片道、電車で四時間。西から東へ移動したわたしはあれだけ行くか悩んだ場所にいる。
門を通るとすぐ横に警備員のいる白い小屋で事情を話そうと思ったが上手く説明できる自信がなかったため、伯祖父からもらった例のカードを渡すと、上の者に連絡を入れる、と言って待つことになった。
数分後「もう少々お待ちください」と警備員の方がそう言って奥の大きな建物に消えていく。
待っている間、友人を無くし、相談する相手もいなくなったわたしはこの先どうすればいいのかと考えていたが、考えても考えても答えは一向に出ない。
ため息をついていると肩をトントンとされ、振り向くとさっきの警備員と胸元に金のプレートのたくさんついた軍服を着た黒髪の綺麗な女性がいる。警備員の方は「話が聞きたいそうですのでどうぞ中に」と今度はわたしを建物の中に入るよう誘導した。建物の入り口まだ行くと警備員さんはここまでのようで小屋に戻っていった。
受け継ぐように女性はわたしをとある部屋へ誘導する。その部屋はこの建物の一番上の奥にある部屋。
「この部屋です」
「あの。すみません。この部屋って……」
「はい。空将殿のお部屋です」
「えっ、ちょっと待っ――」
わたしの言葉を無視して女性は扉をノックする。
「お連れいたしました」
扉の向こうからは「ああ。入れ」と一言。
それを合図に扉が開き部屋の奥の机に空将と思われる軍服に女性よりも多くのプレートのついた屈強な男性がいるのが見えた。歳は……『Sephirot』を服用しているのかわからない。見た目の年齢は三十代に見える。
わたしは女性に背中を押されて中に強制的に入らされる。
するとわたしが入ったのを確認し、女性は「では失礼します」とさっさと部屋を出ていってしまった。
屈強な男性いる部屋に女子高生が連れ込まれてしまった。
言いようによってはそうとも言えるこの状況で数秒無言が続いた。
それを見兼ねた空将は立ち上がり、わたしに部屋にあるソファに座るように勧め、わたしもそれに従い、ソファに座った。空将は無言でコーヒーを淹れ、わたしの前のテーブルに置くと向かい合うように自身もソファに座った。
出されたコーヒーを飲んでも落ち着かないわたしは部屋をきょろきょろと見まわす。
すると空将がさっきまで座っていた机の横には大きな旗が掲げてありその後ろにはガラスケースに入った賞状や、写真が置いてあった。
そんなことをしているうちに空将がコーヒーを一口飲んだことでやっと会話が始まった。
「私は回りくどい話があまり得意ではなくてね。率直に訊かせてもらう。このカードはどこで手に入れたのですか?」
空将は話しながらわたしが持ってきたカードを胸ポケットから取り出しテーブルの上に置く。
「これは先日亡くなった伯祖父から託されたものです。伯祖父からは死に際、これを持って軍の基地に行くようにと言われ、わたしはここに来ました」
「その伯祖父さんのお名前は」
「いえ。両親に訊いても教えてくれませんでしたので」
「このカードについては何か」
「いえ。特には」
「そうですか……」
空将は確実にこのカードについてわたしの知らない何かを知っている。わたしはそれを聞き出したい。
空将としてはこのカードがただの高校生の手にあるのかを知りたいのだろうけどわたしは何も知らないから聞き出せずにいるって感じだろう。
どうしたものか。
と、ここでわたしは無意識に質問をした。
「あのお名前を訊いてもよろしいでしょか」
「ああ。これは私としたことが。失礼しました。上山 純一郎と申します。貴方のお名前も訊いてもよろしいでしょうか」
「はい。加賀見 サクラです」
わたしが名前を名乗ると上山空将は驚いた顔をして口を押さえる。
「なるほど。それでカードが貴方のところに……」
状況がつかめないわたしを見て上山空将は手を組み、昔話を始めた。
「公務員の二人の男が昔、とある仕事でヘリを借りたいとここに来たことがあったのです。二人の名は小田 啓太郎と加賀見 透でした」
小田 啓太郎は確かカードに書かれていた名前。加賀見 透さん……はもしかして伯祖父の名前かな。
「彼らは上司と部下の関係でしたがとても仲が良さそうでした。そして二人はヘリに乗ってここより東の雲より上空にあるとある場所に向いました」
「とある場所って?」
「はい。その場所の名を『シマ』と言います。これは秘匿事項になっていまして『シマ』についてはこの件に関わった方の他に軍の上層部しか知らない事ですので口外禁止でお願いします」
