外れスキルでSSSランク魔境を生き抜いたら、世界最強の錬金術師になっていた~快適拠点をつくって仲間と楽しい異世界ライフ~


 俺が一歩前に進み出ると、勇者一行は身を震わせた。

 俺は手のひらを、あいつらに向ける。

「続きをやるか?」

「なんでよ……なんでクソザコのあいつが……」

 魔女ナナは悪態を吐き、聖女マイはただただ青ざめている。破壊神カンジは、地面に唾を吐いた。

「ふざけんなよ……行こうぜ……」

 連中はゆっくりと後ずさり、門の向こうへと引き返していく。

 俺としては、別に追い打ちする理由もない。村の人々に声をかけた。

「みなさん、無事ですか?」

「ああ、無事じゃ、無事じゃとも!」

 武装させられていた若い男たちと、村にいた人々は、抱き合って喜んでいた。

「帰ったよ、父さん!」

「よくぞ、帰ってきてくれた! すべてはソラどののおかげじゃ!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 若者が、村を襲うような羽目にならなくて、本当に良かった。

「サレン、怖くなかったか?」

 俺の後ろに隠れていたサレン。その肩を、俺はぽんと叩く。大きな帽子が、こくりと頷いた。

「うん……大丈夫」

「《門》をあれほどの規模で展開できるとは……君はまったく末恐ろしいな」

 俺はエルダーリッチに、笑みを返す。

「良い師匠がついてるからだよ」

「また君はそういうことを」

「ソラにも、怒ることがあるのね」

 サレンの言葉は、少し意外だった。

「そりゃ、あんなの見れば誰だって腹が立つさ」

「怖いお顔をしておられましたわよ、お兄さま!」

 フウカもそんなことを言う。

「でも、なんだか頼もしくって、レア顔ゲット感もあって、終わり良ければすべてよし! ですわ!」

「確かに俺、あんまり怒ることないかもなあ」

「そういう者こそ、怒らせるといちばん怖ろしい」

 フェリスは珍しく笑みを浮かべた。

「頼もしいぞ、ソラ」

 俺はなんと返したらいいかわからなくて、後ろ頭を掻いた。


  *  *  *


 勇者どもさえ倒せば、私はかつての力を取り戻していたのだ。千載一遇のチャンスを逃してしまった。

 とても、悔しい――けれども。

 もしあそこで私が勇者どもに襲いかかって、連中の首筋にかじりついていたら、ソラはどんな顔をしただろう。

 騙されていた、とショックを受けるのだろうか。それとも――さっきダストン男爵に向けたような、怒りを見せるのだろうか。

 それは、少し怖い。

 ただ強大な存在を怒らせることを、怖れているわけではない。ソラが怒ること――失望することが、怖ろしいのだ。

 かつて私は魔王として、魔物たちを使役し、その天敵である人間どもを滅ぼそうとしていた。

 しかしソラにとっては、魔物も人間も変わらないのだ。

『サレンも、怖くなかったか?』

 あのときの優しい表情を、私は忘れられそうにない。

 ソラの力を利用しようとしていた自分が、今ではなんだか恥ずかしく思える。

 ソラの側にいたい。

 強いから、ではない。

 優しいから、だけでもない。

 ただ、ソラがなにをするかを見ていたい。

 ずっと側で、見つめ続けていたい。

 私の中で、確実に何かが変わりつつあった。


  *  *  *


 あれから、ダストン男爵は村への干渉を一切してこなくなった。

 ダストン男爵の兵士が敗走したことは、すぐに近隣の村々に伝わったらしい。新しい住民が、次々とやってくるようになった。

「やっぱり、新しい区画を造る必要があるな」

 俺は村長の家で、地図を広げていた。

 新住民を受け入れる住居が必要だし、彼らの畑も開墾しなくてはならない。

「広場から放射状に拡がるように道を敷いて、それに沿って町を広げる感じで行こう」

