「1回10点でコールドにする?」
「そしたら、めっちゃ試合終わるの早くならない?」
うちのクラスには、全くプレイしていない子たちも残っている。
「じゃ、次から1回10点で交代しよっか」
こっちのピッチャーは2回に交代に交代を重ねた末、再びいっちーがピッチャープレートの前に立った。
「アウト!」
ようやくこっちにも攻撃回が回ってくる。
「どうするよ」
「とにかく1点だけでも取ろう」
クラスで円陣を組み、気合いを入れる。
その最初のバッターが打席に着こうとした時だった。
ずっとベンチに座っていた細木が立ち上がった。
「貸しなさい。先生も参加します」
「は?」
細木のくせに珍しく、女子の手からバットを奪いとる。
「先生はみんなの味方です」
バッターボックスに入った細木に、相手ピッチャーは眉をひそめた。
細木は2、3度バットを振ると身構える。
「……。なにアイツ?」
「さぁ……」
なんだかよく分からない気合いの入った細木に対し、三組のピッチャーは困惑気味だ。
そりゃそうだ。
あたしも相手ピッチャーに同情する。
それでも彼女は気を取り直したのか開き直ったのか、投球フォームに入った。
振りかぶってからの第一球、体育教師細木のバットは快音を上げ、大きく伸びた打球は場外へと消えてゆく。
それを見送った三組のチームは、ただただポカンとしていた。
シングルホームランを決めた細木は、ゆっくりとホームを一周し戻ってくる。
あたしと目が合った。
「先生、ボールが……」
細木は神妙な顔つきのまま、ヒーロー気取りで黙ってうなずいた。
「だから先生は、お前たちの味方だと言っただろ」
「いや、そうじゃなくて……」
元華族の大名屋敷跡に建てられたという学校だ。
広大な敷地は校庭を野球のグラウンド代わりにしても、まだ十分に余裕がある。
細木のボールはその先にある茂みの中へと消えていた。
城壁に囲まれているから、校内にボールがあるのは間違いないけど……。
「探してこないと」
「何を?」
「ボール」
「なくしたら探さないと」
細木の顔が見る見る青ざめる。
あたしはため息をついた。
「試合中断して、みんなで探す?」
「いや、いいです。先生が探してくるので続けてください」
そう言ってとぼとぼと歩き出したと思ったら、遠ざかるにつれ徐々にスピードをあげ、最終的には猛ダッシュになって消えていった。
さーちゃんとあたしは、また同時にため息をつく。
「ねぇ、どうする?」
あたしはクラスのみんなを振り返った。
スコアボードには細木の入れた1点の文字が書き加えられている。
「コレ、いらんくね?」
「いらないよねぇ!」
とたんに黙っていたみんなが声をあげ始めた。
「つーかなんで細木入って来た?」
「意味分かんねぇ。邪魔!」
「得点消しちゃう?」
「消そう消そう」
「そうだよ、消そうぜ」
満場一致で合意したところで、あたしたちはもう一度円陣を組み直す。
「1点取るぞー!」
「おぉっ!」
ようやく試合再開。
いっちーが守り抜いてくれているものの、バッターが打てないと意味がない。
相手の野球部の子はピッチャーポジションではないらしいけど、こっちが本気なら向こうも本気だ。
互いの応援にも熱が入る。
「いっけー、たかち!」
「走れ、走れ!」
何とかバットにボールが当たるようになってきた。
塁に出る子も出始める。
大量の得点差は埋まらないけど、互いに遠慮は一切ない。
5回表、最後の攻撃が始まった。
あたしはベンチで拳を握りしめ、ハラハラしながら成り行きを見守っている。
細木が帰ってきた。
「なんで俺の得点が消えてんだ?」
「は? あんなの、ノーカンに決まってんでしょ」
「なんでだ。俺がちゃんと1点入れただろ。なんでなかったことになってる?」
「もー、ちょっとうるさいよ」
今はそれどころじゃない。
あたしに出来ることはもうないから、全力で応援中なのだ。
