。それが交わり――融合し――。
現れた者は、もはや人の姿をしていない。
「キシャアアアアアアアアアアアアア!!」
“それ”は、もはや人間とも魔物ともつかない叫び声を上げた。
グルーエルが高笑いする。
「見たか、錬金術師よ! これこそが、真の勇者! 真の平和の担い手!!」
その眼は、狂気に満たされている。
「これが勇者第二形態だァーッ!!」
グルーエルの声に重なるように、勇者四人が融合したキメラが咆哮した。
俺は即座に《鑑定》をかける。
名前:蜍???く繝。繝ゥ
年齢:縺懊m縺輔>
性別:繧上°繧峨↑縺
称号:蟷ウ蜥後?菴ソ閠
レベル:縺セ縺」縺溘¥荳肴?
【HP】隗」譫蝉ク崎?
【MP】蛻?梵縺ァ縺阪↑縺
【攻撃力】謾サ謦?鴨
【防御力】髦イ蠕。蜉�
【持久力】謖∽ケ�鴨
【精神力】邊セ逾槫鴨
【素早さ】邏�譌ゥ縺�
【器用さ】蝎ィ逕ィ縺�
【運】驕九�濶ッ縺�
スキル:縲仙窮閠�代千�エ螢顔・槭代宣ュ泌・ウ縲代占*螂ウ縲�
「なんて……こった……」
ステータスが完全にバグっている。
奴の力は完全に未知数ということだ。
でも――サレンを救うには、やるしかない。
俺は、再びミスリルの剣を抜き払った。
「キシャアアアアアアアアアアアアア!!」
キメラの動きは素早かった。触手のようなものを次々と繰り出して、壁や床に穴をあける。
その一撃一撃に【破壊神】のスキルが働いている。
つまり、一発喰らえば終わりだ。
「ソラァ……」
肉の塊から、にゅうっと勇者たちの顔が飛び出す。
「貴様もォ……これまでだなァ……」
「僕たちはァ……最強だァ……」
「お前なんかァ……捻りつぶしてやるわァ……」
――ズドドドドドドドド!
怒濤の触手攻撃。それに加え、魔法の火球も飛んでくる。それをかわせば【聖女】の布が幾重にも絡んで、拘束しようと迫ってくる。
俺はそれらをかわしつつ、キメラに肉薄した。
【豪力】:一時的に攻撃力を三倍にする。
スキルを使った一閃で、キメラをまっぷたつに斬り裂いた。しかし――。
「今度はァ……負けを認めないよォ……」
キメラの切断面が、ニチャアッと結合する。
その背後にいるのが、サレンを抱えたグルーエルだ。〈魔力核〉からサレンの兜を通して、キメラに魔力が供給されている。
サレンは、気を失っているようだ。
「いま助けるからな!」
俺は両手を前に出した。
【獄炎焦熱】:すべてを焼き尽くす、強力な炎を発生させる。
俺とキメラの間に、炎の壁が発生した。
「へへェ……ヌルイィ……ヌルイぜェ……」
炎の中から、何本もの触手が突き出される。
俺は、そのことごとくをかわす。
触手に切断された壁が、外へと崩落する。
ハンマーのように変形した肉体がさらに城を破壊し、火球が命中した塔は爆砕して燃え落ちた。
「向こうは片づけたわ!」
リュカたちが壊れた扉から現れた。
「なるほど……相手に不足はなさそうだ」
フェリスが剣を構える。
「最初はわたくしですわーっ!」
フウカの両手から電撃が放たれた、それと同時にリュカとフェリスが斬りかかる。しかし破壊された部位は、〈魔力核〉の力と、ユニークスキル【勇者】によって瞬く間に再生する。
「フハハハハ! 如月空! 必死こいて集めた魔物たちも、大して役には立たんようだなあ!」
グルーエルの高笑いが、謁見の間に響きわたる。
「ここまで醜い魔法は珍しいな……邪法も邪法だ……」
エルダーリッチが呟いた。
グルーエルは俺を睨みつける。
「なんとか言ったらどうだ? 如月空!」
「みゅ!」
“ソラ”が返事をした。
「な……!!」
グルーエルが振り返ったその先には――。
「俺はここだ」
剣を構えてグルーエルを見据えた。
「馬鹿な!? 何が……!」
なにか魔法を放とうとグルーエルは両手をこちらに向けた。
しかし今、間合いはこちらのものだ。
絨毯を蹴り、俺は一足でグルーエルに肉薄する。
――ズドォン!
