仕事を休んでいるときくらい、腹も減るのを休んでくれればいいのにと思う。
依頼をこなして日銭を稼ぐ冒険者なのだから、タダ飯を食らうということは命を削ることと同等だと腹の虫も理解するべきだ。
「……腹減った」
空腹のせいで目が覚めてしまった俺は、アンデッドモンスターのような声をあげてしまう。
あの廃坑での事件がおきて5日。
魔力切れというピンチからなんとか生還できた俺だったが、自宅療養生活を送ることになった。
やっぱり無理はするものじゃないと今更ながら思う。
カタリナがいたからなんとか切り抜けることができたが、彼女がいなかったら俺はあの洞窟で白骨死体になっていただろう。
5日前のことを思い出すと、今でも寒気がする。
崩落事故に巻き込まれ、予備の魔力ポーションを失い、モンスターに奇襲を食らってピンチに陥り、魔力が切れて──極めつけは、河の中で目が覚めた。
言い間違いではなく、魔力切れで気を失っていた俺が目覚めたのは、冷たい水が流れる河だった。
びしょ濡れで目覚めた俺の頭の上に、大量のクエスチョンマークが発生したのは言うまでもない。
周囲の景色からヴィセミルの中を流れるクオン河の支流だとわかったが、橋の上から見ていた人物を見てさらに困惑した。
ほとんど下着のような服装をした、赤毛の美女冒険者、リルー。
彼女が逼迫したような表情で俺を見下ろしていたのだ。
すぐにリルーは猛ダッシュで河の中に入ってきて、状況をつかめずに呆然としている俺を担いで走り出した。
彼女が向かったのは、広場にある冒険者ギルド「誇り高き麦畑」──。
ギルドで待っていたのは、ボロボロの姿のカタリナと、あの眼鏡をかけた冷徹受付嬢だった。
そこで俺はリルーから事情を聞いた。
どうやら、あの洞窟で救出されたあと、カタリナは俺を背負ってギルドに直行し依頼の完了報告をしようとしたのだけれど、認められなかったらしい。
冷徹受付嬢いわく、「今回の依頼はピュイさん個人で受けたものなので、本人からの報告でないかぎり完了を認めない」というのだ。
すでに日が暮れかけていることもあり、このままだと試験を受けられないと焦ったカタリナは、ガーランドの自宅に走った。
そして、事情を聞いたガーランドは、リルーと彼女のパーティメンバーとともにギルドに駆けつけ、俺を叩き起こすことにした……というわけだ。
まず、リルーのパーティメンバーの回復魔術師が俺にキュアヒーリングをかけたが、効果はなかった。
さらに、魔力ポーションを数本強引に飲ませたが、それも意味がなかった。
なので最後の手段だと言ってリルーが俺を運んだのが、クオン河。
どうやら、橋の上から俺を河の中に放り投げたらしい。
それを聞いて、俺は即座にツッコんだ。
俺は泥酔した酔っぱらいじゃねぇ。
魔力切れで倒れた人間をもう少しいたわれと思ったが、ギリギリで依頼完了報告を完了することができたので、リルーに感謝しなくてはならない。
個人実績は規定の50に達し、なんとか冒険者試験の資格を得た俺は──ギルドで再び意識を失ってしまった。
魔力切れの後遺症的なやつだ。
枯渇寸前だったら魔力ポーションでも大丈夫なのだが、完全に切れてしまうとどうすることもできない。
しばらく昏睡状態と覚醒状態を繰り返してしまうのだ。
目が覚めているときに栄養のあるものを食べて、体を休める。
つまり、自宅で療養することが魔力切れを回復させる唯一の方法だ。
「……魔力切れ、か」
俺はベッドの上で、魔力切れを起こしたときのことを思い返した。
妖精マジックを発動させて完全に魔力が切れて意識を失いかけたとき──カタリナに抱きかかえられてなにかヤバいことを言われた気がする。
「……あいつ、好きとか口に出して言ってなかったか?」
改めて口に出すと、破壊力がやばかった。
いつも心の中で「好き」だの「かっこいい」だのデレられているけれど、「口に出して」という言葉を付け足すと、致死級のダメージがある。
口に出すということは意思の表明でもあり、相手との合意に到達するためのプロセスのひとつでもあるのだ。
つまり、あのひとことの中には「わたしはあなたのことが好きです。それであなたはどうなんですか? わたしのことは好きですか? 好きですよね?」という文章が含まれている。
好きという意思の確認。
それはもはや、告白ってやつじゃないのだろうか。
そこで俺は改めて思う。
え? 俺って、カタリナに告白されたの?
「……マジか!? マジで!? マジの!?」
今更ながら、恥ずかしいやら嬉しいやらで、また気を失ってしまいそうだった。
これは冒険者試験に合格してカタリナに気持ちを伝える前に、そういう関係になってしまうんじゃないか?
