すると、楓は「行くよ。」と言って私をお姫様抱っこしたのだ。「えっ?あ、うん?」
私の頭の中は刺繍糸が絡まったかのようになっている。はてなマークでいっぱいだ。
そして、楓が香澄川くんに私の涙を見せまいと、楓が着ていたカーディガンをふわりとさりげなく私の顔に掛けた。
楓の行動はいつもさりげない。
私の涙はすぐに止まった。今までの楓の行動からは信じられない行動だったから驚いてしまったのだった。楓のカーディガンからは柔軟剤のいい香りがする。
って!一体、どこに行くんだ?
もしかして教室?
いや、教室は危険がいっぱいだからないとして。だって楓はファンクラブがあるくらいモテるんだよ。休み時間は女の子たちに囲まれていて。楓は男の子にも人気がある。けれど女の子の黄色い声に負けて話せている男の子は数少ない。私も、楓と話したいけれどあの中に入る勇気は全くない。柚は「行ってきなよ!」といつも言ってくる。けれどあの輪には入らなくても大丈夫。だって毎日ベランダや部屋で話しているから。楓の隣の家に住んでいる特権。
楓が隣の家に住んでいるということもたまにはいいことだなと思う。
だから、このままずっとお姫様抱っこされたまま教室に行くと女の子がばたばた倒れることになるんだよ。考えただけで眩暈と吐き気がする。
で、当の本人は自分がモテていることに気付いていない。無自覚。気づけよ、と楓を軽めにデコピンしたくなる。好きな人にそんなことはしないけどね。
楓は私が考えていることもお構いなしに廊下をずんずん歩いて行く。
そして今に至る。
バンッ!
物凄く大きい音が聞こえた。
どこからだ?
あっ、私のところからか。
は?うぇ?
いや、何私、納得しちゃってんの?
だって今。
楓の手が私の顔の真横に・・・
「何、香澄川宙と2人きりになってるの?そんなこと、誰がいいって言ったの?呼び出されて告白って瞬時に分からなかった?涼音ちゃんは自分の可愛さに気付かなすぎだよ。いつも僕の手を煩わせる。そんな涼音ちゃんも好きだけど。女の子としてね。でも無自覚な涼音ちゃんは大嫌い。どう?僕に嫌いって言われた感想は?」
え?情報が一気に入ってきて情報解析能力がパンクしそう。
いつから楓はこんなに饒舌になった?
楓は今、私のことが好きって言った?
私が可愛い?そんなことないよ。だって昔楓が私に「涼音ちゃんのことが好きな男の子なんて一生現れないよ。」って言ってたもん。私は「楓はそんなこと言う人じゃない」って言った記憶があるから。
“嫌い”って言われた感想?そんなの傷ついたに決まってるじゃん。好きな人に嫌いって言われて傷つかない人なんていないと思うよ。
キーンコーンカーンコーン
4限目が終わった。知らない間に4限目が始まっていた。つい授業をサボってしまった事実に無性に悲しくなった。今までずっと皆勤だったのに。楓のせいだ~!そんなことを思っていると。
「何黙ってるの?涼音ちゃんのわりに度胸あるね。人に質問されてるのに。ま、いいよ。」
楓が話し出した。
何が、“いいよ”なのか聞けずに、楓はスタスタとどこかへ行ってしまった。
すると、「せいぜい、聞いていなよ。涼音ちゃんができるのはそれだけだよ。」舌をべーと出して去っていった。またもや意味深なことを残していったな。私も楓の手を煩わせているよ。って言っていることがお互い様過ぎる。
教室戻ってお昼食べよっと。
教室に着くと、柚から質問攻めにあった。
「涼音もいないし早乙女もいないしで、ゆうみんが困り果ててたよ。」
早乙女っていうのは楓の名字
ゆうみんっていうのは数学の担当教師。本名、夕陽丘ミイヒ
まだ20代くらいで、可愛い。とても男の子に人気がある。だけれど、課題を多く出してくると有名な先生。
「もしかして、早乙女と甘ーい空気になってた?」
ドキィ。柚の言っていたことが図星すぎてあからさまな反応をしてしまった。
「その反応は図星だな?」
「あっ、はい」
もう認めるしかなかった。これ以上誤魔化すと私の良心が痛むし。
「何された?聞く前にお昼ご飯食べようか。食べながら根掘り葉掘りしてやるぅ!」
これは全て白状するしかないな。黙ってても言いたいことを読まれちゃいそうだしね。
「ええと、えーと」
恥ずかしくていい詰まってしまう。
「涼音って『ええと』が口癖だよね。毎日言ってる」
「へっ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。これこそが恥ずかしいぃ。鏡を見なくても分かるよ。今の私は多分、茹でたタコみたいになってる。「うぅ」と唸ってしまう。
「あっ、気にしないで。私が今思ったことを言っただけだから。続けて続けて」
「絶対にしーっ、だからね。」
「OK!もし私が大声出したら殴っていいからね、冗談抜きで。」
「殴りはしないけど。ええと何があったかというとね。まず香澄川くんに告られてそこに楓が現れたわけ。校内1周回って視聴覚室に辿り着いて急にその・・・俗に言う、か、壁ドンを。」
「でっっ?続きは?」
柚が目をキラキラ輝かせてめちゃめちゃ食いついてくる。
「印象的で楓が言ったこと全部覚えてるんだよ、なんかねぇ、『何、香澄川宙と2人きりになってるの?そんなこと、誰がいいって言ったの?呼び出されて告白って瞬時に分からなかった?涼音ちゃんは自分の可愛さに気付かなすぎだよ。いつも僕の手を煩わせる。そんな涼音ちゃんも好きだけど。女の子としてね。でも無自覚な涼音ちゃんは大嫌い。どう?僕に嫌いって言われた感想は?』って。意味が分からなくてポカンとしちゃったよ。」
緊張しすぎて顔が熱いっ!
