月が消えた日、主人公になった君

もうすぐ冬休みがあけるというか明日に迫っている

でも死期が近い私に退院の目処は立たない

学校に来ない私を心配してくれるだろうか
そんなことさえ考えていた時だった

カラカラと扉が開く

母親が静かに入ってきた

「○○、調子はどう?」

「病院にいかなかった時よりまっしだね」

私は皮肉にもそう言いながら笑った

「本当にばかね。風邪ひいた時、無理にでも病院に行かせなかった私もばかだね」

そう母はフッと笑った
久しぶりにそんな姿を見た

「今更、言ったって遅いね」

私が静かにそう返すと少しの沈黙が続いた

「そうね。でもね毎日、楽しそうに学校へ行く○○を見て現実見ろなんて言えなかった」

母親はぽつりぽつり話し出す

「ずっと学校へまともに行けなかった○○が普通に学校に行ってる姿を見て、私は嬉しかった。○○がどう思ってたのかは知らないわよ?」

母親はおちゃめに笑いかけてくれる

「普通って幸せなことなんだなあって実感させられた。いつどんな状況になるのか分からない娘を学校へ行かせるのにすごく決心が必要なだったんだから」

私は初めて知る
母親に生きてほしいっていう思いを

「閉じ込めて生きてくれるならそれでもいいとさえ思ってた。けどねお父さんが学校の話をする○○の顔、本当にイキイキしててって話すもんだから…もういいやって吹っ切れちゃった」

