パーティの美人女剣士が塩対応なんですが、読心スキルで俺にだけデレているのがまるわかりなんです

 まさかとは思うけど、依頼でも受けるつもりなのだろうか。

 オフ日の過ごし方に口を出しはしないが、依頼を受けているとなれば話は変わる。オフ日に依頼なんて受けたら、疲れが溜まって明日の仕事に影響しかねない。

 しっかり休んで心と体をリフレッシュするのも、冒険者の大事な仕事なのだ。 

 カタリナの弱点を見つけるため……じゃなくて、彼女を詐欺師から守るために傍観するつもりだったが、これはパーティリーダーとして引き止めなければならなくなった。

「おい、カタリナ」

 依頼が張り出される掲示板の前に立つカタリナに声をかけた。

 またどこぞの男が声をかけてきたのかと思ったのだろう。

 こちらを見たカタリナの目は鋭く尖っていたが、すぐに驚愕の色に染まっていく。

「……えっ!? ピュイくん!?」

「お前、こんなところで何をしてんだ?」

「な、何って……あ、あなたこそ何をしているのよ?」

「俺はお前を追っかけてきたんだよ。ほら、服を見たらわかるだろ」

 いつもの魔導衣は着てないし、遠出用のブーツも履いてない。

 地味なチュニックを着てるだけだし、どっからどう見てもただの街のモブ住人だ。

「家でパーティの収支計算書をまとめてたら腹が減ってさ。んで、昼飯でも食おうと思って外に出たら、バッチリ装備をキメたお前を見つけたってわけ」

「まさか、それでこっそりわたしの後をつけてきたの?」

「そのとおり」

 カタリナの目が、スッと細くなる。

「女性の後をつけて来るなんて、ただの変態じゃない」

「ぬ……ぐっ」

 なんだろう。

 ただの言いがかりなのに強く反論できないな〜。おかしいなぁ〜。

「てか、マジで依頼を受けるつもりなのか?」

「そうだけど?」

「そうだけどって、今日はオフ日だろ。オーバーワークは冒険者生命を縮めることになる。休みと決めたときにはしっかり休むのも冒険者の仕事だろ」

 俺の正論にカタリナは無言の視線を投げつけてくる。

 どうだ。反論できまい。

 いつもなら注意する側のカタリナだが、今回ばかりはどんな弁論を振りかざしたところで、正論に勝てるはずがないのだ。

 どれ、心の中ではどんな弁を振りかざしてるんだ?

(そんなこと、言わないでよ……)

「……」

 思わず悶絶した。

 いや、そういうのズルくないか? 正しいことを言ってるはずなのに、なんか俺がいじめているみたいじゃないか。

 それに妙に弱気だな。流石に悪いことをしたと思ってるのか? 

 反省してくれれば、別にいいんだけどさ。

「まぁ、いいや。とにかく帰るぞ」

「いやよ」

 即答するカタリナ嬢。

「わたしはこのまま依頼を受ける」

「お前、俺の話聞いてた?」

「聞いてたわよ。オーバーワークは良くない。でも、それは並の冒険者での話でしょ? 並以上の冒険者のわたしは問題ない。だから依頼は受ける」

「それ、命を落とす前の冒険者が吐くセリフの第1位だと思うぞ」

 自分の実力を過剰評価してるヤツ。まぁ、カタリナは実際に並以上どころか最上級なんだけどさ。

 しかし、どうしてこうも頑なに依頼を受けようとするのか。

 なんだか理由がありそうだな。

「理由を聞かせてくれないか?」

「え?」

「オーバーワークが危険だって分かった上で依頼を受けようとしているってことは、それ相応の理由があるんだろ?」

「それは……」

 カタリナが目を泳がせる。

「ええと、そう、あれよ! いつもパーティで受けている依頼が物足りないから、ストレス発散のために受けてるの! メンタルケアの一環よ! それなら良いでしょ!?」

「……」

「な、何よその目。わたしが嘘をついてるとでも言いたいの?」

「はい、言いたいです」

 だって、目が泳ぎまくってるし。

 心の声を聞くまでもないけど、一応聞いておくか。

(うぅ……そんなこと言っても、本当の理由なんて言えるわけないじゃない……)

 やっぱりか。

 なにか別の理由があるようだけど、一体なんなんだ?

 クソ。読心スキルは便利なスキルだが、会話が出来ないところがもどかしいぜ。

 しかしと、わかりやすく動揺しているカタリナを見て思案する。

 う〜む、どうしよう。

 こうなってしまったカタリナを説得するのはほぼ無理だろうし、理由を聞いても答えるわけがない。

 とはいえ、「じゃあ頑張れよ。お土産は気にするな」と送り出すわけにもいかない。今後オーバーワークさせないために、その理由を突き止めねば。

「わかった、じゃあ、俺も一緒にいく」

「……は?」

「は? じゃねえよ。どうしても依頼を受けるっていうんなら、パーティリーダーとして放っておけないだろ。メンバーの管理もリーダーの大切な仕事だ」

「ちょ、ちょっと待って。行くって……ピュイくんとふたりで!?」

「そうだよ。まぁ、今からメンバー招集してもいいけど、皆に悪いからな」

 サティは「大丈夫ですよ」と言ってくれそうだけど、モニカは悪魔みたいな顔して一週間はグチグチ言いそうだし、ガーランドに至っては、嫁さんにぶっ殺されそうだ。俺が。

「ま、まぁ、あなたが来たいっていうのなら、べ、べ、別にいいけど?(待ってこれってもしかして、休日デートに誘われちゃったの!? うそっ!?)」

 ちげぇよ。これっぽっちも惜しくない、大間違いだよ。

 すぐそっちに勘違いするんじゃねぇ。頭の中が砂糖で出来ているのか。 

 ていうか、おい。こっそり「よっしゃ〜」みたいに嬉しそうに握り拳を作ってんじゃねぇ。隠してるつもりなのかもしれないけど、バレバレなんだよ。

「はぁ。んじゃ、とりあえず準備してくるからここで待っててくれよ」

「……そこは『待っていてください』でしょ。突然現れて何を偉そうに言ってるんだか。時間がもったいないから急ぎなさいよ?(せっかく休日に会えたんだから、できるだけ長い時間、一緒にいたいの。だから……早く戻って来てね。お願い)」

「……」

 うっぎゃぁぁぁぁああぁぁっ!

 ああ、もうなんだよ! お前もうなんなんだよ! 

 あれか? はじめてのデートでトイレに行った彼氏を待つ不安にかられた女子なのか? それとも、片時も恋人のそばを離れたくない、恋に恋する少女なのか?

 ギャップ萌えすぎんだろ! 

 俺を悶絶死させるつもりか!

 俺はぷるぷると震える口元を必死に押さえつけて冒険者ギルドを出る。

 ああ、畜生! なんで休日まであいつのデレ地獄に付き合わなきゃいけないんだよっ!

 マジでパーティリーダーなんて、やるもんじゃねぇっ!
 カタリナが受けたのは、ヴィセミルの東にある炭鉱に出没したという「歩きキノコ」の討伐依頼だった。 

 歩きキノコとはその名の通り「歩くキノコ」のモンスターだ。

 キノコから足のような部位が生えていて見た目は可愛らしく、女性冒険者には歩きキノコ好きが結構いるらしい。

 しかし、見た目が可愛いとはいえ、人に害為すモンスターであることに変わりはない。

 歩きキノコは毒性の胞子を周囲に撒き散らすことがあり、森で運悪く遭遇してしまった木こりが亡くなるという事故がたまに起きている。

 でも、はっきり言って意外だった。

 歩くキノコ討伐依頼は「ランクD」の、危険度が低い依頼だったからだ。

 この依頼は俺たち「笑うドラゴン」が受けるような内容で、最上級AAクラスの冒険者であるカタリナが受けるようなものではない。

 ランクが低い依頼を受けたのは、何か理由があるのか?

「気分よ」

 尋ねてみたところ、さらっと答えられた。なんだか嘘くさかったので読心スキルで心の声を聞いてみたら、

(これくらいが丁度いいのよ)

 と言っていた。

 なんだろう。もしかして雑魚狩りをして「わたしTUEEEE!」を楽しみたいとでもいうのだろうか。

 だとするとちょっとSっ気がすぎやしませんかね。

 高笑いをしながら、歩くキノコをバッサバッサとなで斬りしていくカタリナ。

 ……いや、メチャクチャ想像できるけどさ。

「なんだかすごく失礼な想像をされている気がする」

「大丈夫。気のせいだ」

 ヴィセミルを出発して炭鉱に向かっている最中、何かを感じたのかカタリナがじっとりした視線を俺に投げつけてきた。

 な、なんだよ。もしかしてお前も読心スキルを持ってんのか!?

 一応、心の中で「お前が心の中でデレまくってるのはわかってんだよ! このツンデレ辛辣乙女が!」と叫んでみたけど、「何よ。そんなに見ないでよ。バカが感染るでしょ」と辛辣対応された。

 よし、確認終了。今日も平常通りだな。

「今回はガーランドがいないけど、前衛は任せていいのか?」

「もちろんよ。あなたに守ってもらうなんて、想像しだけて怪我しそうだもの」

 ぷいっとそっぽを向くカタリナ。

(だって、ピュイくんに守ってもらったりしたら、頭の中がはわわ〜ってなっちゃいそうだもんっ! 守って欲しいけどさっ!)

