「神田さんが僕を振ったのは、神田さんの幼馴染の有馬ありま楓くんがいるから?」
えっ!
驚いた。香澄川くんが私の幼馴染の名前と存在を知っていたなんて。
私の体のどこかに監視カメラでもあるのだろうか。
確かに、私が香澄川くんのことを振ったのは楓の存在があるから。楓は私にだけ優しくて、暇さえあれば私に抱きついてくる可愛い幼馴染。
「涼音ちゃん!」
と言ってすり寄ってくる楓に、いつからだろうか、私が楓のことを好きになっていたのは。覚えていないくらいに、私は、昔から楓のことが大好き。
そのことを香澄川くんに言ってもいいのだろうか。でも、本当のことを言ったら香澄川くんが諦めてくれる、んだよね。
恥ずかしいけど、勇気を出さなきゃ。
手紙を読んでいるみたいに言えば恥ずかしくない。「すう」私は深呼吸をした。
「香澄川くん、私が、香澄川くんを振ったのは楓がいるからです。それだけでいいですか?」
さっき、香澄川くんを振ったとき以上に緊張した。
「胸の奥から込み上げてくる恥ずかしさがオーバーヒートして吐きそう」と思っているとまた、香澄川くんが言った。
「有馬くんとはどういう関係か、詳しく、教えて。」
“詳しく”のところを強調して言われたなと思うのと同時に、香澄川くんのわりに食いついてくるなと思った。
「えーとっ。どこまで聞きたい?」
本当は聞かれたくないけど。しょうがない。さっきも言ったけど香澄川くんの告白を無下にした私に答えない権利なんてないんだ。
「いつから幼馴染なのか、有馬くんのどこが好きなのか、マンションは隣なのか、とか、その他諸々。」
わあ、いっぱい聞いてくるな。私のプライドずたぼろじゃん。“その他諸々”っていうのも答えないと。
「香澄川くん、長くなるけどちゃんと聞いてよ。香澄川くんが聞いてきたんだからね。」
香澄川くんに忠告しておかないと。その他諸々とか言われたら全部言いたくなっちゃうんだから。
「楓と私は2歳からの付き合い。最初に私がマンションに住んでたんだけど、私が2歳の誕生日のときに楓が隣に越してきたの。最初、楓を見たとき、ビクビクしてて絶対に関わることも、友達になることも嫌だったの。」
香澄川くんは「聞きたくないけど、聞かなきゃ。」という顔をしながら私の話を聞いてくれている。たまに顔をしかめているけど。
「私が10歳の誕生日の日に楓が非常用の壁を蹴ったの。小さな穴が空いて。そして、楓がそこを通って来たんだよ。大声、上げちゃった。そのときは目が飛び出るとはこのことかと思ったくらいびっくりした。で、楓はまたすぐに自分の家に戻って行った。次の日も楓はまた抜け道通ってきて、私の目の前に現れて、『ここは僕達だけの秘密の通り道。誰にも言っちゃだめだよ。』って言って私に口づけしたの。」
あぁ、恥ずかしい過去言っちゃったよ。私の隣では香澄川くんが項垂れている。
「あいつっ。こんなかわいい人に何してくれてるんだよ。」
香澄川くんは真面目なのに“あいつ”なんて言うんだなと思った瞬間。
ガラガラッ
香澄川くんが項垂れているとき、突然ドアが開いた。
現れたのは少し茶色っぽい髪の毛の毛先を遊ばせている、楓、だった。
「涼音ちゃんっ!僕たちの過去なんで言っちゃってるの。誰にも言わないって約束だったじゃん!」
「わっ!楓。空気読んでよ~。今、クラスメイトの香澄川くんに告白されて。」
“告白”という言葉を聞いて、楓の顔が一瞬で強張った。
やばいやばい、ちゃんと言わないと。「断ったよ」って。じゃないと楓の顔が今すぐにでも爆発しちゃいそうになってるから。ってもうなってるか。
「香澄川くんがクラスメイトなのは知ってるよ。だって僕、涼音ちゃんと香澄川くんと同じクラスだもん。」
そうだった。今、頭の中に香澄川くんからの告白しかなくて、楓も私と香澄川くんと同じクラスだということをすっかり忘れてた。楓、ごめん!
