月が消えた日、主人公になった君

紬は有言実行で私にずっとピッタリで

引っ越すからと言っても高校を一緒に無理してでも同じにしてくれたのだ

そして今に至る

「昔を思い出したよ」

私は込み上げてくるものを素直に受け入れる

「月…泣かないでよ」

紬はまた涙を流し始め、頬を挟んでいた手を引っ込めて涙を拭っていた

「私、また泣いているの?」

「泣いてるよ、初めて会った日以来だね」

あの日もこう泣いていたのだろうか

「本当に懐かしいね」

紬は笑いながら泣いている

私はその姿につられて笑ったと思う

「私、何してたんだろう」

私の言葉は虚しくて、今までのことをより一層後悔させた

「ねぇあの日の約束を覚えてる?」

「もちろんだよ」

「どんなことがあっても友達だから」

この約束を破ったのは私だった

「指切りげんまんしたのにね、針千本飲まなきゃ」

私は少し冗談交じりに笑った

「新しい約束をしよう」

「私、また破るかもしれないよ」

紬は少し悲しそうに笑った

「月の約束破りは経験したから慣れたよ」

そう冗談を返す

「そうだよね…いいよ、しよう」

私はきっとまた針千本を飲むことになるだろう

それでもいいから

何も無い暗い未来なんて考えなくてもいいんだよね

だったら明日のために約束をしよう

「一人にならないようにずっと一緒にいる」

紬はブランコに乗りながらそう言った

「分かった、じゃあ…はい」

私は小指を紬に向けた

「指切りげんまん、嘘ついたら」

紬は小指を絡ませて歌いはじめる

「「指きった」」

2人で最後を締めくくった

「紬はまた守れない約束するよね」

私は紬の顔を見ずに前を向きながら言った

「少しでも月をつなぎとめたくて」

「私の恋人か何かかな」

私は少し笑いながらそう言った

「何でもいい。だから生きて。生きて一緒に桜を見るの。進級して、クラス離れたあって言い合うの」

紬は見えない未来を話す

私が喉から手が出るほど欲しい未来かもしれない

「学校行事は誰よりも楽しんでやる」

私はその話にのった

「それでテストで赤点とるの」

いつまでしていたのだろう
私は自然に笑っていて、本当にそうなる気がした

「はぁー!久しぶりにここに来て話せたね」

紬は立ち上がって伸びをしながら言う

「もうすぐ日が落ちそうだし、帰ろうか」

そうだよねって紬は言った

「また病室に戻っても会いに来てね」

私の素直な気持ちで何も包み隠さない言葉

「当たり前だよ、拒否したら許さない」

紬は笑いながら返してくれた
私達は帰ろうと公園を出ようとした時だった

にゃおと猫の鳴き声が聞こえた

その鳴き声に2人で振り返った

そこには見たことがある黒猫がいる

「黒猫…」

「君、そこにいたの!」

紬は私の声に被せて言った

「え、なに買い猫?」

「ううん、違うけどなる予定だよ」

紬は黒猫を抱き抱えながら優しく撫でた

「どういうこと?」

話が見えてこない私にとって疑問しか浮かばない

「この黒猫ね、日向と帰り道によく出会ってたんだ!人懐っこくて可愛いし、よく私の家まで着いてきてたの」

紬は黒猫に視線を落とした

「両親に交渉しまくってやっと飼うことが決まってね…いざ飼おうとしたら姿を見なかったんだ」

紬は丁度、月が居なくなったぐらいかな、不思議だねって猫に話しかけていた

「そうなんだ、私はこの子に引っかかれたから…相性悪いよ?」

私は少し苦笑しながら伝えた

「一切そんなことしなかったのに…珍しいね」

紬はぽかんとして言った

確かに私の人差し指には傷が残っている

夢なんかじゃない

それにこの黒猫はよく私のところにやってきていた

家の窓

それに夢にまで

あとは日向といる時

そして今

この黒猫は私に何かを伝えようとしているのだろうか

「んー、まあ猫ってさ(つき)の動物だっけ?そう言われてるらしいし、名前が(つき)だしなんかあるのかな」

紬は少し悩む素振りを見せながらそう言った

「そんなこと関係ある?」

にわかに信じ難い話だった
でも黒猫がここまで関わってきている事実にどこか疑いきれなかった

「よしなら君の名前は(つき)だ」

「え、そんな決め方でいいの?」