笑顔で話す母親は懐かしむように続ける

「悩んでこういう結果になったこと、後悔してないって言えば嘘になるよ。でもね、○○が普通に生きて、行ってきますっていう言葉を発したあの顔、見られて良かったと思う」

私の頭を優しく撫でてくれる

「毎日帰ってくるかヒヤヒヤしてた。だから毎日、ただいまって帰ってきてくれてありがとう」

でもそんな親心を知らずに反抗するんだからと ふくれた母親は可愛く見えた

「私ね、学校行けて人生で1番嬉しかったよ。ありがとう行かせてくれて」

そんな言葉を返すことしかできなかった

子どもにどんなカタチでもいいから生きてほしいと思うのが親なんだって

そう思えば思うほど死んでもいいって思えた私は何も言えなくて

「ごめんね、何も言えなくて…でも本当にその気持ちは嬉しいと思ってるよ」

どんな言葉を並べたって言い訳にしか聞こえない

どうすればこの優しくて暖かくなるこの気持ちは伝わるのだろう

どんな顔でどんな言葉でどんな触れ方すればいいのか分からない

私が迷っていると母親は優しい声で答えを教えてくれる

「ねぇ、月

________大好きだよ」

母親は暖かい涙を流しながら笑った

本当に綺麗だと思った

その涙には私を想ってくれた色んな感情が込められていて

本当に暖かかった

こうすればよかったんだ
素直な気持ちを言葉にしてこなかった私は分からなかった

ただ言葉にのせれば、どんな短い言葉だって伝わる

________「私もだよ、お母さん」
やはり冬休みを明けてから学校へ行くなんて夢のようだった

毎日治療と検査に耐えるのが精一杯
私の体力は日に日に削られていく

そんな中、今日がテストだと紬と日向のメッセージから知った

私が休み続けているため、心配して紬と日向は事あるごとにメッセージを送り続けてくれていた

しかし私はそれを見て見ぬふり
既読という文字だけが相手に伝わる

私の事実は知らないほうがいい

そう思ったのだ

人を失うことなんてしなくていい
大きな傷をなんて背負わなくていい

私が死んだって事実を後から知って泣いてくれるのならそれでいいの

笑顔の記憶のまま、いなくなる方がきっと。

時計を見ると時計の針は9時をさす

テストはじまったかな

初めてテストを受けなかった
日向と勉強する日々がもう色褪せるように懐かしい

「もう1回、君と勉強したかったなんて言ったら笑うかな」

床頭台に乗せられた1冊のノート

母に教科書とセットで頼んでもってきてもらった

あの時の癖のように私はそのノートに今回の範囲だと思う教科書を広げて書き進める

私のことを思い出すようにって意地悪のつもりで作ったノート

でも今は、そんな楽しかった思い出を巡らせながら書き続ける

最初は私を苦しめるようなノートになっていた

でも今は私が学校に行って普通の女子高生として紛れ込むことができていた日々を思い出すトリガーになっていた

気づけば頬を緩ませていたと思う

初めてテスト期間を1人で過ごして感じる

私は楽しかったの

興味のない人間にはどうでもいいとか思ってたけど

楽しかった

あぁ幸せだったな…と笑うことが出来た

そんなノートになっていた

私のしたかったことがつまってる
夢とさえ思えてしまうほど

そんな日々を自分で壊したんだよね
善と悪の区別がつかなくなったあの日

大切なものを壊した

理想の主人公(完璧)な日向が欲しくて

勝手に恋をした

初めて君と過ごすことがなかったテスト
私の学校行事は突如幕を閉じる

どうしてこんなにも胸が苦しいのか
どうしてこんなにも胸が締めつけられるのか
どうしてこんなにも胸が痛むのか

わからない

私は日向と紬の前から前から去ったの
もう会いたいなんて思うほうがおかしいの

いらないこんな気持ち

あぁ水槽に入ってたのは私じゃないか

