カイとゲルダには『親』がいない。
 二人が暮らす『施設』は広大な森の中に建っていて、同じ境遇の八十五人の子どもと、それを世話するさまざまな機械とが、高い塀で囲まれた二つの建物に収容されていた。
 国のあちこちに同じような『施設』があり、週に二回、食材を届ける大型ドローンが巡回している。二ヶ月に一度の割合で医療ロボットを乗せた無人ヘリが飛来し、必要な処置を施していった。
 二つの建物は生活棟と学習棟に分かれていて、北側の生活棟では寝起きと入浴と食事をし、南側にある学習棟で勉強や社会的な活動をした。
社会的な活動とは、髪を切ったり、健康診断を受けたり、図書室で立体映像の映画をみたり、ニュースをみて外の情報に触れたりすることだ。
 学習棟には『学校』もあった。3Dディスプレイに現れる『先生』が『授業』をした。『先生』はアンドロイドで、三歳から十八歳までの子どもが四つのグループに分かれて学んでいた。教室のほかに運動場と図書室と保健室があった。
 食事は三回、栄養バランスの取れたメニューが、食堂の入口にある銀色の機械から出てくる。食材は全てクローンで、調理は機械が自動で行った。
 クローン技術の発達は食料の供給力を飛躍的に高めた。味や鮮度、安全性が保証された食材が安定して作られるようになり、人々は飢えることを忘れ、健康で幸福な暮らしを手に入れた。
 ウシやブタやトリだけでなく、サカナやヤサイも全てクローンで作られる。
例外は牛乳と鶏卵くらい。乳牛は今でも乳を出すために子牛を産んでいるし、鶏卵は(にわとり)が産むのだ。子牛と鶏卵は『親』のいるオリジナルの生きものということになる。
 『施設』には、ゲルダと同じ年の子どもが、カイを含めて四人いた。最初は六人だったが、途中で二人いなくなった。
 生まれてすぐと、五歳の時に一人ずつ。
 世の中には、小さい子どもが欲しい人もたくさんいるから。
 残った子どもも、今年のうちに『施設』を去る。
 だから、これが最後の夏。