宇宙神エマⅢ・ディアプトラ ~UCHUJINEMA~
神の力
「エマ。ゼノン父さんの能力ってどんな力なのかな? 」
中山直也が夕食を摂りながら、疑問を口にした。
直也とエマは、地球から20万キロ彼方にあるエデンで夫婦の誓いを立てた。
だがまだ20歳にならないため、日本の法律上は中山家の子どもであり、未成年者である。
ちなみに実子である直也と、養子のエマは問題なく結婚できる。
もう一人中山愛も同じ高校に通い、同じ予備校にも通っている。
3人は神の一族である。
直也は風の神、エマは炎の神、愛は美の女神である。
そして神の一族は、超人的な力をもっているため、すべてにおいて人間よりも優れた力を発揮することができるのだ。
直也が緊迫したムードで話すので、エマはハッとした。
「どうしたの? 急に」
「いや。自分なりに考えてみたのだけど、全能の神はすべての能力を兼ね備えているんでしょう。それは、すべてを兼ねた能力を発揮するのか、別々にすべての能力を選んで使うのか、どっちだろうって…… 」
「そういうことね…… 何でも選んで使えるって感じだけど、私も見たことがない能力を持っているらしいわ…… 」
「へえ。やっぱり全能の神は凄いんだね」
「うん。パパは神の一族の中でも特別な存在なの。でもね。一番使う能力は風の能力なのよ」
「そうそう。風の能力が最強って言ってたけど、どんな能力があるの? 」
「風は、『空気』を操る能力なのよ。神も人間も、空気がなければ生きていけないの。だから、空気を握れたら、日常生活でも、戦闘でも無敵なのよ」
「そうなんだね。うん。自分に宿る力で何ができるのかを考えているのだけど、スケールが大きくてイメージできないんだよ…… 」
「パパは、空気がない場所に長く滞在するときに風の力を使うわ。未知の場所へ移動するときには、空気を交換しながら移動するんだけど、風の力を使えば大人数を一度に運べるの。あとは惑星の空気の組成をある程度コントロールできるわ。本当に便利な能力よ」
「宇宙の調査をするときに、一番必要な能力になりそうだね。あと、神の力は鍛えられるのかな? 使えば使うほどレベルアップするみたいな感じで…… 」
「そうね。鍛えるというより、状況に適応していくと考えた方が良いかもしれないわ」
「なるほど。じゃあ。いろんな状況に自分の身を置けば、能力のバリエーションが増えるのかな」
「そう考えられるわね。もともと自分の中に眠っている力が、必要に応じて覚醒するのだと思うわ」
他にも知りたいことは山ほどある。
エデンで会った神以外に、どんな能力を持った神がいるのか。
エマが帰ってきて1か月ほどたった。
心の傷は癒えていないが、そろそろ神の一族のためにできることを考えなくてはならないと思っていた。
地球にいる神は、中山家の3人と、他に剛田武がいる。
武は人付き合いが苦手なタイプなので、独り暮らしをしていた。
戦いの神であり、好戦的な態度を取るため、エマとは相性が悪い。
最近は愛との関係が上手くいくようになって、よく笑顔を見せるようになってきた。
「そ…… そういえば、ウラノスはどうしてるの? 」
ウラノスの暴走によって、エマが死を覚悟した経緯がある。
そのとき直也が負った心の傷は深く、思いだすだけで身体が不調を起こすようになっていた。
ゼノンに捕まったウラノスは、ただでは済まないだろう。
「大丈夫? 無理に考える必要ははいわ。パパとアポロ様がいれば、何もできはしないわ」
「うん。まだ生きていて、悪企みをしているんじゃないかって思ったんだ…… 」
「…… 」
エマは黙り込んでしまった。
「やっぱりそうなんだね。本当に何でもなければ、気軽に話してくれたはず。ここまで話せなかったのは、重大な事件が起きつつあるからだ」
「もしかしらたら…… ナオヤ。近いうちに私たちの力が、必要になるかもしれないの」
「そこまで聞いたら、心配になってきたよ…… 」
「でしょうね。私が知っていることを話すわ」
愛に、先に寝室へ行くように促すと、寝る支度をしてから直也の部屋に上った。
「まず。ウラノスのことだけど、宇宙を統べる力を持つ『天空神』と呼ばれているの。父ゼノンに次ぐ強大な力を持つ神なのよ。火・水・風・土の4大元素を操る能力を持っているの」
「アポロ様の配下の神だと聞いたけど、そんなに凄い神がなぜ下についたのかな? 」
「地球の人間を危険視して、滅ぼすべきだと主張していたから、アポロ様の監視下に置かれたのよ。太陽神の力は、戦いにおいては絶対的な強さがあるから、いかにウラノスが強くても、アポロ様には1目置いていたの」
「じゃあ。あのときエマとマルスの2人でウラノスを追ったこと自体が、すでに君とマルスを追い詰めていたんじゃないか? 」
「あとのきは、ウラノスと直接戦闘になるとは思ってなかったし、話せばわかると思っていたの。それにね、話がこじれて戦闘が起こったとしても、マルスは強いから決して引けは取らないわ。そして、アポロ様とパパも控えているしね」
「マルスこと武は燃えたぎる血のようなネフェーロマを持つ神だし、戦いに長けていそうだけど、ウラノスと戦えるほどなのかな? 」
「多分、アポロ様に匹敵する戦いの才能を持っているわ。ネフェーロマの力を借りなくても、ナチュラルに強いのよ。戦いの神と呼ばれているのは、伊達じゃないわ」
「なるほど。俺とエマが入り込む隙があるのかな…… ウラノスは風と火も操るし、他の元素も操れるんだから…… 」
「ネフェーロマだけで、神の能力が決まるわけじゃないのよ。私だってこう見えて、ケンカには結構自信あるんだから」
「あはは…… 頼もしいな。俺もちょっと鍛えたくなってきたな…… 」
「焦らなくても大丈夫よ。でも、そういうことなら、戦いの神である武に聞くのが手っ取り早いんじゃないかな」
「よし。本当に格闘技にも興味がでてきたよ…… 明日聞いてみよう」
「ふふふ。またエデンに呼ばれることになるでしょうから、新しい情報があるかもしれないわ。それまで戦闘訓練をしておこうね」
「ああ。勉強も忙しいが、そっちも重要だ。おやすみ…… 」
「また明日ね…… 」
「ピピピピ…… 」
「カチッ」
「ううぅん…… よく寝た」
朝4時に目覚まし時計が鳴る。
エマがいなくなったとき、絶望感と向き合えずに、勉強に没頭することで何とか自分を維持していた。
東京大学工学部、航空宇宙工学科……
壁に目標を書き、毎日読んで自分に刷り込んでいた。
進学校である、稲村学園稲村高等学校に昼間は通い、放課後は大手予備校の東大クラスで毎日勉強して夜遅く帰宅するが、朝は4時に起きて勉強していた。
「正直なところ、もうあまり勉強に没頭していなくても、合格できる学力があるんだよな…… どうせ勉強するなら、もっと自分のためになることをやりたい…… 」
「おはよう。ナオヤ。今日も勉強ご苦労様」
エマが部屋にやってきた。
「エマ。考えてみたんだけどさ。東大を目指して猛勉強しなくても、良いような気がするんだ」
「うん。神の力を持っているんだから、自分で勉強すれば充分だと思うよ。私たちが一緒に予備校へ行っているのは、ナオヤの生活に合せてのことだしね…… 」