金魚鉢の中しか知らない

私は“川”にも“海”にもいない

自然にはいないの

ずっと水槽の中で見えてる世界はあまりにも小さくて代わり映えもしない

自身の存在さえどうでもいいって放り出して
自分の理想(水槽)の中で心地よくずっと泳いでた

いつかなれると信じて

恋愛の主人公(普通の人)に。

そんな私が差し込む光に憧れて、引き込もうとした

私は筆をとめて、外を見た

「ばかだね、私」

私の独り言は部屋にこだまする

虚しさが広がる空間で私は窓を見つめた

優しい陽の光は平等に人を照らす

それは私も同じ

目の前にあるこの木にも同じ

そんな日を浴びて桜の花が咲く頃、私はこの世にいない

私はこの木よりも日を浴びすぎた

だから一足先に散るの

「もう十分なんだよ、日向」

私の独り言には後悔はない

携帯に日向からのメッセージがくる
もう、いいの

そのまま私はそのメッセージに既読という名の返信もせず消した
あれからメッセージはこなくなった

後悔はしてない
私の今を知らなくていいの

それに今日は曇り空で気分もよくないし、ココ最近は体調の悪い日が続いてあまり眠れていない

おまけに治療との相性は最悪で、ベットから動けないでいた

私に出来ることはただ目を閉じることだけ

それでも辛くて眠れない

すると頭の上に少し冷たくて大きなものが乗る
撫でられてるのか

心地よくて辛いものを吸い取ってくれる

いつの日かの日向の手のひらを思い出した

あの時の猫は元気だろうか
ずっと会えてないな

そんなことを考えながら私は気づけば眠った

どれぐらい寝たのか
きっとそんな時間は経ってないのかもしれない

けど私には何時間も久しぶりに眠れた気がした

「ん…」

目を開けるとそこにはいつも怒った顔をしていた父が優しくて笑っていた

「もう起きたのか」

「どのくらい寝てた?」

「30分くらいかな」

腕時計を見る父親を見て笑いかけた

「何時間も寝た気分だよ、その手のおかげで」

「あぁこれ…年頃の娘に悪いな」

焦ってバッと手を取る父親

「ううん、そのままにしててよ。寝れる気がするよ」

「そうか…なら」

父親は少し照れくさそうにもう一度頭におく
やはり手は少し冷たい

そのまま2人とも黙り込んで沈黙が続く

「お父さんのこの手、好きだった人に似てる」

私の頬を叩いた父親の手と日向の手が重なって思わず口にしてしまう

「○○にもそんな人いたのか」

父親は驚いた表情を見せた

「いたよ、でも私じゃない人を選んだ。でも正解だよ、私はいなくなっちゃうもん」

私は笑った

「…小さかった○○はよく苦しんで痛がってた。だから頭を昔からこう撫でるといつも気持ちよさそうな顔して寝る○○を見てこのまま苦痛が無くなればって思ってた」

父親は私の頭をゆっくり撫でた

「でも成長していく○○も見たくて…学校行かせた。その判断は間違ってなかったんだな」

父親は昔のような穏やかな顔をする

「自分の代わりに月の苦痛をとってくれる人間がいたんだ」

私は目を見開いた

「他の人を選ぶとかそんな以前の話、そんな人に出会ってほしかった。そして少しくらい普通の生活して楽しんでほしかった、厳しくしすぎたがな」

父親はハハハと笑った

「お父さんのばかあ。失恋してるんだよ、しっかり慰めてよ」

私もつられて笑った

「納得してんだろう、顔を見れば分かるよ」

優しく父親は言う

「そうだね、私の方が可愛くてスタイルがよくて頭がいい!…でもね、いつも真っ直ぐで一生懸命で…とても綺麗だよ」

私は伏せた目で静かにそう言った

「…その言い方は完敗だな」

そう言い、優しく撫でてくれた

そうだねと返して目をまた閉じた

「眠れる時に寝なさい。ここにいるから」

そう言って撫で続けてくれた

懐かしくてしょうがなくて…
この日は安心して眠れた