 ああ、そういう願望ありなのね。

 てか語彙力どこいった?

 でも悪いなカタリナ。「前衛は任せていいか」と聞いておきながら、前衛を張るつもりなんてこれっぽっちもないんだ。

 だって俺、筋金入りの運動音痴の貧弱者だし。

 まぁ、仮に俺がガーランドみたいな屈強な戦士だったとしても、毎回お前の胸中デレ地獄を味わうことになるから盾になったりしないけどな!

「おお、あんたたちが依頼を受けてくれた冒険者か!」

 到着した炭鉱の入り口の前に立っていた男が、俺たちを見るなり、待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってきた。

 ふくよかな体型をしていて優しい顔立ちをしているからか、なんだか人が良さそうに思える。炭鉱夫というわけではなさそうなので、ここの管理者だろうか。

 そう思って、じっと彼の顔を見ていると心の声が聞こえてきた。 

(ったく、来るの遅せぇんだよ冒険者。高い金払ってんだからさっさと来いよな)

 あ、なるほど。顔には出さないタイプですか。

「遅くなってすみません。馬を使おうかと思ったんですが、ちょっと今回の報酬的に難しくて」

「え? あ、いや……そう、なんですね」

「もし早急な解決を希望でしたら、次からギルドの者に言ってください」

「わ、わかりました。そうさせていただきますよ。あはは」

 男は気まずそうに笑う。

 悪いけど、早く来てほしけりゃ追加料金を払えってんだ。こっちも慈善活動でやってるわけじゃないんだ。

 少々嫌味をぶつけて溜飲を下げたところで本題に入ることにした。

「では、ひとまず状況を教えていただけますか?」

「あ、はい。わたしはここを領主さまから任されている者なのですが、昨日、中で作業をしていた鉱夫から『突然キノコが大量に出てきた』と報告を受けたんです。それで、実際に中に入って確認してみたところ、歩いているキノコを見かけて、すぐにお宅のギルドに相談した、というわけです」

 なるほど。間違いなく歩きキノコだな。

 男は困ったような表情で尋ねてくる。

「作業が止まって本当に参ってるんですよ。鉱夫がモンスターの巣でも突っついたんですかね……」

「ん〜、どうでしょう。前例から考えると、鉱内に放置している木材から発生したんだと思いますけど、なんとも言えませんね」

 歩きキノコは暗くてジメジメしたところに巣……というか、苗床を作って生まれるタイプのモンスターだ。

 炭鉱の中に現れたという話はたまに聞くが、人間が持ち込んだ木材を苗床にして生まれたケースがほとんどだ。

 今回も同じだと思うので、苗床も排除したほうが良さそうだな。

「モンスターの苗床を見つけたらこちらで処理しますんで、安心してください。とりあえず、入り口を開けてもらえますか?」

 俺が尋ねると、男はギョッと目を見張った。

「……え? ひょっとして、あななたちふたりだけで中に?」

「ええ、そのつもりですけど、何か問題が?」

「鉱夫も全員避難しているし、中に入ったらふたりきりになってしまうので、何かあってもサポートはできませんが……大丈夫ですか?」

「な、な、中で、ふ、ふ、ふたりっきり!?」

 盛大に反応したのは、俺の後ろにいたカタリナだった。

「……? どうした?」

「えっ? あ、いや、なんでもないわ(こっ、これってもしかして、前にモニカちゃんが言ってた『中で男性とアレしないと出られないダンジョン』ってやつじゃない!? わ、わ、わたし、中でピュイくんと……アレしちゃうのっ!?)」

 んなわけあるかいっ!

 中でこれから俺とモンスターを狩らないと出られないのは事実だけど、お前、絶対違うこと想像してるだろ。

 というか、モニカのやつ、何わけのわからないことを吹き込んでんだ!

「ど、どうしました?」

 依頼主が瞠若するカタリナを見て尋ねてきた。 

「あ〜……ええっと、なんでもないです。とにかく、中には俺たちだけで入りますので」

「そうですか。念の為、モンスターが外に出ないように入り口に鍵をかけさせてもらいますけど、わたしはここで待機しているので戻ってきたら声をかけてください」

「わかりました」

 鍵をかけられるのは少し怖いが、仕方ないだろう。モンスターが外に出てしまったら大騒ぎになるからな。

「かまわないよな? カタリナ?」

「ええ、もちろん問題ないわ。(やっぱり、ピュイくんとアレしないと出られないんだわ。わたし、ここでピュイくんと大人の階段を登っちゃうのねっ! ああっ! いつもみたいに勝負下着つけてくればよかったっ! わたしのバカバカっ!)」

 うん、本当にバカだな。違う意味で。

 というかお前、いつも勝負下着なのかよ。どんだけ「いつでもオッケー感」出してんだ。

 でも……こういうやつに限って、妙に過激な下着をつけてたりするんだよな。

 キワどい感じのセクシーなやつ。

 ……なんだか興奮するな、それ。

「ちょっと、何赤くなってるのよ?」

「え? あ、いや、別に」

 やべぇ。ついカタリナの勝負下着を想像しちまった。

 これからモンスターとやり合うってのに、気を抜きすぎだろ。

 俺は、入り口の鍵を開けている男の背中を見ながら、自分の頬を叩いて気合を入れる。

「……よし、行こうか」

「そうね」

 カタリナの表情が、戦闘モードに変わった。
 
 それを見て、感心してしまう。

 さっきまで頭の中がお花畑だったのに、すぐ切り替えられるのが一流の冒険者である証拠だろう。

 前衛を任せたカタリナを先頭に、ゆっくりと炭鉱の中に入っていく。

 炭鉱は、ふたりが並んで通れるくらいの道がずっと奥まで続いていた。

 ところどころ高い位置に松明が掲げられていて、中は意外と明るかった。

 しかし、この狭い空間で戦闘になったら、少し動きにくいかもしれない。

 ひょっとすると、カタリナでも苦戦してしまうか?

「何をしてるの?」

 前を行くカタリナが足を止め、こちらを見ていた。

「さっさと行くわよ」

「あ、悪い」

 カタリナにそんな心配をする必要はないか。なにせこいつは、『聖騎士』の称号を与えられた唯一の冒険者なのだ。

「……きゃっ」

 と思った瞬間、躓いてカタリナが派手にころんだ。

 慌てて立ち上がり、キッと俺をにらみつける。

「こ、これは暗くて足元がよく見えなかったから!」

「あ、そうですか」

 何も言ってねぇっつの。

(……う〜、余計なことを考えるな、わたし。ここでピュイくんとアレしたりしないから……)

 ……

 …………

 おいおい、ちょっと待て。

 お前、まだその妙な妄想引きずってんのか? 

 中に入るとき、「さっさと行くわよ(キリッ)」みたいなセリフ吐いてたじゃないか。

 流石は一流の冒険者だって感心してしまった俺の気持ちを返せよ。

 というかカタリナさん、俺たちだけで本当に大丈夫ですよね!?
「アルコライトで周囲を照らすぞ」

 俺が手にしていた杖から光の玉が放たれ、空中にぷかりと浮かんだ。

 アルコライトはランプ代わりに使う灯火魔術だ。召喚した光の玉は一定時間術者を追跡し、周囲数メートルを照らし出す効果がある。

 炭鉱に入って10分ほど。

 奥に進むにつれて壁に掲げられていた松明の数が減り、薄暗くなってきていた。

 炭鉱内の空気も少し湿っていて、いかにも「歩きキノコ」が好きそうな環境。

 いつ奴らが出てきてもおかしくない状況だ。

「カタリナ」

 俺は前を歩くカタリナの背中にそっと語りかけた。

 彼女は一瞬ビクリと肩をすくませ、ギギギ、とぎこちなくこちらを振り向く。

「な、なに?」

「そろそろ奴らのテリトリーだ。いつ襲われても大丈夫なように準備しとけよ」

「……えっ!?」

 ギョッとするカタリナ。

(いっ、いつ襲われてもいい準備!? だっ、だ、だ、誰に!?)

 歩きキノコに決まってんだろ。

 流石にゲスい俺でもこんなところで女性に襲いかかったりするか。

 いや、こんなところじゃなくても襲わないんだけどさ。

 こう見えても俺は、愛に従順な紳士なんだぞ。

「おい。なんだかいつもよりピリピリしてる気がするけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。歩きキノコくらい余裕で片付けられるに決まってるでしょ」

 カタリナがぷいと前に向き直して歩き出す。

 そりゃあ、いつものカタリナだったら歩きキノコくらい、あくびをしながら殲滅できるだろうけどさ。

「……いつでも魔術が発動できるように、イメージを準備しとくか」

 魔術の発動には魔力の他に「想像力」が必要になる。どんな効果を発動させるかを頭の中でイメージして、そこに魔力を注ぎ込むのだ。

 昔は「詠唱」なんていう言葉や詩を口に出していたらしいが、現代魔術は詠唱を必要とせず、想像力だけで発動させる。

 つまり、事前に頭の中で魔術をイメージさせておけば、咄嗟に魔術を発動させることができるのだ。

 しかし、と俺はカタリナの背中を見て思う。

 一体何なんなんだよ。何で今日に限って、こんなにポンコツになってんだ?

