「何故、この葉っぱ達が紅く染まっているのか知っているかい?」
「うーん。分からないなぁ」
「簡単に言うとね、木を守る為なんだよ」
今、僕と花丸木さんは温泉があるホテルに泊まりに来ていて、紅葉を眺めながら蟹や野菜など沢山の種類が入った栄養バランスの良い鍋を食べていた。
目の前に見える葉っぱが紅く染まる理由もきちんとあるのに、僕は今、人間として生きている理由が分からない。
ふと、カラスの時、花丸木さんに質問してみたい事があったのを思い出した。
花丸木さんは、花をとても大切にしているけれど、特に僕が人間になる為に見ていた桜を大切にしていた。
「花丸木さんは、どうして僕が毎日見ていた桜を大切にしていたの?」
カラスの時は「食べられるわけではないのに」って言葉も添えようと思っていたけれど辞めた。人間になって暮らしてみて、少し理解出来た気がしたから。
すると花丸木さんから、僕の知らなかった真実をいくつも聞かされた。
「話せば長くなるんだけど、良いかな?」
「うん。聞きたい、です」
「それ以外の話も聞いて欲しいんだ」
花丸木さんは箸を置いた。
「あの桜ね、僕が愛している人なんだ」
「ん?」
突然何を言い出すんだ、花丸木さん。
「あ、いきなりそんな事を言っても訳が分からないね」
僕は素直に頷いた。
「きちんと言葉を直すと、僕が愛していた人が大切に育てていた桜の木なんだ」
花丸木さんはその愛していた人の事を“ 花ちゃん ” と呼んでいた。実際の名前は夢菜さんというらしいのだけど。物凄く花が大好きな女性だったから、そう呼んでいたらしい。花丸木さんと花ちゃんは親のいない子達が集まる施設で育った。血は繋がってはいないけれど兄妹のように。
「お互い施設を出た。そして、再会した時、彼女は僕の息子と同じ年齢の、一歳の女の子を連れていた」
花丸木さんは目を細めた。
「綺麗になっていて、強くなっていて。僕は彼女に惚れた。昔から良いなとは思っていたけどね。僕達はあっという間に恋に落ち、お付き合いを始めた。そしてすぐに、今住んでいる家を買った」
「あの家、庭大きいよね。花植えるため?」
「そう、花ちゃんにどんな家が良いか聞いたら、大きくなる桜の木も、他の花も育てられるくらいの、庭が広いお家が良いなって。ちょうど良い土地が見つかって良かったよ」
ちなみに、ほんの少し離れた場所にも花丸木さんが所有している土地があり、そこに桜の木が植えられている。
けれど、花ちゃんは娘が六歳の時に亡くなった。
「もしも私がこの世からいなくなったら、この子をよろしくお願い致します」
自分が生きられる時間はあとわずかしかないのだと彼女は知っていたから、そんな発言を繰り返ししていたのだと、結構後に花丸木さんは知ったらしい。
「もっと早くに教えてくれれば、彼女の余命を知っていれば、もっと何か、彼女の為に出来たかも知れないのに……。いや、出来たのかな?」
花丸木さんは語りながら考えていた。
「僕は彼女のおかげで興味のなかった花が大好きになった。そして花の知識を彼女に伝えれば、とても興味を持って喜んでくれるから、僕は花の事を沢山調べて、とても詳しくなっていった。彼女の夢は花の美しさを沢山の人々に伝える事だった。だから僕は彼女が亡くなってから、彼女の夢を叶えたくて、花に関しての本を書いた。夢を語る時の彼女はとても美しくて、真剣で。こんなに綺麗な花達が見られない世界や星はもったいない。届けて見てもらいたいね! なんて話もしていた」
「もしかして、花ちゃんって咲良のお母さん?」
「そうだよ。咲良は花ちゃんが産んだ子。そして僕が今育てている」
咲良と血の繋がっていた父親は花ちゃんに対して言葉の暴力が酷くて、そういうのは見ているだけで子供の心の発達や将来に悪影響を及ぼすからって、結婚せずに未婚のまま母になる事を決意したらしい。
「あと、思い出したんだけど、花丸木さんって僕のお父さんだよね?」
花丸木さんは男手ひとつで僕を育ててくれたお父さんだった事も思い出していた。
ちなみに、花丸木さんは、産後の奥さん、つまり僕の産みの親を置いて長い一人旅をしたり、マイペースすぎて、あなたの事が分からない!と言われ奥さんに出ていかれたらしい。今は色々反省していると言っていた。