「よし。ちょっと外を走っくるよ」
ジョギングをする支度をした。
「それじゃあ、私はお弁当の仕込みをしてくるわ」
夏は、夜明けが早い。
すでに薄明るくなっていた。
高校を過ぎて、大きな川の堤防に着いた。
あっという間に10キロほど走ってしまった。
「これも、神の力の影響なのかな…… 本気で走った感じではないのに、30分ほどで10キロ。マラソンなら世界記録ペースに近い…… これでは、エマが努力する意味を感じないわけだ…… 俺もすでに人間のレベルではないんだな…… 」
外を走っていると、さまざまな発見があった。
まず、ジョギングするランナーや、散歩をする人、犬を連れた人がたくさんいた。
「朝は静かで誰もいないと思っていたが、住宅地を出ればこんなにたくさんの人たちがいたのか…… 」
そして、野の草花が季節を感じさせる。
池には蓮が美しいピンクの花を咲かせていた。
その一角が、まるで異世界への入口のような、幻想的な風景に変わっている……
「田んぼにはすでに稲が植えてある…… どんどん大きくなって稲穂が実をつけるのが楽しみになってきたな…… 」
今まで自分を高めるために1日の大半を費やしていた。
それはこれからも変わらないが、大事なものを置き去りにしていた気がしたのだった。
「地球の人たちは、俺と同じ時間を共有している。それぞれに人生があって、今という時間は二度とない。そして四季折々の美しさがあるこの自然…… 」
河原へ降りると、周りに人がいないことを確認してから、ネフェーロマを出してみた。
「オオォ…… 」
意識を集中して、風を起こす……
辺り一面の草がなぎ倒され、川の水が跳ね上がった……
「風よ、巻け! 天空へとその聖なる力を滾らせ、吹き清めよ! 」
上空へと向けて、少しだけ力を放った。
ゴオオォォ……
うなりを上げて、つむじ風が川の水を巻き上げた。
「あっ。まずい。風よ! 川へ水を戻せ! 」
バシャアアァァ……
「うわっ! やっちまった…… 」
直也は勢いあまって自分も水を被ってしまった……
「夏で良かった。風で乾かそう…… 」
家に帰ると、エマにテレパシーを送って着替えを用意してもらい、身体を洗った。
「どうしたの? 」
「ちょっと川でネフェーロマを使ってみたら、川の水を被ってこのザマだよ…… 」
「気を付けてね。風は強力な力だから、何でも吹き飛ばしちゃうのよ…… 」
「どこかで力を使う練習をしたいな…… 」
「地球では全力を出しにくいから、エデンでやろうよ」
「直也。エマちゃん。おはよう」
母が起きてきた。
「それじゃあ。先に行ってきまあす! 」
愛が家をでた。
朝、学校で武と一緒に勉強をするためである。
「うむ。俺たちも朝食をとって学校へいこう」
「直也。今日は外へ行って来たのか? 」
父が起きてきて言った。
「ああ。外を走ってきたんだ。実は相談があるのだけど…… 」
「どうした。改まって」
「神の一族になったおかげで、大学受験の勉強は、もうしなくても楽に合格できる力がついているんだ。自分に必要なことは、力を操るための訓練と、格闘術を身につけることだと思うんだ」
「ふむ。直也がそういうなら、予備校はやめて、思ったようにやってみなさい」
「神の一族の使命を果たさなくちゃね。直也は人間のモノサシでは測れない世界で戦うのよね…… 」
母が、当たり前のような顔をして言った……
「それじゃあ、手続きはムラマサさんに頼んで、今夜からやろうよ」
「そうね。朝食とったら学校で武と愛ちゃんにも相談しよう」
神の修行
その日の夕方、早速エマと直也はエデンへ行った。
もうフィシキは部屋の机に置いたままにしてきた。
行先をイメージするだけで移動できる。
「ふう…… エデンには、伝えてあるわ。アポロ様とルナ様が稽古をつけてくれるわよ」
アポロの神殿に向かうと、ルナが待っていた。
「ナオヤ。エマ。アポロが話をしたいそうよ」
促されて神殿の中へ入った。
「ついにこの日がやってきたな…… ナオヤ。ゼフュロスを良く知るこのアポロに任せておけ。君に力の使い方を教えよう。その前に…… 」
「アポロ様。ウラノスの力についてはナオヤに話しました。何か新しい情報はありますか? 」
エマが口を挟んだ。
「ああ。ウラノスのことは逐一密偵を送って調べている。今は火星にいるようだ。詳しいことは配下の神に聞きたまえ…… 」
若い神がアポロに促されて入ってきた。
「エマ様。お久しぶりです。そしてナオヤ様。はじめまして。私はアルテミスと申します。狩猟と貞潔の神であり、ルナ様の能力も少しいただきました。『アル』とお呼びください。ナオヤ様の配下の神として、仕えさせていただきたいと存じます…… 」
「えっ…… えっと…… 」
「ナオヤ。とりあえず、苦しゅうない、でいいよ」
「ええっ!? こちらこそよろしくお願いしますです…… はい…… 」
「では。私にテレパシーを送っていただければ、すぐに馳せ参じます…… 失礼いたします」
「そういうことだ。アルは戦闘でも、優れた力を発揮する優秀な部下だ。君に預けよう」
アポロはニッコリと笑って言った。
「アポロ様。今日は戦闘の稽古をつけていただきに来ました。よろしくお願いします」
「ああ。もちろんだ。ナオヤは自分と。エマはルナと手合わせしよう…… 」
太陽神と手合わせをする。
こう聞いただけで、期待感と同時に恐怖感も沸き起こってきた。
「ナオヤ。ちなみに武はパパと。愛ちゃんはママと稽古することになったの」
「そういうことか。緊張してきたな…… 」
「では、宇宙空間に出よう。ここから1万キロ離れた地点で行う! 」
4人は目を閉じてイメージを共有した。
目を開けるとほとんど真っ暗な空間に出た。
周囲には星がくっきりと見える。
地球上では大気があるため、星がまたたいたりして少しぼやけることがあるが、宇宙空間では驚くほど鮮明で、数が多い。
そして一つ一つの星がとても小さなチリのように見えた。
宇宙に出ると、孤独を感じるものだ。
もしかすると、永遠に漂い続けるのではないか、と思ってしまう。
「宇宙空間は、ほぼ真空で気温は3ケルビン。つまりほぼ絶対零度だ。太陽光に当たると120℃になる。まともに浴びたら即死だ。それと大量の放射線もある。だから絶対にバリヤ―を破壊されてはならない。神といえども生身では耐えられん! 」
アポロの声が飛んできた。
「それと、わかっていると思うが、攻撃は前からくるとは限らない。下と後ろを常に警戒しろ! 敵は相手の後方下側に回りたがるものだ! 」
「わかりました…… 」
「まずは、自分の方へ向けて風の力を使ってみろ! 遠慮はいらん」
「はい…… 」
直也は目を閉じると、風が湧き上がるイメージを頭に描いた。
「ウオオオオォォ…… 」
河原で使ったときよりも強く気を練り上げ、風をイメージする……
アポロへ向けて手をかざし、掌の中心に全神経を集中した。
「風よ巻け! そして嵐となれ! 風神ゼフュロスの聖なるうねりで太陽神を吹き飛ばせ!! 」
一気に風を解き放つ!
