パーティの美人女剣士が塩対応なんですが、読心スキルで俺にだけデレているのがまるわかりなんです

「……あっ、いや、なんでもないですごめんなさい」

 まくしたてるようにモニカが言う。

(つ、つい口にでちゃいましたけど、恋愛に性別は関係ないと思う派ですよわたしは! 応援してますからね、ピュイさん!)

 頭の中が大混乱になっていた俺は、返答に仇してしまった。

 これは違う意味でマズいんじゃないだろうか。

 色恋沙汰でドロドロのヌマヌマになる以上に、パーティ崩壊の危機な気がする。

「ま、待てモニカ。俺は──」

「ああっ! そういえば、服飾店に魔導衣を出してるんだった! 引き取りにいかなきゃ!」

 俺の言い訳を遮って、モニカが飛び上がるように立ち上がった。

「じゃ、そういうことで! 皆さん、また明日!」

 モニカは真っ赤な瞳を泳がせながら、シュタッと手を上げる。

 いやいや、いつもの魔導衣、着てるじゃないか……というツッコむ暇もないまま、モニカは逃げるように俺たちの前から去っていった。

 呆然とした表情で、去ったモニカのほうを見つめる俺たち。

「あ、あの、ピュイさん」

 サティがそっと耳打ちしてきた。

「……頑張って、くださいね?」

「え?」

「わたし、パーティ内恋愛は節度が守られていれば賛成派なので」

「あ、う……?」

「あ、あの……ええっと……」

 サティがもじもじと何かを言いたそうに身を悶えさせる。

 そして、覚悟を決めてキッと俺の顔を見たが──

「な、なんでもないです……」

 顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
 
 何が言いたかったんだとメチャクチャ気になったが、すぐに彼女の心の声が聞こえてくる。
 
(カタリナさんもピュイさんのことを、好きなんだと思いますよっ!)

「……っ!?」

 モロにバレてた。

 いやまぁ、そりゃあバレるよな。

 モニカみたいな天然でも無い限り、わかっちゃうよな。

「それでは、わたしも帰りますね……」

 サティがそっと席を立つ。

「あ、ああ、うん。ありがとうな」

「い、いえいえ。わたしは何も……カタリナさんも、また」

「……ええ、また明日……」

 息を吹きかければ消えてしまいそうな声でカタリナが返す。

 サティは何かを言いたそうにカタリナをじっと見ていたが、すぐにぱたぱたと足早に立ち去った。

 残されたのは、気まずい空気。

 それと、抜け殻みたいになっているカタリナと俺。

「お、俺……ちょっと酒飲んでから……帰るわ」

 俺は瀕死の声で切り出した。

 酒を飲んで全てを忘れなければ、明日の依頼に影響が出てしまう。

「じゃ、じゃあ、わたしも飲んじゃおうかな?」

「……え」

「え?」

 意外すぎる提案にギョッとしたら、カタリナに瞠目しかえされた。

「い、いや、なんだかわたしもお酒を飲みたいな〜って思って。ダメ、かな?」

「いやいや、全然ダメってわけじゃないけど……俺、酔ったら変なこと言いそうだからさ」

「そんなの、別に気にしない……けど」

 カタリナの声が尻すぼみで小さくなっていく。

 はっとしてカタリナを見たら、顔を真っ赤にしていた。

 鼓動が速くなっていく。

 それって、もしかして、受け入れてくれるってことなのか?

 一瞬、「じゃあ、一緒に飲むか」と出かけた言葉をぐっと飲み込む。

 いやいや待て待て。

 それは色々とマズい。

 今、一緒に酒なんて飲んだら──マジで全部言ってしまいそうだから!

 ……って、何をだ!?

「お、俺が気にするっての。なんていうか、タイミングは今じゃない……からさ」

「タイミング?」

「……あ、いや、違う」

 慌てて言葉を飲み込む。

 マジで何を言ってるんだ俺は。

 挙動不審に陥っている間に、カタリナがずいっと顔を近づけてくる。

「いう? いつ、ならいいの?」

「あ、う、ええと……」

「いつ、そのタイミングが来るの?」

 綺麗な翡翠色の瞳に至近距離から見つめられ、俺の理性は崩壊寸前だった。

「冒険者試験、終わって……ランクがCになったら、とか?」

 息も絶え絶えな俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。

 何か深い意味があるわけじゃないし、完全に無意識で出てきた言葉だったが──

「わかった」

 カタリナは嬉しそうにコクリと頷いた。

 しかし、次の瞬間、スッと目を細める。

「……だったら、絶対合格しなさいよ?」

 そして、冷ややかな声で言う。

 これは完全に懐疑心を抱かれている。

 俺は慌てて返す。

「が、頑張るよ。というか、まず試験を受けられるように、個人依頼をやらないとだけど」

「え? まさか、まだ規定数に達してないわけ?」

「まだだけど、ガーランドに手伝ってもらってるから、このまま行けば大丈夫だ」

 多分、とは心の中で付け加える。

 試験を受けることを決めてから、パーティの依頼を終わらせた後でガーランドに個人依頼を手伝ってもらっている。
 
 カタリナが俺にツケてくれていた分もあるので、このまま行けば問題なく試験を受けられるはずだ。

 ──何も問題が起きなければ。

「……じゃあ、わたしも手伝う」

 何かを察したのか、カタリナがぽつりと言った。

 俺の視線に気づいたカタリナは、顔を横に振りながら慌てて弁明してきた。

「か、勘違いしないでよ? これは……そう、この前、家まで送ってくれたお礼だからね?」

 そう言ってそっぽを向くカタリナだったが──

(依頼でぎこちなかったのはわたしのせいみたいだし、個人実績が遅れている原因はわたしにあるようなものでしょ? だったら、わたしも手伝わなきゃ!)

 俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 依頼でぎこちなかったのは、俺が勝手に悶々としていただけであって、カタリナはなにも悪くない。

 本当にごめん、と謝りたくなったが、ここで言うべきは謝罪の言葉では無いと思った。

「ありがとうな」

「……っ」

 びくり、とカタリナが肩をすくめた。

 多分、意表を突かれたひとことだったのだろう。

 カタリナは悔しそうに俺をキッと睨みつけてくる。

「……とりあえず、明日から個人依頼、やるからね? 深酒なんてしないでよ?」

「はい。肝に銘じておきます」

 つい、敬語が出てきてしまった。

 これじゃあ、どっちがパーティリーダーなのかわからん。

 いや、ランクも実績も名声も、すべてにおいてカタリナのほうがリーダーっぽいんだけどさ。

 カタリナがそっと席を立つ。

「じゃあ、また明日」

「おう、またな」

 金熊亭を出ていくカタリナの背中を見て、そういえばと思い出す。

 直視できなかったカタリナの顔が、いつの間にかちゃんと見られるようになっていた。

 モヤモヤとしていたものが、しっかりと整理されたからだろうか。

 それとも、このモヤモヤの正体がカタリナにバレてしまったからだろうか。

 ふと、頭に浮かんだのはカタリナのセリフだった。

 ──いつならいいの? いつ、そのタイミングが来るの?

「……マジで、試験に合格したら、言うのか?」

 このモヤモヤの正体を、ちゃんとした言葉で、カタリナに──

「ああああ、くそ! なに言っちゃってんだよ俺! キモすぎるだろ!」

 脳が痒くなって、ガシガシと頭をかきむしった。

 恥ずかしさで死にしそうだった。

 今すぐ穴を掘って、地中深くに埋まってしまいたいと切に願った俺は、ゆっくりと身悶えするようなため息を吐いてから、給仕を呼んだ。
「ピュイ。お前にちょっと、お願いがあるのだが」

 ようやく荷馬車に戻ってきたフリオニールは、僕の顔を見るなりそんなことを言った。

 僕は心の中で「またか」と呆れて、読んでいた魔術教本を閉じる。

「……今度は何をしたんですか、師匠?」

「言いがかりはよせ。わたしは別に何もしていないぞ」

 師匠は表情ひとつ変えず、さらりと答えた。

 僕は小さくため息を漏らしてしまった。

 このひとの「何もしていない」は「面倒を起こしたけど何も対処をしていない」の何もしていないなのだ。

「本当に何もしてないなら、僕に何かを頼む必要なんてないでしょ」

「まぁ、そうなのだが……こういうことはわたしではなく、お前に任せたほうが良いと思ってな。同族同士のほうが、なにかと話しやすいだろう?」

 僕の師匠ことフリオニールは、人間ではなくエルフだ。

 少しウエーブがかかった漆黒の長髪と長い耳。

 長身で華奢な体つきだが、その雰囲気はどこか神々しさすら感じてしまう。

 見た目は20歳くらいだが、もう100歳に近いらしい。

 まぁ、彼女にとって年齢なんて、会話を彩るための飾りみたいなものっぽいけれど。

「……それで、どこにいるんですか?」

「こっちだ」

 そう言って師匠がくるりと踵を返す。

 僕は馬車の荷台から降りて、師匠の後を追った。

 師匠が向かったのは、止めた馬車のすぐ近くにあった小さな農村だった。

 いや、「農村だった」という表現が正しいか。

 片手で数えられるくらいの家屋は焼け落ち、石造りの教会は半壊している。

 焼けて炭と化している家屋を見る限り、村を襲ったのはモンスターではなく盗賊団だろう。彼らの略奪にあって、廃村になったのだ。

 この国に入ってから、こういう廃村をよく目にする。

 国境の砦を警備していた衛兵に「モンスターより盗賊団に注意しろ」と言われたけど、それにしても多すぎやしないか?