『シマ』だ。伯祖父の言っていた最終地。
わたしはここにきてやっと先が見えてきた気がした。
「『シマ』とは。東の海の上をずっと浮遊している浮遊島のことです。『シマ』は常に雲に覆われており、下部しか見えないため地上はおろか衛生写真でも上部は確認不能な不思議な場所です。秘匿事項になる以前は国中が『シマ』に行きたいと言っていたのですが、秘匿事項になるとある日突然国民は『シマ』に関連する記憶が消え、誰も話に出すことはなくなりました」
今朝のナリと同じだ。やはりこの世界は誰かの都合の良いように調整できるんだ。
でもなんでわたしの記憶は消されていないんだろう。
少し言葉に出しただけのナリが対象になったのならわたしはもっと前に記憶を消されていてもおかしくないのに。
もしかしてそこにわたしが『変』と言われる理由があるのかもしれない。
わたしは確実に近づいている真実に対しての興奮を隠すようにコーヒーを一口、二口と飲んだ。
「そんな場所に二人は何をしに行ったのですか?」
「彼らのいた文化観光部は文化や自然の保存以外にも国家遺産の登録も行っています。そしてあの日二人は『シマ』にあると予想されていた遺跡を国家遺産に登録するための審査をするため『シマ』に足を踏み入れようとしていました。これは初めての試みでしたがタンデム装備で軍の者と『シマ』より高度から降下することで確実に二人がたどり着けるようにしました」
「では『シマ』には何があったのですか? 教えてください!」
「えー。実は私は知らないのです」
わたしは驚いてつい声が出てしまう。
「二人が降下した直後、突然通信障害が起きて状況が分からなかったのです。もちろん何度も通信を試みましたがダメでした」
「ではその二人はどうなったのですか?」
「それが……」
上山空将は言いづらそうに一度下を俯いた。
「……計四名で行った降下作戦でしたが、数時間後砂浜で見つかった加賀見さん以外の姿はなく、その後の加賀見さんからの事情聴取から、おそらく『シマ』にて三名死亡したと思われます。私がもっと警戒し、対策を立てていれば結果は変わったかもしれないのに。不甲斐ないです」
ぎゅっと強く手を組む姿からも上山空将が強く悔いていることがわかった。
「到着してからずっと加賀見さんはパニック状態だったためか『シマ』についての記憶はなく、ただ彼は一言。あれは遺跡ではない。と言っていました。これだけ危険性を聞いても『シマ』に行くつもりですか? 加賀見サクラさん」
なっ。ば、ばれてる。
一瞬隠そうとも思ったが『シマ』に行くには軍の、更には上山空将の協力が必要不可欠だ。ならここで隠したところであまり意味はない。
「わ、わたしにはどうしても行かなければいけない理由があるんです! お願いです。協力してください!」
わたしの言葉を聞いて上山空将はため息をつく。
「さっきの話で言ったように、私は既に『シマ』で三人死なせています。だから不確定要素しかない死地のような場所に行くことを私はお勧め出来ません。出来ませんが……」
上山空将はカップに残ったコーヒーを勢いよく飲み干し、覚悟を決めたように立ち上がった。
「ですが私が同行するなら許可しましょう。どちらにせよ。降下の際無事に降りられる者が必要でしょう」
「えっ。良いんですか?」
「ええ。死地に子供一人だけで行かせるわけにも、部下を行かせるわけにもいかない。なら私が行くしかないでしょう」
「怖くはないのですか?」
「もちろん怖いです。怖いですが、それ以上に誰かをまた死に向かわせて死なせてしまう方が私は怖い。老兵で良ければお供させていただきたい」
「むしろありがたいです。よろしくお願いします」
わたしも立ち上がり握手を交わすと上山空将は胸ポケットから封筒を取り出し、机に置いた。
その封筒が退役を意味していることに気づくのにそう時間はかからなかった。
上山空将も覚悟上でいくのだ。ならわたしが、そんなことをして良いのか、などと言うのは無粋だろう。
「装備などの調達は私がしよう。だから貴方は気持ちの準備をしておいてください。集合時間は明日明け方六時に。ちなみにスカイダイビングの経験はありますか?」
「無いです」
「なら資料は今渡しますが、降下の詳しい説明もその時行います。以上。何か質問はありますか?」
「いえ。ありません」
「では、明日また会いましょう」