ゴオオォォ…… !!!
「ふむ。なかなか…… ある程度使いこなしているようだな」
アポロはゆったりとした動作で身をかわすと、風のうねりが彼方へと消えていった。
「では。次は自分と力比べをする。同じように力を放ってみろ! 」
直也は同じように風を放った!
「ウオオオオオォォ…… 」
アポロは目を煌めかせる。
「太陽系を統べる生命の源、ヒノカミよ…… 我に力を与えたまえ…… 」
直也に向けて手をかざした!
「太陽風! 」
グオオオォォォ…… !!
金色に煌めく美しい波動が、風を飲み込んだ!
直也の風は消し飛んでしまった。
「ふん!! 」
金色の波動が軌道を変え、彼方へと消えていった……
「まずは。全力で放つ練習からいこう」
アポロはニヤリと笑った。
100キロほど離れた地点にエマがいた。
「ルナ様。よろしくお願いします」
「エマ…… 月の属性は、力を転換する能力です。あなたの炎をどのように活かせるか、レクチャーしながら実戦形式でやりましょう…… 」
「では。参ります…… 」
エマが手をかざし、掌に意識を集中する……
「ホノヤギハヤヲノカミよ…… 炎を統べる羅刹よ…… 現世に来たりて、すべてを焼きはらえ! 」
ゴオオオォォ…… !!
火柱がルナめがけて踊りかかる!
ルナは目を閉じた……
「冥府より来たりし、ツクヨミノミコトよ…… 彷徨える炎を導きたまえ…… 」
手をかざすと、炎が跳ね返った!
「なんの!! 」
エマはさらに力を込めた……
「グググググゥゥ…… 」
炎は中央付近で止まったきり動かなくなった……
「破っ!! 」
ルナが気合いを込めると炎が四散して消えた……
「なかなかのパワーですね…… まずは力を分散してみなさい…… わたくしはすべての方向を感知して対処できますから心配いりません」
「はいっ」
エマは手を胸の前で合せ、ボールを持つイメージを描いた……
「グオオォォ…… 」
手の中に炎の球体ができあがった……
「ホノカグヅチノカミよ…… 火炎の海となりすべてを飲み込み、焼き払え! 」
火炎球がどんどん膨らんでいく……
「ハアアァァァ…… !! 」
そのままルナの方向へ向けて飛んでいく……
「ハアッ!! 」
気合いを込めた刹那、ルナの周辺一帯が炎に包まれた!!
しばらく火炎球はルナを焼き続けていた……
「ああっ! ルナ様!! 」
エマは慌てて術を解き、炎を消滅させた……
「エマ…… わたくしはこちらです…… 」
下から声がする。
振り向くとルナがニッコリと笑っていた……
「攻撃を仕掛ける瞬間、あなたは隙ができています。前を見て集中するあまり、足元がおろそかになっていては…… 命がいくつあっても足りませんよ…… 」
「あ…… 実戦なら死んでいました…… ありがとうございます…… 」
そのころエデンでは、武と愛が、ゼノンとエリスの神殿にいた。
「ゼノン様、エリス様…… お招きにあずかり、恐縮です…… 」
武は深々と頭を下げた。
「地球での生活はいかがですか? 」
エリスが優しく問いかけた。
「あ…… えっと…… 毎日が勉強の連続です。強さとは何か、地球に行ってから考えが改まりました」
「ふむ。ではマルスに問う…… 強さとは何かな? 」
ゼノンはマルスを見つめたまま答えを待っている……
穏やかだが、妥協を許さない威圧感を感じる。
下手な答えは言えない……
しばらく考え込んだ……
「自分は、地球へいくまで、ひたすら『武力』を磨いていました…… 」
ゼノンが軽くうなずいた。
「ですが、中山家の方々に出会ってから、考えが改まりました…… 」
「どのように変わったのですか? 」
エリスがさらに問う。
「本当の強さとは、かけがえのない、大切な人を守ることなのだと思うようになりました…… 」
「うむ。アフロディテはどう思う? そなたも地球でなにか、思うところがあったであろう…… 」
アフロディテこと愛は、俯いたまま床の一点を見つめていた。
「お父様…… 私はいつも臆病で、何ごとにも消極的でした…… 」
エリスは愛を見つめた。
「あなたは、戦いとか、強さとは無縁の穏やかな環境で育ったのです。無理もありませんよ…… 」
「私は箱入り娘でした。でも、そんな自分が嫌なのです。エマお姉さんのように、輝く立派な女神になりたいの…… もう、うじうじするのはいやなの…… 」
愛は目に涙を溜めていた……
「愛…… 自分がお前を守るよ。それじゃあ駄目か? 」
愛は首を横に振った。
「そうじゃないの…… 武さんに守ってもらうのは嬉しいよ…… でも私にも、できることがあるはずだと思うの…… 力が欲しい。美の女神だなんて、ただのお飾りじゃない!! 周りからチヤホヤされたいなんて、思わないのよ!! 」
神殿中に愛の嗚咽が響いた……
「わかって欲しいの…… この苦しみを…… 自分が必要とされていないみたいじゃない! 私は戦わなくていいなんて、ひどいよ! 」
しばらく間があった……
「美の女神の戦い方を、教えましょう…… さあ。涙を拭いて。マルスも聞いてください。必ず役に立ちますから…… 」
エリスは意味ありげにニヤリと笑って、ゼノンをみた。
「うむ。全能の神と呼ばれておるがゆえに、余には不似合いな美の力も備わっておる…… ちょっぴり恥ずかしいが、使ってみせよう…… 」
ゼノンが口元をキッと結ぶと……
「我らに美と愛をもたらした泡の化身よ…… 今ここにその煌めく姿を現したまえ…… 」
ボコボコボコ……
ゼノンが泡に包まれた……
「えっ! 」
「うおっ! 」
そこには甲冑をまとったアフロディテがいた。
「ろ…… 露出が多すぎないか? 」