もう決めたもんと紬は黒猫に同意を求めていた

黒猫はにゃおと返事をするように鳴いた

この黒猫は紬に繋がっていた

紬は日向と私を繋ぎ合わせた

全部紬が繋いでくれたおかげで今がある

紬は人と人を糸のように縫い合わせているんじゃないかとさえ思わせる

きっとこの話が本になるとしたらこんな人の心に入ってきて繋ぐ天性の持ち主が主人公だろう

こんなにも真っ直ぐで一生懸命

人を変える力を持っている紬

私は君が主人公で良かったと思うよ

だって現に私が救われた1人なんだから

頑張ったって紬にはなれやしない

主人公になるなんて夢のまた夢の話

諦めて正解だった

「紬、帰ろう」

だから私は君を引き立たせて輝かせてあげる

約束が守れる間は。

それが私の最後の演目だ
あの日はあのまま駅まで歩いて別れを告げた

そして今日、私は制服に袖を通した
入学式の日に通した時とは訳が違う

私にとって最後の制服姿
伸ばしたことがない短い髪の毛を整えて、軽くメイクをする

「よし、完璧だね」

私はマフラーを巻いて外に出た

「おはよ」

「おーやっと来た」

そこには私と同じ制服とマフラーを巻いた紬と日向がいる

「おまたせ、ごめんね待たせて」

2人とも最後の登校だという事を知っていて迎えに来てくれたのだ

「気にすんな、1人で歩いてぶっ倒れられてる方が困るっての」

日向は笑ってそう言った

「ちょーっと日向?そんな不謹慎なこと言わないでよ。ね?月」

私に腕を絡めてそう膨れる紬は可愛い

そんな2人のやりとりに私は笑っていた

くだらない内容の話をしながら学校まで行く

くだらなくても私にとっては楽しくてこのまま時が止まればと願ったほどだった

学校に着くと、私は1人席で前に紬と日向が座る

くじ引きで決まるような席にこんな運が良いわけがない

「こんな席、よく引き当てたね」

私は驚きが隠せずにそう言ったら前にいる2人とも振り返って

「んーまあね」と紬

「俺、運強いからさ」と日向

2人は似たような笑顔をしていた

周りを見渡せば、ヒソヒソと話すクラスメイト達

そして私は分かってしまう

きっと2人が直談判や色んな話をしてここまで用意してくれたのだと。

「ありがとう」

私はそう静かに伝えると2人は振り向かずにピースを返してくれた

私にとって最後の日の授業でもみんなにとっては普通の日

だから授業が特別になんてなる訳がなくて

最後の授業はつまらない授業が詰まっていた

「あーだるかったね」

「俺、気づいたら寝てたわ」

2人は気だるげにお弁当を開けながらため息をついている

「確かに眠くなったね」

私は苦笑して返した

例え普通ならつまらない授業さえ、私には特別で

こんな会話をしているのが私にとって何よりも楽しかった

お互いのお弁当のおかずを取り合いしている目の前の2人

そんな姿にクスクス笑う私

病院食は質素で美味しくはない
おまけに体調が悪ければ食べるどころかもどすことが当たり前だった日常

私のお弁当箱につまっているご飯たちは母が好物ばかりをつめてくれてサイズはあの頃よりも小さい

その事実が私の身体の時間が進んでいることが分かる

でも今はそれを頬張って2人を見て笑う

こんな美味しいご飯なんて久しぶり

「ありがとう」

私がそう言うと2人は動きをピタリと止めて

「何言ってんの」

「あったりまえだろ」

口々に返事をした

午後からもまたお世辞にでも面白い授業とは言えない時間が続く

そして夢のような1日が終わりがやってくる

「帰ろうか」

「家まで送ってくよ」

2人はそう言って私を待ってくれる

「あ、ちょっと待って」

私はその2人の背中に追いかける

きっともうここに来ることはない
最後に夏祭りのメンバーがこちらを見てるのが見えた

私は少し足を止めて

「バイバイ」

そう教室と共にさようならを告げた

「○○、じゃあね」

そう聞こえた気がした

私は振り返って笑顔を向けて手を振って

また2人の場所に戻った

______「じゃあ、また病院で」

日が落ちてきていて

その夕日が日向と紬を照らす

「今日はありがとう」

私は2人に抱きついた

「待ってるから」