「何人、ですか?」

「人間の少女がひとりだ」

 師匠の回答に、「今回は少ないな」と思った。

 師匠は僕と出会う前から魔術の研究のために世界を旅しているのだけれど、略奪や襲撃を受けた村で人間の子供を保護するのが「趣味」だった。

 なんでも長命種族は、ときに短命種族に愛護することがあるらしい。

 僕たち人間が、犬や猫を愛玩するのと同じだ。

 ただ、師匠の場合は少し傾倒している。

 人間の子供を可愛がり、溺愛し、情欲する。

 まぁ、なんていうか、簡単に言えば、師匠は子供に劣情を催す変態なのだ。

 僕を弟子に迎え入れてくれたのも、それの延長線上だとか言っていた。

 怖くなったのでそれ以上詳しくは聞かなかったけど。

 師匠が半壊した教会に入っていく。

 天井は崩れ落ち、礼拝堂は瓦礫の山だった。

 金になりそうなものは全て無くなっている。多分、盗賊が持ち去ったのだろう。

 最近知ったのだけれど、教会には金目のものがあるというのが野盗たちの一般常識らしい。献金やらなんやらで、金が集まるからだ。

「ピュイ、こっちだ」

 祭壇にある説教台の前に立つ師匠が僕を呼んだ。

 師匠の元へ行き、説教台の下を覗き込むと小さい子供がいた。

 年齢は僕よりも少し下の10歳くらいだろうか。

 薄汚れた格好をしているけど、綺麗な銀髪の可愛い女の子だ。

「……なんだか、随分と怯えていますね」

 女の子は説教台の隅っこで、小さく体を震わせていた。

 僕は師匠に尋ねる。

「何かあったんですか?」

「ここで見つけたときにあまりにも可愛かったので、羽交い締めにして頭の匂いをクンカクンカしてしまった」

「うん、一番やっちゃダメなやつ」

 どの口が「何もやってない」だなんて言ってるんだ。

 可愛い子がいたからって、いきなり性癖を爆発させないでほしい。

「……はぁ、まったく」

 僕は屈み込んで、説教台の下にもぐりこみ、女の子に話しかけた。

「大丈夫?」

「……っ」

 ビクリと身をすくませる女の子。思いっきり警戒されてしまった。

 どんだけ強引にクンクンしたんだ、変態師匠め。

「ええと……僕はピュイ。キミの名前は?」

「……」

 しかし、少女が返してくるのは、怯えきった沈黙だけ。

「あ、あの、ごめんね。うちの師匠がとんでもないことしたみたいで」

「おい。わたしはとんでもないことなどしてないぞ。ただ、その子を愛でただけだ」

「外野は黙っててください」

 後ろの師匠にピシャリと言ってやった。

 師匠は「しかたないだろ……だって可愛いんだもん」と愚痴をこぼしながら不満げに唇を尖らせる。

 あんたは子供か。

「これはお詫びってわけじゃないけど……これ」

 僕はポケットから銅貨を1枚取り出した。

 何の変哲もない、ただの銅貨。

「キミにあげる」

 少女はしばらく葛藤して、恐る恐る手を伸ばしてきた。

 そして、彼女の指が銅貨に触れた瞬間、硬貨が青白く輝き、小さな妖精が飛び出してきた。

「……わっ!」

 僕の手から飛び立った妖精を見て、少女の顔がぱっと明るくなった。

 妖精は少女の周りをひらひらと飛び回ると、説教台の外に飛び出し、教会の天井に消えていった。

「……いまの、なに?」

「魔術だよ」

「お兄ちゃんがやったの?」

「うん」

「すごいっ!」

 少女が目を輝かせる。

 この妖精マジックは師匠に教えてもらった簡単な魔術なのだが、こういうシチュエーションで絶大な効果がある。

 これを見て、心を開かない子供はいない。

「全然すごくないよ。魔術師だったら誰でもできるし」

「でも、綺麗だったよ! すごく!」

「もう一回見る?」

「うん。見たい!」

「よし、じゃあそこから出てきてよ」

 そう言うと、少女は凄まじい速さで説教台の下から出てきた。

 そして、早くみせてとキラキラとした目で無言の圧をかけてきたので、もう一回妖精を出して見せた。

 少女は嬉しそうに笑ってくれたが、銅貨を1枚失うので結構懐に痛い。

「あの……キミの名前は? 他の家族は?」

 妖精が消えてから、少女に尋ねた。

 少女は妖精マジックの余韻からか、楽しそうに答えた。

「わたしはキャスだよ。少し前に怖い人たちがきて、ママから『教会に隠れてなさい』って言われたの。しばらくしたら静かになったからママたちを探したけど……いなくなっちゃった」

 しかし、内容は楽しいものとはかけ離れていた。

 いなくなったということは、まぁ、そういうことだろう。

 殺されたのか、それとも奴隷として連れていかれたのか。

 この少女のような、運良く略奪から生還できた人間の口からよく聞く話なので、驚くほどのものでもない。

 だから僕は、彼らにいつも伝えていることを話した。

「ねぇ、キャス。僕たちと一緒に来ない? ここよりもずっと安全で、おいしいご飯が食べられるところがあるんだけど」

「ご飯?」

「そう。お腹いっぱい……は無理だけど、ここにいるよりずっと良いよ」

「お兄ちゃんも、一緒に来てくれる?」

「え? あ〜、うん、まぁ」

 途中まで一緒に行くのだから、ウソではない。

 少女が行く場所は、孤児を保護している教会か修道院なのだ。

「じゃあ、行く」

 少し考えて、少女が言った。

 そして、彼女はぎゅっと僕のシャツを握りしめて、嬉しそうに目を細める。

「……助けてくれてありがとう。ピュイくん」

「え?」

 そして、少女は俺の体をゆさゆさと揺すりだして──

「ちょっと、ピュイくん」

「……っ!?」

 はっと気がついたとき、至近距離に女性の顔があった。

 銀の髪に翡翠色の目。

 きめ細かな肌が綺麗で、まつげがメチャクチャ長くて、人間離れした可愛い顔をしてて──

「うわっ……!? カタリナ!?」

 カタリナだった。

 ぼんやりとした頭でもう一回確認したけど、やっぱりカタリナだった。

 え、なんでカタリナがここに?

「な、なんだよお前!?」 

「な、何よ。もうすぐ呼ばれると思ったから、起こしてやったんじゃない」

「……え? 呼ばれる?」

 何を言っているんだ、と思って周りを見渡す。

 一見、酒場かと思ってしまうような作りの建物だが、ここが飲み屋ではないと決定づけているのは、壁に飾られている狩ったモンスターの顔の剥製だった。

 見慣れた冒険者ギルド「誇り高き麦畑」──その景色を見て、俺はようやくここに来た理由を思い出す。

 そうだった。

 いよいよ今月開催される冒険者試験の受け付けをするために、俺はカタリナと一緒にギルドに来たんだった。
「ヤベ……寝ちまってたのか」

「ええ、それはもう、死体みたいにぐっすりと」

 いつもの胸当て装備ではなく、白いワンピースにオレンジのケープを羽織ったシックな普段着姿のカタリナが、呆れたように言う。

(まぁ、ピュイくんの可愛い寝顔をじっくり堪能できたのは重畳だったけど?)