 妙に変な方向にばかり想像が行ってるし、体の動きもぎこちない。

 こいつが変な想像ばかりしてるのはいつものことだけど、流石に今日はひどすぎる。カタリナは頭の中が砂糖でできている隠れ乙女とはいえ、AAクラスの冒険者なのだ。

 ダンジョンに入る前は俺でもビビるくらいに集中しているし、いつ接敵してもおかしくない状況で、体の動きが固くなったりしない。

 体調が良くないのか……と思ったけど、だったら依頼なんて受けるわけがないしな。

 とすると、女性特有のアレなのかもしれない。

 その時期になると妙にイライラしたり、頭の回転が鈍くなるって話をガーランドから聞いたことがある。

「カタリナ、もしかしてお前……アレの日なのか?」

「え? あれ?」

「ほら、女性特有のあれだよ。ええと……いちごの季節っつーか、トマト祭りっつーか」

「……ッ!? 違うわよバカ!」

「痛っだあァっ!?」

 おもいっきり足を踏んづけられた。

 今、激痛とともに俺の足から出ちゃいけない音が聞こえた気がしたので慌ててイメージしていた回復魔術「キュアヒール」を自分の足にかける。

 ふぅ、俺が回復魔術師で本当によかったぜ。

 しかし、女性特有のアレじゃないとしたら、なんなんだ?

 他にはこれといって思いつかない。

 いつも胸中でデレまくっているのだから、ふたりっきりの状況に狂喜していつも以上の力を出しそうなものだけど──

 と、そんなことを思っていたときだ。

「おい、カタリナ!」

「今度は何よ?」

「右前方! 歩きキノコだ!」

「……えっ!?」

 暗闇の中から飛び出してきたのは、2体の巨大なキノコだった。

 毒々しい赤色をした傘に、樹木の幹ほどある柄。そしてまるで人の足のように、柄から2本の小さなキノコが生えている。

 周囲警戒していたはずなのに、まさかここまで近づかれていたなんて。

 咄嗟にカタリナが身構えたが、遅かった。

 凄まじい速さで突っ込んできた歩きキノコが、カタリナに衝突する。

「くっ……」

 体当たりの衝撃でカタリナの胸当てに亀裂が入った。

 キノコとはいえ、歩きキノコの傘は岩のように固い。彼らの毒性胞子も恐ろしいが、猛スピードで相当たりしてくる物理攻撃も厄介なのだ。

「キュアヒール!」

 俺は即座に回復魔術を発動させた。杖の先から光が放たれ、カタリナの体に吸い込まれていく。

 胸当てで防いでいたのでダメージはないと思うが、念の為だ。

「おい、しっかりしろカタリナっ! 次が来るぞっ!」

「い、言われなくてもわかってるわよっ!」

 地面に転がっている最初のキノコ野郎を飛び越えて、次の歩きキノコが襲いかかってきた。

 今度のヤツはまっすぐ突進してくるのではなく、跳躍して頭上から攻撃してきた。

 カタリナはそれを最小限のステップだけで見事に躱すと、飛んできた歩きキノコの傘が地面に突き刺さると同時に剣を薙ぎ払い、胴体を真っ二つにした。

「……はあっ!」

 さらに、のっそりと起き上がった最初の歩きキノコの胴体に剣を突き刺し、天井に向かって斬り上げる。

 縦に真っ二つになった歩きキノコが、ドサリと崩れ落ちた。

 岩よりも固いと言われている歩きキノコの傘を真っ二つにするなんて、なんちゅう馬鹿力だ。

「……と、カタリナに感心している場合じゃないか」

 周囲警戒。別の歩きキノコが襲ってくるかもしれない。

 アルコライトで周囲を照らし出したが、動くものは見えなかった。

 とりあえずは一安心か。

「おい、大丈夫か?」

 そっとカタリナのそばに近づく。周囲を警戒していたカタリナも、安全だと確信したのか剣を鞘に戻した。

「うん、平気」

「一応、毒抜きしておくぞ」

「……ありがとう」

 頭の中で汚物が浄化されるイメージを作って、魔術を発動させる。

 キュアポイズン。毒抜きの魔術だ。

 歩きキノコから毒の胞子は出てなさそうだったが、視界が悪くて見落としていた可能性もある。そんな初歩的なミスで命を落とすなんて御免だからな。

 キュアポイズンの効果が発動したカタリナの体が、ぽっと青白く輝く。

「というか、どうしたんだカタリナ? いつもより注意散漫だし、動きにキレがない。調子が悪いなら、一旦帰還して他のメンバー連れてくるか?」

「帰還ですって? 誰に向かってそんなことを言ってるのよ。わたしはAAランク冒険者のカタリナ・フォン・クレールよ?」

「しかし、なぁ……」

 俺は大きな亀裂が入った彼女の胸当てに視線を落とす。

 流石にこのままの状態で進むのは危険な気がする。カタリナがおかしい原因がわかれば対処のしようもあるけど、今のところ見当もつかない。

 どうするか、と不機嫌そうなカタリナを見たときだ。

(うぅ……初めてのふたりっきりの依頼がこんなに緊張するなんて、思ってもみなかったよぅ……)

「……あっ」

「な、なによ?」

「あ、いや、なんでもない」

 咄嗟に目をそらす俺。

 そういうことか。

 よくよく考えてみれば、俺とカタリナがふたりだけで依頼を受けるのははじめての経験だ。

 いや、依頼どころか、ふたりだけで行動することすらはじめてだ。

 ただでさえこいつは乙女みたいな思考なのだ。そりゃあ、緊張するよな。 

 こんなことになるんだったら他のメンバーを連れて来るべきだったが、今更言ったところで遅すぎるか。

 ──これは、パーティリーダーとして、俺がどうにかしてカタリナの緊張をほぐしてやらなければならないな!
 とはいえ、緊張をほぐす方法ってどうやるんだ?

 前にガーランドが言ってた気がしたけど、なんだったっけ。「緊張するのは自分のことを考えすぎるから」……だっけ?

 その理論に当てはめるとすれば、カタリナは俺とふたりっきりになっている自分を意識しすぎているから、緊張してるってことか。

 つまり、自分自身ではなく俺に意識を向ければ緊張はほぐれるはず。

「よし、カタリナ! 俺のことだけを考えろ!」

「……ひょえっ!?」

 突然悲鳴を上げるカタリナ。

 ん? どうした急に?

(い、い、言われなくてもいつもピュイくんのことばっかり考えてますけどっ!?)

 ……あ。いや、なんかごめん。

 言葉の綾というか、そういう意味じゃないんだ。なんていうか、俺にだけ意識を向けろというか……いや、それも妙なふうに勘ぐられてしまうな。

「え、えーと、なんていうか、相手に意識を集中させると緊張が和らぐって話をガーランドから聞いたからさ」

「き、緊張ですって!?」

 カタリナがびくっと肩をすくませる。

「べ、べべ、別にピュイくんとふたりきりだからって、き、緊張なんて、し、しし、してないからっ!」

 と、言いつつも、わかりやすく目を泳がせるカタリナ。

 声まで上ずらせちゃってまぁ。どうやら緊張のせいでいつもの辛辣オーラの出し方を忘れてしまっているらしい。

「分かってるよ。カタリナが緊張なんてするわけがない。でも、あまり気を張りすぎてもよくないからさ。ほら、適度に気を緩めないと疲れちまうだろ?」

「……そ、それは、まぁ、そうかもしれないわね。わかったわ」

 カタリナはそう言って静かにうつむくと、上目使いで俺を見た。

 彼女の少し困ったような、恥ずかしそうな表情に、ついドキッとしてしまう。

 カタリナの上目遣い……なんつー破壊力だ。

「えーっと……どうだ?」

「変わらないわ(いつもと変わらず、かっこいいです……好き)」

「……」

 悶絶した。

 鼻がピクピクと動いてしまうのを必死に抑えつける俺。

 ダメか。ええと、他に何かあったっけ。

「じゃあ、依頼が終わった後の楽しいことを想像してみろ」

「楽しいこと?」

「そうだ。依頼を終えてから『酔いどれ金熊亭』で美味しい酒を呑んで……そうだな、お前の好物のレモンのはちみつ漬けを食ってさ」

「はちみつ漬け……」

 ぼんやりと遠くを見るような目をつくるカタリナ。

 その口の端に、すこしだけ光るものが。

「……じゅる」

「じゅる?」

「あっ……!? こっ、これは、ちがうわ!」

 カタリナが慌てて両手でよだれが垂れかけていた口元を隠す。

「べ、別に、昨日お腹いっぱいに食べたレモンのはちみつ漬けを思い出して、また食べたいな〜とか考えてたわけじゃないから!」

「なにも言ってねぇよ」

 てか、昨日食ったのかよ。

 それなのにまた食べたいとか、どんだけ好きなんだお前。

 レモンのはちみつ漬けを出したのは、完全に藪蛇だったか。

「よし、なら次は深呼吸だ」

 オーソドックスだけど効果はあるはず。駆け出し冒険者の頃は、俺も依頼に出るたびにやってたからな。

「深呼吸で心を落ち着けさせることができるって言うだろ? ほら、大きく息を吸って、ゆっくり息を吐いて!」

「わ、わかった」

 カタリナは真剣な眼差しで頷くと、さっと両手を広げる。

「ひっひっふ〜……ひっひっふ〜……」

「……おい、それは子供を産む時にやる呼吸法だろ」

「こっ、こ、こ、子供を……産む!?(だ、だ、誰の!? もしかして、ここで作るのっ!?)」

 知らねし、作らねぇよっ! 