「そしたら、めっちゃ試合終わるの早くならない?」
うちのクラスには、全くプレイしていない子たちも残っている。
「じゃ、次から1回10点で交代しよっか」
こっちのピッチャーは2回に交代に交代を重ねた末、再びいっちーがピッチャープレートの前に立った。
「アウト!」
ようやくこっちにも攻撃回が回ってくる。
「どうするよ」
「とにかく1点だけでも取ろう」
クラスで円陣を組み、気合いを入れる。
その最初のバッターが打席に着こうとした時だった。
ずっとベンチに座っていた細木が立ち上がった。
「貸しなさい。先生も参加します」
「は?」
細木のくせに珍しく、女子の手からバットを奪いとる。
「先生はみんなの味方です」
バッターボックスに入った細木に、相手ピッチャーは眉をひそめた。
細木は2、3度バットを振ると身構える。
「……。なにアイツ?」
「さぁ……」
なんだかよく分からない気合いの入った細木に対し、三組のピッチャーは困惑気味だ。
そりゃそうだ。
あたしも相手ピッチャーに同情する。
それでも彼女は気を取り直したのか開き直ったのか、投球フォームに入った。
振りかぶってからの第一球、体育教師細木のバットは快音を上げ、大きく伸びた打球は場外へと消えてゆく。
それを見送った三組のチームは、ただただポカンとしていた。
シングルホームランを決めた細木は、ゆっくりとホームを一周し戻ってくる。
あたしと目が合った。
「先生、ボールが……」
細木は神妙な顔つきのまま、ヒーロー気取りで黙ってうなずいた。
「だから先生は、お前たちの味方だと言っただろ」
「いや、そうじゃなくて……」
元華族の大名屋敷跡に建てられたという学校だ。
広大な敷地は校庭を野球のグラウンド代わりにしても、まだ十分に余裕がある。
細木のボールはその先にある茂みの中へと消えていた。
城壁に囲まれているから、校内にボールがあるのは間違いないけど……。
「探してこないと」
「何を?」
「ボール」
「なくしたら探さないと」
細木の顔が見る見る青ざめる。
あたしはため息をついた。
「試合中断して、みんなで探す?」
「いや、いいです。先生が探してくるので続けてください」
そう言ってとぼとぼと歩き出したと思ったら、遠ざかるにつれ徐々にスピードをあげ、最終的には猛ダッシュになって消えていった。
さーちゃんとあたしは、また同時にため息をつく。
「ねぇ、どうする?」
あたしはクラスのみんなを振り返った。
スコアボードには細木の入れた1点の文字が書き加えられている。
「コレ、いらんくね?」
「いらないよねぇ!」
とたんに黙っていたみんなが声をあげ始めた。
「つーかなんで細木入って来た?」
「意味分かんねぇ。邪魔!」
「得点消しちゃう?」
「消そう消そう」
「そうだよ、消そうぜ」
満場一致で合意したところで、あたしたちはもう一度円陣を組み直す。
「1点取るぞー!」
「おぉっ!」
ようやく試合再開。
いっちーが守り抜いてくれているものの、バッターが打てないと意味がない。
相手の野球部の子はピッチャーポジションではないらしいけど、こっちが本気なら向こうも本気だ。
互いの応援にも熱が入る。
「いっけー、たかち!」
「走れ、走れ!」
何とかバットにボールが当たるようになってきた。
塁に出る子も出始める。
大量の得点差は埋まらないけど、互いに遠慮は一切ない。
5回表、最後の攻撃が始まった。
あたしはベンチで拳を握りしめ、ハラハラしながら成り行きを見守っている。
細木が帰ってきた。
「なんで俺の得点が消えてんだ?」
「は? あんなの、ノーカンに決まってんでしょ」
「なんでだ。俺がちゃんと1点入れただろ。なんでなかったことになってる?」
「もー、ちょっとうるさいよ」
今はそれどころじゃない。
あたしに出来ることはもうないから、全力で応援中なのだ。