 ここぞとばかりに他人の寝顔を堪能するんじゃない。

 変な寝言とか言ってなかったか、めちゃくちゃ不安になるわ。

 しかし、と俺はかすかに口元を緩ませているカタリナを横目でみて、改めて思う。

 オフ日にこうしてカタリナと一緒にいることに、なんだか現実味がない。

 一応言っておくが、カタリナとデートをしているわけではない。

 彼女はある意味、監視役のようなものなのだ。

 カタリナから「明日が試験受け付け最終日だけど、大丈夫よね?」と釘を刺されたのが昨晩だった。

 多分、ズボラな性格の俺のことだから、受け付け期限を知らないかもしれないと思ったのだろう。

 カタリナのその考えは見事的中していた。

 はい。冒険者試験に受け付け期限があるなんて、全く知りませんでした。

 受け付け期限のことを問われ、

「何言ってんだ? 試験日にギルドに行って、受けたいって言えばいいんだろ?」

 と返したときのカタリナの顔は、しばらく忘れられないだろう。

 そして、怒りを通り越して呆れ果てたカタリナから、「心配すぎるから、明日はわたしも一緒に行く」と言われて、同伴してもらうことになったというわけだ。

 何から何まで、本当にありがとうございます。

「というか、こんなところで寝られるなんて一体どんな神経してるのよ」

 はぁ、と重い溜息を吐くカタリナ。

「あなた、そのうち寝込みを襲われて身ぐるみ剥がされるわよ?」

「良い冒険者の条件とは、戦闘能力が優れているかどうかではなく、いかに劣悪な環境でも良質な睡眠を取れるかどうかである」

 ドヤ顔で言ったら、カタリナはしばらくぽかんとしていた。

「……格言っぽいけど、誰の言葉なの、それ?」

「え? 俺だけど?」

「一気に言葉に重みがなくなったわ」

 カタリナが胡散臭いものを見るように目を細める。

「なんだよ。今、適当に考えた言葉だけど、あながち間違いではないだろ」

「あながち間違いではないから、当て付けてるのよ」

 素直かつ、辛辣だな!

 素直になるなら、もう少しフレンドリーな方向でお願いします!

「でも、そんな特技があったなんて知らなかったわ」

「知らなくて当然だろ。……ま、夜まで一緒にいたら一発で気づくと思うけど」

 俺たちが受けているDクラスの依頼はヴィセミル近隣の物が多いが、CやBクラスになると国境をまたぐことも多くなる。

 そうなると、どこかの村で一晩泊まるか野宿することになる。

 そういう機会があれば、一瞬で気づいていたはずだ……と言いたかったのだが──。

「……」

 カタリナは頬を赤らめてちらちらと横目で俺を見ていた。

 え? なんでそんな顔?

(それって、遠回しに今晩一緒にいようって、わたしを誘ってる!?)

 誘ってないし、そういうことを言っているんじゃないです。

「念の為言っとくけど、依頼で野宿するくらい遠出したら気づくだろって意味だからな?」

「わっ、わかってるわよ、そんなこと!」

 カタリナは、顔を赤くしてまくしたてる。

「それで、昔からそうなの?」

「え?」

「どこでも寝られる特技の話よ」

「あ〜……いや、違うな。これは『生きるために覚えさせられた』って感じかな」

「生きるため?」

「そう。冒険者になる前、エルフの魔術師に師事しててさ。その人と世界を旅して周ってたときに自然と身についたんだ」

 エルフの魔術師、フリオニール。

 師匠と世界を旅していたときは、ほとんどが野宿だった。

 魔術の訓練をする必要があったからという理由もあるが、人が住んでいない荒廃した地域を回ることが多かったからだ。

 いや、「住んでいない」というより、「いなくなった」という表現のほうが正しいか。

 ある街は戦乱によって。

 ある村は略奪で。

 ある集落はモンスターの襲撃によって。

 フリオニールはそういう場所を巡って、子供を保護してまわっていた。

 まぁ、保護していたのは彼女の趣味と傾倒した性癖によるものだから、あまり偉そうに言えたものじゃないけど。

「ふうん」

 カタリナは、それはそれは興味なさそうに唸った。

 こいつ、自分から聞いておいて、軽く流しやがった。

 そう思ったのだが──

(エルフの魔術師って、フリオニールさんのことか)

 その心の声で俺は、はたと思い出す。

 そういえば、カタリナはフリオニールのことを知ってたんだっけ。

 しかし、どこで彼女のことを知ったのだろう。

 もしかして、師匠が今どこにいるのか知っていたりするのだろうか。

 そう考え、先程見た懐かしい夢を思い出す。

 変態師匠のことなんてどうでもいいけど、旅の途中で助けた同年代の子供たちは幸せに暮らしているだろうか。

 特に夢にも出てきたあの少女キャスは、近くの街の教会で引き取りを拒否されてしばらく一緒に旅をすることになったので、幸せな生活を送って欲しいと思う。

 裕福な生活とまではいかなくても、人並みの幸せを掴んでいてほしい。

「ジュラルド・ピュイさん」

 女性の声がした。

 そちらを見ると、ギルドの制服を着た受付嬢が立っていた。

「大変お待たせしました。こちらにどうぞ」

「え? あ、ああ、はい」

 どうやら受け付けの順番が回ってきたらしい。

 俺たちは席を立つと、受付嬢についていく。

 いつも依頼の受け付けをしているカウンターに、声をかけてきた女性とは別のメガネをかけた受付嬢が立っていた。

 メガネの受付嬢はちらりと俺を見ると、無表情のまま小さく頭を下げた。

「いらっしゃいませ。この度のご用件は、今月行われるCランク冒険者試験の受け付け……ですね?」

「はい」

「それではジェラルド・ピュイさんの個人実績を照会しますので、少々お待ちください」

 受付嬢がカウンターの下から、どこにしまってたのそれ? とツッコミたくなるくらいの巨大な台帳を取り出した。

 多分、このギルドに登録している冒険者のリストだ。

 個人情報だけではなく、試験を受ける上で必要になってくる経歴や個人実績などが記載されている。

 それらを確認した上で、条件をクリアしていれば受験の資格が与えられるのだが──問題になってくるのが、この2ヶ月の間、俺を悩ませていた「個人実績」だ。

 Cランクの試験を受けるには、Dランクの依頼を個人で50回完遂している必要がある。

 1日ひとつの依頼をクリアしたとしても、50日。

 単純計算で、約2ヶ月かかる。

 時間的にギリギリだったが、オフ日や依頼の後でガーランドに手伝ってもらったのでなんとか50回に到達しているはず。

 と思ったのだが──

「……ダメですね」

 受付嬢は、感情が見えない冷めた声でさらっと言い放つ。

「残念ですが、実績が足りないのでジェラルド・ピュイさんは試験を受けることができないようです」

「「……は?」」

 あまり残念ではなさそうに言う受付嬢を見て、俺とカタリナは同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。
 俺よりも先に受付嬢に詰め寄ったのはカタリナだった。

「ちょ、ちょっと待って。実績が足りないってどういうこと?」

「そのままの意味ですよ。どうやら個人実績が規定数に到達していないようですね」

 台帳に視線を落とし、受付嬢が続ける。

「ピュイさん個人の依頼実績は46です。規定は50なので、受験資格はありません」 

「……は? 46?」

 その数字に、俺は違和感を覚えた。 

「ちょっと待って下さい。何かの間違いじゃないですか? この2ヶ月、週に5回はDランク依頼を受けてたんですよ?」

 このふた月あまり、ガーランドとカタリナに協力してもらって、パーティで依頼を終わらせた後や、オフ日をつかってコンスタントに個人実績を積んできたのだ。

 週に5回。ふた月なので……単純計算で40回以上。

 もちろんそれだけでは足りないが、以前にカタリナが個人で受けて俺の実績にツけてくれていたものと合わせれば、50回は余裕でいっているはずだ。

「2日前までは65ありましたが、46に修正されています」

 そっけなく受付嬢が言う。

 俺は首をひねった。

「え? 修正? どういうことです?」

「カタリナ・フォン・クレールさんが受けていた個人依頼を間違ってジェラルド・ピュイさんに記録していたみたいなので、二日前に修正しました。わたしが」

 得意げにメガネをくいっと上げる受付嬢。

 お前かよ! 

 いい仕事したでしょう、みたいな顔してるけど、余計なことだよ! 

 せっかくカタリナが俺のためにやってくれたのに!

(……わたしのあの努力は、無駄だったってわけ?)

 ちらりと見たカタリナは、涼しい顔をしていたが、その心の中は悲哀に包まれていた。

 カタリナさん、気を落とさないで。

 あなたの想いは、ちゃんと受け取っていますから。

「気を落とさないでください、ピュイさん」

 しかし、塩対応な受付嬢が慰めてきたのは、カタリナではなく俺だった。

「今月は無理ですけど、このペースでいけば3ヶ月後の試験は受けられますよ」

「いや、まぁ、そうですけど……」

 だからといって、3ヶ月後まで伸ばすことなんてできるわけがない。

 なにせ俺は、カタリナと約束したのだ。

「……」

 隣のカタリナを盗み見ると、明らかに消沈していた。

(それじゃあ、ピュイくんは試験を受けられないってこと? わたしとの約束は、果たせないってこと?)