「ひゃあ…… お…… お尻が…… 」
「あはは…… 何回みても素晴らしい力ね! ちょっとエッチ! 品がないですよぅ…… はははは…… 」
エリスだけが腹を抱えて笑っていた……
「解! 」
ゼノンが元に戻る……
「ふううぅ…… むう…… 恥ずかしくて心臓が止まりそうになる業であるな…… 」
「お父様、今のは…… 」
興奮で呼吸が乱れたのか、ゼノンもエリスも黙っていた。
「…… くくくくっ…… いや…… 涙が止まらないわ…… 死にそう…… 」
エリスはまだ笑っている。
「そんなに笑ってくれるな…… 甲冑バージョンのデフォルト設定がこうなっておるのだ…… 」
「でも…… ひひっ…… これは反則よ…… どう? 全能の神を身近に感じるでしょう…… こんなに面白いオジサンになっちゃって…… 」
エリスが落ち着きを取り戻すまでしばらくかかった……
ゼノンは顔を紅潮させている……
「ふう…… 穴があったら入りたい気分であるな…… いや。ふざけてやったわけではないことだけは、察してもらいたい…… もう赦してくれ…… エリスよ…… 」
「さてと。気を取り直して解説しましょう…… 甲冑をまとっていることからもわかるでしょう…… アフロディテは、戦いの神でもあるのですよ…… 」
「左様。最高位の美の女神であると同時に、戦を司る神なのである…… 武器を用いれば、かなりの戦闘力を秘めておるのだ…… 」
「あの…… あの露出は変えられるのですか? 」
なおも、アフロディテが聞く……
「ひゃあ! またそこを突くのね…… ひひひっ…… もうやめて…… 母さんを殺す気ですか…… 」
ゼノンは頭を掻いた。
「う…… うむ…… ほとんど使わないので、余にはわからんのだ…… 試行錯誤してみるしかないであろうな…… 」
愛は考えていた……
「私が戦いの神でもあるって、なぜ教えてくれなかったのですか…… 」
「アフロディテ…… あなたには、戦いのない世界を、平和へと導く神になって欲しかったのです…… 」
「それが、間違っているのですよ…… 私を見くびらないでください! 」
愛が、激しい表情を見せたので、ゼノンもエリスもたじろいだ……
「まあ…… アフロディテよ…… 親心も察してくれ…… としか言いようがない」
「ごめんなさいね。あなたはあまりにも可愛らしくてね…… 甲冑バージョンになるなんて…… ふふっ。また笑いが…… 」
「では。宇宙空間で訓練をしようではないか…… 」
4人は1万キロ彼方へと移動した。
「アフロディテ。私が相手をするから、思いっきり力を開放してごらんなさい…… 」
母エリスは、不敵な笑みを浮かべた……
「血塗られた争いの神エリスよ…… 今こそその真の姿を現せ! 」
カッ!
エリスは槍を構え、甲冑を着ている。
「お母様。そのようなお姿を初めてみます…… 」
「ふふふ…… 多分エマの激しい気性は母譲りね…… あなたの母は、知恵の神などといって気取っているけど、血塗られた争いを司る神でもあるのよ…… 」
エリスは笑っているが、何か過去がありそうだ……
娘にも語らなかった、何かがある予感がした……
「お母様…… 私にとっては優しくて、いつでも正しい判断をしてくださる知恵の女神です…… 只々、最善の選択をしてこのようなお姿になったのです…… 」
愛は、宇宙へ向けて両手を挙げると、目を閉じて気を練った……
「聖なる泡より生まれしアフロディテよ、その雄々しき姿を現せ! 」
カッ!!
光と共に、甲冑をまとった戦いの女神が、姿を現した……
「ちょっと、あちこち、スースーしますね…… 」
「そのコスチュームには、相手を油断させる効果もありそうね…… 中身がゼノンでなければ萌えるわ…… 」
手には剣を持っている。
武器を扱うのは初めてである。
ズシリと手に重量を感じる。
鉄の塊なのだから当然だが、初めて持つと振り回せる気がしなかった……
「お母様。真面目にお願いします! 」
「ごめんなさいね…… まさか母娘で真剣勝負はできないわね…… ハッ! 」
槍が棒きれに変わった……
「ハッ! 」
剣も棒きれになった……
「いざ! 尋常に勝負! 」
「はいっ! 」
ヒュッ! ガキッ! ドカッ!
槍が愛の腹部を突いた!
「ぐっ! 」
「どう? これが戦いよ…… 気を抜けば一瞬であの世行きよ! さあ! どうしたの! さっきの勢いは…… 」
一撃を受けた愛は、ぐったりとなった……
「1から鍛えなくてはダメね…… 責任を感じるわ…… 」
エリスは愛を抱えると、エデンに戻った……
「ゼノン様。自分は戦いの神です。戦闘においては父にも1目置かれる存在です…… 」
ゼノンは不敵に笑った……
「はっはっは…… 悪いがのう…… 宇宙にはまだ上がいるということを、教えることになるのだよ…… さあ、余はもう構えておる。遠慮はいらぬ。かかってきなさい…… 」
不用意に棒立ちになっているようにしか見えなかった……
マルスは少しプライドを傷つけられた気分になった……
「ゼノン様でも、油断されたということを、お教えしましょう…… 」
マルスは怪しく双眸を煌めかせた!
「戦いを司る神マルスよ! 己の身を焦がす狂乱と、すべてを打ち砕く破壊に血塗られた神よ! 我に力を与えたまえ! 」
マルスは聖剣を構え、ゼノンに踊りかかった!
ゼノンの双眸が、辺り一帯を照らすほど激しく輝いた!
「風よ巻け! そして嵐となれ! 風の神ゼフュロスよ! 最強の力よ! その力で武神を吹き飛ばすのだ!!!! 」
ゴオオオォォォ…… !!!
凄まじい嵐が起き、空間全体を吹き荒れた!