カタリナに「洞窟の中で言われたことの返事をしたいんだけど」って言えば、きっと──。
「ん? ちょっと待て」
と、俺の頭に不安がよぎった。
「……本当に、好きって言ったのか?」
言われたような気はするけれど、確証がない。
なにせあのときの俺は、意識混濁状態だったのだ。
ただの聞き間違いっていう可能性も大いに有り得る。
なんだか、すごく不安になってきた。
聞き間違いだったのに「この前カタリナに言われたことの返事なんだけどさぁ?」なんてドヤ顔で言ってみろ。「え、ちょっと、なに言ってるかわからないんですけど。バカなの?」みたいなドン引き対応をされてしまう。
それって、死ぬほど恥ずかしい。
「……言ったの? 言わなかったの? どっちなの?」
テンションが一気にガタ落ちしてしまった。
いまさら、「あのときなんて言ったの?」とか聞けないしな。
あああ、畜生!
なんであのとき、意識混濁しちゃったかなぁ!?
「はぁ……とりあえず、何か食べよ」
さっきから「何か食わせろ」とうるさい腹をなんとかしようと思い立った俺は、のっそりとベッドから起きて、重い足取りでキッチンへと向かう。
この家には小さな「かまど」と「厨房」があるのだ。
以前は1階を店舗として使っていたらしく、俺が住んでいる2階でパンを焼いて運んでいたらしい。
なので、料理ができる環境は整っている──のだが、俺が料理なんてするわけがなく今はホコリをかぶっている。
キッチンを漁ってみたが、これといって食べられそうなものはなかった。
魔力切れの後遺症で外に出ることも危険なので、食事はガーランドが持ってきてくれていたが、全部食べきってしまったらしい。
「ううむ、どうするか」
今から飯を食いにいくか?
魔力切れの後遺症もだいぶおさまってきているし。
だけど、突然気を失ってしまう可能性もある。
医者からは少なくとも7日は安静にと言われているし、ここはガーランドが来るのを待つしかないか。
そう思って、空かせた腹を抱えて再びベッドに戻ろうとしたとき、玄関を叩く音が聞こえた。
「……お?」
もしかして、ガーランドか?
本当にあいつは、いいタイミングでくる。
俺は、もはやジジイかと思うくらいのゆっくりとしたスピードで玄関へと向かい、ドアを開けた。
「ナイスタイミングだぞガーランド。ちょうど腹が減ってお前を待ってたところで──」
そこで言葉を飲み込んでしまったのは、もちろん腹が減りすぎていたからというわけではない。
ドアの向こうに、意外すぎる人間が立っていたからだ。
翡翠色の瞳に、ポニーテイルに結んだ銀の髪。
可憐にして苛烈な辛辣の乙女。
「カッ、カタリナ!?」
そこに立っていたのは、いつもの白い胸当てではなく、カーキと白色のドレスっぽいワンピースという普段着姿のカタリナだった。
依頼をこなして日銭を稼ぐ冒険者なのだから、タダ飯を食らうということは命を削ることと同等だと腹の虫も理解するべきだ。
「……腹減った」
空腹のせいで目が覚めてしまった俺は、アンデッドモンスターのような声をあげてしまう。
あの廃坑での事件がおきて5日。
魔力切れというピンチからなんとか生還できた俺だったが、自宅療養生活を送ることになった。
やっぱり無理はするものじゃないと今更ながら思う。
カタリナがいたからなんとか切り抜けることができたが、彼女がいなかったら俺はあの洞窟で白骨死体になっていただろう。
5日前のことを思い出すと、今でも寒気がする。
崩落事故に巻き込まれ、予備の魔力ポーションを失い、モンスターに奇襲を食らってピンチに陥り、魔力が切れて──極めつけは、河の中で目が覚めた。
言い間違いではなく、魔力切れで気を失っていた俺が目覚めたのは、冷たい水が流れる河だった。
びしょ濡れで目覚めた俺の頭の上に、大量のクエスチョンマークが発生したのは言うまでもない。
周囲の景色からヴィセミルの中を流れるクオン河の支流だとわかったが、橋の上から見ていた人物を見てさらに困惑した。
ほとんど下着のような服装をした、赤毛の美女冒険者、リルー。
彼女が逼迫したような表情で俺を見下ろしていたのだ。
すぐにリルーは猛ダッシュで河の中に入ってきて、状況をつかめずに呆然としている俺を担いで走り出した。
彼女が向かったのは、広場にある冒険者ギルド「誇り高き麦畑」──。
ギルドで待っていたのは、ボロボロの姿のカタリナと、あの眼鏡をかけた冷徹受付嬢だった。
そこで俺はリルーから事情を聞いた。
どうやら、あの洞窟で救出されたあと、カタリナは俺を背負ってギルドに直行し依頼の完了報告をしようとしたのだけれど、認められなかったらしい。
冷徹受付嬢いわく、「今回の依頼はピュイさん個人で受けたものなので、本人からの報告でないかぎり完了を認めない」というのだ。
すでに日が暮れかけていることもあり、このままだと試験を受けられないと焦ったカタリナは、ガーランドの自宅に走った。
そして、事情を聞いたガーランドは、リルーと彼女のパーティメンバーとともにギルドに駆けつけ、俺を叩き起こすことにした……というわけだ。