あれから両親は昔のような笑顔でどこか吹っ切れたようだった

そんな両親と過ごす毎日は楽しいし心が休まることに違いはなかった

そんなある雲ひとつない綺麗な空の日

体調は良くて鼻歌を歌いながら窓の外を見つめ座っていた

そんな病室には両親ではない訪問者がやってくる

私の目線の先には鼻先と頬を赤くして少し息を荒くし、肩で呼吸しているマフラーを巻いた日向がいる

「…どうして」

私のポツリ呟いた言葉は日向に届く

「月が来ねぇし…返事しねぇし…おまけに既読さえつかねぇ。だから月の家に行って月のお父さんから聞いた」

私はポカンとしていた

日向の方は少し怒っているかのように勢いよく話す

「なんで大事なことをなんも言わねぇんだよ。具合悪いならそう言えよ…」

そして日向はゆっくり近づいてくる

「無理してまで笑うなよ」

そして私の前にやってくる

「1人になろうとすんなよ」

日向はどこか苦しそうに
どこか悲しそうに

そう一言。

私は何も言えなかった
ただ日向の目から零れる涙を指先で拭うだけ

「…1人で逝くな」

振り絞ったような言葉が聞こえる

「…ごめん」

私は戸惑いつつ、窓際にある椅子に日向を座らせた

こんな日向の姿を初めてみた
いつもどこか余裕そうに立ち振る舞いしている日向がこんなにも感情のまま悲しんでいる

そんな日向の後ろに広がる世界は少しずつ雲が増えていく

「俺が泣いてどうするんだよな。泣きたいのは月のほうなんだし」

日向は目をこすって笑う

「作り笑いしなくていいよ」

日向はビックリしている

「今、私が無理して笑っているように見える?」

私は日向に笑いかけた

「なんで」

「もう後悔はしてないの。十分…」

日向はガバッと抱きしめてくる

「そんなこと言うなよ。なんでそんな吹っ切れたかのように笑ってるんだよ」

私は驚いて手を回すことさえ忘れる
そして私の胸は幸せそうにときめく

無駄にドキドキしてしまう

「怖くねぇのかよ」

日向の忙しい心拍音が私にも伝わる

「俺は怖ぇよ。月がいなくなるの…」

日向の抱きしめる力が強くなる

「日向…」

私は手を回すことはやめた
もう君無しでも大丈夫なんだよ

「あ、悪ぃ。つい…」

日向は少し気まづそうに元の体勢に戻った

「私は死ぬのは怖くないよ。ずっと前から…」

「知ってる」

日向は食い気味に私の言葉に重ねた

「え?」

「俺は月が入院するぐらい身体が弱いこと」

日向は真剣な顔でこちらを見る

「もしかしてお父さんから聞いた…?」

私は日向がここに来た経緯を思い出してそう言った

「いや、まあ少し聞いたけども…」

日向は少し窓の方に目をやった

「言ったろ、前に会ったことがあるって」

そういえば心当たりある

「だから知ってる」

そして私を真っ直ぐ見つめ直した

「いつから知ってたの」

「それは少し遡るんだけど…」

日向はゆっくり語り出す

外の天気は先程とうってかわって、雨が降り出した

騒がしい空模様は少し今日の日向と重なった
「俺は小さい頃に熱と咳で入院した。そんな中、ある女の子と会ったんだ。歳はおなじくらい」

日向は懐かしそうに笑った

「部屋は違かったけど廊下を歩けば、日に照らされた私は眠っていたり、笑っていた。それが妙に大人びて見えた。」

「思わず近くにいた看護師さんにあの子はだあれって聞いたよ、するとお月様なんだよってかえってきてさ」

意味わかんねぇだろと日向はクスッとわらった

「でもそれだけはずっと印象にあった」

日向は目を少し伏せた

「それが私だってよく分かったね」

私は口元に笑みを浮かべて話した

「話は続きがあるんだ。中学の時、サッカーで怪我して入院になったんだ。サッカーに一生懸命になりたい時期に…ほら高校のようにワーワー周りから言われ始めて集中できなかったんだ」