「うっ…… ぐうっ…… 息が…… 」
ゼノンに斬りかかることさえできずに、マルスはその場に倒れた……
エデンに帰ると、直也、エマ、武、愛はそれぞれが受けた神の稽古について話し合った……
「皆こっぴどく、やられたって顔してるわね…… 」
「エマ。自分は世の中の広さを知らなかったことを、思い知ったぞ…… ゼノン様の強さは異常だ…… 」
「私は、1から鍛え直しですぅ…… 」
「俺は、風の力の使い方を、丁寧に教わったよ…… 」
「ナオヤ。ゼノン様が繰り出す風の力は、凄まじかった…… 手も足も出なかったぞ…… お前にもこんな潜在能力があるのだな…… 」
「まだまだ。全然足りないよ。アポロ様の波動で簡単に吹き飛ばされてしまった…… 」
「さてと…… 今夜はもう遅いし、身体を使うトレーニングをしているのだから、適切な休養も必要よ」
エマが皆を促した。
「そうだな。明日は基本となる、剣術の稽古をしよう」
「そうですね。私は身体ができていないので、基礎トレーニングが必要だと言われましたし、武さんに教わりたいですぅ…… 」
そこへゼノン、エリス、アポロ、ルナが揃ってやってきた。
「皆。神の一族の中心として、次代を担う強い神になるのだ…… 期待しておるぞ! 」
「明日は皆で激励会をやろう…… 」
アポロが手を振って、笑いながら言った。
「それでは、失礼します」
神の力
「エマ。ゼノン父さんの能力ってどんな力なのかな? 」
中山直也が夕食を摂りながら、疑問を口にした。
直也とエマは、地球から20万キロ彼方にあるエデンで夫婦の誓いを立てた。
だがまだ20歳にならないため、日本の法律上は中山家の子どもであり、未成年者である。
ちなみに実子である直也と、養子のエマは問題なく結婚できる。
もう一人中山愛も同じ高校に通い、同じ予備校にも通っている。
3人は神の一族である。
直也は風の神、エマは炎の神、愛は美の女神である。
そして神の一族は、超人的な力をもっているため、すべてにおいて人間よりも優れた力を発揮することができるのだ。
直也が緊迫したムードで話すので、エマはハッとした。
「どうしたの? 急に」
「いや。自分なりに考えてみたのだけど、全能の神はすべての能力を兼ね備えているんでしょう。それは、すべてを兼ねた能力を発揮するのか、別々にすべての能力を選んで使うのか、どっちだろうって…… 」
「そういうことね…… 何でも選んで使えるって感じだけど、私も見たことがない能力を持っているらしいわ…… 」
「へえ。やっぱり全能の神は凄いんだね」
「うん。パパは神の一族の中でも特別な存在なの。でもね。一番使う能力は風の能力なのよ」
「そうそう。風の能力が最強って言ってたけど、どんな能力があるの? 」
「風は、『空気』を操る能力なのよ。神も人間も、空気がなければ生きていけないの。だから、空気を握れたら、日常生活でも、戦闘でも無敵なのよ」
「そうなんだね。うん。自分に宿る力で何ができるのかを考えているのだけど、スケールが大きくてイメージできないんだよ…… 」
「パパは、空気がない場所に長く滞在するときに風の力を使うわ。未知の場所へ移動するときには、空気を交換しながら移動するんだけど、風の力を使えば大人数を一度に運べるの。あとは惑星の空気の組成をある程度コントロールできるわ。本当に便利な能力よ」
「宇宙の調査をするときに、一番必要な能力になりそうだね。あと、神の力は鍛えられるのかな? 使えば使うほどレベルアップするみたいな感じで…… 」
「そうね。鍛えるというより、状況に適応していくと考えた方が良いかもしれないわ」
「なるほど。じゃあ。いろんな状況に自分の身を置けば、能力のバリエーションが増えるのかな」
「そう考えられるわね。もともと自分の中に眠っている力が、必要に応じて覚醒するのだと思うわ」
他にも知りたいことは山ほどある。
エデンで会った神以外に、どんな能力を持った神がいるのか。
エマが帰ってきて1か月ほどたった。
心の傷は癒えていないが、そろそろ神の一族のためにできることを考えなくてはならないと思っていた。
地球にいる神は、中山家の3人と、他に剛田武がいる。
武は人付き合いが苦手なタイプなので、独り暮らしをしていた。
戦いの神であり、好戦的な態度を取るため、エマとは相性が悪い。
最近は愛との関係が上手くいくようになって、よく笑顔を見せるようになってきた。
「そ…… そういえば、ウラノスはどうしてるの? 」
ウラノスの暴走によって、エマが死を覚悟した経緯がある。
そのとき直也が負った心の傷は深く、思いだすだけで身体が不調を起こすようになっていた。
ゼノンに捕まったウラノスは、ただでは済まないだろう。
「大丈夫? 無理に考える必要ははいわ。パパとアポロ様がいれば、何もできはしないわ」
「うん。まだ生きていて、悪企みをしているんじゃないかって思ったんだ…… 」
「…… 」
エマは黙り込んでしまった。
「やっぱりそうなんだね。本当に何でもなければ、気軽に話してくれたはず。ここまで話せなかったのは、重大な事件が起きつつあるからだ」
「もしかしらたら…… ナオヤ。近いうちに私たちの力が、必要になるかもしれないの」
「そこまで聞いたら、心配になってきたよ…… 」
「でしょうね。私が知っていることを話すわ」
愛に、先に寝室へ行くように促すと、寝る支度をしてから直也の部屋に上った。
「まず。ウラノスのことだけど、宇宙を統べる力を持つ『天空神』と呼ばれているの。父ゼノンに次ぐ強大な力を持つ神なのよ。火・水・風・土の4大元素を操る能力を持っているの」
「アポロ様の配下の神だと聞いたけど、そんなに凄い神がなぜ下についたのかな? 」
「地球の人間を危険視して、滅ぼすべきだと主張していたから、アポロ様の監視下に置かれたのよ。太陽神の力は、戦いにおいては絶対的な強さがあるから、いかにウラノスが強くても、アポロ様には1目置いていたの」
「じゃあ。あのときエマとマルスの2人でウラノスを追ったこと自体が、すでに君とマルスを追い詰めていたんじゃないか? 」
「あとのきは、ウラノスと直接戦闘になるとは思ってなかったし、話せばわかると思っていたの。それにね、話がこじれて戦闘が起こったとしても、マルスは強いから決して引けは取らないわ。そして、アポロ様とパパも控えているしね」
「マルスこと武は燃えたぎる血のようなネフェーロマを持つ神だし、戦いに長けていそうだけど、ウラノスと戦えるほどなのかな? 」
「多分、アポロ様に匹敵する戦いの才能を持っているわ。ネフェーロマの力を借りなくても、ナチュラルに強いのよ。戦いの神と呼ばれているのは、伊達じゃないわ」
「なるほど。俺とエマが入り込む隙があるのかな…… ウラノスは風と火も操るし、他の元素も操れるんだから…… 」
「ネフェーロマだけで、神の能力が決まるわけじゃないのよ。私だってこう見えて、ケンカには結構自信あるんだから」
「あはは…… 頼もしいな。俺もちょっと鍛えたくなってきたな…… 」
「焦らなくても大丈夫よ。でも、そういうことなら、戦いの神である武に聞くのが手っ取り早いんじゃないかな」
「よし。本当に格闘技にも興味がでてきたよ…… 明日聞いてみよう」
「ふふふ。またエデンに呼ばれることになるでしょうから、新しい情報があるかもしれないわ。それまで戦闘訓練をしておこうね」
「ああ。勉強も忙しいが、そっちも重要だ。おやすみ…… 」
「また明日ね…… 」
「ピピピピ…… 」
「カチッ」
「ううぅん…… よく寝た」
朝4時に目覚まし時計が鳴る。
エマがいなくなったとき、絶望感と向き合えずに、勉強に没頭することで何とか自分を維持していた。
東京大学工学部、航空宇宙工学科……
壁に目標を書き、毎日読んで自分に刷り込んでいた。
