中学生になっても諦めきれない俺はなんとかしてヨーコ姉ちゃんに会えないかと地図を広げた。ヨーコ姉ちゃんはどこから来ていたのかを調べるために。見てみると俺の住む町から山を二つ三つ挟んで小さな村があることがわかった。だがその村は電車も通っていない山間にあって、車でないと行くのは難しそうだった。
三年への進級を間近に控えたある日、友達と進路についての話をした。
「皆どうするの?進学?就職?」
「俺は進学。受かればね。落ちたら家の仕事手伝わなきゃいけなくなる。そしたらそのまま、かな。」
「俺は就職。学校の紹介のとこ行くつもり。マコトは?」
「俺は進学。中央に行こうと思ってる。」
「中央かー、俺らには無理だけどマコトなら行けそうだな。そう言えば相田さんも中央って言ってたっけ?」
「うん。ちょっと難しいけど頑張りたいなって思ってる。」
「そっかー。二人とも受かったら一人暮らしするんだろ?」
「いや、家から通うつもり。」
「私も一人暮らしはする気ないかな。」
「マジで?まあ無理じゃないのか。でも大変じゃない?普通は引っ越すっしょ。」
「多少大変だとは思うけど、でも俺、あんまこの町を離れたくないんだよね。」
「なんで?」
「だってずっとここで生まれ育ったんだぜ。やっぱあるじゃん、そういうの。思い出もあるし、離れたくないって気持ちがさ。」
皆にはそう言った。けど本当はただそれだけじゃない。あの場所から離れることが、もしかしたらもう一度会えるんじゃないかという淡い期待を自分から諦めてしまうことのように思えたからだ。
そして俺は見事志望校に受かって高校生になった。
俺の町には高校がないため、中学卒業とともに働くやつ、一人暮らしして高校へ通うやつ、都会へ出稼ぎに出るやつ、ほとんどはそのどれかだった。俺の同級生で実家から通うのは、同じく志望校である中央に受かった優紀子だけだった。
俺と優紀子は毎朝早くから家を出て待ち合わせをして一緒に登校していたから高校からの友達は俺たちが付き合っていると勘違いすることもあったが、お互いあまり気にしていなかった。
俺は高校では色んな部活に随分熱心に誘われたが、結局どこにも入部することなく、ほぼ毎日バイトをしていた。俺たちの住む町にはちょうどいいバイト先なんてなく、高校のあるところの近くならバイト先は山ほどあったからだ。優紀子もバイト先は違うがほぼ同じ曜日、同じ時間までバイトをしていたので帰りの電車も一緒だった。そんなところも誤解される理由だったんだろう。最初は俺も、家に帰るのが遅くなってしまうと女の子一人では危ないと思ってのことだった。でもずっと一緒にいる内に、それだけじゃない気持ちも生まれていた。
「俺もだけど、優紀子もバイトばっかりやってていいのか?何か欲しい物でもあるとか?」
「欲しい物かあ、別にないかな。」
「じゃあ給料は何に使ってるの?」
「貯金かなあ。」
「貯金かよ。限りある高校生の放課後の使い道が貯金のための労働かよ。」
「えー?そんなこと言うならまこちゃんは?」
「なあ優紀子、そのまこちゃんっての、もう止めないか?」
「なんで?」
「だってもう皆そんな風に呼ばないだろ。俺たちももう子供じゃないんだし、ちょっと恥ずかしいんだよな。」
「もう子供じゃないかも知れないけど、私にとってはまこちゃんがまこちゃんなことは変わらないし。」
「そうだけど。」
「昔からの関係を止めちゃうみたいで、距離ができちゃいそうって言うか、だから、変えたくないな。どうしても嫌なら止めるけど・・・。」
「いや、変えたくないならいいよ。人前で子供みたいな呼び名を通して、それで優紀子が恥ずかしくないならな。」
「ふふ、私は恥ずかしくないよ。全然。」
少しふざけると優紀子は笑顔でそう答えた。
今までも何度も見たその笑顔を見るたび、俺は優紀子をもっと距離を縮めたいという衝動に苛まれた。
優紀子とは子供の頃からの付き合いで、高校が一緒な上ほぼ毎日一緒に登下校している。互いにとって最も付き合いの長い関係と言えるだろう。だからこそお互いがお互いを意識していることをお互いが気づいていたと思う。