 その中央に噴水があるイメージだ。

「ソラ!」

 リュカが中に入ってきた。

「また近くの村の人が来たわ! 傘下に入りたいって!」

「わかった、俺が話をするよ」

 この村、というか町ひとつでも手一杯なのだが、新しく傘下に入った村も、放っておくわけにはいかない。インフラ整備も、家や畑の改善も、そこを治める者の仕事だ。

 そしてそうした村の人々のところにも、若者が戻ってきているらしい。この町の若者がダストン男爵のもとから解放されたことで、自由への気運が高まっているそうだ。

 若者の力があれば、村の発展は早い。

「ソラ、忙しいわね!」

「ああ、体ひとつじゃ足りないな!」

 この町を中心とした、豊かな領地を造り上げるのだ。やりたいことはたくさんある。アイディアも、どんどん出てくる。

「お待たせしました!」

 俺は庇護を求めてきた村の使者に挨拶した。

「あなたが悪魔の森の王……こう言うと失礼ですが、もっと怖ろしい方かと」

 俺は体を固くしている使者に笑いかけた。

「これからは、困ったことがあったら、なんでも言ってください」

「……では早速なのですが、私の村では次々と井戸が枯れてしまいまして」

 噴水を造ったときの要領で、なんとかなるかもしれない。

「わかりました、では村まで伺いましょう」

「王様自ら……感謝の限りでございます」

「そんなふうに呼ばれるほど、たいしたもんじゃないですよ。ソラ、で結構です」

 こうして俺たちの領地は、どんどん拡大し、改善されていった。

 忙しい毎日だ。でも、それが楽しくて仕方がない。

 勇者アキラは、謁見の間に通されるなり、こう言った。

「あいつは……ソラは化け物です……」

 ダストン男爵の軍は壊滅。勇者たちはというと、手を出すことすらできなかった。

 国王はため息をついた。

「脅威は、まさかあのスライムではなく、彼奴そのものだったとはな……」

 追放したことが悔やまれる。まさか悪魔の森の王となり、魔物を従えるほどの力を身につけようとは。

 ただの錬金術師を、甘く見ていた。

「こうなれば国軍を送り込んで、力押しで攻め落とすしか……」

「それは難しいことかと……」

 グルーエルが重々しく言った。

「ダストン男爵の兵はなかなか優秀だそうですが、すべて撃退されました。それも“一兵たりとも失わずに”にです」

「あの錬金術師は、手加減をしたと……」

 国王の言葉に、勇者アキラが頭を下げる。

「仰るとおりです。それに、あのスライムも出てきませんでした。あいつが本気を出せば……」

「もはや人の手に負える相手ではなくなっているということか……」

 肩を落とす国王に、グルーエルが報告を続けた。

「錬金術師は、その力をもって次々と勢力を広げているとのこと。ダストン男爵の領地など、もはやかけらも残っておりませぬ」

「実質的な新興国ではないか!」

 まさか自国の領地に新しい国が生まれるとは。おおきな反乱もなく、そして――軍にも止められない。

 国王は、玉座の下に置かれている赤い宝石に目をやった。

「これさえ使いこなせれば、あんな錬金術師になど、遅れをとらぬというに!」

 いらだたしげに、錫杖で宝石を突こうとした国王を、グルーエルが止める。

「おやめください陛下。〈魔力核〉を刺激しては、なにが起こるかわかりませぬ」

「……最高の王宮魔術師、貴様の手にも負えぬとはな、グルーエル」

「はっ、お恥ずかしながら」

 グルーエルはそれでも、顔を上げたままだった。それは原因が自分の非力ではなく〈魔力核〉が、あまりに多くの謎を秘めているからに他ならない。そう考えているからだ。

「魔王から奪い取った〈魔力核〉……それが秘めている無限の魔力を引き出すには、遺憾ではありますが、我々の技術ではまだ至らぬことかと。現に〈魔力核〉の調査をしていた魔術師六名が負傷しています」