上山空将が敬礼したので、わたしも見よう見まねで敬礼した。
門を通るとすぐ横に警備員のいる白い小屋で事情を話そうと思ったが上手く説明できる自信がなかったため、伯祖父からもらった例のカードを渡すと、上の者に連絡を入れる、と言って待つことになった。
数分後「もう少々お待ちください」と警備員の方がそう言って奥の大きな建物に消えていく。
待っている間、友人を無くし、相談する相手もいなくなったわたしはこの先どうすればいいのかと考えていたが、考えても考えても答えは一向に出ない。
ため息をついていると肩をトントンとされ、振り向くとさっきの警備員と胸元に金のプレートのたくさんついた軍服を着た黒髪の綺麗な女性がいる。警備員の方は「話が聞きたいそうですのでどうぞ中に」と今度はわたしを建物の中に入るよう誘導した。建物の入り口まだ行くと警備員さんはここまでのようで小屋に戻っていった。
受け継ぐように女性はわたしをとある部屋へ誘導する。その部屋はこの建物の一番上の奥にある部屋。
「この部屋です」
「あの。すみません。この部屋って……」
「はい。空将殿のお部屋です」
「えっ、ちょっと待っ――」
わたしの言葉を無視して女性は扉をノックする。
「お連れいたしました」
扉の向こうからは「ああ。入れ」と一言。
それを合図に扉が開き部屋の奥の机に空将と思われる軍服に女性よりも多くのプレートのついた屈強な男性がいるのが見えた。歳は……『Sephirot』を服用しているのかわからない。見た目の年齢は三十代に見える。
わたしは女性に背中を押されて中に強制的に入らされる。
するとわたしが入ったのを確認し、女性は「では失礼します」とさっさと部屋を出ていってしまった。
屈強な男性いる部屋に女子高生が連れ込まれてしまった。
言いようによってはそうとも言えるこの状況で数秒無言が続いた。
それを見兼ねた空将は立ち上がり、わたしに部屋にあるソファに座るように勧め、わたしもそれに従い、ソファに座った。空将は無言でコーヒーを淹れ、わたしの前のテーブルに置くと向かい合うように自身もソファに座った。
出されたコーヒーを飲んでも落ち着かないわたしは部屋をきょろきょろと見まわす。
すると空将がさっきまで座っていた机の横には大きな旗が掲げてありその後ろにはガラスケースに入った賞状や、写真が置いてあった。
そんなことをしているうちに空将がコーヒーを一口飲んだことでやっと会話が始まった。
「私は回りくどい話があまり得意ではなくてね。率直に訊かせてもらう。このカードはどこで手に入れたのですか?」
空将は話しながらわたしが持ってきたカードを胸ポケットから取り出しテーブルの上に置く。
「これは先日亡くなった伯祖父から託されたものです。伯祖父からは死に際、これを持って軍の基地に行くようにと言われ、わたしはここに来ました」
「その伯祖父さんのお名前は」
「いえ。両親に訊いても教えてくれませんでしたので」
「このカードについては何か」
「いえ。特には」
「そうですか……」
空将は確実にこのカードについてわたしの知らない何かを知っている。わたしはそれを聞き出したい。
空将としてはこのカードがただの高校生の手にあるのかを知りたいのだろうけどわたしは何も知らないから聞き出せずにいるって感じだろう。
どうしたものか。
と、ここでわたしは無意識に質問をした。
「あのお名前を訊いてもよろしいでしょか」
「ああ。これは私としたことが。失礼しました。上山 純一郎と申します。貴方のお名前も訊いてもよろしいでしょうか」
「はい。加賀見 サクラです」
わたしが名前を名乗ると上山空将は驚いた顔をして口を押さえる。
「なるほど。それでカードが貴方のところに……」
状況がつかめないわたしを見て上山空将は手を組み、昔話を始めた。
「公務員の二人の男が昔、とある仕事でヘリを借りたいとここに来たことがあったのです。二人の名は小田 啓太郎と加賀見 透でした」
小田 啓太郎は確かカードに書かれていた名前。加賀見 透さん……はもしかして伯祖父の名前かな。
「彼らは上司と部下の関係でしたがとても仲が良さそうでした。そして二人はヘリに乗ってここより東の雲より上空にあるとある場所に向いました」
「とある場所って?」
「はい。その場所の名を『シマ』と言います。これは秘匿事項になっていまして『シマ』についてはこの件に関わった方の他に軍の上層部しか知らない事ですので口外禁止でお願いします」