 胸がぎゅっと苦しくなった。

 絶対に他人に弱気になっているところを見せないカタリナのことだ。試験を伸ばすと話せば、きっと口では「じゃあ、3ヶ月後、頑張ろう」と言ってくれるだろう。

 だけど、それは上辺だけの言葉にすぎない。

 心の中では、俺に裏切られてしまったと落胆してしまうはず。

 事前に受け付け期限のことすら調べないほど、自分と交わした約束は軽いものだったのかと、失望するだろう。

 それだけは……それだけは、絶対に避けなくてはならない。

「どうにかして、試験を受けられる方法はありませんか? 今月の試験を受けられないとマズいんですよ」

 藁にもすがる思いで、受付嬢に尋ねた。

 金がかかる方法であっても良い。

 全財産を出せと言われたら、すぐにそうする。

「まぁ、あることには、ありますけど」

 決死の覚悟を決めていた俺だったが、受付嬢は予想に反してあっけらかんと答えてくれた。

「ほ、本当ですか!? それ、教えて下さい!」

「あ、いえ、別に特別な方法があるわけじゃないんですけど……」

 そう前置きをして、受付嬢はつづける。

「試験手続きの締め切り日は今日なので、今日中にDクラスの依頼を4つ完遂できれば試験は受けられますよ」

「……」

 それは無理だろ、と心の中でぼやいてしまった。

 冒険者ギルドが閉まるのは夜の鐘が鳴ってからだが、それまでに4つの依頼をこなすのは相当厳しい。

 短時間で4つもの依頼をこなすには、受ける依頼を厳選する必要があるからだ。

 まず、遠方に足を運ぶ必要がある配達系の依頼はNGだし、回転率を考えて近場の依頼を探さなくてはならない。

 理想的なのは、ヴィセミルの近くにある森やダンジョンなどでの採取依頼だけど……そんなのが運良く4つも残っている可能性は低い。

 もう昼になる時間だし、楽な依頼はおおかた冒険者が受注しているはず。

 となれば、可能性としてあるのは、危険度が高い討伐系の依頼になるが──回復魔術師の俺が受けるには、サポートが必要になる。

「……」

 ふと、カタリナと目があった。

(わたしを、頼ってよ)

 そして、カタリナは心の中でそんなことをささやく。

 これじゃあ、本末転倒じゃないかと思った。

 そもそも、俺が冒険者試験を受けようと思ったのは、カタリナを助けたいと思ったからなのだ。

 この数週間、カタリナに個人依頼をサポートしてもらっていただけでも心苦しいのに、ここにきてさらに助けてもらうなんて情けなさすぎる。

「……クソ」

 怒りがふつふつと湧いてきた俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。

 誰かを頼らないと依頼をこなせない身体的な弱さ──ではなく、小さなプライドを気にしてしまっている心の弱さに。

 情けないとか、そんなものどうでもいいだろ。

 ここまできて約束を反故するほうが、卑劣すぎる。

 カタリナを悲しませるほうが、ずっと辛いはず。

 そう思った俺は、カタリナにもう一度だけ頭を下げた。

「カタリナ……すまん。1日で4つの依頼、手伝って欲しい」

「……まったくもう」

 カタリナは、小さくため息を漏らし──待っていましたと言わんばかりに、即答してくれた。

「しかたないわね。助けてあげるわ」

 そう言ったカタリナは困ったようで嬉しそうな、そんな複雑な表情をしていた。
 報酬金を無視した「数の効率」を考える上で重要なのが、討伐時間と移動時間のバランスだ。

 理想を言えば、同じ場所で弱いモンスターの討伐依頼を5つ受けたいところなのだが、そんな依頼が運良く出ている可能性は極めて低い。

 なので、移動時間と討伐時間のバランスを考えて、依頼を見繕う必要がある。

 掲示板に貼り出されている依頼の中で、俺の目に止まったのは街の北部にある、とある洞窟での依頼だった。

 この洞窟は、以前は「白銀鋼(ミスリル)」や「蒼白鉱(ダマスカス)」といった希少鉱石が採鉱されていたが、モンスターが出没するようになって廃坑になってしまったらしい。

 そのときに完全に埋めてしまえばよかったのだが、金を使いたくないと考えた領主ルイデは、そのまま放置してしまった。

 そのせいで、最近、洞窟を住処にしていたモンスターが食べ物を求めて近隣の村の住人を襲うという事件が頻発しているのだという。

 俺がチョイスした依頼は、洞窟に巣食うコウモリのモンスター「ヴァンパイア・バット」、蜘蛛のモンスター「ブラックウィドウ」、そして、蛇のモンスター「ナーガ」を各5匹以上討伐せよというもの。

 そして、その洞窟で取れる希少な鉱石の採掘依頼の計4つ。

 楽な採掘依頼が残されていたのは、洞窟のモンスターを討伐しないと安全に採掘ができないからだろう。

 なんというか、まさに俺のために出されたような依頼だった。

 3種のモンスター討伐と、採掘依頼をひとつ。

 それを達成すれば、冒険者試験を受けることができる。

「じゃあ、まずはモンスターの討伐からやるわよ」

 件(くだん)の洞窟の前──。

 ぼろぼろに朽ち果てた廃坑の入り口を望みながら、いつものフル装備に着替えてきたカタリナが意気揚揚と言った。

 そんなカタリナに俺は尋ねた。

「大丈夫、だよな?」

「……何が?」

「いや、なんだか不安になってさ」

「不安ですって? 一体、誰に向かって言ってるのよ? わたしはカタリナ・フォン・クレールよ?」

 カタリナは不服そうに目を細める。

 対象はDランク冒険者が受ける討伐依頼だ。AAランクの自分にかかれば、簡単に達成できると言いたいのだろう。

 だが、俺が心配しているのはそこではない。

 少し前に受けた「歩きキノコ討伐」のときのようなことが起きないか心配しているのだ。

 またあのときみたいにポンコツになってしまったら、冒険者試験は絶望的になる。

「……とにかく、大丈夫だから」

 何かを察したのか、カタリナが気まずそうに言う。

「この前みたいなことは絶対、起きないから。今回は……なんていうか、そんな余裕、無いし」

「余裕?」

「絶対に5つの依頼を達成させるって目的があるでしょ? だから、今回は前のときみたいなミスはしないわ」

 カタリナの目の奥に、並々ならぬ決意を感じた。

(それに、ピュイくんとふたりで行動するのにも慣れてきたし)

