「そうなのか、みゆちゃんは桂木くんの奥さんになるのか」
「はい」
「そうか、そうか、良かった、良かった」
「あのう、会社の件ですが何か良い方法はありますでしょうか」
東城氏は「そうだったな」と言いながら提案を俺に伝えた。
「わしの会社、東城ホールディングスと契約しないか」
「えっ?」
「東城ホールディングスのホテル部門のグループ会社として仕事を続ければいい」
俺はあまりの規模の大きさに手が震えた。
「桂木ホテルリゾートの名前も残し、桂木くんの役職もそのまま社長を続けてくれ」
「とてもありがたいお話ですが、何か条件があるのではないでしょうか、御社に取ってメリットはありますでしょうか」
「それは桂木くんの頑張り次第だ」
俺はすごい責任に押し潰されそうな気持ちに戸惑った。
「何、今まで通り仕事をしてくれれば良い、ただ一つだけ条件がある」
「何でしょうか?」
「みゆちゃんを生涯愛して共に生きて行くと誓ってくれ、あの子は男を信じられないと悩んでいたからな」
「はい、誓います」
東城氏は満面の笑みで安堵の表情を見せた。
「では、秘書を連れてまた改めて伺います」
「ああ、あのう、桂木くんにお願いがあるんじゃが……」
「何でしょうか」
「今度、みゆちゃんを連れてきてくれないかな」
東城氏は恥ずかしそうに俯いた。
「はい、今度一緒に伺います」
「そうか、楽しみにしているよ」
俺は東城氏に挨拶をして、その場を後にした。
まず、東京へ戻り、会社へ向かった。
事の事情を高城に説明した。
「社長、それは本当ですか」
「ああ、早速契約の準備をしてアメリカへ行くぞ、お前も一緒に頼む」
「もちろんです」
俺は北山に連絡を取った。
この事を早くみゆに伝えたかった。
みゆのおかげで会社は倒産の危機を乗り越えたんだから……
その夜、健志のスマホに電話した。
「健志、俺だけど、みゆは大丈夫か?」
「錑、みゆちゃんはそっちに行っていると思うんだが、お前のところじゃないか」
「みゆが東京に?」
「ああ、すまん、ちょっと目を離した隙に姿が見えなくなった」
俺は嫌な思いが脳裏を掠めた。
「橘不動産の社長が来て、錑の会社が倒産寸前の事やそれが宇佐美不動産ご令嬢との結婚を断った為だとか、良からぬ噂を吹き込んだんだ」
「それで、自分のせいだと責めているのか」
「ああ」
みゆはいつでも俺の事を考える女だ。
だが今回だけはみゆが俺の側にいることが会社の存続に大きく影響する。
みゆはその事実を知らない。
「わかった、こっちでみゆを捜すよ」
「ああ、みゆちゃんをよろしく頼むよ」
俺は急いでみゆの行方を捜した。
その頃、みゆは麗子の元を訪ねていた。
宇佐美不動産本社を訪ね、麗子とのアポを取った。
「あら、みゆさん、お久しぶりですわね」
「桂木ホテルリゾートの噂をご存知ですよね」
「ええ、倒産寸前だとか」
「錑、いえ社長を助けてください」
「錑様には申し伝えました、私と結婚して、宇佐美不動産と契約してくださいと、今、錑様は私との結婚を考えてくださってるところですわ」
「そうですか」
「でも、いつまでもあなたが錑様の側をうろうろしていると、錑様も決心が揺らぎます、さっさと錑様の前から姿を消してくださらないこと?」
「わかりました」
もう、錑は私との別れを決めて、麗子さんとの未来を歩もうと決めたんだ。
そうだよね、会社を救うことが出来るのは麗子さんだけだから……
この時みゆは決心していた、錑のため、会社のために錑と別れなければと……
そして与那国島に戻った。
俺は早速麗子を訪ねた。
「錑様、良いお返事を持って来てくださったのですよね」
「いや、宇佐美不動産との契約を復活させるつもりはない、従ってお嬢さんとの結婚もなしだ、俺はみゆと結婚する」
「会社の社員を見捨てるおつもりですか」
「桂木ホテルリゾートは東城ホールディングスと契約する」
「東城ホールディングス?東城慎太郎が会長を務める大手の大企業ですよね」
「ああ」
「どうして?」
「親父の知り合いでね、それと十年前みゆに命を助けて貰ったことがあるそうだ」
「みゆさん?」
麗子はビックリした表情を見せた。
「契約の条件はみゆと俺が結婚すること、そして生涯みゆを愛すると誓うことだ」
「そんな」
麗子はがっくりと肩を落とした。
俺はみゆを迎えに行くため与那国島へ向かった。
その頃、与那国島ではみゆが自分の気持ちを北山先生に伝えていた。
「みゆちゃん、心配したよ」
「北山先生、すみませんでした」
「錑から連絡があったよ」
