スマホはやはり斎藤くんのものだった。サッドクロムが好きで、善斗さんが話していた男の子と名前も同じだ。
もしやと思い、『ラスト・レクイエム』を持っていないか聞くと、彼は持っていると言った。
あの時に沸いた感情がなんだったのだろうか。今でもわからない。運命の歯車が回る音が聞こえた。そうとしか言いようがない。
せめて、その運命に善斗さんを巻き込まないために、彼の名前は出さなかった。
それから、私は流されるようにここまで来てしまった。居心地がいい斎藤くんの優しさに甘えていたのだ。
ユニオン・チャイルドに行った時も、久々に誰かといて楽しくて笑ってしまった。
でも、これ以上は彼に頼ったらダメ。斎藤くんには私を忘れて、幸せになって欲しい。
私は一人で死ぬべき。私は一人で死ぬべきだ。でも、今は一人が怖い。神様からいただいた命で、こんな冒涜的なことを考えている自分が大嫌い。
気がつくと通話のアイコンを押していた。
私、本当に最低。
木村先輩の最寄り駅まで着いた。
もう深夜一時に近く、周りには誰もいない。ここまで休まずに自転車を走らせたため、さすがに疲れた。
スマホが震えたような気がしたので音楽を止め、息を切らしながら確認してみる。
【ここの時計があるところまで来れないかな】
木村先輩からのメッセージだ。彼女が住む家の近くにいる広い公園の位置情報も添付されていた。どうやら、大きな池があるようだ。
【わかりました。もう、駅まで着いたので、すぐに向かいます】
あと少しだ。あと少しで会える。会いたい気持ちが自転車を走らせる。
夜で人が少なく思い切り飛ばせたので、公園にはすぐに到着できた。普通に走っていたらもっと時間がかかっただろう。
公園にある池はまるで湖のようだ。夜ということもあり、大きすぎて外周がどれだけあるかすらわからない。
位置情報によると、この近くに時計があるはずだ。だが、先に見つけてしまった。
「先輩!」
木村先輩を目掛けて一直線に自転車を漕ぐ。
会えた。やっと会えた。
彼女も僕に気がついたようだ。
街灯に照らされたその顔は、少しだけ幼く見える。きっと、化粧をしていないからだろう。
服も部屋着なのか、いつもよりもさらに地味だ。それでも、似合っていないドッグタグネックレスは相変わらずしていた。
木村先輩が大きな瞳で、僕のことを見ている。
約二週間ぶりに二人で会ったが、何十年ぶりに再会したかのような気分だ。
その感覚に間違いはない。彼女は十一月八日に亡くなってしまうため、時間の密度が普通とは違う。彼女にとっての一日は、僕にとっての数年に匹敵する。