しばらく歩くと、約束の場所が見えてきた。今はもう廃業してしまった海の家の前だ。そこにはもうすでに立夏と清涼が待っていた。彼らは僕達に気づくと手を振ってくる。

「おーい太陽! 花火ちゃん! こっちこっち!」

 立夏はピョンピョン飛び跳ねながら、両手を大きく振っていた。

「ごめん。待たせたね」

「全然大丈夫だよ。俺らも今来たところだからな。それじゃあ行こっか!」

 清涼が僕の手を引いて行く。

 彼らは沢山の遊び道具を持って来ていた。ビーチボールやビーチフラッグス用のフラッグ。スイカ割り用の棒とスイカだったりと、充分に準備してくれていたらしい。

「まあ私達から誘ったから当然っちゃ当然よね」

 そのことについて感謝を伝えると立夏は胸を張って答えていた。

 それから僕達は遊ぶことになった。

「おし、いくぞ!」

 ビーチバレーでは僕と立夏が同じチームになって、清涼と花火が相手チームだった。

 僕は中々清涼の球が取れず、随分と立夏に助けてもらった。花火も花火で立夏の球が取れずに、清涼に迷惑をかけていた。なんだかんだでチームバランスは悪くないものだと思う。

 結果は僅差で僕達のチームが勝った。

「やったよ! 勝てた!! ありがとう太陽!」

 立夏は僕の前で、きゃんきゃんと子犬のようにはしゃいでいた。

「太陽! やったね!!!」

 彼女は僕の方に手を向けて、飛び跳ねながらハイタッチを求めてきた。

「やったな。立夏のおかげだよ。ありがとう!」

 僕もそれに応じて、柄にもなくハイタッチをした。

「いいなあ、お前ら」

 よっぽど勝ちたかったのか。そんな僕達の様子を、清涼が羨ましそうに見ていた。

 次にやったのはビーチフラッグスだ。

 僕と対戦したのは清涼で、花火とは立夏が戦った。

 花火は肌の露出を避けるために丈の長い服を着ていたために大丈夫だったが、立夏はタンクトップにデニムのショートパンツという格好だった。そのため、フラッグを取ろうと飛び込んだところで、下着が見えるか見えないかの際どいラインまでズボンがずれてしまった。

 僕と清涼はお互いに声を漏らし、顔を見合わせた。

 僕達のそんなやりとりを見てていたのか、花火が近づいて来て声を荒らげた。

「今この人たち変な想像してましたよ!」

 僕と清涼が同時に肩をビクッと震わせる。

 見事にフラッグを先に取り、付着した砂を振り払っていた立夏が「なんだって!」と僕達の方を向いた。 

「やっぱり太陽くんはそういうの好きだったんじゃないですか。私のを見た時もそういういやらしい目で見ていたってことですね……」

 胸元を隠しながら叫ぶ花火を見て、どんどん僕の顔が青ざめていくのが分かった。

 きっと初めて透過病を見た時のことを言っているんだろう。

「え、お前らまさか」

 横では清涼が口を開いて驚いていた。

「はあ!? ちょっとそれどういうことなの? 太陽! 私の可愛い花火ちゃんに何したんだよ! 詳しくきかせて!!」

 僕の前では今にもフラッグを折りそうになって顔を赤くして怒っている立夏の姿があった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは違うんだって! 誤解なんだよ!」

 そのまま僕達はとても楽しい時間を過ごした。

 清涼はスイカ割りで何度も何度も空ぶって砂浜を殴りつけていた。水上騎馬戦では僕が無理言って花火と同じチームにしてもらった。だから、運動神経が良い者同士の立花清涼チームには手も足も出ずに大敗してしまった。

 でも、仕方ない。花火の身体は透明に侵食されていて、水に濡れてしまえばそのことが清涼や立夏にバレてしまうからだ。その事情を知らない清涼が彼女を肩車すれば、謝って海の中に落としてしまうリスクがある。

 それだけは避けたかった。だから、僕が細心の注意を払って彼女を肩車する必要があった。ただでさえ運動神経が鈍いのに、それに加えて花火が水に濡れないよう注意しなければならない。