 そもそも俺は「大きく息を吸ってゆっくり吐け」って言ってるのに、全然違うことやってんじゃねぇ!

 あああ、もぉぉぉう!

 お前なんなんだよ! こっちは必死に助けようとしているのに、なんでそんな致死級の罠を散りばめてんだよ!

 こいつ、わざとやってるんじゃねぇだろうな!?

「……ぐぬぬ、落ち着け、俺」

 ここで怒りをぶちまけても何も解決はしない。

 俺は大きく深呼吸して燃え盛る怒りを鎮める。

 すると、まるで潮が引いていくように、怒りが消えて冷静さを取り戻すことができた。

 あ〜、やっぱり深呼吸って効果あるんだな〜。

「……で? どうだ? 少しは落ち着いたか?」

「全く」

 さらっと答えるカタリナ。

 でしょうね。聞くまでもなかったか。

 さてどうするか。

 ここまでやって無理なら何をすればいいんだ? もうネタは残ってないぞ。

「と、とにかくだな。もう一度、お前の目的を思い出せよ。休みの日にわざわざ依頼を受けてたのは、自分をカッコよく見せたいとか、そういう理由じゃないだろ?」

 カタリナはストレスを発散させるためと言っていた。

 それが本当の理由がどうかは知らないけど。

「ストレス発散するために依頼を受けてんのに、逆にストレスをためたら本末転倒だろ」

「本末転倒……」

 そう言って、カタリナはじっと黙りこんだ。

 しばし静寂が俺たちの間に流れる。

「……確かにそうね。ピュイくんの言う通りだわ。当初の目的を忘れてしまっていた気がする」

 その言葉を皮切りに、カタリナの空気がガラリと変わった。

 パーティでガーランドと共に前線を張っているときの研ぎ澄まされた刃のような雰囲気だ。

 それを感じた俺は、ほっと胸をなでおろす。

 こうなれば、俺がとやかく言う必要はないはず。

 元々、俺がカタリナにアドバイスするなんて、おこがましいにもほどがあるんだけどな。

 彼女は『聖騎士』という称号を持つAAランクの伝説的剣士で、かたや俺は泥臭く小銭を稼いでいるDランクの回復魔術師なのだ。

「……よし、じゃあ、奥に行こうか」

「ええ、そうしましょう」

 それから俺たちは、黙々と炭鉱に現れた歩きキノコを処理していった。

 しばらく狩りながら歩いていると、掘削作業中のツルハシがいくつも捨てられている場所があった。

 まるで作業中にあわてて逃げたような雰囲気だ。

 もしかしてと思って周囲を探索したところ、少し離れたところにキノコがびっしりと生えた木材が放置してあった。

 多分、天井や壁面を支持させるために使う「木積」に歩きキノコの菌が付着して繁殖してしまったのだろう。

 すぐに燃やしてしまおうかと思ったが、ひとまず外に運び出すことにした。

 炭鉱内は足元に可燃性のガスが滞留していることがあるからだ。

 カタリナに力仕事をお願いするのは気が引けたので、周囲警戒をお願いして俺が運んだ。木材はざっと10本ほど。すべて運び出すのに30分ほどかかった。

「これが……歩きキノコの苗床ですか?」

 外で待っていた依頼主にキノコが生えている木材を見せたところ、驚いている様子だった。多分、見た目は普通のキノコと大差ないからだろう。

「そうですね。こいつが成長するとモンスターになりますが、燃やしてしまえば問題はありません」

 ここにモニカがいたら魔術で一発……なのだが、生憎、今日はいないので火種を使って燃やすことにした。

 ランプ用の油をかけて火打ち石で火をつけ、全ての木材が灰になるまで待つ。

 それを見届けて、依頼完了だ。

 依頼主から完了のサインと、報酬金をもらって帰還することにした。

 ちなみに、報酬金の一部はギルドからもらうが、大半は依頼主からもらうのが普通なのだ。

「ピュイくん」

 炭鉱を後にしてしばらくして、カタリナがおもむろに俺の名を呼んだ。

「ええと……一応、お礼を言っておくわ」

 カタリナを見ると、バツが悪そうに唇を尖らせ、明後日の方向を見ていた。

 礼というのは、緊張をほぐそうとしたアレのことだろうか。

「いやいや、俺は何もしてないよ」

 ガーランドに教えてもらった緊張をほぐす方法は全部使えなかったし。明日、ガーランドに「意味ないもん教えるんじゃない」と小言をぶつけてやろう。

「で、でも、ピュイくんがいなかったら、大怪我をしていたかもしれないわ」

「そんなことないだろ。後半は触れさせないくらいに無双してたじゃないか」

「そう、だけど……」

 ま、前半は本当にヤバいと思ってたけどさ。

「その鎧」

 俺は、亀裂が入ったカタリナの胸当てを指差す。

「修繕するなら前もって言ってくれよ。パーティで費用を出すからさ」

「そ、そんなこと」

「ウチのパーティは『装備の修繕は折半』ってルールなんだ。みんなやってることだし、気にする必要はないぞ」

 装備や消耗品は個人負担というパーティも多いが、その場合、報酬の分配が面倒になる。装備の消耗が激しいガーランドやカタリナの取り分を多くしないと、装備の維持費だけで赤字になってしまうからだ。

 そういうところに頭が回らないパーティリーダーもいて、トラブルになることがあるらしい。分配率がどうのこうのという話で揉めているパーティを、よくギルドで見かける。

「あ、ありがとう」

 ぽつりと浮かんだのは、カタリナの声。

 彼女の顔を見ると、少しだけ頬を赤らめていた。

(ピュイくんって本当に頼りになる。何度も助けてくれて、本当にありがとう)

「……っ」

 俺はさっと視線をそらしてしまった。

 そんなふうにストレートにお礼を言われるなんて、いつものデレ攻撃以上に破壊力がすごい。

 というか、「何度も」ってなんだよ。そんなにお前を助けた記憶はないぞ。

 むしろ助けられているのは、俺のほうだ。

「と、とにかく、早く帰ろうぜ」

「う、うん」

 気まずい空気を引きずりながら、俺たちは逃げるように街に戻った。

 以前、「褒められるのが慣れてないのかぁ?」なんてカタリナをバカにしてたけど──どうやら俺も同じだったらしい。
「あっ! おかえりなさい!」

 ギルド「誇り高き麦畑」に戻った俺たちを出迎えてくれたのは、嬉々とした表情の受付嬢だった。

 だが、彼女は俺の帰りを心待ちにしていたというわけではない。

(きゃー! カタリナ様! いつ見てもお美しいわっ!)

 目的はこっちなのである。

 俺は受付嬢の視線を遮るように前に出て、カウンターに依頼主のサインが入った依頼書を出した。

「あの、依頼終了の確認お願いします」

「……あ、は〜い(ちょっと、邪魔しないでよ。カタリナ様が見えないじゃない)」

 はいはい、すみませんね。

 しかし、心の中では暴言を吐く受付嬢だが、表情はニコニコと笑ったままだ。

 うん、これぞプロフェッショナル。

「依頼完了のサイン、確認しました。こちらが報酬の残りになります」

「ありがとうございます」

「それで、今回の依頼実績はどうします?」

「……え?」

 彼女が言う「実績」というのは、完了させた依頼の履歴みたいなものだ。

 実績はランクアップの指標にされるため、冒険者にとって報酬金と同じくらい価値があるもでもある。

「いつもみたいに、カタリナさんじゃなくて、笑うドラゴンに付けときます?」

 いつもみたいに、ってなんだ。

 パーティで受けたんだから、パーティの実績に決まってるだろ。

「……ん? ちょっとまてよ」

 すっかり忘れてたけど、今回は「笑うドラゴン」で受けたんじゃなくて、カタリナ個人が受けた依頼だった。

 だとしたら、実績はカタリナに付くはず。

 なのに、なんで笑うドラゴンの実績として処理されるんだ?

 どういうことだと思ってカタリナを見たら、なぜか顔を真っ赤にしていた。

 一瞬首をかしげてしまったが、すぐに合点がいった。

「まさか、お前……オフの日にひとりで依頼を受けていた理由って──」

「ち、ち、ち、ち、違うから! そういうんじゃないから!」

 カタリナが俺を押しのけて、ずんずんと受付嬢に詰め寄る。

「ちょっとあなた! な、何を言ってるの!? パ、パ、パーティに付けるってどういうことよ!?」

「えっ? だって前に、『ひとりで受けた依頼の実績は、笑うドラゴンのランクを上げるための実績として記録して』ってわたしに──」

「わぁぁぁぁああっ!(なんでバラすのよぉぉぉおっ!?)」

 やっぱりそういうことらしい。

 カタリナがオフの日に依頼を受けていたのは、パーティのランクを上げるためだったのか。

 そんなことをおくびにも出さなかったのは性格のせいだろうが、なんでそんなことを? 