強く抱きしめた

最期まで私は君たちと笑いあっていたい

傷つけるのは分かってる

けど少しでも笑顔の私が君たちに残ってほしい

そんなことを願いながらそう一言、言った
あれから楽しくて幸せな外泊期間は終わって病院に戻った

いよいよ私は最期を迎えるということを遠回しに言われてるような気分だった

私はふと外を見つめた

病室から見える木々は少し蕾が出来ているように見えた

そして春の足音が聞こえた気がした

「桜、見たいな」

私の独り言は虚しくてぎゅっと苦しくなる

「紬と日向となんだ春まで生きられたじゃんなんて言って」

私は布団をぎゅっと握りしめた

「お母さんとお父さんと今年も見られて良かったねなんて言いながら写真撮って」

1粒1粒、私の握りこぶしに水滴が落ちる

「私はまだしたいことがたくさんある」

下を向くとパラッと落ちてくるはずの髪の毛は前より元気なくて

「十分なはずなのに…もう…大丈夫なのに」

嫌でも(病魔)は容赦なくやっできているのが分かって

「まだ先に散りたくなんかないよ」

誰もいないからこそ言える言葉

水槽の中でもいいから泳ぎたい

主人公になんてなれなくていいから側にいたい

叶わない願いばかりが募っていく

「ダメだな…私。まだまだだな」

私は雫を拭き取って無理にでも笑顔をつくる

「だってもうすぐ紬が来ちゃう」

放課後になりそうな時間

私は顔を洗って切り替えようと思ってベットから立ち上がった時だった

いつもより手にも足にも力が入らなくて

身体がふわっとした

あれって思ったときには遅くて、気づいたときには大きな音を病室中に響かせていた

「大丈夫ですか?」

その音に看護師さんは駆けつけてくる

「はい、平気です」

私は床に座り込んでいた

怪我や自覚症状の確認をした看護師さんは立てますかとゆっくり背中を支えてくれる

「すみません」

そう言うしかなくて。

私はベットに寝かされる

「安静にしていて下さいね。気分が悪くなったりどこか痛みだしたら呼んでください」と伝えられて戻って行った

私にはできないことが少しずつ増えていた

痛みだってそこらじゅう、いつだってする

吐き気だっておさまらない

徐々に身体は細くなっていて病衣は大きく感じてしまう

痺れる時もある

髪の毛は毎朝、信じられないぐらい抜ける

何をするのにも息切れがついてきて

本当は呼吸するのが精一杯だ

こんなこと書いても言ってもしょうがない

ずっと入院してから戦ってきた

こんな苦しいこと残したって意味が無い

でも今日だけはこんなこともあったんだよって本当のこと残しておいても許されるよね

最期まで諦めずに生きたって証、ここにあれば死にたいだけの女じゃなかったって思えるかな

私はゆっくり目を閉じた

紬がくるまでは寝ていよう
寝て少しでも元気な姿で話そう

きっと紬は笑顔を届けてくれる

それに応えたい

それが今の私に精一杯できることだから
今日は一段と風が強い日だ

木々は大きく揺れる

私はベットの上からギャッチアップした状態でそんな外を見つめた

「月、今日の外は寒いわよ」

母は優しく笑いながら私の横にやってくる

「風が強すぎるもんね、風邪ひいちゃダメだよ」

私はそう少し力なく言った

「大丈夫、感染対策バッチリだから」

母はそう笑いながら椅子に座った

「おーさぶさぶ」

そう肩を縮こませながら部屋に入ってくるのは父だった

「早く春になればいいのにね」

私の言葉に両親は返す言葉が見つからないようだった

そうだよね、春になれば私は居ないのだから

「春の足音はしてるもんね、太陽も暖かくなってきたし」

私は続けた

「蕾も出来てるとこはチラホラみえるもん、あー綺麗な桜、咲くんだろうな」

わざとだった

わざと明るい言葉で未来を語った

「月?どうかしたの」

そんな私の姿に母は少しヒステリックを起こしそうだった

「近い未来の話をしよう」

父は少し和ませるように言った

「…私は春には居ないって分かってるよ、でも確率がゼロに等しくても…やってこない未来でも…普通に話したい」

私は最期までそのへんにいるい高校生と変わらないことをしていたい

