青空よりは薄い水色の折りたたみ傘を広げて、雨の中に飛び込む。傘の表面が雫を受け止めて、パラパラと音を立てた。

 すっかり濡れて水たまりができた屋上を歩くと、みるみるうちに上履きが濡れていく。風に流される雨のせいで、制服も少しだけ濡れた。

 でも、そんなの大したことない。何もかも濡れている彼に比べたら、全然大丈夫だった。

 歩くたびにパシャパシャと雨水がはねる音がするのに、彼はちっとも振り向こうとしない。雨音よりも大きいそれは、聞こえているはずなのに。

 彼の背後で足を止める。
 表情は見えないけれど、向けられている背中が……泣いているようだった。

 彼が負った痛みの大きさが伝わってくるみたいで、わたしの胸までギリギリと痛んだ。その背中を抱き締めたい衝動にかられるけれど、すんでのところで伸ばしかけた腕をそっと胸の前に戻す。

 代わりにもう一歩だけ近付いて、彼の体を傘の中に入れた。
 小さな折りたたみ傘では二人の体は完全に入りきらなくて、わたしのセーターに水滴が乗っかって染み込んでいく。


「……大垣(おおがき)くん、風邪引いちゃうよ」


 彼がほしがっているような上手い言葉は浮かんでこなくて、そんなありきたりなことを口にする。所詮この程度では傷心中の彼には響かなかったのだろう。頷くどころか、何一つ反応さえしてくれなかった。

 傷付けてまで彼の心を離さないでいる彼女の存在が、無性に煩わしい。それがとても嫌で、悲しくなる。

 ただ、わたしは、大垣くんに振り向いてほしくて。いつまでもあの人のせいで、悲しんでほしくなんかなくて。

 気付けば大垣くんの腕を掴んで、強行突破でこっちに振り向かせていた。

 されるがままに動いた、大きいのに頼りない彼の体。
 綺麗な肌の顔にはたくさんの水滴が滴り落ちていて、それが雨なのか涙なのかは、わたしにはわからなかった。

 おぼろげな瞳が、やっとのことでわたしを見る。でもそれはわたし自身を見ているのではなく、わたしに重なる彼女の面影を探しているように見えた。


「……み、ほ?」


 微かに開いた大垣くんの唇から漏れた名前。

 ……ねえ、違うよ。
 わたしの名前は美希(みき)だよ、大垣くん。

 みほ……美保は、わたしのお姉ちゃんだ。

 わたしと大垣くんのクラス担任で、昨日結婚した美保先生で。大垣くんは……お姉ちゃんの浮気相手だった。

 ただ大垣くんはさっきの結婚報告まで、自分が浮気相手だったことを知らない。お姉ちゃんは大垣くんには何一つ告げないまま、平然と付き合っていたから。

 しかもその関係に終止符を打つ方法が、クラスでの結婚報告だなんて。あの女は、最初から最後まで残酷だ。