「お前、香澄川宙と言ったな。有名な香澄川グループの御曹司で有名な。涼音ちゃんのことお金で買おうとしてるんじゃないよね。だったら、許さないよ。香澄川宙くんのこと社会的に消してあげるから。覚悟しておきなよ。」
楓は私が見たことないような顔をしていた。そして聞いたことないようなドスの効いた声を発していた。私はぶるぶる震え、怖くて泣いてしまった。
「楓っ!香澄川くんの告白はもちろん、断ったよ。だからそんな『社会的に消してあげる』とかそんな物騒なこと言わないでよ。」
“もちろん”と言われてあからさまにげんなりしている香澄川くんはさておいて。
楓に言いたいことを言ったら堰を切ったように涙がでてきて止まらない。
すると、楓は「行くよ。」と言って私をお姫様抱っこしたのだ。「えっ?あ、うん?」
私の頭の中は刺繍糸が絡まったかのようになっている。はてなマークでいっぱいだ。
そして、楓が香澄川くんに私の涙を見せまいと、楓が着ていたカーディガンをふわりとさりげなく私の顔に掛けた。
楓の行動はいつもさりげない。
私の涙はすぐに止まった。今までの楓の行動からは信じられない行動だったから驚いてしまったのだった。楓のカーディガンからは柔軟剤のいい香りがする。
って!一体、どこに行くんだ?
もしかして教室?
いや、教室は危険がいっぱいだからないとして。だって楓はファンクラブがあるくらいモテるんだよ。休み時間は女の子たちに囲まれていて。楓は男の子にも人気がある。けれど女の子の黄色い声に負けて話せている男の子は数少ない。私も、楓と話したいけれどあの中に入る勇気は全くない。柚は「行ってきなよ!」といつも言ってくる。けれどあの輪には入らなくても大丈夫。だって毎日ベランダや部屋で話しているから。楓の隣の家に住んでいる特権。
楓が隣の家に住んでいるということもたまにはいいことだなと思う。
だから、このままずっとお姫様抱っこされたまま教室に行くと女の子がばたばた倒れることになるんだよ。考えただけで眩暈と吐き気がする。
で、当の本人は自分がモテていることに気付いていない。無自覚。気づけよ、と楓を軽めにデコピンしたくなる。好きな人にそんなことはしないけどね。
楓は私が考えていることもお構いなしに廊下をずんずん歩いて行く。
そして今に至る。
バンッ!
物凄く大きい音が聞こえた。
どこからだ?
あっ、私のところからか。
は?うぇ?
いや、何私、納得しちゃってんの?
だって今。
楓の手が私の顔の真横に・・・
「何、香澄川宙と2人きりになってるの?そんなこと、誰がいいって言ったの?呼び出されて告白って瞬時に分からなかった?涼音ちゃんは自分の可愛さに気付かなすぎだよ。いつも僕の手を煩わせる。そんな涼音ちゃんも好きだけど。女の子としてね。でも無自覚な涼音ちゃんは大嫌い。どう?僕に嫌いって言われた感想は?」
え?情報が一気に入ってきて情報解析能力がパンクしそう。
いつから楓はこんなに饒舌になった?
楓は今、私のことが好きって言った?