そうなるか分からない未来を話して、馬鹿だなあって笑っていたい

両親は何も言えずに黙り込んだ

「私を気遣ってるくれているのは嬉しいしありがとう。でも私は最期まで普通に生きるの」

私は真っ直ぐ2人をみて言う

「先に逝くなんて親不孝だと思うよ。でもねいつかはみんな辿り着くところ、遅いか早いかの違いなの。私はたまたま早く選ばれてしまった」

2人は1粒、また1粒と涙を流していく

「普通に長く生きることが出来る身体でも事故は起こるし明日なんて本当は分からない」

私は笑って続ける

「そう思えば、近い未来も遠い未来も変わらないでしょ」

そう言えば母は思いっきり抱きしめてくる

その後ろを父が。

「辛い、しんどい、怖いって決めつけていたのは私たちの方だったわ」

「生きてる限り普通に生きたいって思うのが当たり前だよな」

そう2人は反省し始める

「私は2人に反省とかして欲しいんじゃないの」

私は2人を引き離した

「ただそのへんの子どもと変わらない愛情を持って接してよ。怒って泣いて笑って欲しい」

辛いのはきっと両親だって一緒だ

どう娘に接していいのかずっと悩んでいた本当は優しい両親

今だって正解は見つかっていない

だからこそコワレモノのように私に触れる

優しさだけでいるのは嬉しくない

「もっと自由に私と過ごして」

そう言えば2人とも驚いた顔をした

「側にいるだけでいいの、家族だもの。暖かい優しさは伝わるよ」

私はニッコリ笑った

「そうだよね、私達、家族だもんね」

母はそのまま泣いて

父は後ろを向いた

きっと2人とも怖いよね

娘がいなくなるなんて

失うなんて

経験したことがないぐらい絶望だよね

私は自分の子供がいないからその気持ちに寄り添うことはできない

でも家族だもん、分からなくたって一緒にいるだけでいい

特別のことなんて何もいらないのだから

外は風によって雲の動きは早くて
太陽が顔を出した

そしてその陽は私達3人家族を優しく照らした

もう春は近い

そんなことを改めて感じさせた日の暖かさだった
今日の私は自力に座っていた

日向が部活オフで久しぶりに1人でやって来るのだ

やはり好きな人だもの

おめかししたいなんて思うのは乙女心からくるものだった

コンコンとノックされて日向はやってくる

日向はよお!と元気そうに入ってくる

「紬は大丈夫なの?」

どうやら紬は猫ちゃんの(つき)が怪我して病院に行っているようだった

「電話越しで少し泣きべそかきながら大丈夫って言ってたぞ」

ククっと笑いながら日向は言った

「そっか、なら良かったんだけど」

日向は私の横にある椅子に座りながらこちらを見てくる

「今日は元気そうだな」

少し嬉しそうに見える

「そう?日向が来るから力がみなぎってんのかも」

私は冗談交じりに笑った

「じゃあ毎日来るからさ、春までさ…」

「散るよ」

私は食い気味で言った

日向はびっくりしたように目を見開いている

「私は早く咲きすぎたの。だから先に散る」

私はそうハッキリと言った

「ハハっ…わりぃ、そうだよな。何、夢物語を話してんだ俺」

日向は作り笑いをして私の頭を撫でた

「でも嬉しかった。当たり前に私がそこにいることがさ」

私もまた仮面をつけて笑った

「当たり前だろ。月は幸せにならなくちゃなんねぇよ。誰よりも人生が短いんだ、その分、今幸せにな」

日向は優しく言ってくれる

「日向、もしかして俺がしてやんねぇーと…とか思ってる?」

撫でていた手がピタリと止まった

「だと思った。紬の間、取り持つ時も私のために自分が悪役になってさ…」

「俺は演じるのは上手いから…そのへんは気にしてない」

そう返してくれたのはやはり日向は私のためを思ってくれたから

「もう私ばっかりして…紬のこと泣かしてどうするの」

私がため息をつくと日向はへへへと笑う

「決めた、2つ目のお願い」

私は深呼吸して真っ直ぐ日向を見た

「紬を幸せにしてあげること」

「え、それでいいの?当たり前にするつもりだったんだけど」

日向はきょとんとして言った

「いいの。だから叶えてね」

私は笑った

当たり前だという言葉を日向から聞けて安心した

紬と別れるつもりがないということ