進学校である、稲村学園稲村高等学校に昼間は通い、放課後は大手予備校の東大クラスで毎日勉強して夜遅く帰宅するが、朝は4時に起きて勉強していた。
「正直なところ、もうあまり勉強に没頭していなくても、合格できる学力があるんだよな…… どうせ勉強するなら、もっと自分のためになることをやりたい…… 」
「おはよう。ナオヤ。今日も勉強ご苦労様」
エマが部屋にやってきた。
「エマ。考えてみたんだけどさ。東大を目指して猛勉強しなくても、良いような気がするんだ」
「うん。神の力を持っているんだから、自分で勉強すれば充分だと思うよ。私たちが一緒に予備校へ行っているのは、ナオヤの生活に合せてのことだしね…… 」
「よし。ちょっと外を走っくるよ」
ジョギングをする支度をした。
「それじゃあ、私はお弁当の仕込みをしてくるわ」
夏は、夜明けが早い。
すでに薄明るくなっていた。
高校を過ぎて、大きな川の堤防に着いた。
あっという間に10キロほど走ってしまった。
「これも、神の力の影響なのかな…… 本気で走った感じではないのに、30分ほどで10キロ。マラソンなら世界記録ペースに近い…… これでは、エマが努力する意味を感じないわけだ…… 俺もすでに人間のレベルではないんだな…… 」
外を走っていると、さまざまな発見があった。
まず、ジョギングするランナーや、散歩をする人、犬を連れた人がたくさんいた。
「朝は静かで誰もいないと思っていたが、住宅地を出ればこんなにたくさんの人たちがいたのか…… 」
そして、野の草花が季節を感じさせる。
池には蓮が美しいピンクの花を咲かせていた。
その一角が、まるで異世界への入口のような、幻想的な風景に変わっている……
「田んぼにはすでに稲が植えてある…… どんどん大きくなって稲穂が実をつけるのが楽しみになってきたな…… 」
今まで自分を高めるために1日の大半を費やしていた。
それはこれからも変わらないが、大事なものを置き去りにしていた気がしたのだった。
「地球の人たちは、俺と同じ時間を共有している。それぞれに人生があって、今という時間は二度とない。そして四季折々の美しさがあるこの自然…… 」
河原へ降りると、周りに人がいないことを確認してから、ネフェーロマを出してみた。
「オオォ…… 」
意識を集中して、風を起こす……
辺り一面の草がなぎ倒され、川の水が跳ね上がった……
「風よ、巻け! 天空へとその聖なる力を滾らせ、吹き清めよ! 」
上空へと向けて、少しだけ力を放った。
ゴオオォォ……
うなりを上げて、つむじ風が川の水を巻き上げた。
「あっ。まずい。風よ! 川へ水を戻せ! 」
バシャアアァァ……
「うわっ! やっちまった…… 」
直也は勢いあまって自分も水を被ってしまった……
「夏で良かった。風で乾かそう…… 」
家に帰ると、エマにテレパシーを送って着替えを用意してもらい、身体を洗った。
「どうしたの? 」
「ちょっと川でネフェーロマを使ってみたら、川の水を被ってこのザマだよ…… 」
「気を付けてね。風は強力な力だから、何でも吹き飛ばしちゃうのよ…… 」
「どこかで力を使う練習をしたいな…… 」
「地球では全力を出しにくいから、エデンでやろうよ」
「直也。エマちゃん。おはよう」
母が起きてきた。
「それじゃあ。先に行ってきまあす! 」
愛が家をでた。
朝、学校で武と一緒に勉強をするためである。
「うむ。俺たちも朝食をとって学校へいこう」
「直也。今日は外へ行って来たのか? 」
父が起きてきて言った。
「ああ。外を走ってきたんだ。実は相談があるのだけど…… 」
「どうした。改まって」
「神の一族になったおかげで、大学受験の勉強は、もうしなくても楽に合格できる力がついているんだ。自分に必要なことは、力を操るための訓練と、格闘術を身につけることだと思うんだ」
「ふむ。直也がそういうなら、予備校はやめて、思ったようにやってみなさい」
「神の一族の使命を果たさなくちゃね。直也は人間のモノサシでは測れない世界で戦うのよね…… 」
母が、当たり前のような顔をして言った……
「それじゃあ、手続きはムラマサさんに頼んで、今夜からやろうよ」
「そうね。朝食とったら学校で武と愛ちゃんにも相談しよう」
神の修行
その日の夕方、早速エマと直也はエデンへ行った。
もうフィシキは部屋の机に置いたままにしてきた。
行先をイメージするだけで移動できる。
「ふう…… エデンには、伝えてあるわ。アポロ様とルナ様が稽古をつけてくれるわよ」
アポロの神殿に向かうと、ルナが待っていた。
「ナオヤ。エマ。アポロが話をしたいそうよ」
促されて神殿の中へ入った。
「ついにこの日がやってきたな…… ナオヤ。ゼフュロスを良く知るこのアポロに任せておけ。君に力の使い方を教えよう。その前に…… 」
「アポロ様。ウラノスの力についてはナオヤに話しました。何か新しい情報はありますか? 」
エマが口を挟んだ。
「ああ。ウラノスのことは逐一密偵を送って調べている。今は火星にいるようだ。詳しいことは配下の神に聞きたまえ…… 」
若い神がアポロに促されて入ってきた。
「エマ様。お久しぶりです。そしてナオヤ様。はじめまして。私はアルテミスと申します。狩猟と貞潔の神であり、ルナ様の能力も少しいただきました。『アル』とお呼びください。ナオヤ様の配下の神として、仕えさせていただきたいと存じます…… 」
「えっ…… えっと…… 」
「ナオヤ。とりあえず、苦しゅうない、でいいよ」
「ええっ!? こちらこそよろしくお願いしますです…… はい…… 」
「では。私にテレパシーを送っていただければ、すぐに馳せ参じます…… 失礼いたします」
「そういうことだ。アルは戦闘でも、優れた力を発揮する優秀な部下だ。君に預けよう」
アポロはニッコリと笑って言った。
「アポロ様。今日は戦闘の稽古をつけていただきに来ました。よろしくお願いします」
「ああ。もちろんだ。ナオヤは自分と。エマはルナと手合わせしよう…… 」
太陽神と手合わせをする。
こう聞いただけで、期待感と同時に恐怖感も沸き起こってきた。
「ナオヤ。ちなみに武はパパと。愛ちゃんはママと稽古することになったの」
「そういうことか。緊張してきたな…… 」
「では、宇宙空間に出よう。ここから1万キロ離れた地点で行う! 」
4人は目を閉じてイメージを共有した。
目を開けるとほとんど真っ暗な空間に出た。
周囲には星がくっきりと見える。
地球上では大気があるため、星がまたたいたりして少しぼやけることがあるが、宇宙空間では驚くほど鮮明で、数が多い。
そして一つ一つの星がとても小さなチリのように見えた。
宇宙に出ると、孤独を感じるものだ。
もしかすると、永遠に漂い続けるのではないか、と思ってしまう。
「宇宙空間は、ほぼ真空で気温は3ケルビン。つまりほぼ絶対零度だ。太陽光に当たると120℃になる。まともに浴びたら即死だ。それと大量の放射線もある。だから絶対にバリヤ―を破壊されてはならない。神といえども生身では耐えられん! 」
アポロの声が飛んできた。
「それと、わかっていると思うが、攻撃は前からくるとは限らない。下と後ろを常に警戒しろ! 敵は相手の後方下側に回りたがるものだ! 」
「わかりました…… 」
「まずは、自分の方へ向けて風の力を使ってみろ! 遠慮はいらん」
「はい…… 」
直也は目を閉じると、風が湧き上がるイメージを頭に描いた。
「ウオオオオォォ…… 」
河原で使ったときよりも強く気を練り上げ、風をイメージする……
アポロへ向けて手をかざし、掌の中心に全神経を集中した。
「風よ巻け! そして嵐となれ! 風神ゼフュロスの聖なるうねりで太陽神を吹き飛ばせ!! 」
一気に風を解き放つ!