手で顔をパタパタと仰ぐ。
「嘘、でしょ?」
なぜか柚の目が死んでいる。
「何が?」
「『何が?』じゃないでしょ!涼音、あんた、1日に2回も告られるなんて幸せ者だねぇ。私なんて入学式のとき30人告られて以来もうモテ期は去ったね。」
いや、知らなかった。聞いたことなかったよ。柚の入学式の話を。柚と知り合ったのは席がだったもんな。
「で?なんて答えたの?」
「へ?」
「いや、だから、『無自覚な涼音ちゃんは大嫌い』って言われた感想」
もう、楓からの告白の話を忘れたい。次は顔が熱くなるだけじゃなく火が出そう。
「それが、さっきも言ったけどポカンとしちゃって何にも言えなかったわけ。そしたら、楓の堪忍袋の緒が切れたのか『何黙ってるの?涼音ちゃんのわりに度胸あるね。人に質問されてるのに。ま、いいよ。』って言ってどこかに行った。」
「はあ。」
柚が深いため息を吐いた。見る限り心底呆れていそう。
自分のアホさに幻滅する。
「涼音はさ、恋愛に鈍感すぎる。早乙女は涼音に自分の気持ちを気付いて欲しかったんだと思うよ。」
柚が言っていたことがあまりにも正しすぎて感無量。
泣きたくなってくる。
楓が言ったいたことが素直に分かってくる。
ピーンポーンパーンポーン
放送委員会のお昼の放送が始まった。
「ちょっと、やめてください。迷惑です」
「いいじゃない。ちょっとくらい。今から公開告白すんだから。きみたちも興味あるでしょ?公開告白!」
「あ?興味なんてないです。迷惑って言ってるでしょ?早く出てってください。」
ん?これは楓の声?
何やら放送委員会の人と楓が揉めているようだ。
楓は公開告白をしたいのだが、放送委員会の人は迷惑だと懸命に楓を止めようとしている。
放送委員会の人の“あ?”の声が胸の奥にずんとのしかかって来る。“あ”に濁点が付きそうな低い声で言うんだもん。
楓が泣いちゃうよ。楓は控えめな性格だから人の意見に異論を唱えるのが苦手なんだ。
それに、放送委員会の委員はみんな優しくて親切だという噂は嘘だったの?
「帰れって言ってんでしょ?聞こえないの?バカは頭だけじゃなくて耳も悪いんだね。フッ」
やっぱり嘘だ。怖すぎる。
っていうか放送委員会の人は何も知らないんだね。楓は学年で1番の成績を収めているよ。入試も首席合格だったしね。中間テストでは香澄川くんが1番だった。その理由は楓が風邪をひいていたから。だから、実質楓が1番の成績保持者ってわけ。ちなみに私の中間テストの順位は50位。240人中だからいい方じゃないかな。
その話は置いといて。
「楓になんてことを言うんだ」と思い、私はお弁当を残して放送室まで廊下を駆けて行った。
「ちょ、涼音!あんたどこ行くの?」
柚に聞かれたが答える暇がない。でも後ろから走るのが苦手な柚がドタドタと追いかけてくる。
しょうがない。
答えるしかない!
「ほうそうしつっ!」
もうやけくそだと思い、柚に早口で行き先を伝えた。
「了解!」
何が“了解”なんだか分からなかったが、伝わったならそれでいい。
2階にある教室から放送室までは遠い。
やっと半分まで来たと思ったら
「ちょっと神田さんっ。廊下を走らないで!」
厳しいと有名な体育教師、未来みくちゃんこと、海月未来くらげみく先生が追いかけてきた。さすが体育教師というだけある。物凄い速さで猛追してくる。
ひゃー。
早く放送室に着かないと、未来ちゃんに追いつかれてしまう。
追いつかれたらどんな目に合わされるか。うぅ、考えただけで眩暈と寒気が・・・
そんなことを考えながら走っていたら足が縺れて・・・