紬との未来をしっかり考えていること

それだけが分かれば十分もう叶えられたに等しいと思えた

「分かった、肝に銘じておくよ」

日向はサラりと応えた

「私はもう幸せだからさ…もう解放されて」

私は振り絞るような声で言った

「それは3つ目のお願い?」

日向は目を伏せて静かに聞いてくる

「違う、違うけど…」

日向は自由だから

という言葉がでてこなかった

日向に幸せにしてもらえるなんてこれ以上嬉しいことは無い

それに幸せにしたいと思ってくれた相手が私も含まれていたことに欲が出てしまった

好きな人を独り占めをしたい

でも、紬に…

紬に幸せになってもらいたい

それに私の命がもう長くないから…ただそれだけの理由なのだから

「私は日向にそう思ってくれただけでいいの、十分」

「だからお願いにはいれられないけど、普通の友達でいよう」

私は仮面を被って嘘をついた

これでいい

私は決めたのだから

輝かせてあげるって。

嘘だって必要なことだから

「ん、そうだな。普通の友達だもんな」

日向はそう言ってくれた

私は散り始めている
もう残りの花はどれだけあるのかな

まだもう少し。

葉桜になるのは待ってくれないかな

普通の友達だって嘘をつかなくてすむまでは。
日向が来た次の日は紬が1人でやってくるらしい

日向は部活でどうしても時間が合わないみたいだった

私は紬にも元気な姿を見せたくて少しおめかしして座っていた

そしてカラカラと開けて入ってくる紬

「月〜、会いたかったよ」

入ってくるなりそう言いながら紬は抱きついてきた

「私もだよ」

そう私も返事する

そして私達は特に内容がある話をしたわけじゃない

ただそのへんの高校の教室に響くのと変わらない話

日向がポンコツだとか
担任がウザイだとか
昨日のドラマの話だったり

本当に何の変哲もない話

私はただただ何も考えずに笑う
私の闘病生活なんて忘れるくらいに。

きっと場所が違えば切り取ることがないくらい普通の日だろう

でも私にはそんな普通の日がもう数えられるぐらいしか残されていない

だから普通にしてくれる紬の存在に救われていた

「ねぇ(つき)だよ見て見て」

紬は目を輝かせながら写真を見せた

「怪我、そんな大きくなかったんだね」

「そうなんだ〜でもここから感染したらとか…考えたら怖かった」

私達の間には沈黙が流れる

「家族になったばっかりの(つき)がいなくなるって考えた時、時間なんて関係ないくらい悲しくなるし辛かった」

紬はゆっくり話していく

「本当は時間なんて関係なんだね…好きって気持ちさえあれば人は大切な存在になっちゃう」

紬は少し黙って重たい口を開いた

「私…本当は怖い」

下を向いた紬の肩は少し震えていた

「もし扉を開けた先に月が座ってなかったら…もし連絡がもう永遠に既読にならなかったら…って上げたらキリがないくらい」

紬はずっと失う怖さに怯えていた

「いなくなるなんて信じられないの本当は。これからもずっと一緒にいるって。しょうがないなあって約束、守ってくれるんじゃないかなって」

紬の声色に涙が混じる

「でもね、ここの扉を開ける度弱っていく月が目に入って…本当なんだって」

紬の本音に私は返す言葉が見つからない

「私より怖いはずの月は笑っていて…だから普通にしていようって。日向は不器用だから隠せないだろうしご両親はもっと辛いはずだから」

紬の真っ直ぐな思いが私にささっていく

「せめて私は普通にしなきゃ、月は世話焼けるんじゃないかなって思った」

紬のおかげで私は

「空の(つき)を見る度に欠けていて、月も今こうなんだって」

笑えているのに

「どこかに消えそうで…怖くて…今も手の震えは止まんない」

紬のこと、ずっと気づけなかった

私はそっと震える手に私の手を重ねた

「私はここに居る」

そうしか言えなくて

「紬、ちゃんと前を見て?私はどこにいるの」

紬は恐る恐る顔を上げてた

「私は紬の瞳に写ってる?」

かける言葉なんて見つけられない

「私には泣いてる紬が写ってる」

でも少しでも安心してくれるなら私は言葉を意地でも見つけてくる

「…月は私の前に…いるよ」

紬は泣きながらそう言ってくれる