ゴオオォォ…… !!!
「ふむ。なかなか…… ある程度使いこなしているようだな」
アポロはゆったりとした動作で身をかわすと、風のうねりが彼方へと消えていった。
「では。次は自分と力比べをする。同じように力を放ってみろ! 」
直也は同じように風を放った!
「ウオオオオオォォ…… 」
アポロは目を煌めかせる。
「太陽系を統べる生命の源、ヒノカミよ…… 我に力を与えたまえ…… 」
直也に向けて手をかざした!
「太陽風! 」
グオオオォォォ…… !!
金色に煌めく美しい波動が、風を飲み込んだ!
直也の風は消し飛んでしまった。
「ふん!! 」
金色の波動が軌道を変え、彼方へと消えていった……
「まずは。全力で放つ練習からいこう」
アポロはニヤリと笑った。
100キロほど離れた地点にエマがいた。
「ルナ様。よろしくお願いします」
「エマ…… 月の属性は、力を転換する能力です。あなたの炎をどのように活かせるか、レクチャーしながら実戦形式でやりましょう…… 」
「では。参ります…… 」
エマが手をかざし、掌に意識を集中する……
「ホノヤギハヤヲノカミよ…… 炎を統べる羅刹よ…… 現世に来たりて、すべてを焼きはらえ! 」
ゴオオオォォ…… !!
火柱がルナめがけて踊りかかる!
ルナは目を閉じた……
「冥府より来たりし、ツクヨミノミコトよ…… 彷徨える炎を導きたまえ…… 」
手をかざすと、炎が跳ね返った!
「なんの!! 」
エマはさらに力を込めた……
「グググググゥゥ…… 」
炎は中央付近で止まったきり動かなくなった……
「破っ!! 」
ルナが気合いを込めると炎が四散して消えた……
「なかなかのパワーですね…… まずは力を分散してみなさい…… わたくしはすべての方向を感知して対処できますから心配いりません」
「はいっ」
エマは手を胸の前で合せ、ボールを持つイメージを描いた……
「グオオォォ…… 」
手の中に炎の球体ができあがった……
「ホノカグヅチノカミよ…… 火炎の海となりすべてを飲み込み、焼き払え! 」
火炎球がどんどん膨らんでいく……
「ハアアァァァ…… !! 」
そのままルナの方向へ向けて飛んでいく……
「ハアッ!! 」
気合いを込めた刹那、ルナの周辺一帯が炎に包まれた!!
しばらく火炎球はルナを焼き続けていた……
「ああっ! ルナ様!! 」
エマは慌てて術を解き、炎を消滅させた……
「エマ…… わたくしはこちらです…… 」
下から声がする。
振り向くとルナがニッコリと笑っていた……
「攻撃を仕掛ける瞬間、あなたは隙ができています。前を見て集中するあまり、足元がおろそかになっていては…… 命がいくつあっても足りませんよ…… 」
「あ…… 実戦なら死んでいました…… ありがとうございます…… 」
そのころエデンでは、武と愛が、ゼノンとエリスの神殿にいた。
「ゼノン様、エリス様…… お招きにあずかり、恐縮です…… 」
武は深々と頭を下げた。
「地球での生活はいかがですか? 」
エリスが優しく問いかけた。
「あ…… えっと…… 毎日が勉強の連続です。強さとは何か、地球に行ってから考えが改まりました」
「ふむ。ではマルスに問う…… 強さとは何かな? 」
ゼノンはマルスを見つめたまま答えを待っている……
穏やかだが、妥協を許さない威圧感を感じる。
下手な答えは言えない……
しばらく考え込んだ……
「自分は、地球へいくまで、ひたすら『武力』を磨いていました…… 」
ゼノンが軽くうなずいた。
「ですが、中山家の方々に出会ってから、考えが改まりました…… 」
「どのように変わったのですか? 」
エリスがさらに問う。
「本当の強さとは、かけがえのない、大切な人を守ることなのだと思うようになりました…… 」
「うむ。アフロディテはどう思う? そなたも地球でなにか、思うところがあったであろう…… 」
アフロディテこと愛は、俯いたまま床の一点を見つめていた。
「お父様…… 私はいつも臆病で、何ごとにも消極的でした…… 」
エリスは愛を見つめた。
「あなたは、戦いとか、強さとは無縁の穏やかな環境で育ったのです。無理もありませんよ…… 」
「私は箱入り娘でした。でも、そんな自分が嫌なのです。エマお姉さんのように、輝く立派な女神になりたいの…… もう、うじうじするのはいやなの…… 」
愛は目に涙を溜めていた……
「愛…… 自分がお前を守るよ。それじゃあ駄目か? 」
愛は首を横に振った。
「そうじゃないの…… 武さんに守ってもらうのは嬉しいよ…… でも私にも、できることがあるはずだと思うの…… 力が欲しい。美の女神だなんて、ただのお飾りじゃない!! 周りからチヤホヤされたいなんて、思わないのよ!! 」
神殿中に愛の嗚咽が響いた……
「わかって欲しいの…… この苦しみを…… 自分が必要とされていないみたいじゃない! 私は戦わなくていいなんて、ひどいよ! 」
しばらく間があった……
「美の女神の戦い方を、教えましょう…… さあ。涙を拭いて。マルスも聞いてください。必ず役に立ちますから…… 」
エリスは意味ありげにニヤリと笑って、ゼノンをみた。
「うむ。全能の神と呼ばれておるがゆえに、余には不似合いな美の力も備わっておる…… ちょっぴり恥ずかしいが、使ってみせよう…… 」
ゼノンが口元をキッと結ぶと……
「我らに美と愛をもたらした泡の化身よ…… 今ここにその煌めく姿を現したまえ…… 」
ボコボコボコ……
ゼノンが泡に包まれた……
「えっ! 」
「うおっ! 」
そこには甲冑をまとったアフロディテがいた。
「ろ…… 露出が多すぎないか? 」
「ひゃあ…… お…… お尻が…… 」
「あはは…… 何回みても素晴らしい力ね! ちょっとエッチ! 品がないですよぅ…… はははは…… 」
エリスだけが腹を抱えて笑っていた……
「解! 」
ゼノンが元に戻る……
「ふううぅ…… むう…… 恥ずかしくて心臓が止まりそうになる業であるな…… 」
「お父様、今のは…… 」
興奮で呼吸が乱れたのか、ゼノンもエリスも黙っていた。
「…… くくくくっ…… いや…… 涙が止まらないわ…… 死にそう…… 」
エリスはまだ笑っている。
「そんなに笑ってくれるな…… 甲冑バージョンのデフォルト設定がこうなっておるのだ…… 」