「理由を聞いてもいいか?」

 いたずらが見つかった子供のようにしょぼくれているカタリナに尋ねた。

 彼女はうつむいたまま、消えてしまいそうな声で答える。

「……ま、前にピュイくんが『報酬がきつい』って言っていたから、その……す、少しでもパーティの助けになればなと……」

「……」

 予想外の返答に、キュンとしてしまった。

 おいおい、いいヤツすぎないか、カタリナさん。

 確かにそんなことをぼやいた記憶はある。

 低リスク低リターンをモットーにしてはいるものの、どうにかして報酬を上げられないかと今朝も悩んでいた。

 パーティランクをあげるにはメンバーのランクの底上げが必要だが、実績作りも必要になる。

 カタリナはそれをひとりで肩代わりしてくれていたってことか。

 パーティになんて興味ない……みたいな素振りを見せておきながら、こいつは本当に──

「ありがとうなカタリナ」

「……っ!?」

 ぎょっとカタリナが顔を上げた。

「お前がパーティのことを考えてくれていたことは、素直に嬉しいよ。……でも、オフの日に依頼を受けるのはもうやめてくれ。パーティのランクは皆で上げればいいし、それに、カタリナに万が一のことがあったらイヤだしさ」

「わ、わたしに心配なんて必要ないわ」

「わかってるよ。お前は他人に心配されるような並の冒険者じゃない。だけど、何事も絶対はありえない。お前だって今回、身をもって経験しただろ」

 亀裂が入ったカタリナの胸当てを指差す。

「……わかったわよ」

 彼女は言いかけていた言葉をぐっと飲み込み、代わりに重い溜息をついた。

「はぁ……パーティリーダーっていうのは、皆こんなにおせっかいなのかしらね」

「バカ野郎。心配しているのはリーダーの責任みたいな形式張ったモンじゃねえよ。俺の個人的な意見だ」

 リーダーじゃなくても、同じように心配していたはずだ。

 そこに立ち位置なんて関係ない。

 俺はそういう意味で言ったのだが──

「こ、こ、個人的な意見?(ま、まさか、個人的にわたしのことを心配してくれているってことなの?)」

 ああ、なるほど。

 どうやらいつもどおり、間違った方向に受け取ってしまったらしい。

「全然違う。個人的っていうのはそういう意味じゃなくて、仲間としてとか、そういう意味での個人的に、だ」

「……そ、そう、よね」 

 カタリナが残念そうに肩を落とす。

 それはもう、わかりやすく。

 あの、カタリナさん。

 辛辣対応してくるなら喧嘩腰でいけるけど、そんなふうにしとやかにされると、メチャクチャ罪悪感が出てくるんですけど。

「……でもまぁ、個人的に心配な部分は少なからずあるから、あながち間違ってなくもないけど」

 なので、そうフォローしておいた。

 その瞬間、カタリナは少しだけ喜色に溢れる笑顔を見せたかと思うと、プイッとそっぽを向いた。

「……ふん。そんなこと思われても、全然嬉しくないから」

 そして、そんな辛辣な言葉を吐き捨てる。

 しかし──

(……嬉しい)

 横を向いているカタリナの口元が、小さくプルプルと震えていた。

 まったく、強がっちゃって。炭鉱でこれでもかというくらいに失態を見せてきたんだから、素直になってもいいだろうに。

 でもまぁ、そういう意地っ張りなところも可愛いんだけどさ。

「まぁ、なんだ。とりあえず……飯でも食いにいくか?」

「……うん、いく」

 カタリナはツンと顔をそむけたまま、素直に答えてきた。

 なんだか、すこぶる萌えてしまった。 

 ……

 …………

 よし、今日は特別に晩飯をおごってやろうかな。

 言っておくが、これはパーティリーダーとしての責務なのだ。

 パーティメンバーのモチベーションを上げるために必要なことで、依頼の労いの意味合いがあるのだ。

 決して可愛い一面を見せてくれたカタリナにおごってやりたくなったとか、そういうんじゃないからな!

「な、何よ。鼻歌なんて歌って、気持ち悪いわね」

「う、うるせぇっ!」

 ボソッと辛辣な言葉を口にするカタリナと、上ずった声で罵倒し返す俺。

 なんだか言葉の切れ味が悪い俺たちは、気まずい空気を引きずりながらギルドを出て、夕暮れのヴィセミルの街を歩いていくのだった。
「困ったわ」

 冒険者ギルド「誇り高き麦畑」の一角にあるテーブルに座っているカタリナが、ぽつりと囁いた。

 何かの聞き間違いかと思った。

 カタリナの表情が、あまり困っているように見えなかったからだ。

 一緒のテーブルで、依頼を見に行ったガーランドとモニカを待っているサティも同じことを思ったのか、不思議そうにカタリナを見ている。

「どうすれば良いのかしら」

 再びカタリナがつぶやく。

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 でも、一体なんの話なんだ?

「……何が?」

「見ての通りよ」

 俺が尋ねると、カタリナは「わかるでしょ?」と言いたげに手を広げて見せた。

「見てわからんから聞いてるんだが」

「あなたの目は節穴なのかしら」

「……」

 イラッ。

 こいつ、昨日の「歩きキノコ」の件で少しは素直になったかと思いきや、全く変わってねぇな。

 読心スキルを使えば何のことを言ってるのか一発でわかるが、ここは自力で当ててギャフンと言わせてやりたい。

 俺はしばらくカタリナを観察する。

 うん、相変わらずお姫様はかくや……と言った容姿だ。

 まぁ、なんていうか、普通に可愛い。

 だが、何が変わったのか全くわからん。ここは当てずっぽうで聞いてみるか。

「……髪型、変わった?」

「えっ」

 目をぱちくりと瞬かせるカタリナ。

(た、たしかに昨日の夜、枝毛が気になって毛先を2センチくらい切ったけど……やっぱりピュイくんにはわかっちゃうの!? わたしをいつも見てくれているから!? 嬉しいっ!)

 うん、なるほど。本人から切ったと言われてもわからん。

 しかし、髪の毛は悩みの種とは違うらしい。

 となると、何だ?

 しばらく首をかしげていると、カタリナが強調するように胸を張ってきた。

 な、なんだこいつ。突然何を主張してきてんだ。確かにお前の胸は豊満な部類に入るけどさ。

「……あ」

 と、俺はようやくそのことに気づく。

「もしかして、胸当ての傷か?」

 カタリナの胸当てに深々と亀裂が入っている。

 そう言えば昨日の歩きキノコ討伐依頼で、ポンコツになったカタリナが不意打ちを食らってたっけ。

「そうよ。昨日の炭鉱でわたしの胸当てが──」

「炭鉱?」

 と、サティが割り込んできた。

「カタリナさん、昨日、炭鉱に行ったんですか?」

「……あ」

 まずい。オフの日に依頼を受けていたなんて言ったら、軽く問題になりそうだ。

 俺は慌てて頭を振る。

「あ、いやいや、別に行ってない……よな? よな?」

「え? ええ。もちろんよ。これはちょっと……そう、転んじゃったのよ」

「ほ、本当ですか!? 胸当てにヒビが入るって、すごい勢いで転んじゃったんですね。痛そうです……」

「そ、そうなのよ。ほんと困っちゃって。ねぇ、ピュイくん?」

 ちらりと俺を見るカタリナ。

 昨日、いろんな意味で困っちゃったのは、俺のほうだけどな!

「でも、そこまで亀裂が入っているのなら、修繕するのは難しそうですね」

「そうなの?」

「鎧に大きな亀裂が入ると、修繕しても耐久度は元々の半分程度しか戻らないと聞きますけど……どうなんですかね?」

 サティが俺に視線を投げかけてくる。

「まぁ、一般的にはサティの言ってる通りだけど、ヴィセミルの職人に頼めば意外と元通りになるかもしれないぜ? なにせこの街には腕利き職人が多いからな」

 王国の貿易の要とも言えるヴィセミルには、国中から多くの商人や職人が集まっている。

 故に、他の街では不可能なことも、ヴィセミルではできることが多い。

 剣、鎧の修繕にはじまり、魔法衣の修繕や魔法具の修繕などなど。

 そのために、わざわざ遠くからヴィセミルを訪れる人間がいるくらいだ。

「へぇ、そうなのね。じゃあ、明日にでもそういうお店に行ってみようかしら」

「……」

 そういうお店ってなんだよ。

 口調がふわっとした表現だからか、なんだか不安になってしまった。

 そもそも、悩む前に店に行けばいいのに「どうすれば」なんて言ってたし、まさか、どこに頼めばいいのかわからない……とかないよな?