日向はまた私をじっと見た

「怪我で入院してる自分と環境に腹が立って、少し塞ぎ込んでたんだ。思春期だし…ほんとガキだよな」

日向は照れたように笑った

「リハビリ帰り、ふと見たプレイルームに女の子がいた。光に照らされて笑っている彼女の周りには自分より小さい子どもが集まってた」

優しい瞳で私を見つめた

「お姉ちゃん、お姉ちゃん…って子どものわがままに付き合ってた。でも彼女は具合が悪いのか分かんねぇけど部屋に戻る時間になった」

日向は私の頬に触れた

「ごめんねって笑って、看護師さんに連れられて俺の隣を通り過ぎたんだ。俺はビックリした。ほっぺたは痩せていて今にも命が散ってしまうような儚さを感じた」

私の頬をゆっくり撫でた

「俺は重なった、小さい頃に見た女の子に。俺は思わず声をかけたよ、ねぇ君の名前はって」

そして手が離れていく

「彼女は“るな”って一言、後ろ向いたまま答えてさ…そして振り返って“怪我お大事にね”と言って笑った」

日向は下を向いた

「るなって英語で月って意味なんじゃねぇかって退院してから気づいたんだ。そして高校になって、見つけたんだ」

じっと私を見て「君を」とニッコリ笑った

私は見開いた

あの日、確かに検査が入って部屋に戻る時に男の子に話しかけられた

副作用でフラフラだったから顔をしっかり見れたわけじゃない

いや眩しかった、彼の顔が。

だから見れなかった

「ずっと昔から私達は…」

「そう。月を見てさ…あの時の俺はなんでもいいから縋りたかった。だからあぁやって笑えば日が照らしてくれるって思ったらさ…何事も上手くいくようになったよ」

日向は笑う

「だからずっとありがとうって言いたかった。それに…」

日向は照れくさそうに少し言いにくそうだった

「お月様は俺の初恋だったよ」

そうはにかみながら日向は笑った

「嘘でしょ…?」

「ほんとだって!小さい頃から忘れられなくて中学にはしっかり落ちたと思うよ」

私の胸はまたときめく

「でも出会って思ったよ。お月様は俺が照らしてやりたいって…あんな綺麗な笑顔じゃなくて」

日向は私の頬を両手の人差し指でニッコリと上げる

「心の底から笑う彼女を見ることが恩返し…かなって」

あぁ俺はキザじゃね?恥ずかし。と日向は少し顔を赤くして慌てて手を戻した

「そう思ったらさ…憧れてたんだなって。入院しても強く生きる月の姿にさ」

日向は頬杖を窓際につきながら優しく笑う

日向の奥の空は雲が少しずつ流れて、青空が見えはじめた
私の鼓動はいつもより早く波打つ

「日向の初恋が私ね…」

そう言葉にしても実感が湧かない

「まあ、少し甘酸っぱくて淡い気持ちだよ」

日向はそう未だに照れくさそうに言う

「ハハっ。信じられないけど…嬉しい」

私の頬は真っ赤だと思う

私の想いが少しが叶ったような気持ちだった

「はい、次は月のばん。俺になんか隠してるでしょ?」

日向はイタズラに笑う

「私?そうだね…んー…」

私は悩む素振りを見せた

言うことは1つ。もう決まってる

「私はね、日向の主人公になりたかったよ」

そう言えば、顔が熱くなるのを感じた

「え…?」

日向は少し戸惑った

「私は…日向が好き“だった”」

過去形なら言える気がした

日向も昔の話…なら私もそうすればおあいこでしょ?