 口だけだったら懐疑的になっていたかもしれないけれど、その心の声で、俺はカタリナの言葉がすっと腹に落ちた。

 ここ数ヶ月の間に、カタリナとは色々とあった。

 依頼の後の反省会。

 王冠祭り。

 歩きキノコ討伐依頼。

 モンティーヌ城のスケルトン討伐。

 そして、泥酔ドキドキ送迎事件。

 確かにこれだけのことがあれば、ふたりで行動するのにも慣れるだろう。

 ──まぁ、なんだか少しさみしくもあるけれど。

「……わかった。頼むぜ、カタリナ」

「ええ、任せなさい」

 そうして俺たちは、洞窟の中へと入っていく。

 カタリナを先頭に足を踏み入れた廃坑の中は真っ暗だった。

 もう何年も誰も立ち入っていないモンスターの巣窟なので、当然といえば当然なのだが、まとわりつくような暗闇のせいで、すぐ前を歩いているカタリナの背中すら見えない。

 俺はすぐに火打ち石で松明に明かりを灯した。

 今回は、しっかりと松明を用意してきた。

 アルコライトの魔術を使えば松明なんて必要ないが、長丁場になることを考慮して、できるかぎり魔力は温存したいと考えたからだ。

 ぼんやりとした明かりが、周囲を照らす。

 周りを見て、危険だなと思った。

 素人目にも経年劣化で坑道の壁面が崩落しかけているのがわかる。

「注意しろカタリナ。あまり派手に動くと壁が崩れるかもしれない」

「そうね」

 どうやらカタリナも壁が崩れかけていることに気づいたらしい。

「できるだけ壁から離れて戦ったほうが良さそうね。相手は亜人種じゃないし、気をつけていれば問題ないわ」

 亜人種とはリザードマンやゴブリンなどの知能が高いモンスターのことを指す。

 こんな場所で亜人種と戦えば、わざと崩落を誘発させてくるような攻撃をしかけてくるかもしれないが、今回の討伐対象に亜人種はいない。

「ピュイくんも、できるだけ壁から離れて──」

 と、カタリナが注意を促してきたときだ。

 突然、洞窟の天井から大きな影が襲いかかってきた。

「カタリナ!」

「ええ! 見えてる!」

 腰から抜いたカタリナの剣が飛びかかってきた影と交差した瞬間、金属がかち合うような音が響いた。

 松明の明かりだけでは危険だと判断した俺は、灯火魔術のアルコライトを発動させる。

 魔力を温存したせいで怪我をしたので回復魔術を使います──じゃ、本末転倒すぎるからな。

「視界を確保するぞ!」

 松明よりも明るい光が、襲いかかってきたそれを浮かび上がらせる。

 暗闇の中から襲いかかってきたのは、巨大なコウモリ──ヴァンパイア・バットだった。

 大きさは子供ほどだが、鋭い爪と牙は鋼の刃よりも鋭く、その変則的な動きに翻弄されて命を落とす冒険者も少なくない。

 視界が悪い洞窟内であれば、危険度はさらに増す。

 だが、それは一般冒険者の話だ。

 AAクラス冒険者のカタリナにとって、ヴァンパイア・バットは障害でもなんでもなかった。

「そこっ!」

 空中に放たれたカタリナの鋭い一撃は、的確にヴァンパイア・バットの心臓を貫く。

 甲高い断末魔が響き、地上に落下してきたヴァンパイア・バットはピクリとも動かなくなった。

 思わず称賛の声を上げたくなった。

 最小限の動作で確実に仕留めるカタリナの技は、何度見ても鮮やかすぎる。

「怪我は、ない……よな?」

「ええ」

 カタリナが剣の切っ先に付いた血を振り払う。

 怪我どころか、ホコリのひとつも付いてなさそうだ。

 俺はアルコライトの光で周囲を警戒する。

 ヴァンパイア・バットは群れで行動するモンスターだ。潜んでいるのが1匹だけというのは考えづらい。

「気配はないわね」

 しんと静まり返った洞窟に、カタリナの声が浮かんだ。

「とりあえず奥に進むわよ。コウモリがあと4匹……それに蜘蛛と蛇も討伐しないといけないからね」

「そうだな」

 不意打ちに近い遭遇だったが、洞窟に入って早速ヴァンパイア・バットを1匹討伐できたのは幸先がいい。

 討伐の証拠としてコウモリの耳を切り落とし、再び松明に火を灯してから、俺たちはさらに洞窟の奥へと足を進めた。

 俺の目に、銀色に輝く鉱石が止まったのは、そんなときだった。
「カタリナ、ちょっと待ってくれ」

 それを見つけた瞬間、俺は前を歩くカタリナに声をかけた。

 壁面から露出していたのは、鋼のように固くて銀のように美しく、決して輝きを失うことがない白銀鋼(ミスリル)鉱だった。

 白銀鋼は武具の生成や、魔道具の生成に重宝されている希少鉱石で、今回受けた採取依頼で納品できるはず。

「運がいいぞ。これでひとつ依頼を完了できる」

 洞窟に入って、まだ30分も経ってない。

 この調子で行けば、余裕で5つの依頼をクリアできるかもしれない。

「じゃあ、わたしが手元を照らしててあげる」

「ああ、頼む」

 カタリナに松明を渡してから、携帯していた小型の採掘用ピックとハンマーを取り出した。

 ピックの先を鉱石の隙間に入れ込んで、ハンマーを叩きつける。

 あまり強く叩きすぎると崩落を誘発させてしまいそうだったので、控え目に。

 しばらく小気味よい金槌音がリズミカルに響いたが、何度叩いても白銀鋼が取れる気配はなかった。

 ちょっと時間がかかり過ぎかもしれないな。

 そう思ったとき、直ぐ側にカタリナの気配がした。

「代わって。わたしがやるわ」

「大丈夫だよ。こういうのは、頭を使ってやるもんなんだ」

「頭が使えてないから取れてないんでしょ」

「……うぐ」

 ド正論にぐうの音も出ない。

「とにかく、そのピックとハンマーを貸して」

「だから、大丈夫だって。ここは俺に任せろ」

「時間の無駄。はやくしないとモンスターが来ちゃうでしょ?」

「すぐ終わるから」

 掘削具を奪おうとするカタリナと、それを阻止しようとする俺。

 やいのやいのと悶着をはじめる俺たちだったが、不意にぴたりと動きが止まった。

 強引に奪おうとしたカタリナと、恋人繋ぎみたいに両手を握り合う格好になってしまったからだ。

「あ」

「う」

 顔を見合わせたまま、赤面する俺たち。

 胸中で「薄暗い場所だから、不可抗力!」と言い訳をしたけれど、胸の高鳴りが止まらない。

 こんなことでドキドキするなんて、俺は子供か! と自分にツッコミを入れてしまったが、カタリナも同レベルだった。

(はわわ……ピュイくんの手、握っちゃった。しかも恋人みたいな繋ぎ方ぁぁああ)

 顔から火が出そうだった。

 心の声とはいえ、実際に言葉にされると恥ずかしさがヤバい。

「ええと。すまん」

「わ、わたしこそ……」

 俺たちは、そっと両手を離す。

 そして居心地が悪い雰囲気を引きずらせながら、採掘具をカタリナに手渡した。

 カタリナは無言でそれを受け取ると、おもむろに掘削作業をはじめる。

 しばし、カンカンと金槌の音が響く。

 心を落ち着けさせるために少し距離を取りたかったけれど、カタリナの手元を松明で照らす必要があったので、そばを離れるわけにはいかなかった。

 周りが静か過ぎるので、カタリナの息づかいが妙に耳を撫でてくる。

 なんだか、凄い気まずい。

 死んでしまいたいくらい気まずい。

「……カタリナって、昔からそんなに強かったのか?」

「っ!?」

 気持ちを紛らわすために他愛もない話を振ってみた。

 瞬間、カタリナが素早い動きでババッと耳を手で押さえる。

「と、とと、突然、何の話よ? (いきなり耳元で囁かないでよっ! わたし、耳が性感帯なんだから!)」

 突然の性感帯暴露に、吹き出しそうになってしまった。

「わ、悪い。ただの昔話だよ」

「……昔話?」

 カタリナは顔を赤らめたまま唇を尖らせ、「こんなときに何よ」と怪訝そうな顔をする。

「いや、なんつーか、子供のときからそんなに強かったのかって思ってさ」

「……」

 カタリナは何も答えないまま、再び作業をはじめた。

 雰囲気的に、これ以上突っ込めなさそうだったので、俺も口を閉ざした。

 これは、聞いちゃまずい話だったか?

 そう思って、心の声を聞いてみたが──

(なんて説明すればいいのかな……)

 どうやら、答えに窮していたいただけらしい。

 俺はカタリナの返答を待ちつつ、松明で彼女の手元を照らしつづける。

 やがて、ボコッと白銀鉱が壁から引き剥がされた。

 カタリナが視線をそらしたまま鉱石を差し出してきたので、礼を言ってありがたく受け取り、ポーチの中にしまった。

「……子供の頃は、何の取り柄もなかったわ。剣術の皆伝認定されたのも最近だし」

 カタリナがぽつりと口を開いた。

 どうやら、先程の昔話の続きらしい。

 俺はすかさず聞き返す。

「皆伝ってことは、誰かに師事していたのか?」

「そうね。お父様の知り合いにいくつも道場を持ってる剣術士の先生がいて、ずっと教わってた」

 お父様って、亡くなった父親のことか。

 やっぱり藪蛇な質問をしてしまったかもしれないと思った俺は、少し話題をそらすことにした。

「なんでそんな苦労してまで剣士になろうと思ったんだ?」

「有名になりたくて」

 ふと、カタリナを見る。

「有名? お前が?」

「そうよ。悪い?」

「い、いや、悪くはないけど」

 睨まれてしまい、慌ててカタリナから掘削具を受け取った。

 悪くはないけど、どうして? というのが正直なところだった。

 普段のカタリナを見ていると、名声に執着しているようには思えない。

 亡き家族のために家を再興するつもりなのだろうか……と思ったが、父親の存命中から剣を鍛えていたなら、そういうことでもなさそうだ。

 どうにも気になった俺は、こっそりカタリナの心の声を盗み聞きする。

(有名になったら、ピュイくんに会えると思ったから)

「……え?」

「な、何よ?」

 カタリナがギョッと目を見張る。

「あ、いや、なんでもない」

 俺はパッと目をそらした。

 危ない。つい心の声に反応してしまった。

 しかし、一体どういう意味だろう。

 有名になることと俺に会うことに、何のつながりがあるんだろうか。

 AAクラスのカタリナに会いたいというならまだしも、一介の底辺冒険者の俺に会ために名を挙げる必要なんてない。

 いや、そもそも、なんで俺なんかに会う必要がある?