私が可愛い?そんなことないよ。だって昔楓が私に「涼音ちゃんのことが好きな男の子なんて一生現れないよ。」って言ってたもん。私は「楓はそんなこと言う人じゃない」って言った記憶があるから。
“嫌い”って言われた感想?そんなの傷ついたに決まってるじゃん。好きな人に嫌いって言われて傷つかない人なんていないと思うよ。
キーンコーンカーンコーン
4限目が終わった。知らない間に4限目が始まっていた。つい授業をサボってしまった事実に無性に悲しくなった。今までずっと皆勤だったのに。楓のせいだ~!そんなことを思っていると。
「何黙ってるの?涼音ちゃんのわりに度胸あるね。人に質問されてるのに。ま、いいよ。」
楓が話し出した。
何が、“いいよ”なのか聞けずに、楓はスタスタとどこかへ行ってしまった。
すると、「せいぜい、聞いていなよ。涼音ちゃんができるのはそれだけだよ。」舌をべーと出して去っていった。またもや意味深なことを残していったな。私も楓の手を煩わせているよ。って言っていることがお互い様過ぎる。
教室戻ってお昼食べよっと。
教室に着くと、柚から質問攻めにあった。
「涼音もいないし早乙女もいないしで、ゆうみんが困り果ててたよ。」
早乙女っていうのは楓の名字
ゆうみんっていうのは数学の担当教師。本名、夕陽丘ミイヒ
まだ20代くらいで、可愛い。とても男の子に人気がある。だけれど、課題を多く出してくると有名な先生。
「もしかして、早乙女と甘ーい空気になってた?」
ドキィ。柚の言っていたことが図星すぎてあからさまな反応をしてしまった。
「その反応は図星だな?」
「あっ、はい」
もう認めるしかなかった。これ以上誤魔化すと私の良心が痛むし。
「何された?聞く前にお昼ご飯食べようか。食べながら根掘り葉掘りしてやるぅ!」
これは全て白状するしかないな。黙ってても言いたいことを読まれちゃいそうだしね。
「ええと、えーと」
恥ずかしくていい詰まってしまう。
「涼音って『ええと』が口癖だよね。毎日言ってる」
「へっ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。これこそが恥ずかしいぃ。鏡を見なくても分かるよ。今の私は多分、茹でたタコみたいになってる。「うぅ」と唸ってしまう。
「あっ、気にしないで。私が今思ったことを言っただけだから。続けて続けて」
「絶対にしーっ、だからね。」
「OK!もし私が大声出したら殴っていいからね、冗談抜きで。」
「殴りはしないけど。ええと何があったかというとね。まず香澄川くんに告られてそこに楓が現れたわけ。校内1周回って視聴覚室に辿り着いて急にその・・・俗に言う、か、壁ドンを。」
「でっっ?続きは?」
柚が目をキラキラ輝かせてめちゃめちゃ食いついてくる。
「印象的で楓が言ったこと全部覚えてるんだよ、なんかねぇ、『何、香澄川宙と2人きりになってるの?そんなこと、誰がいいって言ったの?呼び出されて告白って瞬時に分からなかった?涼音ちゃんは自分の可愛さに気付かなすぎだよ。いつも僕の手を煩わせる。そんな涼音ちゃんも好きだけど。女の子としてね。でも無自覚な涼音ちゃんは大嫌い。どう?僕に嫌いって言われた感想は?』って。意味が分からなくてポカンとしちゃったよ。」
緊張しすぎて顔が熱いっ!
手で顔をパタパタと仰ぐ。
「嘘、でしょ?」
なぜか柚の目が死んでいる。
「何が?」
「『何が?』じゃないでしょ!涼音、あんた、1日に2回も告られるなんて幸せ者だねぇ。私なんて入学式のとき30人告られて以来もうモテ期は去ったね。」
いや、知らなかった。聞いたことなかったよ。柚の入学式の話を。柚と知り合ったのは席がだったもんな。
「で?なんて答えたの?」
「へ?」
「いや、だから、『無自覚な涼音ちゃんは大嫌い』って言われた感想」
もう、楓からの告白の話を忘れたい。次は顔が熱くなるだけじゃなく火が出そう。
「それが、さっきも言ったけどポカンとしちゃって何にも言えなかったわけ。そしたら、楓の堪忍袋の緒が切れたのか『何黙ってるの?涼音ちゃんのわりに度胸あるね。人に質問されてるのに。ま、いいよ。』って言ってどこかに行った。」
「はあ。」
柚が深いため息を吐いた。見る限り心底呆れていそう。
自分のアホさに幻滅する。
「涼音はさ、恋愛に鈍感すぎる。早乙女は涼音に自分の気持ちを気付いて欲しかったんだと思うよ。」
柚が言っていたことがあまりにも正しすぎて感無量。
泣きたくなってくる。
楓が言ったいたことが素直に分かってくる。