「魔女ナナにやらせてみてはどうだ?」

 国王の言葉に、ナナはびくりと肩を震わせた。負傷という言葉に敏感になっているのだ。

 しかし、それもグルーエルは否定した。

「彼女は自らの強大な魔力を振るうことはできますが、魔術研究となると専門外です」

 魔女ナナは、ほっと胸を撫で下ろす。

「手詰まりか……」

 国王は、王冠の装飾をガリガリと掻いた。

「ひとつ、手がございます」

 グルーエルが言った。

「それは、元の持ち主に〈魔力核〉を使役させることです」

「魔王に〈魔力核〉を引き渡すというのか! そうなれば再び力を取り戻してしまうではなか!」

「そうではございません」

 グルーエルは暗い笑みを浮かべた。

「今の魔王は、ちっぽけな魔物の一匹に過ぎませぬ。《洗脳》をかけて傀儡と化せば、〈魔力核〉から力を引き出すための装置として使えるでしょう」

「魔王の捕獲が最優先か」

「それでは、僕たちで魔王の探索を……」

 勇者アキラの言葉を、国王は制した。

「まだわからぬのか? 魔王は、あの錬金術師の手の内にあるのだ!」

「なっ……!」

 勇者アキラは、目を見開いた。国軍が力を失った魔王を追っていることを知らなかったアキラは、当然ソラが魔王を保護していることも知らない。

「マジかよ……あの野郎……」

 破壊神カンジが、密かに毒づく。

「それに関しても、案が」

 冷や汗をかいている勇者一行とは対照的に、グルーエルは落ち着き払って言った。

「強大な力を持っている彼奴を相手に、軍で対抗するべきではありません」

「では、どうすべきだと言うのだ」

「戦いの舞台を、戦場から政治へと移すのです」

「ふむ……」

「この際、彼奴の領地を、ひとつの勢力として認めてしまいましょう。そして国境を定めるのです。領地を手放すのは小さな痛手ですが、一時的なものです。あの錬金術師が擁する“魔王サレン”の利用価値は、きわめて高い。それに」

 グルーエルは続ける。

「私見ではございますが、おそらくあの魔王も〈魔力核〉を完全には使いこなしていなかったのではと考えております。〈魔力核〉の研究を魔王を“用いて”行えば、相応の成果を出せるでしょう。そうなれば陛下は、錬金術師に十分対抗できる力を手にするのです」

 そう言って、にやりと笑った。

「その力をもって錬金術師を抹殺し、再び領地を陛下のものとすれば、万事が解決するかと」

「なるほど」

 国王はあご髭を撫でて、命じた。

「ではグルーエル。貴様を使者として錬金術師の許へと派遣する」

 グルーエルは、深く一礼した。

「仰せのままに」

  *  *  *


 町は凄まじい勢いで発展していた。建築物の質もなかなかのものだと思うし、農地改良もかなりうまくいっている。公共空間も充実させた。

 その噂を聞きつけた学者やら、腕利きの職人やらが、どんどんやってくる。

「それだけ立派な町になったってことだな」

 自分の手がけた町の発展に、俺は心から嬉しくなる。

「それだけではないぞ」

 エルダーリッチが言った。

「彼らがこの町に来たということは、もともと彼らがいた場所の為政者より、この町の政治が優れていることの証左でもある。もっともこの町を治めているのは町長だが」

「いやいや、わしはなにもしとらんですじゃ。フェリスどのを中心とした見回りもありますゆえ、これだけ人が集まっても治安が保てておる。すべてソラどののおかげじゃ」

「フェリスとミュウは治安を、リュカとフウカは陳情の聞き入れと管理、ホエルは子供たちの面倒を見てる。なかなかうまく回ってるな。ありがたいよ」

 俺はみんなが働きやすくなるよう、大きめの建物を造った。一階にはリュカとフウカが町の人々を手助けしたり、困ったことリストを管理する町役場がある。

「わかったわ、ポロポロモロコシの作付面積がもう少し必要なのね」

「その件はお兄さまに伺ってみますわ!」

 二階は、フェリスとミュウが率いる警備隊の本部だ。

「重要なのは眼と耳と鼻を働かせることだ。何かあったら、すぐに知らせろ」

「みゅ!」

 学者たちが集まったのはチャンスだと思って、子供たちを教える学校も造った。教師兼校長はホエルだ。

 ホエルはぽやんとして見えるけれど、知識の習得速度は目覚ましく、あっという間にみんなに好かれる良い先生になった。

「本が読めるようになるとね~楽しいよ~」

 人口はどんどん増えていく。やはりいちばん多いのは、むちゃくちゃな労役から逃げてくる人々だ。国王や貴族の領地を脱出するのは重罪らしいが、俺が関わっている領地に来た人を、強制送還したりはしない。これは国王を敵に回すことかもしれないけれど、人々を守るには大事なことだ。