「怖いよね、人を失うことなんて慣れないししたくもないよね」

共感することしか出来ない私に紬は頷いてくれる

「紬が居てくれて…くだらない話をしてくれるおかげで毎日が楽しいの」

紬は目を見開いた

「やっぱり病人には気を遣うものなんでしょ?でも紬だけは普通で…私は嬉しかった」

そして紬の頭を撫でた

「私はね…ずっと普通に生きたかったの」

私は素直にそう伝えた

「普通に学生して…働いて、結婚して老いていく」

そして紬の涙を拭っていく

「そんなありきたりな人生を歩んで、この世界に溶け込むことができたらって何度も思った」

紬は何も言わずに黙って泣きながら聞いている

「どんなに願ってもそれは叶えてくれなかったのに紬はやってみせた」

ありがとうと伝えるとまたより一層紬は泣き出した

私はそんな紬をなだめていた

私のために流してくれる涙
私のために悩んでくれていた事

そして私に普通の生活

友達

全部、紬に貰った

数え切れないほど紬には感謝しなきゃならない

出会って私を選んでくれてありがとう
そして少しずつ寒さも緩くなってきた日々

外の蕾はより一層増えて

大きくなっていた

私のできないことは増えていった

周りにはクッションだらけで痛みを緩和しようとしてくれる

そんな日に久しぶりに紬と日向が2人揃ってやってくるのだ

それぞれ時間帯は違えど毎日顔を出してくれていた

でも2人揃ってなんて、外泊した以来でなんて久しぶりなのだろう

私はこんなにも心を躍らせながら鏡をみて顔色のチェックをしたのはいつぶりだろうか

扉の前が騒がしくなる

来たんだって思わせる

ノックして元気よく入ってくる紬とその姿を見て笑う日向

あぁいつ見てもお似合いだな

そう思えて何故だか安堵のため息が出た

「ゼリーなら食べられるじゃないかなって思って2人で選んできたんだよ」と紬は嬉しそうに紙袋の中身を広げている

「ほんと買った時からそうだけど、紬、食いじはってね?」

日向はからかうように笑って言った

「違うもん、月のためだもん」

紬はふくれてそう言い返した

私はその姿を見て笑った

そして紬は私を味方につけようと日向の愚痴をこぼして

日向も紬の真似するように紬の愚痴をこぼした

そんなこんなで一悶着を終えて2人に座ってもらった

「本当、2人とも賑やかだよね」

私はクスクス思い出して笑った

「「そう?」」

2人ともハモるように同じ言葉を言った

「そうだよ、本当に楽しいよ見てて」

笑ってくれるならそれはそれでいいけどと日向はつられて笑っていた

「あぁ2人に出会えて良かった」

なんでこんなこと言おうとした理由なんて知らないし分からない

でも伝えないとダメだと思った

「なんだよいきなり」少し照れくさそうに笑っている日向と

「私もだよ」って嬉しそうな紬がいる

「本当はねー…日向が好きだった」

日向には言って紬には言わなかったこと

日向は何も言わずに黙って
紬は驚いたように目を見開いた

「好きで素直になれなくて…紬さえ居なくなればとか思ってたよ」

私はずっと隠していた思いを伝えていく

「気づけば嫌なやつになってて。ダメだってどこかでは分かってたよ?けどね、止められなかったんだ」

私は誤魔化すように笑う

「でもね、紬と日向の笑顔を見た時に私じゃダメだって。そんな顔をさせられないなって思っちゃった」

少し甘酸っぱい気持ちが広がっていく

「お似合いって言葉はこの2人のためにあるんだと思った時、私の役目がようやく分かった」

2人をしっかりと見つめる

「主人公は紬で相手は日向。私は主人公をいじめる悪女でただのモブ。でもね2人のおかげで名前を持つことが出来た」

2人は少し驚いた様子だった

「ここまで主人公振り回した脇役なんていないよね」

私は目を伏せた

「これが私。こんな私に最後まで手を差し出してくれて本当に本当に」

私はニッコリ笑って

「ありがとう」

やっと言えた

やっと私の気持ちを素直に言えた
バカみたいに遠回りしたけど

2人のおかげでこの気持ちを持っていくことなく残していける

「バカだなあ、月は」

日向は少し悲しそうに笑う

「月は本当にバカだ」

紬も同じような顔をする