それにもうこんな幸せ、十分すぎるから

「俺ら、すれ違ってんじゃん」

日向は嬉しそうに笑う
それを雨が止んだ空に浮かんだ日が照らす

眩しい

あの日の日向と重なる
あの時もこんな笑顔だった

「日向がそのまま一途に初恋、続けていればよかったのに」

私はそうからかった

「えーそんなこと言う?」

日向はおちゃらけたようにそう言った

「嘘だよ。私を選ばなくて正解だったよ」

日向は返す言葉が見つからないようだった

「いなくなっちゃう。選んだとして日向をたくさん悲しませて幸せにはできなかったよ」

日向は黙り込んだまま

「…あーあ!主人公に1度でもいいからなりたかったなあ」

私は沈黙を恐れてそうおどけてみせた

「…って何か言ってよ」

日向はずっと口を閉ざしている

「…月はずっと前から主人公だよ」

真剣な顔して日向はそう言う

「え?…私なんて太陽の光を借りて勝手に主人公気取りした月でしかないんだよ」

思ってもみない言葉に私の言葉は終わるにつれ小さくなっていく

「月は…夜空にあるたった1つの目印。暗い夜空に光るんだ、それが借りた光だろうと…たった一つ、夜に人を照らすのが月だ」

日向はそう真面目にゆっくり伝えてくる

「そう考えれば月だって主人公なんじゃない?それに(るな)はたった1人しかいない。月と同じだよ」

こんな感情…私は知らない

頑張ったねって褒められる嬉しさでもない

頭を撫でられた時のような暖かさでもない

胸が締め付けられる

それは苦しさからくるものでも
病気からくるものでもない

甘くて…でもどこかほろ苦い

「あ、虹」

私は窓の外に広がる虹に話をかえた

「ほんとじゃん!綺麗だなあ」

日向はくるっと背を向けて窓をみてそう呟いた
少年のようなワクワクしてるようなそんな顔

一番星を見つけたあの日の日向と重なる

ずっと日向はあの頃から変わってなかったんだね

私だけが勝手に時間が経ってたのかな

あの頃に戻りたいなんて言ったら笑うかな
「今日、天気変わりやすいよな」

そう日向は窓の外を見ながらそう言った

「そうだね、日向が来るまでは晴れていたのに」

私がそう返すと「それってさあ、俺が雨をここに運んできたって言いたいわけ?」と日向はふくれながらこちらに顔を向けた

「雨男」

私は笑いながら言った

「ちげーもん!俺、晴れ男だから」

日向は張り合いしてくる

「じゃあ、そうしとくよ」

私はクスクス笑いながらそう言った

知ってるよ、日向が晴れ男だってこと
だってこんなにも日に照らされて似合う人なんていない

今だって太陽が日向に降り注ぐ

「なんか不服そうに見えんだけど?」

と日向はまたふくれながら窓の外を見つめた

私はそんな姿にまた笑みが零れる

「日向、テスト勉強は?」

私は思い出す、テストだってメッセージがきてたことを。

「え?あぁ忘れてた…明日が最後の一日だった」

日向は嫌そうな顔をして項垂れている

「ばっかだねー!しっかり勉強しなよ!」

私はそう明るい声色で言う

「…月、勉強…教えてくんね?」

日向は窓際に腕を置いて顔を伏せて項垂れていた

そして少しだけ顔を上げて、目だけが合う

「授業も受けてない私にそれ言う?」

日向はフハッと笑い出す

「それもそうだよな。月なら勉強してるんじゃねぇかって…思っちまったんだよな」

いいよ、気にしないでと日向はまた窓に目を戻した

「ふっふふーん!してるって言ったらどうする?」

「え、まじ?」

日向はくるっとこっちに身体を向けて目をキラキラさせている

「あっれー?日向、頭よかったんじゃなかったの?」

「理解力はあるんだよ…ただ授業は聞いてなかっただけで…」

そう日向は頭をポリポリかいてる

「病室にいる人間ができてどうするのよ」

私はそう意地悪すれば、分かりやすく態度をかえて日向は懇願する

私はその姿に吹き出して笑った

日向もつられて笑った

日向が来る前の病室は冬のように冷たく無機質で暗く見え、ただ死を待つだけの部屋だった

今は高校の教室と変わらない若い男女の笑い声が響き渡り、春の訪れを知らせるような暖かい日差しで明るく見え、生きていることを実感できる部屋に感じた

「しょうがないなあ!じゃあ日向に3つお願いしていいかな」

「お、いいぞ。俺のできる範囲なら何でもしてやる」

日向はとても気前のいいことを言う

「1つ目は私を病室の外に連れて行って」

日向は俺が、外に連れ出すのか!?やばくないかと焦っていて

今日は何も演じない素の日向で私の元にきてくれたことをまた実感するのだった

「私が言ったのは病室の外!だよ?」

とからかったのは言うまでもない
日向は車椅子を持ってきた

「体調、あんまよくねぇんだろ」

そう真面目な顔で言ってくれた

私はありがとうと伝え
ノートと教科書、筆記用具を持って座った

「初めて人の押すからさ、怖かったら言ってな」

優しい笑顔で日向はそう言ってくれた

学校にも行けない、外にも出られない

そんな私を連れて日向は暖かい日差しが差し込むデイルームへ連れ出してくれる

「俺が連れ出してやれんのはここまでかあ」

少し悔しそうにそう日向は向かいの席に座る