 人が集まれば、当然諍いも起きる。法学者が何人か来てくれて、彼らは日夜、新たな法の起草のために議論を重ねていた。

 国王の法に不満を持って身を寄せてきた学者たちだ、きっと優れた法を作り出してくれることだろう。

 やはり、聞けば聞くほど国王の統治には問題がある。労役の重さそのものにも問題があるが、いちばん良くないのは適材適所を知らないことだ。

 農業の知恵を持った人間は、畑の管理を。読み書きが得意な人間は、事務方をお願いする。

 こういう当たり前のことをするだけで、彼らは喜んで働いたし、またその成果も素晴らしいものだった。

「この町に来てから、毎日が楽しくて仕方がない!」

「来て良かった! 本当に素晴らしい所だ!」

 学者にしても、教育者や法学者だけでなく、もちろん科学を志す人たちも多く集まった。

 俺が新しく建てた研究所に出向くと、彼らにお願いされて、錬金術をいくつか披露した。薪を一本用意して《抽出》《分解》《構築》と、いろいろとやってみた。

「これが……錬金術!?」

 学者のひとりが驚きの声を上げる。

「我々が知っている錬金術とは、まったく違う……!」

「まるで魔法……いや、魔法とも違う……」

「ユニークスキルと呼ばれる能力のことは聞いているが、この力はそれを遙かに超えている……」

 薪で人形を作って樹脂で固めたそれを、学者たちは興味深げに観察した。

「そもそも錬金術は、世界の内奥を探るための術だったのです。錬金術師が研究室から出ることはほとんどなかった」

 学者のひとりが、人形を眺めながら語った。

「しかし貴殿は剣を携え、世界を歩き、町を造り……言うなれば、歩く研究室だ」

 人形を他の学者に手渡して、続ける。

「そして、魔法までも習得していると聞く。非常に興味深い存在ですな……」

「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「無論、なんでも仰ってください」

 白髪の学者は、丸メガネをクイと上げた。

「その……錬金術と魔法って、どう違うんでしょうか?」

「私が答えよう」

 出てきたのはエルダーリッチだ。エルダーリッチは、この研究所の顧問ということになっている。

「現代の私の研究と彼らの研究とのすり合わせも兼ねて」

 数百年前から魔法を研究し続けているのだ。彼女の上を行く魔法研究家はこの世に存在しないだろう。

 エルダーリッチはチョークを持って、黒板に図を書き始めた。

「魔法というのは、宇宙創造において神が使いたもうた力の、その残滓を活用しているとされている」

 黒板の上に、太陽のようなものが描かれた。これが、この世界の神なのだろう。宗教についても、いずれ学ばなければならないかもしれない。

「その残滓が、いわゆる魔素と呼ばれるもので、その力がこの世界には、普通の人間が想像する以上に満ち満ちている。空気に、木々に、水に、そして食べ物にも」

 黒板に、世界と人間が描かれる。

「生きるということは、呼吸し、摂取し、排出することであって、この営みの中で人は魔素を体内に蓄積させる。この蓄積した魔素のことを魔力と呼ぶわけだ」

 人間の絵の中心に、渦巻きができた。

「優れた魔法使いは、呼吸と食事において、効率的に魔素を取り入れることができる。そして体内に蓄積できる魔力の量も多い。穴のない桶と、大きな水槽があると考えればわかりやすいかな」

 桶というのはMPの回復速度で、水槽というのは最大MPだと解釈して間違いないだろう。

「その魔力を体内で収斂させれば、神の力の一部を、いうなれば“借りる”ことができるというわけだ。この術を総じて魔法と呼ぶ」

 次は世界を表わす半球に向けて、矢印が描かれた。

「対して錬金術は、目に見える神の被造物、モノへの働きかけによって、業を為す技術体系ということになる」

「モノへの働きかけというと、土木とか農業とかも入りそうだけど」

「もちろん、そういった技術にも、錬金術が残した成果が用いられている。だが錬金術の根底は、さきほど言ったように世界の内奥を探るための術なのだよ」

「研究自体が目的ってことかな?」

「君の言うとおりだ。モノへの探求が進めば進むほど、その形態は直観的な状態、変化から遠のいていく。この極北に錬金術という術が存在する。いわば大きく広がった科学というものの、先端を縁取ったものと考えていいだろう」