「でも…… ひひっ…… これは反則よ…… どう? 全能の神を身近に感じるでしょう…… こんなに面白いオジサンになっちゃって…… 」
エリスが落ち着きを取り戻すまでしばらくかかった……
ゼノンは顔を紅潮させている……
「ふう…… 穴があったら入りたい気分であるな…… いや。ふざけてやったわけではないことだけは、察してもらいたい…… もう赦してくれ…… エリスよ…… 」
「さてと。気を取り直して解説しましょう…… 甲冑をまとっていることからもわかるでしょう…… アフロディテは、戦いの神でもあるのですよ…… 」
「左様。最高位の美の女神であると同時に、戦を司る神なのである…… 武器を用いれば、かなりの戦闘力を秘めておるのだ…… 」
「あの…… あの露出は変えられるのですか? 」
なおも、アフロディテが聞く……
「ひゃあ! またそこを突くのね…… ひひひっ…… もうやめて…… 母さんを殺す気ですか…… 」
ゼノンは頭を掻いた。
「う…… うむ…… ほとんど使わないので、余にはわからんのだ…… 試行錯誤してみるしかないであろうな…… 」
愛は考えていた……
「私が戦いの神でもあるって、なぜ教えてくれなかったのですか…… 」
「アフロディテ…… あなたには、戦いのない世界を、平和へと導く神になって欲しかったのです…… 」
「それが、間違っているのですよ…… 私を見くびらないでください! 」
愛が、激しい表情を見せたので、ゼノンもエリスもたじろいだ……
「まあ…… アフロディテよ…… 親心も察してくれ…… としか言いようがない」
「ごめんなさいね。あなたはあまりにも可愛らしくてね…… 甲冑バージョンになるなんて…… ふふっ。また笑いが…… 」
「では。宇宙空間で訓練をしようではないか…… 」
4人は1万キロ彼方へと移動した。
「アフロディテ。私が相手をするから、思いっきり力を開放してごらんなさい…… 」
母エリスは、不敵な笑みを浮かべた……
「血塗られた争いの神エリスよ…… 今こそその真の姿を現せ! 」
カッ!
エリスは槍を構え、甲冑を着ている。
「お母様。そのようなお姿を初めてみます…… 」
「ふふふ…… 多分エマの激しい気性は母譲りね…… あなたの母は、知恵の神などといって気取っているけど、血塗られた争いを司る神でもあるのよ…… 」
エリスは笑っているが、何か過去がありそうだ……
娘にも語らなかった、何かがある予感がした……
「お母様…… 私にとっては優しくて、いつでも正しい判断をしてくださる知恵の女神です…… 只々、最善の選択をしてこのようなお姿になったのです…… 」
愛は、宇宙へ向けて両手を挙げると、目を閉じて気を練った……
「聖なる泡より生まれしアフロディテよ、その雄々しき姿を現せ! 」
カッ!!
光と共に、甲冑をまとった戦いの女神が、姿を現した……
「ちょっと、あちこち、スースーしますね…… 」
「そのコスチュームには、相手を油断させる効果もありそうね…… 中身がゼノンでなければ萌えるわ…… 」
手には剣を持っている。
武器を扱うのは初めてである。
ズシリと手に重量を感じる。
鉄の塊なのだから当然だが、初めて持つと振り回せる気がしなかった……
「お母様。真面目にお願いします! 」
「ごめんなさいね…… まさか母娘で真剣勝負はできないわね…… ハッ! 」
槍が棒きれに変わった……
「ハッ! 」
剣も棒きれになった……
「いざ! 尋常に勝負! 」
「はいっ! 」
ヒュッ! ガキッ! ドカッ!
槍が愛の腹部を突いた!
「ぐっ! 」
「どう? これが戦いよ…… 気を抜けば一瞬であの世行きよ! さあ! どうしたの! さっきの勢いは…… 」
一撃を受けた愛は、ぐったりとなった……
「1から鍛えなくてはダメね…… 責任を感じるわ…… 」
エリスは愛を抱えると、エデンに戻った……
「ゼノン様。自分は戦いの神です。戦闘においては父にも1目置かれる存在です…… 」
ゼノンは不敵に笑った……
「はっはっは…… 悪いがのう…… 宇宙にはまだ上がいるということを、教えることになるのだよ…… さあ、余はもう構えておる。遠慮はいらぬ。かかってきなさい…… 」
不用意に棒立ちになっているようにしか見えなかった……
マルスは少しプライドを傷つけられた気分になった……
「ゼノン様でも、油断されたということを、お教えしましょう…… 」
マルスは怪しく双眸を煌めかせた!
「戦いを司る神マルスよ! 己の身を焦がす狂乱と、すべてを打ち砕く破壊に血塗られた神よ! 我に力を与えたまえ! 」
マルスは聖剣を構え、ゼノンに踊りかかった!
ゼノンの双眸が、辺り一帯を照らすほど激しく輝いた!
「風よ巻け! そして嵐となれ! 風の神ゼフュロスよ! 最強の力よ! その力で武神を吹き飛ばすのだ!!!! 」
ゴオオオォォォ…… !!!
凄まじい嵐が起き、空間全体を吹き荒れた!
「うっ…… ぐうっ…… 息が…… 」
ゼノンに斬りかかることさえできずに、マルスはその場に倒れた……
エデンに帰ると、直也、エマ、武、愛はそれぞれが受けた神の稽古について話し合った……
「皆こっぴどく、やられたって顔してるわね…… 」
「エマ。自分は世の中の広さを知らなかったことを、思い知ったぞ…… ゼノン様の強さは異常だ…… 」
「私は、1から鍛え直しですぅ…… 」
「俺は、風の力の使い方を、丁寧に教わったよ…… 」
「ナオヤ。ゼノン様が繰り出す風の力は、凄まじかった…… 手も足も出なかったぞ…… お前にもこんな潜在能力があるのだな…… 」
「まだまだ。全然足りないよ。アポロ様の波動で簡単に吹き飛ばされてしまった…… 」
「さてと…… 今夜はもう遅いし、身体を使うトレーニングをしているのだから、適切な休養も必要よ」
エマが皆を促した。
「そうだな。明日は基本となる、剣術の稽古をしよう」
「そうですね。私は身体ができていないので、基礎トレーニングが必要だと言われましたし、武さんに教わりたいですぅ…… 」
そこへゼノン、エリス、アポロ、ルナが揃ってやってきた。
「皆。神の一族の中心として、次代を担う強い神になるのだ…… 期待しておるぞ! 」
「明日は皆で激励会をやろう…… 」
アポロが手を振って、笑いながら言った。
「それでは、失礼します」