「え?」

戸惑う私に2人は手をそれぞれ重ねてくる

「ありがとうはこっちのセリフ。たくさんのものをもらったし、私達がどう生きたいか決めることできたよ」

紬は優しい笑顔で言ってくれた

「そうそう、それを今日言いに来たんだ」

日向もつられてそんな笑顔になる

「私」「俺は」

「看護師になる」「医者になる」

ハモると思った2人の言葉は少し違うくて

お互いもびっくりして顔を見合わせる

「ちょっと、日向、医者になんの?!」

「いや、紬こそ看護師なのかよ」

ここまでくるとコントか何かかなとも思える

私は言い合いする2人に声を出して笑った

その姿に2人は少しびっくりしてピタリと言い合いをやめた

「なんで2人はそう思ったの」

紬は「私の言葉、態度1つで病気を抱えた人に希望を与えられるのかなって月といるうちに思ったんだ」と希望に満ちた目で言った

日向は「俺は月みたいに苦しむ人を1人でも多く救いたい」としっかりとした眼差しでこたえた

私の安堵のため息はこのことを察知していたのかもしれない

「2人らしい夢だね!絶対2人ならなれるよ、そんな素敵な人に」

私はいつの間にか2人にとって大きな存在になって生きる道を決めてしまっていたようだった

それが嬉しくもあり、少し寂しかった

2人のその姿をこの目で見たかったのだから

私の散った花びらは無駄じゃなかった
散った花びらは道の上に落ちて絨毯になる

その道を綺麗な色に染め上げて

通る人を飾りつける

そう思うと散ることにも意味があって

どこかに消えるだけじゃないんだと気づかされた
あれから2人は日が落ちるまで居てくれて
一生分笑った気がした

ココ最近は寝た気がしなかったがお陰様で今日はちゃんと眠れる気がする

そのまま私は夜、ゆっくり目を閉じた

______夢を見た

いつの日か見た新月の夜の日
私はひとりぼっちでいた

そんな姿を今の私は客観的に見る

1人でいる私は寂しそうで泣いているように見えた

そして周りに日向と紬がやってくる
私をなだめて背中をさすってくれた

そして両親がやってくる
紬達と一緒に抱き合ってなだめる

すると一緒に笑っていた

そして真ん中にいる私は安堵して

その場から消えた

今度は紬と日向、両親が泣いていた

背中をさすってなだめる人間も
一緒に抱きしめ合う人間も

誰一人いない

失うことはこういうことなんだと思わされた

ただただ先の見えない辛さに泣くしか出来なくて

思い出が募れば募るほどその辛さは大きく波のようにやってくる

居てもたってもられなくて

私は何も考えずに近づいた

触れようとすればスっと通り抜ける

見守ることしかできないってこと?

もどかしくて辛くて

やっぱり選んだこの道は間違っていたと思えた

1人でいるほうがきっとお互いのためだったのに

ワガママなんて言わなければ

そう後悔していた時だった

「そろそろ泣いてたら怒られるんじゃね?」

日向がそう無理しながらも笑って

それが伝染して広がっていく

今、これが見れてよかったと思う
ずっと引っかかっていた胸のつっかえが消える

これで安心できる
もう大丈夫だよね

全部全部もう何もかも十分だ
もう満足とさえ思う

けれど先が見えれば見えるほど

本当は_________

日向と…

紬と…

________ずっと一緒に笑っていられる日々がよかった

なんて叶わない願いさえ浮かんでしまう

何が私の頬を伝った
上を見上げると葉の雫が落ちてきているように見える

それが今は涙だって分かる
どうでもいいなんて思っていた自分のことを認められるようになった

「遠回りしたけど、やっとここまで来れたね」

そんな声が聞こえた

振り向くとあの黒猫

_______(つき)が座っている

ミャウと可愛く鳴いている

「君はずっと私のために居てくれたんだね。正しい道に連れてきてくれてありがとう」

そう声をかけると月は歩いていく

同時に辺りは空には満月が浮かんで紺色の雲によって消される

私は素直にその月の後ろを歩いてついて行く

私は幸せだった
こんなにも笑ってここまでこれたのだもの

仮面はもう壊してその場においてきた

それでいいと思えた。