私がこの夏、採用試験を受けたのは合計3つ。1つ目は大学があった東北、2つ目は採用数の多い東京、3つ目は地元北海道。すでに東北と東京の結果は出ていて、どちらも不採用だった。やはり実力不十分なのか? と自分を疑いながら、北海道の結果を待っていた。
実力不十分なのか? と不安になることもある。生徒にとって難しい文法を扱うときは特にそうだ。
「先生が不安だと、みんなで沈没しちゃうよ。」
いつか花菜さんがノートの端に書いていたメッセージだ。たしかにそうだ。この青空高校の英語教育は私にかかっている。
実は昨年度の後期、英語の授業は理科免許の教頭が一手に引き受けていたらしい。どれだけ探しても青空まで来てくれる英語の先生はいなかったらしい。
私が来てから「やっと英語の先生が来た」という空気を感じていた。代わりの先生が来ないとは、さすがに高校生でも変だとわかる。
教頭は英語が苦手ながらも、そんな不安は奥にしまって授業に向かっていたのだろう。生徒たちはなんとなく、英語を楽しんでいる。英語という教科は、苦手意識を持たれていても不思議ではないのに。教頭の授業を受けていた2、3年生は少し文法や単語力に「?」がつくところもあるが、きっと、そんなことより大事なことを教えてもらっていたのだろう。
「いやー、佐藤先生。明日だね。」
北海道の採用試験結果が出る前日に、教頭が声をかけてきた。人が普通気まずくて聞けないことをズケズケ言ってしまうのが教頭の「チャームポイント」だ。
「先生、不安なんでしょ。」
さらにデリカシーなく、聞いてくる。
もうここまで来たら止まらない。なんとなくあいづちを打って、時が流れるのを待つだけである。
「ぼくね、5回さ。」
「?」
よくわからない。5回って何が5回なのか。
「あ、わからないって顔に書いてるね。落ちた回数だよ。」
「教頭、まだまだですね。僕は8回ですよ。」
今野先生が乗ってきた。やはり、よくわからないが、採用試験ってそんなに落ちるものなのか?
「結果はわからないけどさ、僕ね、佐藤先生の力は本物だと思うよ。だってうちの生徒、みんな英語楽しそうだもん。」
教頭の発言に、他の先生方もうんうんとうなづく。「いやいや、生徒が英語を楽しんでいるのは教頭のおかげで」そんなことを言っても先生方の意見は変わらなかった。
「あのねー、前任者のおかげってせいぜい1か月だよ。半年も生徒が楽しんでいるんだから、先生の力だよ。」
今野先生が言うのなら、そうなのかもしれない。でも私には相当に自信がなかった。私は去年、教育委員会から烙印を押されているのだ。向いていない認定がおりているのだ。
「ま、教育委員会が先生の力を見抜けていなかった、ってことっすよ! 生徒はちゃんと見てるじゃないですか。」
飯田先生までのってきた。飯田先生が出てくると、やや信憑性に劣るが、そういうものなのだろうか? 考えるほどによくわからなくなる。ますます明日の結果が不安になってきた。
パン!
教頭が手を叩いて、空気をかえた。
「ってことで、佐藤先生はもう大丈夫だ! 大丈夫! 大丈夫! 大丈夫!!」
翌日。恐る恐る、教育委員会のホームページをのぞいた。
「E3002」
軽く10回は確認した。たしかに私の受験番号が載っていた。声にならなかった。やっと先生として認められた。
「ほら言ったでしょ。」
教頭の予言があたった。
嬉しかった。でも、嬉しさの向こうに、青空の生徒はいない。まだどこにいるかもわからない、未来の生徒たちだ。
『先生が不安だと、みんなで沈没しちゃうよ』
ふと、花菜さんのメッセージが脳裏に浮かんだ。この合格によって、私の「次」がないことが決定づけられた。「次」がないのなら、悔いは残せない。
私は決意のワインをあけた。
実力不十分なのか? と不安になることもある。生徒にとって難しい文法を扱うときは特にそうだ。
「先生が不安だと、みんなで沈没しちゃうよ。」
いつか花菜さんがノートの端に書いていたメッセージだ。たしかにそうだ。この青空高校の英語教育は私にかかっている。
実は昨年度の後期、英語の授業は理科免許の教頭が一手に引き受けていたらしい。どれだけ探しても青空まで来てくれる英語の先生はいなかったらしい。
私が来てから「やっと英語の先生が来た」という空気を感じていた。代わりの先生が来ないとは、さすがに高校生でも変だとわかる。
教頭は英語が苦手ながらも、そんな不安は奥にしまって授業に向かっていたのだろう。生徒たちはなんとなく、英語を楽しんでいる。英語という教科は、苦手意識を持たれていても不思議ではないのに。教頭の授業を受けていた2、3年生は少し文法や単語力に「?」がつくところもあるが、きっと、そんなことより大事なことを教えてもらっていたのだろう。
「いやー、佐藤先生。明日だね。」
北海道の採用試験結果が出る前日に、教頭が声をかけてきた。人が普通気まずくて聞けないことをズケズケ言ってしまうのが教頭の「チャームポイント」だ。
「先生、不安なんでしょ。」
さらにデリカシーなく、聞いてくる。
もうここまで来たら止まらない。なんとなくあいづちを打って、時が流れるのを待つだけである。
「ぼくね、5回さ。」
「?」
よくわからない。5回って何が5回なのか。
「あ、わからないって顔に書いてるね。落ちた回数だよ。」
「教頭、まだまだですね。僕は8回ですよ。」
今野先生が乗ってきた。やはり、よくわからないが、採用試験ってそんなに落ちるものなのか?
「結果はわからないけどさ、僕ね、佐藤先生の力は本物だと思うよ。だってうちの生徒、みんな英語楽しそうだもん。」
教頭の発言に、他の先生方もうんうんとうなづく。「いやいや、生徒が英語を楽しんでいるのは教頭のおかげで」そんなことを言っても先生方の意見は変わらなかった。
「あのねー、前任者のおかげってせいぜい1か月だよ。半年も生徒が楽しんでいるんだから、先生の力だよ。」
今野先生が言うのなら、そうなのかもしれない。でも私には相当に自信がなかった。私は去年、教育委員会から烙印を押されているのだ。向いていない認定がおりているのだ。
「ま、教育委員会が先生の力を見抜けていなかった、ってことっすよ! 生徒はちゃんと見てるじゃないですか。」
飯田先生までのってきた。飯田先生が出てくると、やや信憑性に劣るが、そういうものなのだろうか? 考えるほどによくわからなくなる。ますます明日の結果が不安になってきた。
パン!
教頭が手を叩いて、空気をかえた。
「ってことで、佐藤先生はもう大丈夫だ! 大丈夫! 大丈夫! 大丈夫!!」
翌日。恐る恐る、教育委員会のホームページをのぞいた。
「E3002」
軽く10回は確認した。たしかに私の受験番号が載っていた。声にならなかった。やっと先生として認められた。
「ほら言ったでしょ。」
教頭の予言があたった。
嬉しかった。でも、嬉しさの向こうに、青空の生徒はいない。まだどこにいるかもわからない、未来の生徒たちだ。
『先生が不安だと、みんなで沈没しちゃうよ』
ふと、花菜さんのメッセージが脳裏に浮かんだ。この合格によって、私の「次」がないことが決定づけられた。「次」がないのなら、悔いは残せない。
私は決意のワインをあけた。