ウンて言って、小宮山

ケーキの右半分をさっさと食べ終わった加瀬くんが、真ん中にのっかってるイチゴを私のほうへぐいぐいと寄せてくる。
「加瀬くん、イチゴ食べていいよ?」
「え」
「好きだよね? イチゴ」
って言ったら、加瀬くんの顔がうっすらと赤く染まった。

見てたらなんとなくわかる。加瀬くんはイチゴののっかったやつが好き。
クレープ食べた時は私のイチゴを勝手につまんでたし、かき氷だっていっつもイチゴだ。

「いーよ? 食べても」

モジモジしてる加瀬くんを促すと、しばらく無言で悩んでた加瀬くんが、イチゴにそーっとフォークを突き刺した。
「・・じゃ、じゃあイタダキマス」
そしてぱくりと一口。
つやつやした真っ赤なイチゴが、加瀬くんの口に消えた。
恥ずかしいのと、おいしいのとが半分ずつくらい混ざった加瀬くんの表情に胸がほんわりあったまる。
「ねえねえ、もういっこあげるよ」

まだ左側に残ってたイチゴをつまんで加瀬くんの口元に持っていくと、コドモのように「あーん」て素直に口を開ける様子がこれまた・・

「わあカワイイ・・」
「カワイイってなんだよ、 やめてくれる!?」

だってホントに可愛いんだから仕方ない。イチゴ食べてる時の加瀬くんの可愛らしさといったらーーー

「あーたまんない」

実は私もそれなりにイチゴが好きだ。
小さな頃は、ケーキにのっかってるイチゴをお兄ちゃんと奪い合って食べてた。
なのにそれが。
自分で食べるよりも、誰かの食べてる顔が見たいって思うようになるなんて。

「んじゃ、ハナシ戻るけど! コレとコレ! どっちか選んで」
加瀬くんが私の鼻先にスマホを突きつける。
「いやいやいや。まだ行けるかどうかわかんないってば」
「それ、いつ決まんの!? てか決める気あんの!?」

「・・もうチョット考えてからネ?」
「あーくそ。オレ、ホントに後チョットしか待てねえからな!」
ケーキを食べた後は海で遊んだ。
さすがにもう水は冷たかったけれど、ガマンできないほどじゃない。

「あ」

加瀬くんが突然砂浜にしゃがみ込む。

「コレ、あげる」

加瀬くんが私の手のひらにのっけてくれたのは、つやつやした真っ白い巻き貝の殻。
「わあ、こんなに白いの珍しいね」
手のひらの上でころがしてみると、うっすらと茶色いスジが入ってる。
「コレたぶん、よくあるやつ。それの、特別白いやつ」
加瀬くんが得意そうに胸をはった。

「ありがと、加瀬くん」

17回目の誕生日。
松原でケーキ食べて、海で遊んで、恋人にキレイな白い巻き貝をもらった。



「加瀬くん、坂川のイルミネーション見に行こう」
「あー、アレね。いつから?」
「きのうからだって」

ゆうべローカルニュースでやってた。点灯式があったって。
坂川駅前の並木道はこのあたりじゃ一番のイルミネーションスポットで、駅前大通りの巨大な街路樹が端から端までライトアップされる様は、なかなかに壮観なのだ。

「今日いく? ロボコンないし」
「いく!」

学校帰りにそのまま坂川に来ちゃったから、外はまだ全然明るい。
灯りがともるまでは、まだしばらくかかりそうだった。

「なあ、この先の公園知ってる? 丸いイルミネーションしてるとこ」
商店街の中を歩きながら、加瀬くんが脇道のひとつを指差して言う。
「知らない。私、坂川あんまり詳しくないんだよね」

大通りのイルミネーションだってほとんど見に来たことがないのだ。うちは家族仲が悪すぎてあんまり外出しないから。
夜の外出は、去年、高校生になって少しだけ許された。
「じゃあ、まずコッチの公園いこーぜ。んで、なんか食お?」

加瀬くんに連れられて、レストランや居酒屋の密集してるエリアに入っていく。しばらく歩くと、いきなり小さな公園が現れた。なんだかここだけがポッカリと異質だ。お酒を飲んだ大人たちがこの公園で酔いをさましたりするのだろうか。

ベンチに座って、上を見上げてみてわかった。加瀬くんが丸いイルミネーションって言ってた意味が。
公園の周囲にぐるりと植えられた木を上手に使って、ドーム状にライトが飾りつけてある。
「わあ。コレ、ライトがついたらスゴそうだね」
「小さいけど結構キレーだぜ?」
加瀬くんによれば、この公園のイルミネーションも坂川じゃ常識らしい。