 そういえば、とカタリナが俺に「パーティに入れてくれ」と頼み込んできたときのことを思い出した。

 心の中がデレまくっていたので、「前にどこかで会ったか」と尋ねたら、カタリナは「以前に一度だけ」と答えていたっけ。

 これまでに笑うドラゴンをやめたメンバーはいないし、以前に会ったことがあるとすれば、俺が短期間所属したパーティか、臨時で参加したパーティだろう。

 そこで俺と出会ったカタリナは、なにかの理由で俺を探していた。

 でも──何のために?

「なぁ、カタリナ。俺とお前って、前にどこかで会ったことがないか?」

 俺は慎重に言葉を選んでそう尋ねた。

 俺とカタリナが以前にどこかで会っていることは、心の声を聞いてないかぎり知り得ない事実だからだ。

「……ど、どういう意味?」

 カタリナが目を丸くした。

「い、いや、変な話なんだけどさ。なんだか、そんな気がして」

 しばし、俺とカタリナの間に沈黙が流れる。
 
「わたしとピュイくんは──」

 と、カタリナが口を開いたときだった。 

 突然、俺の背後から、何かが飛びかかってきた。

「……っ!?」

 強烈な力で背中から押された俺は、壁面に顔を打ち付けられる。

 壁に激突した右頬と同時に、右肩に激痛が走った。

「うぐ……っ!?」

「ピュイくん!?」

 激しい痛みで一瞬意識が飛びかけてしまったが、咄嗟に手にしていたピックを背中の何かに突き刺した。

 甲高い奇声が上がり、俺の背中から何かが飛び立つ。

 松明の明かりに照らされたのは、醜いコウモリだった。

「くそっ! ヴァンパイア・バットだ……っ!」

 多分、先程仕留めたヤツと同じ群れだろう。

 一体、どこから現れた。

 いや、そんなことよりも、まずは傷を癒やさないと。

「こっ……のおっ!」

 頭の中で回復魔術のイメージを作る前に、カタリナが動いていた。

 壁面に向かって駆け出したカタリナは、壁の突起を使って跳躍し、天井に逃げたヴァンパイア・バットに斬りかかった。

 モンスターも、人間がここまで飛んでくるとは思っていなかったのだろう。

 回避行動を取ることなく、首を切断されたヴァンパイア・バットは、壊れた人形のように地上に落下してきた。

 しかし、襲撃はそれで終わらなかった。

 別の影が天井から襲いかかってきたのだ。

「ピュイくん! 下がって!」

 カタリナの声。

 同時に、暗闇の中から耳をつんざく金切り声が猛烈なスピードで俺に近づいてくる。

 ヤバいと感じた俺は、とっさに手にしていた杖で身を守った。

 刹那、凄まじい衝撃が体を襲う。

「ぐっ!」

 壁に叩きつけられ、またしても意識が飛びかける。

 と、そのときだ。

 俺がもたれかかっている壁がぼろぼろと崩れ始めた。

 頭に浮かんだのは、「崩落」の二文字。

 ガラガラと壁が崩れ落ち、巨大な穴がぽっかりと姿をあらわす。

 体を支える壁がなくなった俺は、吸い込まれるように壁の穴に──

「ピュイくん!」

 ──間一髪、穴への落下は免れた。

 駆け寄ってきたカタリナが俺の腕を掴んで、引き寄せてくれたからだ。

 だが、こちらに全速力で走ってきたカタリナは、俺を引き寄せた瞬間、大きくバランスを崩してしまった。

 そして、まるで俺と入れ替わるように、ポッカリと開いた穴へと身を投じてしまう。

 松明の明かりに照らされたカタリナと、目が合った。 

「カ、カタリナっ!!」

 俺の悲鳴を引き連れて、カタリナは暗闇の中へと消えていった。
 俺は慌てて壁に開いた穴から下を覗き込んだ。

 松明を掲げて目を凝らすが、よく見えない。

 もしかして、かなり深いのだろうか。

 嫌な想像が膨らみ、ドクドクと鼓動が速くなる。

「……いやいや、そんなことあるはずがないだろ。だって、カタリナだぞ?」

 深呼吸して心を落ち着かせ、頭の中にアルコライトのイメージを作る。

 手のひらから現れた光の玉を、穴の下へと投げた。

 輝く光で照らされたのは、木積で天井や壁面を支持させている古い坑道だった。

 多分、今いる場所よりもずっと昔の坑道だろう。希少鉱石が多く出ていたと言ってたから、もしかすると網の目のように坑道が広がっているのかもしれない。

 不幸中の幸いだったのは、下の坑道までそれほど高さがなかったことだ。

 崩れ落ちた瓦礫と一緒に、カタリナの白い胸当てが見えた。

「カタリナ! 平気か!?」

 下のカタリナに声をかけた。

 あまり深くないとはいえ、大怪我を負っている可能性もある。

 無事でいてくれと祈りながら返答を待ったが、意外にもすぐに返事が戻ってきた。

「……だ、大丈夫。落ちたときにちょっとお腹を打ったくらい、かな」

 良かった。

 俺はほっと胸をなでおろす。

「ヴァンパイア・バットは?」

「仕留めたわ。他にはいないみたいだし、今のところは安全みたい」

 流石はカタリナだ。

 足を捻挫していても、コウモリ程度は余裕で討伐できるらしい。

 とはいえ、いつコウモリどもが襲いかかってくるかわからない。それに、ここには他にもモンスターがいるのだ。

 早く合流して、回復魔術をかけなければ。

「こっちに上がってこられるか?」

「すぐには無理ね。別の道を探すしかなさそう」

「別の道って、お前……」

 この洞窟が人工的に作られたものである以上、カタリナがいる古い坑道はどこかにつながっているとは思う。

 だが、怪我をした状態で道を探すのは危険すぎる。

 カタリナが、暗闇の中から声を張り上げる。

「ピュイくんは一旦ギルドに戻って!」

「……は!?」

「だってこっちに降りたら、ここを出るのに時間がかかっちゃうでしょ? わたしのことはいいから、ピュイくんは街に戻ってガーランドと合流して、依頼を続けて!」

 カタリナの言っていることは、間違いではない。

 今、下に降りてしまえばかなりの時間のロスになってしまう。下手をしたら、丸一日、洞窟をさまよいつづける……なんてことにもなりかねない。

 そうなったら、今日中に依頼を4つ完遂するのは絶望的だ。

 悩んでいる時間は、ない。

 そう考えた俺は意を決して──カタリナが落ちた穴の中に飛び込んだ。

「……いだっ!」

 スマートに着地しようとしたのだけれど、瓦礫に足を取られて尻を思いっきりぶつけてしまった。

 メチャクチャ格好悪い。

「……な」

 そんな俺を、カタリナは心底呆れたような顔で見ていた。

「な、何をしてるのよ!? 降りてくるなんて気は確かなの!?」

「なんだよ。俺は冷静だっつの」

「ぜ、ぜ、全然冷静じゃないわ! どうするつもりなのよ!? 帰り道もわからないのよ!? こんなところで時間を無駄にしてたら、冒険者試験が受けられなくなるでしょ!?」

「わかってるよ。だけど、お前を放って行けるわけがないだろ」

「だから平気だって言ってるでしょ!? あなたって本当にバカなのね! わたしを誰だと思ってるの!?」

「うるせぇな! ひとりになるのが泣くほど怖い、ウブで純粋な乙女だろ!?」

「……っ!?」

 いい加減、頭に来た俺はへたり込んでいるカタリナに詰め寄った。

「俺はお前をひとりにしないって決めたんだ! 冒険者試験を受けようと思ったのも、それをお前に証明するためだ! なのに、試験を受けるためにお前を見捨てたりしたら、本末転倒すぎるだろ!」

「ピュ、ピュイくん──」

「黙れ! それに、その怪我でほっといたら、二度と会えなくなるかもしれねぇ! そんなの、絶対に嫌だからな!」

 カタリナのことだ、モンスターが徘徊する洞窟でひとりになったとしても、ケロッとした顔でギルドに戻ってくるだろう。

 だけど、それは万全の状態での話だ。

 ヴァンパイア・バットは倒せたが、ブラックウィドウやナーガに囲まれれば──もしかすると、二度と陽の光を浴びられなくなってしまうかもしれない。

「だから俺はお前を見捨てねぇ! 絶対に、何があってもだ!」

 その言葉を最後に、周囲に静寂が訪れた。

 頭に登った血が、すこしづつ降りてくる。

 感情のまま、まくしたててしまったが、俺自身、一体何にキレてるのかよくわからくなってきた。

 カタリナが自分を犠牲にするようなことを言ったからか?