 そう言って学者は、ぐるぐると黒板に円を描いた。

「しかしその場合、ソラの存在は特殊な位置に置かざるを得ない。錬金術の研究者というよりは、その成果のようなものだからね」

 そう言って、俺の目を見た。先生モードに入ったエルダーリッチに、俺はおずおずと答える。

「研究……した方がいいのかな?」

 そう尋ねると、エルダーリッチは笑った。

「前にも言ったが、君は自分がやりたいことをやりなさい」

 背中をポンと叩かれた。

「一流の魔法使いは、教師としても一流であると見えますな」

 黒板を眺めていた学者は、こちらを向くと頭を下げた。

「素晴らしい研究所を建ててくれて感謝します。あの国王のもとでは、自由な研究なぞできませんでした」

 学者はそう言って、笑顔を見せる。

「貴殿は錬金術師だ。自由闊達な精神、本質を見極める眼には、自信を持たれるべきです。王立学会にはそれがなかった。新説を出せばすぐに異端扱いだ。魔族と家畜の違いは魔力を操らないこと。では人間は……? この問いかけひとつで、私は追放された。しかし後悔はありませんよ。御用学者が金をせびるだけの学会など、存在するに値しません」

 やはりあの国王のもとでは、みなが息苦しい思いをしているらしい。それは学者だけではなく、職人たちも同じようだった。俺は、町の鍛冶場に足を運ぶ。

「ずっとノルマ、ノルマ、ノルマだ。質の良いものなんて、造る暇はなかった」

 炉から離れた鍛冶職人は、汗を拭いながら言った。

「こんな良い鍛冶場もなかったよ。ソラさん、あんたにゃ感謝してもしきれねえぜ」

 瓶から水をすくって、ごくごくと飲んだ。

「そうだ。あんた、素晴らしい剣を持ってるらしいじゃねえか。少しその、見せちゃくれねえか? 職人としちゃあ、気になるんだ」

「ええ、かまいませんよ」

 俺は剣を抜いて、作業台に置いた。

 職人たちがぞろぞろと集まってくる。ひとりが、小さな指先ほどの木切れを、そっと刃に当てた。木切れはするりとふたつに分かれた。

「凄まじい切れ味だ。材料は?」

「ミスリルです」

 職人たちがざわめく。

「ミスリルほど使いづらい金属はねえ」

 ひとりが言った。

「普通は削り出しで加工するんだが、それじゃこのサイズの剣は造れねえ。どんな炉を使えば、ミスリルを叩けるんだ?」

「炉は使わないんです、すべて錬金術で」

「それを、見せちゃあもらえねえか?」

「もちろん、大丈夫ですよ」

 職人から、鉄鉱石とコークスが渡される。錬金術の本領発揮だ。

《融解》

 赤黒い鉄鉱石がどろりと溶けだして、宙に浮かぶ。作業台には、砂塵がぱらぱらと残っている。

「この時点で不純物はある程度除去できていますが、まだ完全ではありませんし、このままじゃ加工できない酸化鉄です……というのは、みなさんに改めて言うことではないですね。なので……」

 俺はコークスの上に手を掲げた。

《融解》

 コークスもどろりと溶けて、宙に浮かぶ。俺は空中のふたつの塊に念じて、それを混ぜ合わせた。

「ご存じの通り、ミスリルは酸化しませんから、そこの剣を造ったときには、この工程はありませんでした」

《還元》

 酸化鉄とコークスの混合物が輝き始め、酸素がコークスへと付着していく。

「ミスリルを加工した際は《酸化》によって不純物を分離していました。練度の低かった当時は、その工程を経ないと《精錬》を使えなかったんです。でも今なら、この状態で不純物を除去できます」

《精錬》

 鉄とコークスが分離すると同時に、不純物も剥がれ落ちる。俺は完全に《精錬》が行われるまでに、スキルの効果を止める。

「鉄の場合は、完全な《精錬》を行うと硬度が落ちるので、若干の炭素を残しています。そして、ここから中の気体を取り除きます」

《鍛造》