俺よりも先に受付嬢に詰め寄ったのはカタリナだった。

「ちょ、ちょっと待って。実績が足りないってどういうこと?」

「そのままの意味ですよ。どうやら個人実績が規定数に到達していないようですね」

 台帳に視線を落とし、受付嬢が続ける。

「ピュイさん個人の依頼実績は46です。規定は50なので、受験資格はありません」 

「……は? 46?」

 その数字に、俺は違和感を覚えた。 

「ちょっと待って下さい。何かの間違いじゃないですか? この2ヶ月、週に5回はDランク依頼を受けてたんですよ?」

 このふた月あまり、ガーランドとカタリナに協力してもらって、パーティで依頼を終わらせた後や、オフ日をつかってコンスタントに個人実績を積んできたのだ。

 週に5回。ふた月なので……単純計算で40回以上。

 もちろんそれだけでは足りないが、以前にカタリナが個人で受けて俺の実績にツけてくれていたものと合わせれば、50回は余裕でいっているはずだ。

「2日前までは65ありましたが、46に修正されています」

 そっけなく受付嬢が言う。

 俺は首をひねった。

「え? 修正? どういうことです?」

「カタリナ・フォン・クレールさんが受けていた個人依頼を間違ってジェラルド・ピュイさんに記録していたみたいなので、二日前に修正しました。わたしが」

 得意げにメガネをくいっと上げる受付嬢。

 お前かよ! 

 いい仕事したでしょう、みたいな顔してるけど、余計なことだよ! 

 せっかくカタリナが俺のためにやってくれたのに!

(……わたしのあの努力は、無駄だったってわけ?)

 ちらりと見たカタリナは、涼しい顔をしていたが、その心の中は悲哀に包まれていた。

 カタリナさん、気を落とさないで。

 あなたの想いは、ちゃんと受け取っていますから。

「気を落とさないでください、ピュイさん」

 しかし、塩対応な受付嬢が慰めてきたのは、カタリナではなく俺だった。

「今月は無理ですけど、このペースでいけば3ヶ月後の試験は受けられますよ」

「いや、まぁ、そうですけど……」

 だからといって、3ヶ月後まで伸ばすことなんてできるわけがない。

 なにせ俺は、カタリナと約束したのだ。

「……」

 隣のカタリナを盗み見ると、明らかに消沈していた。

(それじゃあ、ピュイくんは試験を受けられないってこと? わたしとの約束は、果たせないってこと?)

 胸がぎゅっと苦しくなった。

 絶対に他人に弱気になっているところを見せないカタリナのことだ。試験を伸ばすと話せば、きっと口では「じゃあ、3ヶ月後、頑張ろう」と言ってくれるだろう。

 だけど、それは上辺だけの言葉にすぎない。

 心の中では、俺に裏切られてしまったと落胆してしまうはず。

 事前に受け付け期限のことすら調べないほど、自分と交わした約束は軽いものだったのかと、失望するだろう。

 それだけは……それだけは、絶対に避けなくてはならない。

「どうにかして、試験を受けられる方法はありませんか? 今月の試験を受けられないとマズいんですよ」

 藁にもすがる思いで、受付嬢に尋ねた。

 金がかかる方法であっても良い。

 全財産を出せと言われたら、すぐにそうする。

「まぁ、あることには、ありますけど」

 決死の覚悟を決めていた俺だったが、受付嬢は予想に反してあっけらかんと答えてくれた。

「ほ、本当ですか!? それ、教えて下さい!」

「あ、いえ、別に特別な方法があるわけじゃないんですけど……」

 そう前置きをして、受付嬢はつづける。

「試験手続きの締め切り日は今日なので、今日中にDクラスの依頼を4つ完遂できれば試験は受けられますよ」

「……」

 それは無理だろ、と心の中でぼやいてしまった。

 冒険者ギルドが閉まるのは夜の鐘が鳴ってからだが、それまでに4つの依頼をこなすのは相当厳しい。

 短時間で4つもの依頼をこなすには、受ける依頼を厳選する必要があるからだ。

 まず、遠方に足を運ぶ必要がある配達系の依頼はNGだし、回転率を考えて近場の依頼を探さなくてはならない。

 理想的なのは、ヴィセミルの近くにある森やダンジョンなどでの採取依頼だけど……そんなのが運良く4つも残っている可能性は低い。

 もう昼になる時間だし、楽な依頼はおおかた冒険者が受注しているはず。

 となれば、可能性としてあるのは、危険度が高い討伐系の依頼になるが──回復魔術師の俺が受けるには、サポートが必要になる。

「……」

 ふと、カタリナと目があった。

(わたしを、頼ってよ)

 そして、カタリナは心の中でそんなことをささやく。

 これじゃあ、本末転倒じゃないかと思った。

 そもそも、俺が冒険者試験を受けようと思ったのは、カタリナを助けたいと思ったからなのだ。

 この数週間、カタリナに個人依頼をサポートしてもらっていただけでも心苦しいのに、ここにきてさらに助けてもらうなんて情けなさすぎる。

「……クソ」

 怒りがふつふつと湧いてきた俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。

 誰かを頼らないと依頼をこなせない身体的な弱さ──ではなく、小さなプライドを気にしてしまっている心の弱さに。

 情けないとか、そんなものどうでもいいだろ。

 ここまできて約束を反故するほうが、卑劣すぎる。

 カタリナを悲しませるほうが、ずっと辛いはず。

 そう思った俺は、カタリナにもう一度だけ頭を下げた。

「カタリナ……すまん。1日で4つの依頼、手伝って欲しい」

「……まったくもう」

 カタリナは、小さくため息を漏らし──待っていましたと言わんばかりに、即答してくれた。

「しかたないわね。助けてあげるわ」

 そう言ったカタリナは困ったようで嬉しそうな、そんな複雑な表情をしていた。