背後で柱が爆発した。
がむしゃらに放たれた、グルーエルの魔法攻撃だ。
――遅い。
破壊された柱が傾ぐより速く、石くれが地に落ちるより疾く――俺が放った一閃は、グルーエルの横腹を斬り裂いた。
いったい何が起こったのか、この男にはわからなかったに違いない。
「ぐおあああああああっ!!」
「みゅ!」
元の姿に戻ったミュウが、ぽいんっと壁の後ろに飛び退いた。
【完全擬態】:対象の形態と性質を模倣する。
ミュウはこのスキルで俺に擬態し、キメラと戦っていたのだ。
「サレンを返してもらう!」
俺は再び、ミスリルの切っ先を向ける。
グルーエルは口の端から流れる血を、ローブの袖で拭った。
「これだけは避けたかったが……」
そう言って〈魔力核〉を見つめる。
「研究の成果はすべて出し切らねばならんらしい……たとえこの身と引き換えであっても……良いか如月空、貴様には、絶対に、〈魔力核〉は渡さん!」
〈魔力核〉がまばゆく輝いた。その光はグルーエルと、さらにはサレンをも包み――。
「しまった!」
キメラへと吸収された。
子供がこねる粘土のように、キメラは不気味に蠢く。
「なにが起こったの!?」
「教えてやろう!」
奇妙に歪んだグルーエルの声が、謁見の間を震わせた。
「これが……勇者第三形態だァーッ!!」
「ギシャアアアアアアアアアアアアア!!」
キメラの弱点は、魔力の供給源――つまり〈魔力核〉とサレンが外部にあったことだった。しかし今では、サレンと〈魔力核〉、そしてグルーエルはキメラの一部となっている。
奴を相手にして《鑑定》が意味を持たないのはわかっている。
しかしその力は、目にしただけで明らかだった。
いまや巨体はふたまわりほど大きく膨張し、無数の眼球がギョロリとこちらを睨んでいる。
もはや勝ち目は――いや。
「勝機は、必ずどこかにあるはずだ!」
俺は仲間たちとともに、巨大なキメラと対峙した。
* * *
意識が、ぼんやりする。
あれほど求めていた〈魔力核〉が、こんなに近くにある。
魔物たちを統制し、人間たちから守るための〈魔力核〉。
勇者たちに奪われた、力の源。
それがいま、手元にあるのだ。
これを求めて、ずっと足掻いてきた。
ついに、この手に――。
「魔王サレン……」
頭の中に響くのは、グルーエルの声だ。
「勇者になった気分はどうだ?」
あざ笑うように、言葉が続く。
「貴様を倒した、勇者になった気分は? 世界で最強の存在になった気分は?」
「どうでもいい……」
私は言った。
「ソラに会わせて……」
「如月空か? それなら今……」
グルーエルの笑いが、頭の中を反響する。
「我々と戦っているところだ。世界最強の我々とな」
ぼやけた視界の中で、ソラが剣を振るっているのが見える。
「……かな……ず……」
声が遠い。
私は必死に耳を澄ます。
「かな……ず……ま……」
なにか言っている。
聞きたい。
ソラの声を聞きたい。
近くで――もっと近くで。
「サレン!!」
その瞬間、はっきりとソラの声が聞こえた。
「必ず約束は守る!」
触手を斬り払いながら、ソラは叫んだ。
――約束?
