(何よ、無能者のくせに……)
 初子はいらだっていた。

 能力を持たない紗代が鵺の当主とやらに見初められたことも気に入らないし、父が紗代の縁談に乗り気なのも気に入らない。

(お父さまは、わたしたちばかり苦しめて)

 加地木家の跡取り息子だった父は、正妻がいながら、初子の母と恋に落ち、子を産ませた。人間にあやかしの能力が受け継がれているかは、早ければ一歳に満たないうちに判断がつく。初子は乳飲み子の頃から能力を認められて加地木家に入ったが、父は無能な紗代と役立たずの正妻といつまでも縁を切らず、比佐を妾として扱って苦しめた。

(お母さまは今でも悪い夢を見るというのに)

 無能で愚図な紗代が、あんなに立派な嫁入り道具を用意されて。
 最近では着飾って出かけ、ろくに使用人の仕事もしていない。

「初子? 気分でも悪い?」
 学校から帰る車の中で、初子ははっとして、鬼牙に見初められたお嬢様の猫を被りなおした。

「違うの。お姉さまのことで……。荘宕様と結婚だなんて、心配だわ」
「玄夜は俺の親友だよ。紗代ちゃんのことだって、惚れこんで真剣に考えてる」
「だけど、本には恐ろしい物の怪と記録されているんだもの……」
「心配ないさ。男の俺がいうのもおかしいけど、玄夜の見た目はいいんだ。見えないのがもったいないよ」

 鬼牙は将来有望だし好いてはいるが、善人過ぎて、いざというときに使えない。

 せめて、鵺についてだけでも鬼牙から引き出して弱みを握りたい。
 そうすれば、紗代を追い込んで破談に持っていくことができるかもしれない。
 あの無能者が捨てられて途方に暮れる姿を想像すると、胸がすく。

「丞灯さん、鵺の一族についてもっと教えて? わたし、お姉さまの結婚相手のことをもっとよく知りたいの」
「そうだなぁ……。俺だって、よその家のことを全部知ってるわけじゃないけど……鵺は、災いを呼ぶと言われているけど、本当はその逆なんだ」
「逆?」
「うん。人間の悪い感情が穢れと呼ばれ、穢れが災いを呼ぶことは学校で習っただろう? 鵺は穢れに目ざといから、災いが起こる前に鳴いて、ほかのあやかしたちに知らせて浄化を促す役目を担ってるんだよ。昔は、勘違いされて人間に討伐されることもあったそうだけど……今は国の中央とも、強力に繋がってる」
「ふぅん……」

 面白くない。
 穢れだの災いだの。人間には感情があるのだ。知能が高く、欲だって抱くものなのだ。生きていれば、怒りや憎しみ、妬みとは無縁でいられない。

 鵺の真の姿が見える条件については、先日鬼牙から教わった。

(あの無能者の心には穢れがないですって? ただ鈍感なだけよ)
 くだらない、と心の中で吐き捨てて──初子は気付いてしまった。

 もしも、そんな紗代が穢れに触れたら。たとえば怒りや恨みに支配されたら。
 そうしたら、鵺の姿を見られなくなる?

(鵺が見えなくなれば、きっと破談ね。……待っていなさい、紗代)
 初子はひっそりとほくそ笑んだ。

 ◆ ◇ ◆