「だってあんたさ、」
藍が私の思考を全て見通すような目つきで言った。
ドクン、と心臓が音を立てる。
だんだんと早くなる心音をBGMに藍が綺麗な声でつづけた。
「あんた、こうくんと仲良いじゃん……」
「...え」
そう言った藍の顔には少しの憎しみと、大きな恥ずかしさが滲み出ていた。
思いもよらない表情で思いもよらない言葉を発した藍にあっけに取られる。
「こうくんが他の女の子と仲良くしてるのが嫌なの。私以外の女の子と楽しそうに話してるのが嫌。それに、あんたはいちばんこうくんといた時間が長いから。ずるいじゃない、そんなの……」
まるでただ私に対して嫉妬しているかのようじゃないか。
違う。嫉妬しているかのようじゃない、ただ、嫉妬している。この私に。
煌のそばにずっといただけのこんな私に。
それを意識した瞬間、自分が醜くなった。
昔の印象だけ、噂だけで藍の性格を判断していたこと。
何より、藍から煌への好きという気持ちを信じていなかったことが。
藍は、煌のことをちゃんと想っているんだ。
そんなの当たり前じゃないか。そうじゃなかったら煌は藍を好きになんてならない。
煌はそういう人なのに。
私は、煌のことも信じてなかったんだ。
「分かった。ごめん、あい」
「ん?」
「もう、煌には近づかないから」
私に煌と一緒にいる資格はない。一度信じることをやめた私には、煌の隣にいることが心に何かが巣食うような、そんな気がする。
「別にそこまでは...」
「私が決めたの。もう、あなた達の邪魔はしないよ」
強く藍の目を見つめ、心からの言葉をなげかけた。
「え、うん、ありがと...?」
藍はさっきの私のようにきょとんとして、そしてどこか申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう言った。
私は、にこっと笑って教室に向かう。
少しでも自分の中の十字架を小さくできたのだろうか。
次の日から、煌とは一切話さなくなった。
私は、煌をなるべく避けるように行動をする。
決めたことだから。もう、彼は私の煌じゃない。
ならば、なるべく距離を置いておきたい。
彼と話すと、どうしても甘えが出てきてしまうような気がしていた。
私は自分のことを理解できない人間にはなりたくない。
自分を理解できることがきっと、人の心を理解することに繋がるから。
昨日決心したんだ。
もう、人を疑うことをやめる。そんなことをしてもただ虚しくなるだけだ。
藍は妬まれて、あられもない噂を流されていた。
それを信じた私も1人の虚しい人間。
それが私。
人そのものこそが、どうすり替えることもできない真実なんだ。
煌を避けるようになってから数日経った時、煌が学校で私を訪ねてきた。
そんな時まで無視するわけにはいけない。
呼んでくれた友達に礼を言って、煌のもとへ向かう。
「さくら、ちょっと話したい。あっち行こ」
「うん。」
廊下の端の広間に私と煌の2人。
約束した手前、藍に申し訳なさを感じながら、話を始める。
「どうしたの?煌」
「最近、俺のこと避けてる?」
さすがに避けるだろうよ。彼女持ちの男なんて。
嘘をつくことはここでは意味の無いことのように感じて、というか、煌の前では私の嘘は本当に無意味なんだ。
昔から、煌は鈍感なくせに私の嘘にだけは鋭くて、毎回説教されていた。嘘はいけないよ、と。
「うん」
正直にそう答えた。
穏やかに、けれども真剣な眼差しで、煌は私に問いかける。
「なんで?」
「私は、もう煌と一緒にはいられない。」
そう。もう、一緒に居てはいけないんだ。
「そんなことないだろ。別に話すことまでだめって言われたわけじゃない。」
「あなたたちが何を言おうと関係ない。私が決めたことなの。」
「もう会わないなんて無理だ。家はすぐそばだし、学校だって同じなんだから」
煌が否定してくる。
「だから、なるべく会わないようにする」
「なんでそこまで...俺はそんな簡単にさくらが離れるなんて思ってなかった」
「恋愛ってそういうものだよ」
煌は少し寂しそうな顔をした。私はそれに気付かないふりをして顔を背ける。
煌は私の思いが伝わったのか、渋々諦めるような口調で言う。
「さくらがそう決めたんだよな。分かった。またな、呼び出して悪かった」
「うん。ばいばい」
いつかまた会う時は煌が不幸なときだ。そんなの来てほしくないから。
煌に背を向けて、私は教室に向かう。
背中に煌の暖かい無駄に大きな声が触れた。
「いつでも、会いに来て大丈夫だから。」
そんな優しいこと言わないでよ。
だから、私は最後の抵抗で言った。
「さよなら、こう」
まぶたにたまっていた雫が、そっと優しく、私の頬を撫でた。