花丸木さんと花ちゃんは、再会してすぐに愛し合い、僕と咲良の事も愛し、幸せなひと時だったらしい。花ちゃんが亡くなってからも、子供達を愛し、そして子供達から愛されていたから生きていられたのだと彼は言った。
「そう。ちなみに息子のあなたを、カラスの姿の時もずっと見守っていたよ」
「えっ? どういう事?」
「八年前、大翔がいなくなった次の日、蓮が前日に起こった事を話してきて、僕ひとりで見に行ったんだ。そしたらもう既にカラスになっていた。生きていたんだ」
「えっ? 僕だって分かったの?」
「うん。僕が畑セットを渡した二人組のお母さん、その時、傍にいたんだよね。その時はご夫婦で新婚旅行に来ていたみたい。彼らが命の消えそうな大翔を見つけて、元気なカラスにしてくれたらしく。詳しく説明してくれたよ」
花丸木さんは大きなため息をついて、下を向き早口で再び語りだした。
「息子をこんな目に合わせた蓮の事が許せなかった。あいつは後悔している様子だったけれど、蓮には大翔がカラスになって生きている事を言わなかった。後悔して苦しんでいるようだからずっとこのまま苦しみながら生きていけばいいと思っていた。償わせてくださいって言ってきたから、カフェの手伝いしてくれたら、それで大丈夫って、善人の顔して僕は言った。そして毎日会う度に、大翔との幸せだった頃の話を彼にして、毎日罪に意識を向けさせた。警察に捜索願いを出し、探してもらいながら、僕は知っていたんだ」
花丸木さんはこっちを向いて言った。
「僕は悪い大人だよね」
次々と来る情報のせいで、気持ちの整理が追いつかず、僕は何も返事が出来なくて、紅く染まった葉に視線をやった。
「大翔が人間の姿に戻ってくれた時は、本当に驚いたよ。しかもあの桜の花ちゃんの前で」
彼は桜の木の事も “花ちゃん ”と呼んでいた。
大切にしている理由、分かった。
「あの瞬間は、花ちゃんが息子に魔法をかけてくれたのかと思ったよ。しかも一緒に暮らせる事が出来たし。ちなみに今家にある、大翔がぴったりな服も、花火大会の時に着た浴衣も、大きくなった姿の大翔を想像して花ちゃんと一緒に準備していたんだよ! 咲良の分もね! サイズピッタリでよかった」
想像しただけで、心がじんわりしてきた。
「そういえば僕ね、カラスの時、花丸木さんが話しかけてくれた時、言葉が分かったんだ。人間語なのに。花丸木さんだったからかな」
「元人間だったからじゃない? 人間の時の記憶だと思うな。それより、とうさんって呼んで!」
「うん、とうさん」
ご飯はいつも美味しいけれど、この日のご飯はいつもより美味しく感じて、普段はそんなに沢山食べれないのに、足りないと思う程だった。
咲良は今、ご飯を美味しく食べれているだろうか。
気がつけば雪が降っている季節になっていて、北海道を何周もとうさんが運転している車でぐるぐるしている。
気持ちに余裕が出来てくると、周りの人の気持ちが気になってきた。
とうさんは沢山「楽しい」って言葉を言ってくれた。帰りたくないって言ってから、ずっと嫌がらずに一緒に旅をしてくれている。とうさん、そろそろ咲良達に会いたいだろうなぁ。
八年前の花火大会の日、僕を崖から落とした蓮。僕がカラスから人間になってから彼は、本物の兄さんのように、昔よりも僕を大切にしてくれている。
そして、咲良。花火大会の日、いきなり僕が姿を消して、どう思ったのだろうか。
毎日、彼女の事を考えている。泣いてないかな? 笑えているかな? 外に出たりしているの? とか……。
とうさんは、僕の気持ちがこうなる為に一緒に旅をしてくれていたのだろうか。
過去を思い出してからは、何故僕がこんな目に合わないといけないのか? だとか、人間でいられなくなる焦りだとか、悪い感情で押しつぶされてしまっていた。
花ちゃんは最期までずっと周りの事を考えていた。幼い頃の記憶の中では、花ちゃんはいつも優しく僕を見てくれていた。僕は自分の気持ちでいっぱいいっぱいだ。でもせめて、幸せな気持ちで人間を終わりたい。