私の意識は、町にあるあの屋敷へ、あの懐かしい屋敷へと戻った。
『サレンもなにかあったら俺を守ってくれよ』
私は、ソラとそんな話をしたのだ。
『俺もサレンになにかがあれば、必ず守る』
ソラは、言った。
『約束する』
そのソラがいま、必死で戦っている。
仲間たちも“私”のために“私”と戦っている。
約束――そう、約束したのだ。
「覚えてるだろ!? サレン!」
ソラは叫んだ。
「俺は必ず……サレンを守る!!」
その瞬間、ソラの声が心の奥まで貫いた。
もやがかかっていた意識が、覚醒する。
「ソラ!!」
自分のくぐもった声が、耳に痛い。
「サレン!!」
ソラの声が聞こえる。
勇者と、グルーエルと、私と、そして〈魔力核〉。
私はこの〈魔力核〉に、どれだけ執着してきたことだろう。
けれども、もう、いらない。
今更ひとりで力を抱いたところで、なんになるというのだろう。
ソラは誰よりも甘い。
甘くてとろけてしまいそうで。
そのくせ、あんなに強い眼をして。
もう、いらない。
私には――私にはソラがいる。
「待て……なにをする気だ!」
グルーエルの声が響く。
「私は……ソラとの約束を果たすだけ……」
私だって、約束したのだ。
必ず、ソラを守る。
ソラより大切なものなんて、もうなにもない。
「馬鹿が! やめろ! 我々は世界最強の存在になったのだぞ! その力を……!」
グルーエルの軽薄な言葉は、もう私には届かない。
* * *
サレンの声が聞こえた。
確かに聞こえた。
見ると、キメラが動きを止めている。
その中央が蠕動すると、そこに現れたのは――。
「〈魔力核〉!」
間違いない、サレンがやったのだ。
あれほど求めていた〈魔力核〉を、俺たちを利用してまで求めていたあの力を――。
『壊して……』
サレンの声が、頭の中に響いた。
『もう、いらない……壊して……』
グググ――と赤い魔力核がキメラの肉体からせり出して来る。
赤い輝きが、醜悪な皮膚を押しのける。
これが、サレンの決意だ。
再び、声が響く。
『ソラがいれば、それでいい……』
そのささやきは、ひときわ深く、俺の胸に染み通った。
もはや、ためらいはない。
サレンは、魔王としての執着から自分を解き放った。
ならば俺は――彼女の決断を全力で受け止める。
「これで……終わりだ!」
俺はミスリルの剣を振りかぶり、砕けた床を蹴って跳躍した。
この瞬間、すべての音と風景は、ノイズと化した。
やるべきことは、ひとつ。
狙いは、ただ、ひとつ。
「やめろおおおおおおおおおおおお!!」
グルーエルの声が、空気を震わす。
俺はその声ごと、〈魔力核〉を渾身の力で叩き割った。
――バキィイイイイイインッ
赤い結晶が、粉々に砕け散る。
「馬鹿なッ! 馬鹿なッ! 馬鹿なァァアアアアア!!」
目の前が、真っ白な光に包まれた。
俺は思わず、腕で目を覆う。
「………………」
光が治まり、俺はゆっくりと目を開いた。
あの巨大なキメラは、完全に消滅していた。
もはや壁も崩れ落ち、荒れ果てた謁見の間。
そこにはキメラとなっていた勇者たち――そしてグルーエルとサレンが倒れて伏している。
戦いが――終わった。
「く、く、くそぉっ!!」
立ち上がったグルーエルが、手のひらから火球を繰り出す。
俺はそれをミスリルの剣で弾いた。
「よくもサレンを、こんな目に遭わせてくれたな」
「これならどうだ!」
この魔法は知っている。《サンダー》だ。
しかしエルダーリッチの教えてくれたものとは、まるで比べものにならない。
ミスリルの剣を床に突き立てると《サンダー》のエネルギーは、散り散りになった。
「貧相な魔術だ」
ため息をついたのは、エルダーリッチだった。
「勇者召還だの、追放だの。邪法ばかりに手を染めて……これが王宮魔術師か。呆れるほかないな」
グルーエルは歯噛みして言った。
「貴様……誰だか知らんが……古代より伝わる〈紫の書〉を中心に研究を重ねた、魔術大系を馬鹿にすることなど誰にも……」
「ああ、なるほど。あれが元になっているわけか」
エルダーリッチは、あっさりと言った。
「〈紫の書〉なんておおげさなタイトルをつけたんだが、あれは私の落書きみたいなものだ。それを“大系”などと……哀れだな」
「なんだと……貴様、何者だ!?」
その言葉に、エルダーリッチは笑みを浮かべた。
「ヴァージニア・エル=ポワレ、といえば通じるかな。今はエルダーリッチと名乗っているがね」
それを聞いたグルーエルの顔から、血の気が引いた。
「馬鹿な! 大魔術師エル=ポワレが……あの古代の伝説が……生きているはずが……」
「いま目の前にある、あるがままを受け入れることが、魔術の基本だ」
「ぬうう……!」
グルーエルは、急いで玉座へと上った。
「国王陛下、もはや城を捨てて脱出するほかはありません!」
「し、しかし城を捨てるということは国を捨てるという……」
「なにより大事なのは命でしょう!」
「く……くそ、如月空!」
国王がわめいた。