『シマ』だ。伯祖父の言っていた最終地。
わたしはここにきてやっと先が見えてきた気がした。
「『シマ』とは。東の海の上をずっと浮遊している浮遊島のことです。『シマ』は常に雲に覆われており、下部しか見えないため地上はおろか衛生写真でも上部は確認不能な不思議な場所です。秘匿事項になる以前は国中が『シマ』に行きたいと言っていたのですが、秘匿事項になるとある日突然国民は『シマ』に関連する記憶が消え、誰も話に出すことはなくなりました」
今朝のナリと同じだ。やはりこの世界は誰かの都合の良いように調整できるんだ。
でもなんでわたしの記憶は消されていないんだろう。
少し言葉に出しただけのナリが対象になったのならわたしはもっと前に記憶を消されていてもおかしくないのに。
もしかしてそこにわたしが『変』と言われる理由があるのかもしれない。
わたしは確実に近づいている真実に対しての興奮を隠すようにコーヒーを一口、二口と飲んだ。
「そんな場所に二人は何をしに行ったのですか?」
「彼らのいた文化観光部は文化や自然の保存以外にも国家遺産の登録も行っています。そしてあの日二人は『シマ』にあると予想されていた遺跡を国家遺産に登録するための審査をするため『シマ』に足を踏み入れようとしていました。これは初めての試みでしたがタンデム装備で軍の者と『シマ』より高度から降下することで確実に二人がたどり着けるようにしました」
「では『シマ』には何があったのですか? 教えてください!」
「えー。実は私は知らないのです」
わたしは驚いてつい声が出てしまう。
「二人が降下した直後、突然通信障害が起きて状況が分からなかったのです。もちろん何度も通信を試みましたがダメでした」
「ではその二人はどうなったのですか?」
「それが……」
上山空将は言いづらそうに一度下を俯いた。
「……計四名で行った降下作戦でしたが、数時間後砂浜で見つかった加賀見さん以外の姿はなく、その後の加賀見さんからの事情聴取から、おそらく『シマ』にて三名死亡したと思われます。私がもっと警戒し、対策を立てていれば結果は変わったかもしれないのに。不甲斐ないです」
ぎゅっと強く手を組む姿からも上山空将が強く悔いていることがわかった。
「到着してからずっと加賀見さんはパニック状態だったためか『シマ』についての記憶はなく、ただ彼は一言。あれは遺跡ではない。と言っていました。これだけ危険性を聞いても『シマ』に行くつもりですか? 加賀見サクラさん」
なっ。ば、ばれてる。
一瞬隠そうとも思ったが『シマ』に行くには軍の、更には上山空将の協力が必要不可欠だ。ならここで隠したところであまり意味はない。
「わ、わたしにはどうしても行かなければいけない理由があるんです! お願いです。協力してください!」
わたしの言葉を聞いて上山空将はため息をつく。
「さっきの話で言ったように、私は既に『シマ』で三人死なせています。だから不確定要素しかない死地のような場所に行くことを私はお勧め出来ません。出来ませんが……」
上山空将はカップに残ったコーヒーを勢いよく飲み干し、覚悟を決めたように立ち上がった。
「ですが私が同行するなら許可しましょう。どちらにせよ。降下の際無事に降りられる者が必要でしょう」
「えっ。良いんですか?」
「ええ。死地に子供一人だけで行かせるわけにも、部下を行かせるわけにもいかない。なら私が行くしかないでしょう」
「怖くはないのですか?」
「もちろん怖いです。怖いですが、それ以上に誰かをまた死に向かわせて死なせてしまう方が私は怖い。老兵で良ければお供させていただきたい」
「むしろありがたいです。よろしくお願いします」
わたしも立ち上がり握手を交わすと上山空将は胸ポケットから封筒を取り出し、机に置いた。
その封筒が退役を意味していることに気づくのにそう時間はかからなかった。
上山空将も覚悟上でいくのだ。ならわたしが、そんなことをして良いのか、などと言うのは無粋だろう。
「装備などの調達は私がしよう。だから貴方は気持ちの準備をしておいてください。集合時間は明日明け方六時に。ちなみにスカイダイビングの経験はありますか?」
「無いです」
「なら資料は今渡しますが、降下の詳しい説明もその時行います。以上。何か質問はありますか?」
「いえ。ありません」
「では、明日また会いましょう」
上山空将が敬礼したので、わたしも見よう見まねで敬礼した。