八月、カイとゲルダは汗を流しながら森の中を歩いた。
 むせ返るような命の息吹があたりに満ちていた。森に生きるたくさんの命。野生の命が、深く濃く息づいていた。
 動物に遭遇することはほとんどなかったが、虫さされや草木によるかぶれ、怪我などには十分注意が必要だった。
週に一度、ゲルダたちは健康診断を受けている。そこで不審な点が見つかれば、調査ロボットがやってくる。その結果、ゲートの不具合が管理者に知られてしまうかもしれない。
 何度も行き来するうちに、藪の中に道ができた。下草を踏み分けた部分に、かつて踏み固められた古い道があるのも見つけた。
 ゲルダたちの前にも誰かが森へ行ったのだ。
 ゲルダたちの後にも誰かが行くかもしれない。その誰かのために、ゲートの秘密を守りたかった。
 どこかへ行きたかったわけではなかった。
けれど、ゲルダはカイの手を握って川まで往復することが楽しかった。
 苦しいほどの森の匂い。土と木々が発する湿った空気を吸い込んで、カイの後ろを歩く。それだけで嬉しかった。
 短くなった後で、また少し伸びはじめた金色の髪と、いつの間にか広くなった背中を追いかけた。
 指の長い大きな手がゲルダの手を包んでいた。
 王子様に似た中性的な美しさは長い髪と一緒に失われ、代わりにゲルダとは違う大きな体と強い力を持った男の子に、いつの間にかカイは変わっていた。
 小さな岸辺で裸足になって、大きさの違う足を向かい合わせて水に浸す。緑色の苔に覆われた石の上を、両手を繋いで、おそるおそる横に歩いた。
「冷たいね」
「うん。でも、気持ちいい」
 頭の上から太陽が熱を落とす。
 ぱしゃんと飛沫(しぶき)が上がる。
 飛沫は光の欠片になって、息をする間もなく砕けて散った。


 夜、一人になった部屋でゲルダは白い天井を見つめた。
 カイはどうして森に行こうと思ったのだろう。
 レッドヘアが去った四月の終わりに、壊れたゲートを見つけたカイ。
 一人の部屋で考えるのは、最近、カイのことばかりだ。