視界に入ったその光景に、息を飲んだ。

舞い上がる砂埃と駆け出す悲鳴。

毛むくじゃらの足と太い腕、鱗で覆われたような体に、短い二本の角が生えている。

守られていたはずの校内に、その姿はあった。

3メートルはあるだろうその高さから腕を振るうと、天に向かって雄叫びを上げた。

「……鬼だ」

「行こう」

 教室を飛び出す。

非常ベルは鳴り響き、避難指示のアナウンスが流れる。

あたしは腰のこん棒を抜いた。

 飛び込んだ校庭の空気が震えている。

まとう瘴気で息が苦しい。

こん棒を握る手に、汗が滲んだ。

「どっから来たのよ。今すぐ出て行きなさい!」

 言葉なんて通じるはずもないのに、鬼はあたしを見てニヤリと笑った。

振り下ろされた腕に飛び退く。

鋭く尖った爪は空気を切り裂き、その風圧で倒されまいと、足を踏ん張っているだけでやっとだ。

「どこを狙う? 弱点とかあったっけ」

 そう言ったさーちゃんの方に、鬼の顔は向いた。

「そんなのはない!」

 背を向けた鬼に、いっちーはこん棒を振り下ろした。

それが背に打ち付けられる前に、鬼の手はこん棒をつかむ。

「危ない!」

 キジが踏み込んだ。

鬼の腕にこん棒を叩きつける。

振り返った鬼は、キジに拳を打ち落とした。

あたしはその腹に向かって思いっきりこん棒を打ち込む。

鬼の動きが止まった。

「もも、ナイス!」

 さーちゃんが高く飛び上がった。

鬼の肩に会心の一撃。

鬼の叫びが校庭にとどろく。

「気をつけて!」

 動きが変わった。

雄叫びと共に、瘴気が強く沸き立つ。

振り下ろす腕の動きが格段に速くなった。

うなり声は地面に響く。

その風圧だけで吹き飛ばされる。

握りしめた拳が、あたしの頭上に振り下ろされた。

「もも!」

 真横に構えたこん棒で、それを受け止めたのは堀川だった。

「あんたたち、本当にまともな訓練してた?」

 ギリギリと押しつけられるそれに、今にもこん棒は折れそうにしなる。

「小田先生考案の瑶林高校鬼退治部、必勝フォーメーションがあったでしょ」

 堀川の目は、あたしを見下ろした。

「まさか知らないの?」

 堀川が鬼を蹴飛ばす。

あたしは立ち上がった。

「ラッキーイチゴフォーメーション!」

 その声に、いっちーとさーちゃん、キジが動いた。

「つーか、なんでこんなクソダサい名前なんだよ」

 堀川はその菱形になった体系に、満足したように口の端を持ち上げる。

「あら、分かってるじゃない」

 そのこん棒を一振りする。

「小田っち、かわいいのが好きなんだよ」

 取り囲んだあたしたちを、鬼は見回している。

背を向けた瞬間、堀川は叩きつけた。

「それはあたしの役!」

「あはは、じゃあ私より先に動きなさい!」

 ラッキーイチゴフォーメーションとは、イチゴのヘタ部分に当たる人間をリーダーとして動く。

菱形でヘタでイチゴとか、そんな細かいことは気にしない。

「あたしと先生はチェリーで。3人はあたしに合わせてイチゴ続行!」

 堀川と鬼の動きに合わせて、交互に打ち込む。

チェリーとは二人組のコンビネーションのこと。

イチゴの菱形は鬼を中央にして、近距離からの攻撃と、それをサポートする後衛とに分かれた攻撃パターン。

鬼退治の基本は、仕留めることより自分たちが傷つかず撃退させること。

二人組で巡回するから、ペアでの攻撃が基本だ。

 鬼はキジを振り返った。

振り下ろされた拳は地面にめり込む。

その衝撃に、キジの態勢が崩れた。

「キジ!」

 鬼の足が踏みつける。

飛び込んだのは金太郎だった。

滑り込んだ金太郎は、彼女の持っていたこん棒を掲げる。

それはミシッと嫌な音を立てた。

「離れろ!」

 さーちゃんが鬼の足を下から蹴り上げる。

彼女はこん棒を投げ捨てた。

「ゴメンね。こん棒使い慣れてないから。直接行く」

「それは無謀だ」

 転がったこん棒を拾い上げたのは、浦島だ。

「鬼に直接触れるのは危険だ。お前は平気でも俺が耐えられない」

「刀はやっぱ返してきちゃったの?」

 桃はいっちーの隣で、自分のこん棒を構える。

「うん。まだこっちは持っていてよかった」

「タイミング悪すぎ」