「ちなみにだけど、鎧を修繕してくれる店はわかるよな?」

「何よ、その失礼な質問。分かってるに決まってるでしょ。バカにしないで」

「じゃあ、言ってみろよ」

 カタリナはしばし考えて、言いにくそうに答えた。

「ふ……服飾店」

 大間違いである。

「そ、装具店ですよ、カタリナさんっ……」

「……っ!?」

 俺が言う前に、サティがぼそっと訂正してくれた。

「し、知ってたわよ! 服飾店って言ったのは、ええと、鎧の下に着るチュニックも買ったほうが良いと思ったからで……その……(だって、剣のメンテナンスはよくやってるけど、鎧はやったことがないんだもんっ!)」

 うん、そんなことだとは思ってた。

 パーティで依頼を受けているときはガーランドがモンスターの攻撃を引き受けてくれるし、カタリナも身のこなしで攻撃を避けるタイプだからな。

 保全修理すら必要なさそうだし、知らなくて当然といえば当然か。

 サティが慌ててフォローを入れる。

「あ、あの、もし、あまり詳しくないのでしたら、他の誰かと一緒に行ったほうが良いかもしれません」

「サティは詳しかったりするの?」

「え? わたしですか? す、すみません、わたしはカタリナさんみたいに鎧を着ないので、装具店にはあまり詳しくなくて……」

 サティは戦況によって攻撃する相手を決める「遊撃手」なので、迅速な行動ができるように重い鎧は着ていない。

 着るとしても比較的軽いレザーアーマー程度だ。

 ちなみにサティが木の上に登って周囲警戒をしたり、偵察をしたりするのが得意なのは、元々は極東の国で「シノビ」とかいう密偵をやっていたからだ。

 体重が軽い事もあってか、身体能力はカタリナより高いと思う。

 ……と、そんな話よりもだ。

「じゃあ、俺が一緒に行ってやるよ」

 仕方なく、そう切り出した。

 カタリナがギョッと身をすくめる。

「ピ、ピュイくんと?」

「なんだよ。俺じゃ不安か?」

「そ、そういうわけじゃ、ないけど……(またふたりっきりのデートなんて、心臓が破裂しちゃいそうだもん……)」

 ああ、そっち方面の問題ね。

 確かに、またペアでの行動になるな。

「ピュイさんなら街の職人に詳しいので、安心だと思いますよ」

 サティが、「ですよね?」と投げかけてきたので、こくりと頷いた。

 17歳から数えて8年もこの街で冒険者やってるから、職人に顔見知りは多い。

「少し前にわたしの服の修繕でお付き合いをして頂いたんですけど、服飾職人の方がピュイさんとお知り合いだったみたいで、修繕費を半額にしていただけたんですよ」

「半額? それはすごいわね」

「修繕費はパーティ持ちだと言っても、全員で折半していることに変わりはないので、割り引いてもらえるのはありがたい話ですよね」

「ま、まぁな」

 割り引いてもらったのは事実なのだが、顔見知りだから安くしてもらったというわけではない。

 サティと行った服飾店をやってるのはマナンって男だが、以前、金熊亭で賭けポーカーをしたときにボロ勝ちしたツケがあるのだ。

 そのツケの一部を修繕費に当ててもらったというわけだ。

 念の為に言っておくと、読心スキルを使って金を巻き上げたというわけではない。ヤツに勝ったのは、俺の実力だ。

(どうせ何か弱みを握ってるんでしょうけど)

 辛辣な目で俺を見るカタリナ。

 はい、ご明察通りです。洞察眼が実に鋭いですね。

 でも、安心してくださいよカタリナさん。装具店の鎧職人にもポーカーのツケがありますので。

「ヴィセミルの装具店といえば、東地区にあるお店でしょうか?」

 サティが尋ねてくる。

「そうだな。『リーファ装具店』ってとこだ。俺が知る限りリーファが街一番の鎧職人だ。あいつも知り合いだから安くしてくれると思うよ」

「……別にあなたと行く必要はないけれど、安くしてもらえるなら仕方がないわね」

 こほん、と小さく咳払いをしてカタリナが続ける。

「じゃあ、ピュイくんにお願いしようかしら(はぁ……またピュイくんとデートなんてドキドキしちゃうけど嬉しすぎる……夢みたいだわ)」

 辛辣なオーラを放ちながらも、口元をかすかに緩ませるカタリナ。

 なんだか嫌な予感が拭えないけど、まぁ、危険なことはないし昨日みたいな事態は起きないだろう。
 
 ……多分。


 そうして俺たちは、明日の依頼はガーランドたちに任せて、再びデート……じゃない、ペア行動をすることになったのだった。
 カタリナと装具店に行く約束をした日──



 俺が待ち合わせ場所に選んだのは、ヴィセミルの中央広場にある「領主ルイデ像」の前だった。



 領主ルイデの権威の象徴とも言えるこの像は、巨大な台座の上に立っていて目立つために、定番の待ち合わせスポットとして街の人々に親しまれている。



 つまり、簡潔に言えば、街のカップルどもが待ち合わせによく使う場所なのだ。



 そんなところを待ち合わせ場所に選んだのは、街の東地区にある「リーファ装具店」が近いからなのだが──ちょっと失敗だったかもしれない。



 今日は平日なのでクソカップルはいないだろうと高をくくっていたけど、至るところでカップルがイチャついてやがるのだ。



 これは一体どういうことだ? 



 もしかして、今日は教会の祝日なのか……と思ったけど、ここに来る前にガーランドたちの出発を見送ったのでそんなことはありえない。



 教会の祝日はギルドが休みになってしまうため、冒険者も強制的に休まざるを得なくなるのだ。



「ピュイくん」



 ルイデ像の下でクソカップルどもを睨みつけていると、俺の名を呼ぶ女性の声がした。



 颯爽と現れたのは、カタリナだった。



 周囲にいる男どもから、感嘆のため息が漏れる。



 俺も歩いてくるカタリナの姿に、つい見蕩れてしまった。



 なんというか……カタリナはいつもより、メチャクチャ華やかな格好だった。



「待たせちゃったかしら?」



「いや、俺もいま来たところ、だけど……」



「なによ?」



「いや、なんつーか……気合入ってんなぁって思ってさ」



 銀の髪は綺麗な装飾が施された髪留めでまとめられ、サイドにスリットが入ったボディラインがくっきり見える白いドレスを着ている。



 さらに、膝上まである白いブーツを履いていて、昨日とは違う意味でのフル装備といえる。



 はっきり言って、マジでどこぞの令嬢かと思うくらいに綺麗なのだが……こいつ、これから貴族の晩餐にでも行くつもりなのか?



「あなたが気合入ってなさすぎなのよ。何よその格好」



 カタリナが胡乱な目で俺を見る。



「何って、普通だろ」



「それが普通なら、あなたは街の南地区に住む貧しいひとたちよりも貧素な暮らしをしている『超絶極貧者』ということになるわね。なんなら、教会に相談してみたら? 手厚い施しを受けられるんじゃない?」



「手厳しいな!」



 これは俺の一張羅とも言える古着屋でまとめ買いしたチュニックとズボンだぞ。



 その総額、3着で銅貨3枚。



 多分、カタリナの髪飾りより安いと思う。



「というか、これから誰と何処にいくのかわかってるの? このわたしと、服飾店にいくのよ?」



「服飾店じゃなくて、装具店な」



「……っ! 似たようなものでしょ!」



 全然違うわ。



 これから行くのは鎧を修繕する店で、ドレスを買いに行くわけじゃないんだぞ。



「本当にもう……どうしてわたしがあなたと服飾……じゃなかった、装具店になんて行かなきゃいけないのよ(う〜、楽しみすぎて昨晩は全然寝れなかったけど、肌荒れとか大丈夫だよね? 服装も変じゃないわよね?)」