まず、リルーのパーティメンバーの回復魔術師が俺にキュアヒーリングをかけたが、効果はなかった。
さらに、魔力ポーションを数本強引に飲ませたが、それも意味がなかった。
なので最後の手段だと言ってリルーが俺を運んだのが、クオン河。
どうやら、橋の上から俺を河の中に放り投げたらしい。
それを聞いて、俺は即座にツッコんだ。
俺は泥酔した酔っぱらいじゃねぇ。
魔力切れで倒れた人間をもう少しいたわれと思ったが、ギリギリで依頼完了報告を完了することができたので、リルーに感謝しなくてはならない。
個人実績は規定の50に達し、なんとか冒険者試験の資格を得た俺は──ギルドで再び意識を失ってしまった。
魔力切れの後遺症的なやつだ。
枯渇寸前だったら魔力ポーションでも大丈夫なのだが、完全に切れてしまうとどうすることもできない。
しばらく昏睡状態と覚醒状態を繰り返してしまうのだ。
目が覚めているときに栄養のあるものを食べて、体を休める。
つまり、自宅で療養することが魔力切れを回復させる唯一の方法だ。
「……魔力切れ、か」
俺はベッドの上で、魔力切れを起こしたときのことを思い返した。
妖精マジックを発動させて完全に魔力が切れて意識を失いかけたとき──カタリナに抱きかかえられてなにかヤバいことを言われた気がする。
「……あいつ、好きとか口に出して言ってなかったか?」
改めて口に出すと、破壊力がやばかった。
いつも心の中で「好き」だの「かっこいい」だのデレられているけれど、「口に出して」という言葉を付け足すと、致死級のダメージがある。
口に出すということは意思の表明でもあり、相手との合意に到達するためのプロセスのひとつでもあるのだ。
つまり、あのひとことの中には「わたしはあなたのことが好きです。それであなたはどうなんですか? わたしのことは好きですか? 好きですよね?」という文章が含まれている。
好きという意思の確認。
それはもはや、告白ってやつじゃないのだろうか。
そこで俺は改めて思う。
え? 俺って、カタリナに告白されたの?
「……マジか!? マジで!? マジの!?」
今更ながら、恥ずかしいやら嬉しいやらで、また気を失ってしまいそうだった。
これは冒険者試験に合格してカタリナに気持ちを伝える前に、そういう関係になってしまうんじゃないか?
カタリナに「洞窟の中で言われたことの返事をしたいんだけど」って言えば、きっと──。
「ん? ちょっと待て」
と、俺の頭に不安がよぎった。
「……本当に、好きって言ったのか?」
言われたような気はするけれど、確証がない。
なにせあのときの俺は、意識混濁状態だったのだ。
ただの聞き間違いっていう可能性も大いに有り得る。
なんだか、すごく不安になってきた。
聞き間違いだったのに「この前カタリナに言われたことの返事なんだけどさぁ?」なんてドヤ顔で言ってみろ。「え、ちょっと、なに言ってるかわからないんですけど。バカなの?」みたいなドン引き対応をされてしまう。
それって、死ぬほど恥ずかしい。
「……言ったの? 言わなかったの? どっちなの?」
テンションが一気にガタ落ちしてしまった。
いまさら、「あのときなんて言ったの?」とか聞けないしな。
あああ、畜生!
なんであのとき、意識混濁しちゃったかなぁ!?
「はぁ……とりあえず、何か食べよ」
さっきから「何か食わせろ」とうるさい腹をなんとかしようと思い立った俺は、のっそりとベッドから起きて、重い足取りでキッチンへと向かう。
この家には小さな「かまど」と「厨房」があるのだ。
以前は1階を店舗として使っていたらしく、俺が住んでいる2階でパンを焼いて運んでいたらしい。
なので、料理ができる環境は整っている──のだが、俺が料理なんてするわけがなく今はホコリをかぶっている。
キッチンを漁ってみたが、これといって食べられそうなものはなかった。
魔力切れの後遺症で外に出ることも危険なので、食事はガーランドが持ってきてくれていたが、全部食べきってしまったらしい。
「ううむ、どうするか」
今から飯を食いにいくか?
魔力切れの後遺症もだいぶおさまってきているし。
だけど、突然気を失ってしまう可能性もある。
医者からは少なくとも7日は安静にと言われているし、ここはガーランドが来るのを待つしかないか。
そう思って、空かせた腹を抱えて再びベッドに戻ろうとしたとき、玄関を叩く音が聞こえた。
「……お?」
もしかして、ガーランドか?
本当にあいつは、いいタイミングでくる。
俺は、もはやジジイかと思うくらいのゆっくりとしたスピードで玄関へと向かい、ドアを開けた。
「ナイスタイミングだぞガーランド。ちょうど腹が減ってお前を待ってたところで──」
そこで言葉を飲み込んでしまったのは、もちろん腹が減りすぎていたからというわけではない。
ドアの向こうに、意外すぎる人間が立っていたからだ。
翡翠色の瞳に、ポニーテイルに結んだ銀の髪。
可憐にして苛烈な辛辣の乙女。
「カッ、カタリナ!?」
そこに立っていたのは、いつもの白い胸当てではなく、カーキと白色のドレスっぽいワンピースという普段着姿のカタリナだった。