しかし俺はずっとそれに気づかないように、向き合わないようにしてきた。
優紀子は何も言わなかったが、そのことにきっと気づいていただろう。
三年への進級を間近に控えたある日、友達と進路についての話をした。
「皆どうするの?進学?就職?」
「俺は進学。受かればね。落ちたら家の仕事手伝わなきゃいけなくなる。そしたらそのまま、かな。」
「俺は就職。学校の紹介のとこ行くつもり。マコトは?」
「俺は進学。中央に行こうと思ってる。」
「中央かー、俺らには無理だけどマコトなら行けそうだな。そう言えば相田さんも中央って言ってたっけ?」
「うん。ちょっと難しいけど頑張りたいなって思ってる。」
「そっかー。二人とも受かったら一人暮らしするんだろ?」
「いや、家から通うつもり。」
「私も一人暮らしはする気ないかな。」
「マジで?まあ無理じゃないのか。でも大変じゃない?普通は引っ越すっしょ。」
「多少大変だとは思うけど、でも俺、あんまこの町を離れたくないんだよね。」
「なんで?」
「だってずっとここで生まれ育ったんだぜ。やっぱあるじゃん、そういうの。思い出もあるし、離れたくないって気持ちがさ。」
皆にはそう言った。けど本当はただそれだけじゃない。あの場所から離れることが、もしかしたらもう一度会えるんじゃないかという淡い期待を自分から諦めてしまうことのように思えたからだ。
そして俺は見事志望校に受かって高校生になった。
俺の町には高校がないため、中学卒業とともに働くやつ、一人暮らしして高校へ通うやつ、都会へ出稼ぎに出るやつ、ほとんどはそのどれかだった。俺の同級生で実家から通うのは、同じく志望校である中央に受かった優紀子だけだった。
俺と優紀子は毎朝早くから家を出て待ち合わせをして一緒に登校していたから高校からの友達は俺たちが付き合っていると勘違いすることもあったが、お互いあまり気にしていなかった。
俺は高校では色んな部活に随分熱心に誘われたが、結局どこにも入部することなく、ほぼ毎日バイトをしていた。俺たちの住む町にはちょうどいいバイト先なんてなく、高校のあるところの近くならバイト先は山ほどあったからだ。優紀子もバイト先は違うがほぼ同じ曜日、同じ時間までバイトをしていたので帰りの電車も一緒だった。そんなところも誤解される理由だったんだろう。最初は俺も、家に帰るのが遅くなってしまうと女の子一人では危ないと思ってのことだった。でもずっと一緒にいる内に、それだけじゃない気持ちも生まれていた。
「俺もだけど、優紀子もバイトばっかりやってていいのか?何か欲しい物でもあるとか?」
「欲しい物かあ、別にないかな。」
「じゃあ給料は何に使ってるの?」
「貯金かなあ。」
「貯金かよ。限りある高校生の放課後の使い道が貯金のための労働かよ。」
「えー?そんなこと言うならまこちゃんは?」
「なあ優紀子、そのまこちゃんっての、もう止めないか?」
「なんで?」
「だってもう皆そんな風に呼ばないだろ。俺たちももう子供じゃないんだし、ちょっと恥ずかしいんだよな。」
「もう子供じゃないかも知れないけど、私にとってはまこちゃんがまこちゃんなことは変わらないし。」
「そうだけど。」
「昔からの関係を止めちゃうみたいで、距離ができちゃいそうって言うか、だから、変えたくないな。どうしても嫌なら止めるけど・・・。」
「いや、変えたくないならいいよ。人前で子供みたいな呼び名を通して、それで優紀子が恥ずかしくないならな。」
「ふふ、私は恥ずかしくないよ。全然。」
少しふざけると優紀子は笑顔でそう答えた。
今までも何度も見たその笑顔を見るたび、俺は優紀子をもっと距離を縮めたいという衝動に苛まれた。
優紀子とは子供の頃からの付き合いで、高校が一緒な上ほぼ毎日一緒に登下校している。互いにとって最も付き合いの長い関係と言えるだろう。だからこそお互いがお互いを意識していることをお互いが気づいていたと思う。
しかし俺はずっとそれに気づかないように、向き合わないようにしてきた。
優紀子は何も言わなかったが、そのことにきっと気づいていただろう。