「とうさん、僕、そろそろ帰りたいな。とうさん手作りのパンを食べたい」
僕はとうさんから電話を借りて、自ら蓮に「そろそろ帰るね」って電話をした。家に戻ったら、みんなに全てを話そう。僕が人間でいられる事に期限がある事も。
桜は四月末から五月の初め頃に花を咲かせる。
僕がカラスに戻るまで、あと半年もない。
家に着いた。久しぶりに戻ってきた。記憶も戻ったから、物凄く懐かしくて、より思い入れのある場所に感じた。
荷物を車から降ろしていると、カラスの姉さんがひょこっと隣に来た。夏よりもふわふわしていた。
「ただいま。姉さん。寂しかった?」
僕はお土産のドングリを姉さんに渡した。ぱくっと咥えて喜んでくれていた。
「とりあえず、帰ってきた事を伝えてくる!」
「分かったよ! 多分蓮はカフェにいるから、僕は荷物家に置いて、少し整理したら行くね!」
姉さんは離れずに、ずっと僕の後を着いてきた。
「姉さん、着いてきてくれてありがとう。僕は中に入るね!」
姉さんが頷いたのを確認すると、カフェの扉を開けた。
花火大会の日から時が過ぎ、雪の降る季節になった。まだふたりは帰ってこない。
毎日考える。大翔は今何してるのかなって。笑っているのかな、困っている事はないかな? そして、私の事考えてくれているのかな?
あの日、手を離した事を後悔している。
無理やり握りしめておけば良かった。
お父さんも大翔もいなくて、なんか物足りなくて、お父さんの代わりにカフェを開いている蓮の元に毎日来ていた。
ちなみに彼らの旅行費は、お父さんの本が売れていて、心配ない。って蓮が教えてくれた。
「なんか、大翔って、亡くなってしまった彼に似てない?」
私はホットミルクを持ってきてくれた蓮に言った。
蓮に以前、亡くなってしまった彼を何故崖から落としたのか聞いた。すると、喧嘩をしていたら落としてしまったのだと答えていた。ひどく落ち込んだ表情をするから、その時はこれ以上聞いてはいけない気がしたのでやめておいた。今も、彼の話題を出すのは良くないと思っていたけれど、気がついたら、私は蓮に質問していた。
「初めて出会った時も思ったけれど、大翔の事を考えているだけで、彼の事を思い出すんだよねぇ。それに、あの私に宝物をくれたカラスもなんか似てる気配する……」
カラスが以前持ってきてくれた角が丸くなっているエメラルドグリーンの小さなガラスの破片をポケットから出し、テーブルの上でいじった。私は小さな頃からピンク色のものが好きだけど、この色がとても気に入っていた。あのカラスが持ってきてくれたって理由もあるけれど。
窓から差し込んできた光にそれを当てるとより綺麗に透けてキラキラしている。じっとそれを眺めた。
「えっ? だって全部同一人物じゃん」
「何言ってるの? 大丈夫?」
「まじだって!」
「えっ? まって! 本当に? 頭大丈夫?」
カランコロン。
その時、ドアが開いた。
「ただいま!」
大翔が入って来た。しかもとても明るく。
「お、おかえり!」
蓮も明るく答えていた。
今聞いた話が理解できなくて、そして久しぶりの再会。どんな言葉をかければ良いのか、全く思いつかなかった。けれど、何かは話したい。
「あ、そのガラス」
大翔は言った。視線はテーブルの上に置いてある、カラスから貰ったガラスにあった。
「このガラス?」
もしも、彼があのカラスだったならこの質問答えられるよね? 私は彼を試してみた。
「これ、いつ貰ったんだっけ……」
「これね、暑い日だったかな? パンのお礼にあげたんだよね確か」
あっ!
いきなり大翔が、見える世界がファンタジーな世界に包まれた。蓮の言っていた話は本当だった。てことは、亡くなったと思っていた彼。
「大翔は、大翔なの?」
「えっ? そうだよ! 僕は僕だよ」
「良かった!大翔だったんだね」
「ちょっと待って! 多分ふたりの会話はすれ違ってる」
蓮は、大翔が昔消えてしまった彼と、カラスと、今の大翔が同一人物だって事を私に伝えたって事を分かりやすく、大翔に伝えてくれた。
「そうだよ。そしてね、今日はみんなに、僕にとっては物凄く大切な事を伝えたいんだ」