私たちは熱々の肉まんを食べながら夜を待った。
「なあ、クリスマスなにほしい?」
「うーん・・ほしいものかあ」
だけど、急には思いつかない。
「加瀬くんは? なんかほしいものある?」
そう聞いたら肉まんで口がパンパンの加瀬くんにジロリと睨まれた。
それをゴックンと勢いよく飲み下してから加瀬くんが口を開く。
「オレさあ、モノよりアレがいいんだよね。ロボコンの返事」
「ああ。ウン。アレねえ・・」
もう何回目だかもわかんないくらい繰り返されてきたこのやりとり。
この件に関しては、加瀬くんの機嫌がもう相当に悪くなっていた。

「早めに予約してーんだよ。GWだぞ? 部屋なくなるぞ? このまま決まんなかったらラブホにするからな! そん時は鏡張りの部屋とかでも文句ゆーなよ」
「か、鏡張り・・!?」
「おう。あるぞ。中にはそーゆうのも」
「むむむ、むり、絶対」
「だろ?」

そんなのイヤだ。
初めてなのにハードルが高すぎる。
「実はね、アリバイ作りをお兄ちゃんに頼んでみたんだけど・・」
「へー。小宮山、兄ちゃんいるの?」
「うん。今、大学1年」

「うちのお母さん、泊まりで遊びに行くと絶対電話してきて友達に挨拶すんだよね。だから身内に頼むのが確実かなって」
しかもうちの兄はロボコンが開催されるA県にいる。
「ヤッタ! じゃあ小宮山のほうはソレでクリアね?」
って加瀬くんが顔を輝かせるんだけど、そーじゃない。
全然クリアなんかしてない。

「ええっと、それがさあ・・」

兄に協力をお願いしたら、一応引き受けてはもらえた。
が、面倒な条件がついたのだ。

「エ!? 兄ちゃんが来る!? ロボコン見に??」
「ロボコンっていうか・・加瀬くんを見に」
「オレ!? なんで?」

それはーーー

『まずすみれの彼氏がどんなヤツか確かめて、協力するかどーかはその後で決める』
『ええっ、なんで!?』
『ヘンなヤツだったら泊まりなんか許可できねーよ。そいつ見て、オレがダメって思ったら泊まりはナシだからな。そん時はオレんとこ泊まれ。それがイヤなら引き受けない』
『そんなあ・・』
・・ってコトだったのだ。

加瀬くんがザッと青ざめた。
「じゃ、じゃあオレ、小宮山の兄ちゃんの査定受けるの!?」
「ゴメン。ヤだよね・・」

当たり前だ。
イヤに決まってる。

「やっぱり他の方法考える。それかいっそ泊まりをやめちゃえば・・」
って言ったら加瀬くんがそれはイヤだって言う。
「オレ、オマエと一緒に朝迎えてみたい」
「ウ、ウン・・」
しばらく黙って何か考えてた加瀬くんだったけれど、突然、「それでいいよ」って言い出した。
「オレ、小宮山の兄ちゃんに会う。だからそのまま頼んでよ」
「ウソ、いいの!?」
「そりゃオレだってこえーし、恥ずかしいケドさあ・・」
肉まんの底にくっついてた紙を握りしめたまま、加瀬くんが夜空を見上げる。
「どーせこのハナシ持ってった時点で、オレの下心なんかバレバレじゃん? この際、恥ずかしいのは諦める」
「ゴ、ゴメン」
「オレ、ロボコンがんばるし、小宮山とマジメにオツキアイしてますってちゃんと挨拶するから・・」

なんだか結婚前の親への挨拶みたいなことになってしまった。
会うのはお兄ちゃんだけど。

「だから小宮山も、兄ちゃんのOKもらえるようにオレのことホメちぎっといてよ」
「ウ、ウン。わかった」
さくっと腹をくくってスッキリしたのか、晴れ晴れとした顔で加瀬くんが私に頷いた。

「んじゃ、オレはプレゼントこれでいいから。オマエのほしいもん、なんか言ってみて?」
「いいよ。いらない」
「なんで?」
「なんでって、私だけもらえないよ」

そんなやりとりをしてたら、加瀬くんがコロリと方針を変えてきた。

「じゃあやっぱオレもらうわ。プレゼント」
「あ、そう? 何がいい? 何でもいいよ?」
「ならオレ前倒しがいい」
「マエダオシ??」
意味がわからずポッカーンとしていると、加瀬くんが顔を寄せてきてヒソヒソとささやく。
「GWに予定してたアレの前倒し」
「・・・」

加瀬くんは「なあ、イミわかる?」って言って意味ありげに自分の鼻先をすいっと私の頬に滑らせた。
甘えたい時、もしくは何かオネダリしたい時に加瀬くんはよくコレをやる。
そして今のは明らかに後者、オネダリのパターンだ。

「さ、さあ。意味がよく・・ワカラナイナ・・」
「ウソつけ」