晴れやかな希望を持って、己の道を進んで欲しいから。
昔、僕が自分の名前の由来を聞いた時、父さんは、僕がこの先もいつまでもその晴れやかな希望を持っていることを確信したような力強い声で言い切っていた事を記憶している。
しかし、実際はどうだろう。
僕は、いや僕らは、影を薄くし人目を避け、幻聴かも定かではない声に悩まされる日々。
__こんな日々にも終わりが来るのだろうか。
_____いや、来ないだろうな。
僕は、授業を受けながらもつい、そんな自問自答を繰り返していた。
授業中だと言うのに、ボケッとしている僕を誰も咎めないし、認識しない。
1部の者達を除いて。
当然だ。"僕の透明人間ごっこ"に付き合ってくれているのだから。
透明人間。それは、確かに存在するのに認識されない存在。
もちろん僕だって好きでこんな事をしている訳では無い。
周囲の人から見れば変なやつだろう。認識されることを好まず、親しい友人すらもいない陰キャ学生なんて。
僕がこの街に来てはや4年と半年。
未だに僕の事をよく知る人はこの街にはいない。 昔からの友人とは疎遠だから、実質完全なるぼっちだ。
『これで良いのよ。こうしなくてはいけないの。』
頭の中で母さんの口癖がリピートする。
受け入れざる負えないそれを受け入れた悲しげな微笑み。
____全部、アイツのせいだ。
____アイツのせいで、僕は、僕達はっ!
やり場のない怒りがふつふつと湧き上がる。
そして、何度も感じたこの怒りは、再び燃焼できずに僕の胸の奥底へと沈んでいくのだった。
放課後、気のせいなのかそれとも、事実なのかも分からない好奇の視線を浴びながらいつものように1人で帰り道を歩いていた時だった。
「おーい!はれっきー!」
背後から、爽やかな声がした。
振り返る事無く僕は大きなため息をつく。
「おーい?無視かー?」
人の目があるというのに、気にすることなく僕に話しかけてくる。
「無視するなよー」
まるでかまって欲しい犬のように、いつの間にか俺の前に来て僕の周りをうろちょろしている彼。
青みがかった瞳と黒髪に赤黒いメッシュをしているせいで顔だけ見れば、どこかのバンドに属して居そうな気がする。
しかし、生気の感じられない真っ白い肌や真っ黒いロングコートから垣間見えるその奥には、黄昏色の何かがあった。
それだけで、彼が人間でないことは分かるだろう。
けれど、更に彼は自身が何者であるのかを示すのに充分な物を持っていた。
大振りな鎌である。
真冬でもないのに黒いネックウォーマーで口元を隠す死神が、再度僕に話しかける。
「おーい!あ、まさかまたなんか学校であったのか?学校で幽霊が声掛けてきたのか?だから不機嫌なのか?」
とんちんかんな思い込みで、僕を心配そうに見る死神。
「無言ってことはマジだな?!ちょ、そいつの名前教えてくれ、今周りに人間いないし、大丈夫だから!」
周りに人間がいない。その言葉を聞いた僕はようやく死神と目を合わせた。
「うるさいよ。(ゆう)
「なら反応してくれよ〜俺はてっきり、また幽霊が絡んできたのかと…」
「ハイハイ。人がいたら大変でしょ。後、僕は不機嫌じゃないから。」
「本当かー?誤魔化してねぇだろうな?」
「してないから。後、僕の名前は晴希(はるき)だってば。変な呼び方しないでよ。」
なんて他愛ない会話をしながら、時道(ときみち)と書かれた表札を確認し、自宅の鍵を回す。
分かっていた筈なのに、シンとした家の中を見てため息を零すはいつもの事だ。
「おいおい、何ため息ついてんだよ、ため息ばっかついてると幸せが逃げるぞ〜」
僕のため息を聞いた悠がまたお節介を焼くのもいつもの事。
手洗いうがいを済ませ、早々に2階の自室に向かう。
そう。いつもの事だった、俺がアレを見つけるまでは。
廊下に出て、階段に向かっていると居間の扉が開いている事に気が付いた。
無視すれば良かったのに、僕は扉を閉めようとして見てしまった。
「なっ…なんで…」
どうしてコレがあるんだ。
喉がカラカラに乾いて続きが言えない。
棚の上にある家族写真入りの写真立て。 僕の視線はそこから動かせなくなってしまった。
嫌な汗が伝い、心臓がうるさい。
写真の中では若い両親と僕そしてアイツが、集まっている。
僕や両親は笑顔を浮かべているが、あいつの表情は分からない。
写真立ての外側から水性ペンで顔を黒く塗りつぶされたアイツを見るだけで苛立ちが込上げる。
4年半前、堪えきれなくなった僕の小さな復讐だった。
叶太(かなた)兄ちゃん。』
幼い頃の記憶が蘇る。
『あ゛?んだよ』
けれど、アイツの声を思い出した途端吐き気に襲われた僕は、写真立てを掴むと、棚の引き出しに乱暴に入れ、視界から無くす。
そしてそのまま僕は自室へと駆け出した
「ちょ、おい!?」
それまで何故か黙っていた悠も慌てた様子で僕の後についてくるのが分かる。
でも、僕にはその時悠に構う余裕が無かった。
とにかく忘れることに必死だったから。
だから、気づかなかったんだ。彼女の微かな霊気に。
「待て!まだ部屋に入る…」
「うるさい!」
だから悠の制止を振り切って、自室の扉を開けた時、驚きのあまり固まってしまった。
「あ…」
「え…?」
扉が開く音に驚いたのか、彼女が恐る恐る振り返り、僕と目が合う。
艶のある長い黒髪に、どこか既視感のある薄い茶色の瞳。
どこかの学校の制服に夜明けのような瑠璃色の上着を羽織った儚い少女。
その上着は、青を基調としたセーラー服にとても似合っていて、とても綺麗に僕の目には写った。
「おい!」
ハッと我に返ると、悠が僕の肩に手を置いて息を切らしていた。
「え?」
多分、数分にも満たない時間だったのだろう
その子は寸分変わらぬ姿で、僕と目が合っていた。
「ったく…お前は、ちょっとは俺の事を…って、やっぱり居たか。」
「えっと…」
悠の言葉に困惑しているのか、少女は不安そうに僕らを見ている。
______ん?ちょっと待て、"僕ら"?
「まさかお前、気づいてねぇの?」
「え?」
「こいつ、幽霊だよ。」
「…は?」
驚きのあまり再度少女を見る。
制服も顔も足も…どこも透けていない。
悠の方を振り返り、嘘をつくなと言おうとして…何も言えなくなった。
彼女は宙に浮いていたから。
それが、透けている僕らの出会いだった