木村先輩は強い女性だったのだ。幸か不幸か、自分がいつ死ぬか知っているという異常な状況が、彼女を強くしてしまったのかもしれない。
いつもの無表情や淡々とした口調が、どんなことにも動じない意思の表れのように思えてくる。それでも、人を傷つけてしまう悲しみには耐えられなくなってしまう。そんな彼女が強くて優しい人に思える。
それに比べと、僕はダメだ。とにかく、今は謝罪しなければならない。謝ろうとした時、木村先輩は首を斜め下に傾け、僕から視線を逸らした。
「……で、でも、ありがとう」
気のせいかもしれないが、木村先輩の声が一瞬裏返ったように聞こえた。
そんなことより、なぜお礼を言われたのだろうか。理由がさっぱりわからず、僕は黙り込んでしまった。
少しすると予鈴が鳴り、沈黙が壊れる。もうすぐ、授業が始まる時間だ。
「そろそろ、行きましょうか」
「そうですね。ありがとうございます」
二人は屋上へ続く階段を後にした。
この日から、孤独な高校生活が終わった。僕の日常に木村先輩が、ゆっくりと溶け込んでいく。
二〇一八年、九月十六日、日曜日。
改札を出てすぐにあるコンビニの前で立ち止まった。木村先輩から届いたメッセージを、念のためスマホで確認する。
【十三時、改札に一番近いコンビニで】
待ち合わせ時間にまで、まだ少し時間がある。いい時間潰しになると思い、今までのやりとりを遡ってみた。
CDを返した日の夜から、木村先輩と毎日連絡をとるようになっていた。
特に中身のあるやりとりではなく、彼女からの返事もそっけない。それでも、不思議と続いている。
返事の速さはまちまちで、すぐに返ってくることもあれば数時間返ってこないこともある。
元々、頻繁にメッセージのやりとりをするのが苦手なので、このペースがちょうど良かった。木村先輩とのやりとりは、読み返しているだけでも心地良い。
孤独な高校生活の中で、いつしか彼女のメッセージが自分の居場所になりつつあった。微かな光が、諦めていた日々を照らしている。
しばらく、メッセージを遡ると今日の約束をした時のやりとりにまでたどり着いた。
【ユニオン・チャイルドってどんな店なんですか?】
【昔からあるマニアックなCD屋さんだよ。新品も中古もなんでもあるよ】
【そうなんですね。僕もそのうち連れて行ってもらっていいですか?】
【いいよ】
木村先輩でなければ、こんなことは言わなかっただろう。休日に女性と二人きりで出かけることは、もう二度とないと思っていた。
スマホを眺めながら考えていると、新着のメッセージが入る。
【着いた】
木村先輩からだ。視線を前に向けると、人混みの中でもすぐに彼女を見つけられた。改札からこちらに向かって歩いてきている。
映画館で初めて会った時と似た地味な服装だ。だが、それが花の茎のように、木村先輩の素の美しさを引き立てている。
それでも、ドッグタグネックレスは相変わらず合っていない。そうまでして付けてくるとは、相当気に入っているのだろう。