「そうですか」
私は錑と別れることを北山先生に告げた。
「北山先生、私、錑とは別れます、錑は会社のため、そして錑の将来のために麗子さんと結婚することが一番いいと思うんです」
涙が溢れて止まらなかった。
北山先生は私を引き寄せて抱きしめた。
北山先生に甘えてはいけないと思いながら、私は北山先生の胸で大声で泣いた。
北山先生は何も言わずにそのまま私を抱きしめてくれた。
どれ位の時間が過ぎただろうか。
診療所のドアの向こうに錑がいた事に気づかずにいた。
錑が急に入ってきて、私を北山先生から引き離した。
「みゆ、話がある」
そう言って、私を外に連れ出した。
錑は私に背を向けて、信じられない言葉を投げかけた。
「健志が好きなのか」
私はなんて答えればいいか迷っていた。
錑は私の方に振り返り「俺じゃなく、健志を選んだのか、答えろ、みゆ」と声を荒げた。
俺はわかっていた、みゆはそんな女ではない事を……
でも、健志と抱き合っていた光景に嫉妬の炎が燃え上がった。
みゆは俺のこと、会社のことを考えて、身を引こうとしている。
でももし本当に俺が振られたんだとしたら、みゆとの結婚で会社が危機を脱することが出来ることなど、言えるわけがない。
俺に愛情がなくとも、俺との結婚を選ぶだろう。
俺はみゆと愛し合いたいんだ、偽りの愛はいらない。
その時、みゆが口を開いた。
「麗子さんと幸せになってください、私はもう錑を愛していません」
衝撃的な言葉が、俺の心を引き裂いた。
俺はみゆをその場に残し、東京に戻った。
それからみゆは健志と共に与那国島で生活を続けた。
俺は東城氏の元へ向かった。
契約をするためではなく、俺がみゆに振られた事を説明するために……
「何、みゆちゃんに振られただと?」
「はい、申し訳ありません、約束が果たせなくなりました」
「何があったんだ」
「会社の倒産の危機を聞いて、宇佐美不動産の令嬢の元に会社を助けて欲しいと頼みに行ったと思われます、その時俺と別れる様に言われたんだと思います、だからわざと健志に身を任せるような態度をしたんだと思います」
「健志というのは……」
「与那国島でみゆの病気を見てくれている医師です、自分の親友です」
「それなら、わしの事を話して、会社の危機を救えるのはみゆちゃんだと伝えればよかろう」
「もし、みゆが本当に愛しているのが健志なら、みゆは自分の気持ちを封じ込めて、俺との結婚の道を選びます、そんな事出来ません」
「それなら、契約の話はなしだな」
「承知しています、いろいろとありがとうございました」
「どうするんだ、宇佐美不動産のご令嬢とやらと結婚するのか」
「いえ、他の手立てを考えます」
俺は東京に戻った。
それから俺は何の解決策も見出せずに毎日酒を煽っていた。
そこにゆかりがやって来た。
「錑、何やってるの、お酒飲んでる場合じゃないでしょ?」
「もうどうでもいいよ」
次の瞬間ゆかりの平手打ちが飛んできた。
「桂木ホテルリゾートの全社員を見捨てるの?会長の代からずっと桂木ホテルリゾートを支えてくれた役員、蓮が社長就任してから蓮を信頼してついて来てくれた社員を路頭に迷わす気なの?しっかりしなさい」
ゆかりはキッチンに向かうと、コップに水を汲み俺に差し出した。
俺に水を飲んで酔いを覚ませと言うことかと手を差し出すと、次の瞬間、そのコップの水を俺の顔目掛けてかけた。
「何するんだ」
「目が覚めた」
いつもゆかりには勝を入れられる。
「まず、会社の問題を解決して、立木さんを迎えに行きなさい、立木さんは錑を愛しているのよ、あなただってわかっているでしょ?」
「俺が間違っていたよ、サンキューなゆかり」
俺は再びアメリカへ飛んだ。
「お金を貸してください」
俺は東城氏に頭を下げた。
「やっと来たか」
そう言って東城氏は一枚の小切手を俺に手渡した。
「あの、これは」
「当面の資金だ、それからうちのメインバンクを紹介する、後は自分でなんとかしろ」
「ありがとうございます、必ずお返し致します」
「当たり前だ、みゆちゃんを幸せに出来ない男に、わしの大事な金はやれん」
「申し訳ありません」
俺は東城氏に深々と頭を下げた。
「会社を立て直してから、みゆちゃんを迎えに行けよ、まさかこのまま引き下がるつもりじゃあるまい?」
「会社もみゆも諦めません」
「そうか、その言葉信じるぞ」
「はい」
俺は東京へ戻り、会社の立て直してに全力を注いだ。
それからしばらくして、与那国島の診療所に一人の男性が訪ねて来た。