 それとも、せっかく助けにきてやったのに、バカだのなんだの辛辣な言葉を吐かれたからか?

 よくわからない。

 けど、カタリナを見捨てることはないという俺の気持ちだけは伝わったと思う。

「……」

 完全に冷静を取り戻して、俺は気づく。

 ちょっと待て。

 今、「お前を見捨てない」とかキモいこと言わなかったか?

 ひとりにしないとか、お前のためにとか。

 ぞわぞわ。

 ぞわぞわぞわ。

 怒りと入れ替わるように、こみ上げてきたのは羞恥心。

 ちらりと見たカタリナは、顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

(ひぇえぇぇぇ……なんだか、すごいことを言われたよぅ。わたし、今日死ぬの? このまま死んじゃうの? ……でも、それでもいいっ! 幸せっ!)

 これぞまさに、天にも登る気持ちというやつだろう。

 でも、そんなことで命を手放すのは、やめてほしいです。

「ええと」

 俺はとりあえず、キモいことを口走ったことの弁明をすることにした。

「なんつーか……お、置いてかないって言ったのは、仲間としてだな」

「……うん」

「だから、ええと……と、とりあえず、怪我を治療をするぞ」

 恥ずかしすぎてカタリナの顔を見られなくなった俺は、ひとまずカタリナの足の怪我を治すことにした。

 頭の中でキュアヒールをイメージする。

 いつも使っている、「焼け落ちた農村が、草花が咲き乱れる平原に変わっていくイメージ」だ。

 そこに魔力を加えることで、魔術が発動する──はずだったが。

「……あれ?」

 俺はいつも手にしている杖がないことに気づいた。

 そういえば、コウモリ野郎に襲われたときに、とっさに杖で攻撃を防いだっけ。もしかしてあのときに落としてしまったのか?

 とするなら、杖は上。

 杖がなくても魔術は発動できるが、効力が落ちてしまう。
 
 同等の効果を出すためには、直接患部に触れるしかない。

「……患部を、触る?」

 ドクンと心臓が大きく跳ねた。

 ちょっと待て。

 さっき、どこを怪我したって言っていたっけ。

 落ちた時に、とんでもないところを打撲したとか言ってなかったか?

「カ、カタリナ」

「な、何よ?」

「一回しか言わないから、よく聞けよ」

「えっ? ……う、うん」

 俺は小さく息を吸って心を落ち着かせてから、ゆっくりと言葉を吐いた。

「お前のお腹、触らせてくれ」
「……お、お腹触る!?(な、な、なに!? どゆこと!? なによいきなり!?)」

 腹を押さえて、ギョッと身構えるカタリナ。

 あまりに驚きすぎたのか、イントネーションが「オナカ・サワル」みたいな人名っぽくなってしまっている。

 明らかに誤解されていると思った俺は、即座に弁明した。

「ち、違う! べつにイカガワシイことをしようってわけじゃなくてだな! いつも使ってる杖をなくしちまって、直接患部を触らないと魔術の効力が弱くなるんだ!」

 通常、回復魔術は直接患部に触れる必要はないが、それは杖につけてある魔導石で魔術効力を高めているからなのだ。

「ま、魔術効力?」

 カタリナはぽかんと目を丸くする。

「……な、なるほど。そ、そ、そういうことね。それなら、しかたない……わね(でも、優しくしてね? 痛くしたりしないよね?)」

「……」

 閉口してしまった。

 またしても違う方向に誤解してないか?

 傷を治療するんだから、優しくするに決まってるだろ。

「と、とにかく、失礼……します」

 妙にかしこまってしまった俺は、ゆっくりとカタリナの腹部に手を伸ばす。

 そして、指先がカタリナに触れそうになったとき──。

「あっ……」

 カタリナが突然声を上げた。

 俺は慌てて手を引っ込める。

「な、何?」

「あ、いや……服は……着たままでいいんだよね?」

「ふ、服!? だだだ、大丈夫!」

 むしろ脱いだら色々とマズい。

 なんていうか、俺が!

「……わ、わかった」

 カタリナは小さく頷くと、両手を後ろについて、「どうぞ」と腰をぐいっとこっちに差し出てきた。

 必死に恥ずかしさを耐えているのか、そむけた顔は真っ赤になっている。

 ゴクリと唾を飲み込んでしまった。

 なんだかエロいことをしているような気がして……ええい、余計なことを考えるな俺! これはただの医療行為だ!

 そして、おずおずと伸ばした俺の指が、カタリナの腹部に触れて──

「ひゃ……ん」

 ──カタリナの口から色っぽい声が漏れ出した。

 俺の顔が爆発すると同時に、カタリナも慌てて両手で口を塞ぐ。
 
「ご、ごめん。変な声出た。……き、き、気にせず続けてどうぞ」

「お、おう」

 冷静に返す俺だったが、頭の中は大パニックだった。

 そんな声だされて、冷静に続けられるかあああああっ!

 手汗がやばいし、色々と気になって魔術のイメージに集中できないんですけど!

「す〜……は〜……」

 深呼吸して心を落ち着かせる。

 そして、魔術のイメージを組み、カタリナの腹にそっと手を添える。

 いつものように、焼けた村に美しい草花が咲いて──あ、服の上からでも、柔らかい肌の感触がわかる──少しづつ村が鮮やかになって──薄い布地を介して触るのって、それはそれでなんだかエロいな──やがて美しい平原になって──いやむしろ、直接触るよりこっちのほうが──。

 あああああ、もうっ!

 畜生! 煩悩が、紛れ込んでくるっ!

「……あの、ごめんね、ピュイくん」

 もんもんとしていた俺の耳を、カタリナの声がふわっとなでてきた。

 はっとしてカタリナを見ると、彼女はじっと俺を見ていた。

「え? ごめんって、な、何が?」

「その肩」

 カタリナが見ていたのは、俺の肩の傷だった。

 ここに落りる前に、ヴァンパイア・バットに噛みつかれた傷だ。

「ああ、これか。傷はそんな深くないから大丈夫だ」

「そういうことじゃなくて、モンスターが近くに来てたのに気づけなかった」

 しゅんと肩を落とすカタリナ。

 確かにあのとき、俺もカタリナもヴァンパイア・バットが近づいていることに気が付かなかった。

 だけど、あれはどうやっても防ぎようの無い事故みたいなものだった。

「完全に不意打ちだったから、気に病むことはないと思うぞ。それに、周囲警戒は後衛の俺の役目でもあるし、カタリナだけのせいじゃない」

「でも……」

「だから気にすんなって。仮にカタリナだけの役目だったとしても、こんなの失敗でもなんでもないから」

「そう……なのかな?」

 カタリナが不安げに俺を見る。

「そうだ。失敗っていうのは、そうだな……例えば、俺の魔術の師匠は、『聡慧(そうけい)の魔術師』なんて二つ名をもつくらいに優れた魔術師だったけど、ヤバい性格のせいで、しょっちゅうトラブルを作ってた。命の危険を伴うような、ヤバいやつだ」

 性格というか、性癖なのだが。

「……それは、なんていうか、大変だったのね?」

「ああ、メチャクチャ大変だった。何度注意しても、同じことを繰り返してたからな。失敗っていうのは師匠のトラブルみたいな『同じ過ちを繰り返すこと』を言うんだと俺は思う。だから、次回に活かそうとしてるカタリナのは失敗じゃない」

「ピュイくん……」

「……ま、まぁ、失敗を多発してる俺が言っても説得力はないんだけどさ?」

 依頼が終わったあと、毎回のようにカタリナと反省会をしているくらいだし。

 まさに「お前が言うな」だ。

「……ふふ、そうね」

 ようやくカタリナが笑ってくれた。

「説得力は皆無だわ。お師匠さんも、あなただけには言われたくないでしょうね」

「相変わらずの塩対応、ありがとうございます」

 なんだか嬉しくなってしまった。

 しおらしいカタリナもいいけど、いつもの辛辣モードのカタリナを見ると安心するな。

「あの、ピュイくん?」

 カタリナの言葉でふと我に返った。

「そろそろ、良いんじゃない?」

「……あ」

 彼女の腹部に当てている俺の手が、翠色に輝いていることに気づく。

 どうやらキュアヒールが発動したようだ。

 俺はさっと手をひっこめる。

「わ、悪い」

「ううん……ありがとう(もっと触っててほしいくらいだし……って、何言ってるのよ、わたし……っ!)」

 本当だよ!