「ここまででも十分だよ、ありがとう」

日向はコクっと頷く

そして少し前までの日常のように私達はテスト勉強会をした

日向は教えるとスラスラ解いていく

ついこないだまでの風景だったのに懐かしくてたまらない

私は頬杖をついて、そんな日向の姿を見つめていた

「…なにそんな見てんの」

日向は目を勉強しているノートに目を落としたままそうフッと笑った

「勉強してるとき、よく見てたよな」

私はドキッとする

見惚れてたなんて口が裂けても言えなくて

誤魔化す言い訳さえ見つからなくて

ドキドキの胸の音だけが聞こえて

その音だけが日向にも伝わっているかもしれない

「俺はその時間が好きだったりするけどね」

こちらに顔を上げて優しく笑う日向はやはりずるい

もう諦めたはずなのにまた…

「私も好きだよ」

その“好き”に含まれている意味は単純な返答ではないだろう

でも伝わらなくていい

伝わったって困らしてしまうだけだから

もう自分の立場()は知っている

「あら、青春でいいわね」

そんな言葉を入院しているおばあさんが声をかけてくる

「ありがとうございます」

私達はそう伝えるしかなくて

少し2人で照れて笑い合った

「俺ら、カップルみたいにみえてんのかな」

そう日向は思わせぶりな言葉を言う

「…そだね」

私は精一杯の返答をした

これ以上バレるわけにもいかない
きっと日向を苦しませてしまう

大丈夫、私は普通だよ

また仮面をかぶったっていい

日向が幸せなら

どこかで聞いた事がある

好きな人は幸せにしてもらうんじゃなくて
幸せにしたい人だって

私は君に幸せになってほしい

だから今だけは許して

最後のワガママだから

今だけは

________誰も日向との時間を邪魔しないで

もう私は満足だから

「さあ続き、やるよ」

その一言で日向はへーいと言いながらまた目線を下に落とした

優しい日差しは私達の時間を見守るように差し込む

今なら言ってもいいかな
私のワガママの時間が終わる前に

もう思い残すことないように

「好き」

小さい声だけど

日向の姿を見て、今の気持ちを伝えた

「なんか言った?」

日向はスっと顔を上げてこちらを見た

「ううん、もう十分なんだ」

私はニッコリ笑ってそう伝えた
あの後は勉強が終わって日向を帰らせた

久しぶりに1日が早く感じた気がする

テストが上手くいくようにって思いながら今日を過ごしていた

そしてメッセージがくる

『おかげさまで出来た』と日向から。

私はずっと返してこなかったメッセージに初めて

『よかった』

そう返事を送った

それからの日々は日向が部活の合間に顔を出す

部活の愚痴

先生のモノマネ

自身の出来事

外の温度や出来事

日向は私に病室の外の世界を持ってきてくれた

でも1つ、引っかかった

紬の話を一切しないこと

それに加えて部活の合間に来ていることによって紬に会う時間さえ奪っているのではないか

そう思えた

今日も朝から部活をしてその足でここに来てくれている

「ねぇ、日向」

日向は窓際に頬杖をついてうつらうつらとしていた

「あ、ごめん。寝てた?」

日向は無理して笑う

「なんで…ここまでしてくれるの?私、日向と紬に…」

私の口を開けば人差し指を私にあててくる

「俺の前で自分を追い詰めるようなこと言わないで。俺がしたくてしてんの」

そう言ってまた窓際に頬杖をついた

「ごめん」

「ありがとうだけでいいよ、ごめんはもういらないし聞きたくないよ」

日向は静かにそう言った

「…紬のとこ行かなくていいの?」

私は恐る恐る、聞いた

「…紬がそうしろって言った」

日向は少し答えるのを躊躇いながらも答えてくれた

「え…?」

「紬はずっと月を心配してる、だけど月が避けてるから俺伝いでもいいからって…さ」

日向は少し悲しそうに目を伏せた

「ごめ…」

私は謝りそうになったところを口を塞いだ

「そんなに紬が気になるなら、話してやれば?…多分喜ぶぞ」

少し口元を緩ませながらそう言った

「私にはそんな資格ないよ、私が近くいれば傷つく」

私は下に俯いて続ける

「紬から日向を奪おうとした。悪口だって言ったし1人になるように仕向けたんだよ?」

布団をギュッと握りしめた

私の心の中は雨模様だ

苦しくてギュッと胸が締め付けられる

日向と久しぶりに会ったあの日とは違う苦しさ

「自分のことしか考えてなくて…紬を苦しめた」

日を浴びすぎた私の桜にある日、カラスが止まった
その部分だけが黒くて異質のように見えた

それが何匹も集まって、綺麗な桜が黒く染まって…消えた今…

見てくれる人は居なくなった

「大事にしなきゃいけない人間を手放したのに…今更、私のワガママで振り回したくないの」

それが今の私

そんな私に日向は日差しをくれる

また咲き誇れるように。

もう散りそうな私に日向は優しくまだだよって照らして人を呼び寄せてくれる

月が消えた日、主人公になった君

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