 なるほど。



 楽しみ過ぎて気合が入りすぎちゃったわけね。



 可愛いな、カタリナさん。



「ま、いいや。とりあえず店に行くか……てか、胸当てはどうした?」



「そこの荷馬車に積んでるわ」



 カタリナが視線を送った先にあったのは、行商人が使っていそうな荷馬車だった。



 一頭の馬で引く比較的小さいサイズの荷馬車だが、それでもこんなものを持っている冒険者なんて聞いたことがない。



 パーティメンバーの私生活には首を突っ込まないようにしてるけど、こいつ、相当金を持ってんだなぁ。



 まぁ、国王から「聖騎士」の称号を与えられるくらいの冒険者だし、貴族から晩餐に呼ばれるくらいだから、当たり前か。



「早く行くわよ。なぜだか注目を浴びてるみたいだし」



「そりゃ浴びるだろうよ」



 そんな格好して浴びないほうがおかしいわ。



 カタリナには荷馬車に乗ってもらい、俺は彼女の従者かのように馬を引きながら、街の東地区へと向かった。



 ヴィセミルは大きく4つの地区に分かれている。



 領主や貴族、聖職者たちが住む北地区。



 肉体労働者や貧困層が住む、南地区の旧市街。



 冒険者ギルドや酒場をはじめとした様々な店が軒を連ねている西地区。



 そして、職人や魔術師が住む東地区だ。



 街の東側を流れるクオン河の支流にかけられた橋を渡って、東地区に入る。



 東地区は、錬金術の生成に使う薬やハーブの匂いや、槌の音が充満していて独特の雰囲気がある。



 魔力の回復に使うポーションが売ってる錬金屋には昔からよく足を運んでいるが、この雰囲気は未だに好きになれない。



「……よし、ついたぞ」



 荷馬車を止めたのは、鎧と金槌のイラストが描かれた看板を掲げている店の前。



 ここが「リーファ装具店」だ。



 荷馬車から胸当てを持って店のドアを開ける。



 店内にはずらりと様々な鎧が飾られていた。



 カタリナがつけているような胸当てから、軍隊で使う全身を覆うフルプレートメイルのようなものまである。



 そういえばリーファは東地区にいる鍛冶職人とギルドを組んで、領主相手に商売をしているって言ってたっけ。



 この鎧は、そのときに作ったものなのかもしれないな。



「いらっしゃい」



 カウンターで鎧を分解している髭面の男が声をかけてきた。



 ガーランドほどじゃないけれど、冒険者をやっていたら前衛を任せられそうな筋骨隆々の大男。こいつがこの店の店主、リーファだ。



「……って、なんだよ。ジェラルドかよ」



 リーファは俺を見るなり、がっかりとした顔を作って作業に戻った。



「ツケの期限は来週のはずだろ。何しに来やがった」



「おいおい。今日は上客を連れてきたってのに、その言い草はないだろ」



「は? 上客?」



 胡乱な目でこちらを見るリーファ。



 俺の後ろにいるカタリナを見た瞬間、まんまるく目を見開いた。



「カッ、カカカ、カタリナ・フォン・クレール……さん!?」



 リーファは慌ててカウンターの向こうから走ってくると、俺を強引に押しのけてカタリナに恭しく頭を垂れた。



「ようこそおいでくださいました! あなたのお噂はかねがね……」



「こちらこそ。あなたのことはピュイくんから聞いています。なんでも、街一番の鎧職人だとか」



「ま、街一番!? ありがとうございます!(ああ、カタリナさんから褒められるなんて、俺は今日死ぬのかもしれんな……てか、綺麗すぎだろっ! いい匂いだしっ!)」



 リーファはカタリナからおだてられて、わかりやすく鼻の下を伸ばす。



 そんなリーファが、突然、俺の首を腕でガッチリ捕まえてきた。



「……お、おいジェラルド! ちょっとこっちに来い!」



「うおっ!?」



 俺はそのまま少し離れたところにズルズルと連行されてしまう。



 こいつ、相変わらずの馬鹿力だな。



「な、なんだよ。いきなり」



「なんだよ、じゃねぇよ! なんでお前みたいなクソ底辺冒険者がカタリナさんと一緒にいるんだよ!?」



「クソ底辺言うな」



 底辺なのは間違いないけどさ。



「リーファには話してなかったけど、俺とカタリナは同じパーティなんだよ」



「お、同じパーティだと!? お前、ガーランドと組んでたパーティはどうした!?」



「そのパーティだよ。そこにカタリナが加入したんだ」



「冗談だろ……。今年一番の衝撃事実だぞ」



 リーファが店内に飾られている鎧を眺めているカタリナを盗み見る。



 まぁ、そういう反応をして当然だ。カタリナの噂を知ってる人間からすれば、「国王の娘がパーティに加入しました」レベルの衝撃だろうからな。



 さらに、そのカタリナが俺に心の中でデレまくってるなんて知ったら、多分ショック死するだろうな、こいつ。



「お前、運が良いのはポーカーだけじゃなかったんだな」



「ポーカーは運じゃねぇ。実力だ」



 これだから素人は。



 ポーカーは戦略が物を言う頭脳戦なんだぞ。



「とにかく、カタリナが使ってる胸当てを修繕してほしいんだ。だいぶデカイ亀裂が入ってるけど、お前ならなんとかできるだろ?」



「まぁ、大抵のモンはなんとかできる。相応の金はかかるけどな」



「ツケの一部を修繕費に回すから安くしろ」



「……クソ、またそれかよ。この前ガーランドのプレートアーマーを破格で修繕してやったばっかじゃねぇか」



 リーファが頭をガジガジとかきむしる。



 なんだか脅迫してるみたいだが、ポーカーの賭け金をツケてやってるのは俺のほうなのだ。恨むなら、自分のポーカーの腕を恨んでくれ。



「わかったよ。とりあえずモノを確認するから、しばらく店内で待っててくれ」



「助かる。よろしく頼むぜ」



「あ〜、そういや、カタリナさんにピッタリのセクシーなキルトの下着が入ってるけど──」



「くだらねぇこと言ってないで、さっさと作業にかかれアホタレ」



 リーファのケツを蹴り飛ばす。



 装具店なのに、なんで女性向けの下着を仕入れてんだよ。「専門外の商品を扱うな」って服飾ギルドのヤツらから叱られるぞ。



 そのセクシーな下着はすご〜く気になるけどさ!



「……ねぇ、大丈夫そう?」



 カタリナが声をかけてきた。俺は小さく頷く。



「ああ。とりあえずモノを見てもらってる。修繕費がどれくらいかかるかは見てみないとわからんらしいが、安く抑えてくれるってさ」



「ホント? それは助かるわね」



 と、そんなことを話していると、店の外から子供の声が聞こえてきた。



 何気なく見た窓の外を、子供たちがはしゃぎながら走って行った。



 服装をみるに、南地区の子供だよな。

 

 この時間、南地区の子供は市場や職人のもとで働いているはずだけど、なんで遊んでるんだろう。



「……なぁ、リーファ。なんか今日って、妙に街に人が多くないか? ルイデ像の周りにもたくさんいたし」



「あん? そりゃそうだろ」



 何気なく尋ねてみると、「くだらない質問をするな」と言いたげに、リーファがめんどくさそうに答えた。



「今日は年に一度の『王冠祭り』の日だからな」
 王冠祭り。



 「タールクローネ」とも呼ばれるその祭りは、ヴィセミルだけではなく王国全土で行われている、いわば国を代表する祭りだ。



 元々は初代国王の戴冠を祝ったものだったが、長い年月を経て形が変わり、国民の祝日になった。



 なので、祭りでは国王の戴冠にちなんだ催し物を行う。



 その最たるものが「王冠行進」と呼ばれるものだ。街の人々が各々自由に王冠を模したものを頭につけ、大通りを練り歩くのだ。



 そこで主役になるのが街の子供たち。



 初代国王は10歳で王の座についたため、王冠をつけた子供にはお菓子をプレゼントするというしきたりがある。



 普段はお菓子などあまり口にできない南地区の貧しい子どもたちも、この日は大量のお菓子を手にすることができるので、夢のような1日なのだ。



 王冠行進で街をひととおり練り歩いたあとは、吟遊詩人を先頭にりんごを咥えた豚の頭とソーセージをつなげた貢物を領主に献上しに行って祭りは終わる。



「へぇ……そんな祭りがあったのね。全然知らなかったわ」



 一通り俺から王冠祭りのことを聞いたカタリナが驚いたように目を丸くした。



「この街に来て数年が経つけど、見かけたことすらなかった」



「まぁ、仕方ないだろ。年に1回の祭りだし、依頼で街を離れていたらあったことすらわからずに終わるだろうし」



「ピュイくんは毎年参加してたの?」



「俺? いや全然。てか、存在自体忘れてた」



 俺はこの街に来て8年が経つが、参加したのは街に来たばかりで暇だったときの1回だけだ。



 それからは冒険者の仕事で街を離れることが多くなって、参加するどころか、すっかり祭りの存在すら忘れてしまっていた。



「……呆れた。由緒ある祭りなんだから、ちゃんと覚えときなさいよね(そんな祭りがあるなら、ピュイくんと一緒に行きたかった……)」



「……」



 心の声に悶絶してしまう。



 なんだお前。意中の相手をうまくデートに誘えない、ウブな乙女か。



 ……いや、正真正銘、ウブな乙女なんだけどさ。



「待たせたな」



 そんなことを話していると、リーファが胸当てを持ってやってきた。

 

 どうやら損傷箇所の確認が終わったらしい。



「まず手をつけるべきはここのデカい亀裂だが、その他にも細かいのがたくさん入っていて、全面的に修繕が必要だな。費用はとりあえず材料を仕入れてみてからだが……まぁ、大体スピネル銀貨10枚ってとこだ」



「銀貨10枚……」



 ぽつり、とカタリナがささやく。



 流石に鎧の修繕で銀貨10枚はカタリナにとってもデカい金額なのかもしれない。

 

 まぁ、全額パーティで負担するのでカタリナが気にする必要はないのだけど。



「ああ、安心してくださいよカタリナさん。今回は銀貨1枚にまけますから」



「……えっ? そ、そんなに!? だ、大丈夫なの!?」



 流石に驚いた様子のカタリナ。 



 銀貨1枚は銅貨10枚なので、銅貨90枚の値引き。



 俺たちがいつも受けているDランクの依頼報酬がひとりあたり銅貨5枚くらいなので、依頼18回分だ。



 うん、値引きってレベルじゃない。



 実際は値引きじゃなくて、リーファが俺にツケてるポーカーの賭け金の銀貨20枚から補填するんだけどな。



「大丈夫です。こいつのパーティにいる人間は特別価格なんです」



 リーファが俺のケツを叩く。



 その衝撃で、思わず前につんのめってしまった。



 お前、腕力はガーランド並にあるんだからマジやめろよ。俺は貧弱魔術師なんだぞ。殺す気かよ。



「そ、そう? じゃあ、お願いします。修繕にはどれくらい時間がかかるのかしら?」



「一週間くらいですね。必要でしたら、変わりの胸当てを用意しますが、どうしますか?」



 この店がいいのは、代わりの鎧を用意してくれるところだ。



 もちろん貸してくれるのは使い古された中古品や質が悪い鎧だが、それでも無いよりはマシだ。



「ありがとう。じゃあ、そちらもお願いするわ」



「わかりました。カタリナさんに合うサイズがあるか調べるのに少し時間がかかるので──その間に王冠祭りにでも行ってみたらどうです?」



「え?」



「参加したことないんですよね? 王冠祭り」



 リーファがニヤッと笑った。



 こいつ、聞き耳立ててやがったのか。



「そうですけど、子供の祭りなんですよね?」



「いやいや、大人も十分楽しめますよ。広場にはたくさん屋台も出るので。俺も仕事が終わったら行くつもりです」



「屋台……?」



「ええ。食べ物が買える移動式の店舗ですよ。去年は、鶏もも肉を串に刺して焼いたものとか、豚肉を焼いたものをパンに挟んだものとか……ちょっとめずらしいものだと、レモンのはちみつ漬けなんかも出ますよ」



「レッ……」



 カタリナが、ぱっとこちらを振り向いた。



 その顔はなんていうか……おやつを前にした子供っぽくて、とても愛嬌のある可愛らしいものだった。



「……あ〜、行ってみるか?」



「仕方ないわね」



 カタリナは即答した。



 それはもう、凄まじい反応速度で。



 流石はAAクラス冒険者だ。



「ピュイくんがどうしても行きたいって言うなら、付き合ってあげるわ(行きたいです、行きたいです、絶対行きたいです、できるならピュイくんとふたりでっ!)」



 うん。心の中が正直で、ホント助かりますよカタリナさん。



 ま、心の声を聞くまでもなく、顔を見れば一発でわかったんですけどね!