 色々とはかどってしまうから、やめてもらせませんかそういうの!

「……よし」

 カタリナは立ち上がると、軽く体をストレッチしはじめる。

「大丈夫そうか?」

「うん、行けると思う」
 
 そして、落ちていた剣を拾って、俺に尋ねてくる。

「それで、どうしようか? 一旦、街に帰還する?」

「いや、依頼をつづけよう」

 順調にヴァンパイア・バットを2匹討伐して白銀鋼も手に入れたとはいえ、だいぶ時間をロスしてしまった。

 魔力は少々こころもとないけど、街に戻ってる余裕はない。 

「絶対、試験を受けるからな?」

 俺はカタリナを見て、改めてその言葉を口にした。

 お前のために、とは心の中で。

「……うん、ありがとう」

 カタリナは頬を赤らめながら、小さくこくりと頷いた。
 一体どれくらい歩いただろうか。

 頭の上を浮遊するアルコライトの光を見ながら、俺はふと思った。

 出口を探しながら依頼をつづけることを決めてから、何度かヴァンパイア・バットとブラックウィドウと遭遇した。

 ブラックウィドウは、黒と赤の模様の巨大な蜘蛛のモンスターで、雌の個体が非常に多い珍しい種族だ。

 彼らは基本、複数体で行動していて、俺たちが遭遇したのは5匹のグループを作っていた。

 そのグロテスクな見た目を相まって、群れで襲いかかってきたときには少しヒヤリとしたけれど、戦闘モードのカタリナの敵ではなかった。

 またたく間に5匹の蜘蛛を倒し、ブラックウィドウの討伐依頼も達成。

 想定外のトラブルはあったけれど、残る依頼はナーガ討伐だけ──なのだが、ここに来てとある問題が起きていた。

「……大丈夫?」

 カタリナの声がした。

 ふと前をみると、カタリナが足を止めてじっと俺を見ていた。

「なんだか、顔色が悪い気がするけど」

「気のせいだろ。丁度、アルコライトが消えそうになってるし」

 天井を見上げると、浮遊している光の玉が消えかかっていた。

 俺は右手を広げて頭の中で光をイメージし、アルコライトを発動させる。

 手のひらから放たれた光の玉が、消失しかけた頭上の光の玉と重なり、輝きを増す。

 瞬間、くらっと目眩がした。

 俺は両足に力を入れて、必死に堪える。

「これでどうだ?」

 俺は努めて余裕の表情でカタリナに尋ねた。

「まぁ、ピュイくんが平気っていうなら、いいけど」

 カタリナは、喉に小骨が引っかかっているような晴れない表情だった。

(……本当に大丈夫なのかな。ちょっと心配なんだけど)

 カタリナの心からも不安の声が漏れる。

 正直なところ、俺の顔色が悪いように見えるのは気のせいではない。

 魔力が枯渇しかけている証拠なのだ。

 原因は、連続で発動させているアルコライト。

 携帯していた松明はとうに燃え尽き、光源を確保するためにアルコライトを連続して使う必要があったのだ。

 アルコライトは単発での使用魔力は微々たるものだが、連続で使うとなるとそれなりの魔力量になってくる。

 俺の魔力量は常人よりも多いけれど、無尽蔵にあるわけではない。

 こういうときのために、魔力ポーションを携帯していたのだけれど──

「……やっちまったなぁ」

「え? 何?」

「あ、いや、なんでもない」

 俺は愛想笑いを浮かべつつ、そっとポーチの中に手を忍ばせる。

 討伐したモンスターの体の一部と、割れたポーションの瓶の残骸が指に触れる。

 携帯していた魔力ポーションは、さっきの崩落トラブルで割れてしまったのだ。多分、下に降りてコケたときにやったのだろう。

 俺の状況を伝えれば、カタリナは責任を感じて「依頼は諦めて出口だけを探そう」と言い出すはず。

 確かに、状況だけ見れば最適解はそれだと思う。

 魔力ポーションが無い魔術師なんて、剣が折れかけている剣士と同じだ。

 だけど、「AAランクのカタリナがいて、ナーガを5匹倒せば試験を受けられる」という要素を加味すれば、選択肢は変わってくる。

 魔力が尽きてしまう前にナーガを探し出し、依頼を終わらせる。

 それが今の最良の選択肢だろう。

「……ん?」

 と、俺の背後から妙な音がした。

 シュルシュルと何かがこすれるような音だ。

 振り向いた俺の目に映ったのは、巨大な蛇だった。

 人間の大人くらいの大きさの胴体に、3つの首。

 首の付け根が傘のように広がっていて、蛇というより伝説のドラゴンを彷彿とさせる見た目。

「カタリナ! ナーガだ!」

「……っ!」

 声をかけると同時に、カタリナが動いた。

 彼女は身を翻して反転すると、ナーガに向かって走り出す。

 俺はすぐにアルコライトをカタリナの頭上に移動させた。

「毒に注意しろよ!」

「分かってる!」

 ナーガと戦う際に注意しなくてはならないのが、鋭い牙から分泌される強力な神経毒だ。その毒性は強く、解毒薬や解毒魔術がなければ、またたく間に死に至る。

「……はぁっ!」

 カタリナは、威嚇音を出しながら襲いかかってきたナーガのひとつめとふたつめの首を同時に斬り落とした。

 そして、流れるような動きでナーガの心臓に深々と剣を突き刺す。

 ナーガの動きがピタリと止まり、力無くその場に崩れ落ちた。

 それを見て、つい感嘆の吐息が漏れてしまった。

 カタリナを見ていると、モンスターを倒すことが簡単なことのように思えてくる。

 このナーガもDランクのパーティだったら全滅する危険がある相手なのに。

 でも、これでナーガを一匹、仕留めることができた。

 討伐証拠として、体の一部を切り取っておこう。

 そう思って、倒れたナーガに近づこうとしたときだ。

「待ってピュイくん」

 戦闘モードのカタリナの声。

「次が来るわ」

 ひゅっと息を飲んでしまったのは、洞窟の奥から再びシュルシュルと威嚇音が聞こえてきたからだ。

 それも、ひとつではない。

「わたしの後ろに来て、できるだけ距離を取って。もしあいつらに狙われたら逃げることに集中して──」

 カタリナの言葉がそこで途切れたのは、突然、周囲が暗闇に飲み込まれてしまったからだ。

 アルコライトの効果が切れたのだ。

 焦った俺はすぐにアルコライトを発動させたが、その一瞬がカタリナの足かせになってしまった。

 周囲が明かりで照らされたとき、1匹のナーガがカタリナの目の前まで迫っていた。

 ナーガは蛇と同じく獲物の熱を感知する「ピット器官」を持っているのだ。

 カタリナはとっさに剣でナーガの攻撃を防ごうとしたが、無理だった。

 剣で防げたのは、みっつある首のうち、ひとつだけ。

 左腕と右肩に、ナーガの牙が食らいついく。 

「くっ……」

「カタリナ!」

 咄嗟にキュアヒールを発動させようとしたが、杖がないことを思い出した。

 魔術発動させるには、カタリナに触れるしかない。

 だが、いま近づけば残りのナーガに狙われる可能性がある。

「……って、そんなことで悩んでる場合じゃないだろ!」

 自分に叱咤を飛ばし、カタリナの元へと走る。

 ナーガに食らいつかれていたカタリナは、すでに反撃に転じていた。

「こ……のっ!」

 左腕に食らいついてきたナーガの頭部に剣を突き刺し、ひるませた隙に胴体に蹴りを入れて距離を取る。

 そして、剣を薙ぎ払い……ナーガを真っ二つに両断した。

 ナーガの上半身が地面に落ちると同時に、ぐらりとカタリナの体が揺れる。

「カタリナっ!」

 俺は、崩れ落ちかけたカタリナの体を受け止める。

 すぐさま、キュアヒールのイメージに魔力を注入した。

 ズキンと頭に鈍い痛みが走る。

 魔力切れ寸前。だが、俺は構わず魔術を発動させる。

 カタリナの体が浅緑色に輝き、顔色が少しだけ回復する。

「大丈夫か?」

「へ、平気。それよりも……わたしから離れて。他のナーガがすぐに……うっ」

 カタリナの表情が苦痛にゆがむ。

(わたしがピュイくんを守らなきゃいけないのに……!)

 カタリナは必死に立ち上がろうとするが、力なく俺に寄りかかってきた。

 彼女は戦える状態じゃない。

 そう判断した俺は、そっとカタリナの体を抱きしめて、キュアヒールを発動させる。

「……大丈夫だ」

 そして、カタリナにささやく。

「今度は、俺がお前を守る番だ」