 彼女を肩に乗せた時、彼女の柔らかな太腿に挟まれた。それと同時に、彼女の暖かさが伝わって来た。トクントクンと波打つ命の鼓動に、彼女の生を感じる。この命を絶対に消したくないと心の底から思った。

 本当に、本当に楽しい時間だったと思う。

 今まで逃げて来た分を取り返すかのように、僕は遊んだ。

 それから瞬く間に時間が過ぎ去って行き、すっかり陽が落ちてしまった。

 僕達は四人で小さな円になって手持ち花火を始めた。

 真っ暗な海岸線にポツリと灯火がともる。

 花火はシューっという音を立てながら白い煙を吐き出した。パチパチと赤黄色緑などの様々な彩りの炎が燃えている。

「これが花火ですか。私と同じ名前なのに、綺麗でとても眩しいんですね」

 膝を抱えながら、花火がポツリと呟いた。彼女は瞳を細めながら、自分と同じ名をした美しい炎を見つめていた。彼女の瞳の中に、赤い炎が映る。

「花火ちゃん。これは手持ち花火って言ってね。これの他に、打ち上げ花火ってのがあるんだよ」

 清涼が花火を見ながら呟いた。

「打ち上げ花火はこんなもんじゃないんだよ! もっともっと綺麗なんだ」

 立花も、彼に続けて言う。

「夏休みに入って少ししたら夏祭りがあるんだ。そこでこれの比じゃないくらい大きな打ち上げ花火が打ち上がるんだ」

「もうこーーっんなに大きな花火なんだよ」

 立夏が両手をいっぱいに広げ大きさを表す。

「それはもう、花火ちゃんみたいに綺麗で眩しい打ち上げ花火なんだよ」

 立夏の言葉を聞いて花火は一瞬だけ前を向いた。だが、すぐに顔を下げてしまう。

「ありがとうございます。お世辞であってもそう言ってもらえると嬉しいです」

 パチパチと音を立てる炎に眼を向けたまま、花火は乾いた笑みを浮かべた。

「全然お世辞なんかじゃないんだよ」

 立夏がキャーキャー言いながら、両手を振って花火に彼女自身の魅力を力説していた。

 僕はここで言わなきゃいけないと思った。そう思った時にはもう、口が開いていた。

「僕も本当にそう思うよ。な、清涼もそう思うだろ?」

 一人で言うのは恥ずかしかったので、清涼も巻き込んでしまった。照れ臭くて、視線を海へと向けてしまう。

 その時、清涼の様子が少しだけおかしかった。彼は物憂げな顔で、立夏の方を見ていた。

「ん? あ……ああ! 俺もそう思うよ。自信持ちな!」

 僕達が言ってもしばらくは「そんなことないですよ」とか「お世辞はよしてください」とか言っていたが、しばらくしたら「錯覚かもしれませんが、自信がついてきちゃったかもしれないです……」と膝に頬を埋めながら呟いていた。

 なんだかそんな彼女を見ていると頬が緩くなってしまうな。

 僕の表情の変化に気がついたのか、花火は口を開けてあわあわと震えだした。

 暗くてよく分からないが、きっと顔が真っ赤に染まり上がっているんだろうなと簡単に予想できる。

「じょ、冗談です! チョロい奴だと思わないでください」

 恥ずかしさの頂点に達したのか、花火が僕のことをぽかぽかと叩き始めた。

 そのような感じで、僕はこの海遊びをとても楽しむことができた。

 僕達はその後少しだけライブについて話し合った後に解散することになった。

 みんなが楽しんでくれていたら嬉しいな、なんて昨日までは考えもしなかったようなことを思っている自分に驚く。

 帰り際に立夏が少しだけ暗い顔をしていたように見えたが、何かの間違いだと思う。

 今日遊んで確信した。

 僕は、完全に彼らのことが好きになってしまった。

 それはつまり、もう戻れないところまで来てしまったということだ。

 僕はもう、後に引くことができない。ここからもう、引き返すことができない。

 彼らを失いたくない。この幸せを空っぽにしたくない。だから、僕は絶対に花火を救いたいと思う。