 というわけで、急遽王冠祭りに参加することになった俺は、リーファに「今週末、金熊亭でポーカーやるからな」と伝えて、店を後にした。



 この前のガーランドの修繕費と合わせて、ツケがだいぶ減ってしまったので補充しておかないとな。



 リーファの店は、ある意味俺のパーティの生命線でもあるのだ。
 茜色に染まったヴィセミルの街は、ただならぬ熱気に包まれていた。

 カタリナと待ち合わせたときにちらほら見かけたカップルは更に増え、子供を連れた家族の姿もある。

 そして、その誰しもが頭に王冠のようなものをつけていた。

 帽子のような布生地で作ったものや、草花でつくった花冠……中には本物の王冠と見間違うような立派なものをつけ、仮装している人もいる。

 彼らは、これから始まる「王冠行進」に参加する人たちだろう。

 俺は別にいらないけど、気分を盛り上げるためにカタリナの分くらいは用意したほうがいいか?

 そう思って、カタリナを見たが──

(デート♪ デート♪ ピュイくんとお祭りデート♪)

 うん、全然気にかける必要はなかったな。

 しかし、カタリナの何がすごいって、頭の中はお花畑なのに表情は冷静そのものなのところだ。浮足立つ街の人々を見て、どこか呆れているような雰囲気すらある。

 服装が「これから晩餐に行く予定ですけど何か?」みたいな格好だから、余計にそう見えるのか?

 でも、こいつの場違いな服装が浮いているように感じないのは、仮装をしている人たちがいるからだろう。

 心の中と一緒に存在も浮かなくて良かったね、カタリナさん。

「ピュイくん、あれって本物なのかしら?」

 そんなカタリナが指差したのは、その王様に仮装している男性だった。

 んなわけないだろ……とツッコミかけたが、ニセ王様を見ているカタリナの目がキラキラとしているのでやめることにした。

 俺は空気を読む男なのだ。

「あ〜、そうだな〜。もしかすると、お忍びで街に来てるのかもしれないなぁ〜」

「……えっ!? ほ、ホントに!?」

 冗談で言ってみたが、カタリナは真に受けたらしい。

 見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに、メチャクチャ興奮しはじめた。

「す、すごいっ! わたし、国王陛下を見たの、初めてかもっ!」

「ああ、ええと……俺も初めて見たわ」

「ちょっと挨拶に行ったほうがいいかしら!?」

「うん、やめとけ」

 色んな意味で驚かれるから。

 しかし、なんていうか純粋だなぁ。

 普段もこんな感じならいいのに。

 と、そんなことを話している間にも、周囲には王冠をかぶった人々がどんどん増えていく。

 彼らの楽しそうな雰囲気につられてか、次第にカタリナの空気も柔らかくなっていった。

「なんだか街の人たちの雰囲気がいつもと違うわね。こんなヴィセミルを見るのは初めてかも」

「この日を楽しみにしている人も多いだろうからな」

「そうね。きっとみんな、この日を待っていて……あっ!」

 カタリナが広場の一角を指差した。

「あれが、リーファさんが言ってた『屋台』ってやつ?」

「そうだな。でも、飯が買えるまでもう少しかかるんじゃないかな?」

 屋台で出すのは作り置きをしたものなので、そこまで時間はかからないだろうけど。

「ねぇ、ピュイくん。もしかすると料理を出してる屋台があるかもしれないから、一緒に探してみない?」

「え? あ、うん……まぁ、いいけど」

「よし、それじゃあ早速行くわよっ!」

「う……おっ!?」

 突然、凄まじい力で腕を引っ張られた。

 やめてくれカタリナ。

 お前の馬鹿力で引っ張られたら俺の腕がちぎれてしまう。

 というか、今日はやけにグイグイくるじゃないか。いつもの「ゴミはわたしに近づかないでくれる?」みたいな辛辣オーラはどこに行った。

 だが、そんな心の声が届くわけもなく、俺はカタリナに引っ張られながら広場を歩いて回ることになった。

 いくつか準備中の屋台をまわって、ようやく良い匂いが放たれているパン屋の屋台を見つけた。

 そこで売っていたのは、肉汁たっぷりの焼き豚肉とニンニクをパンで挟んだ、実に美味そうなサンドイッチ。

 価格はスピネル銅貨1枚。

 街のパン屋で売っているパンで銅貨1枚だから、破格といえば破格だ。

「なんだか美味しそうね」

「じゃあ、食ってみるか」

 俺は店主に銅貨2枚を渡して、サンドイッチをふたつ貰った。

 そのひとつをカタリナに渡す。

「……え? いいの?」

「はじめての王冠祭りだろ? これは祭りの先輩からのおごりだ」

「な、なによカッコつけちゃって。自分も数年ぶりのくせに(ありがとうピュイくん。すごく嬉しい……)」

 カタリナの心の声に、俺の口元が軽く緩んでしまう。

 なんだよ。サンドイッチひとつでそこまで喜ぶなんて。

 あと3つくらい買ってやろうか?

「いただきます」

 カタリナは感慨深げにサンドイッチをじっと見つめたあと、控え目にはむっと
かぶりついた。

 危うく口から落ちかけた肉汁を薬指でそっと拭って、手のひらで口を隠しながらもくもくと咀嚼する。

 なんだかすっごい上品な食べ方だな。

 サンドイッチが高級料理に見えてきたぞ。

「……あ、おいしい」

 驚いたようにカタリナが目を見張った。

 俺もひとくち頬張る。

 ジューシーな肉汁たっぷりと豚肉とニンニクの辛味が良い感じに混ざっていてメチャクチャ美味い。

「こりゃ美味いな。ま、貴族の晩餐に出る料理には勝てないだろうけど」

「そんなことないよ。そもそも、あっちは料理を味わう余裕なんてないし」

「え? 余裕がないって……もしかしてお前でも緊張してたりするのか?」

「……してない(……緊張してるわよ。だって、相手は上流階級の人たちだもん)」

 じとり、と俺を睨みつけるカタリナ。

 どうやら図星だったらしい。

 てっきり辛辣オーラで男を近づけず、晩餐の料理を食べまくってるのかと思っていたけど、そうじゃなかったのか。

「でも、ホントおいしい。今度から依頼のときに持っていく携帯食、これにしようかしら」

「残念だけど、それは王冠祭り限定品だ」

「え」

 カタリナは愕然とした表情で固まってしまった。

「そこはあなたのコミュ力でなんとかしなさいよ」

「できるわけねぇだろ」

 俺は領主じゃねぇんだぞ。

「食べたいなら、また来年だ」

「……残念だけど、仕方ないわね」

 そう言って、カタリナは記憶にこの味を刻みつけるように黙々と豚肉サンドイッチを口に運んだ。

 俺たちがサンドイッチを食べ終わったころには、広場に多くの屋台が出来上がっていた。

 リーファが言っていた「肉を串に刺して焼いたもの」や、ソーセージを焼いたもの。

 果物の切り売りや、色鮮やかなお菓子。

 中には酒ダルを持ってきて、エールを売っている屋台もある。

 食べ物の他には、職人が作った王冠のレプリカや、仮装用の衣装、中には藁で作った人形なんかも並んでいる。

「んじゃ、そろそろメインディッシュを探しに行くか」

「え? メインディッシュ?」

 カタリナが首を傾げた。

「忘れたのかよ。レモンのはちみつ漬けだよ」

「……あっ!」

 カタリナの顔にぱっと花が咲く。

 しかし、すぐにプイっとそっぽを向いてしまった。

「べ、別にそこまで食べたいってわけじゃないから(うぅ……食べたいけど、食い意地が張ってる女みたいにみられるのは嫌だよぅ……)」

 今更かよ。と心の中でささやく。

 本当に手が焼けるな、こいつは。

「何勘違いしてるのか知らねぇけど、俺がレモンのはちみつ漬けを食べたいんだよ。だから、ちょっと付き合ってくれないか?」

 そう尋ねると、カタリナの表情が少しだけ柔らかくなった。

「仕方がないわね。本当に子供なんだから(もしかして、自分が食べたいことにして、わたしに気を使ってくれたの? 優しい……好き)」

「……」

 あの、心の中で俺の行動をいちいち解説しながらデレるの、やめてもらえませんかね。黒歴史を暴露されているみたいでメチャクチャ恥ずかしいんで。

「取りあえず、行こうか」

 凄まじい羞恥心に身悶えしながら、レモンのはちみつ漬けを探してカタリナと広場を再び歩きはじめる。


 人混みの中で泣いている小さな子供を見つけたのは、そんなときだった。